動いた携帯
2026年 6月16日 火曜日 16:08
「うーん……」
誠は自宅の二階にある拾いワインセラーの様な異界の中で、右手に持った小さな王冠を見ながら唸り声をあげた。
そしてそれを丸テーブルの上に置くと、椅子に腰かけた。
ワインセラーの遥か彼方では、晶と花が特訓と言う名の模擬戦を繰り広げている。
「どうした、唸り声などと。 アキラに先日のデートを詰められるのがそんなに心配か?」
「いやそれは別に……そもそも晶は遊びに誘わなかった事を怒ってたのであって二人きりで遊んでたのを怒ってる訳じゃないから」
「分からんぞ、女の心は天気の様に直ぐに様変わりするからな。 それで、一体何を唸っていた?」
唸る誠に対し、アモンはテーブルの上に着地すると意地悪い笑みを浮かべながら誠をからかう。
アモンのからかいに誠は手に持っていた王冠から視線を向けると、困った顔で返答をした。
そしてテーブルの中心に王冠を置く。
「これに関して考えてたんだ」
「それは……この間倒した蝗の悪魔が落としていったものか」
「あぁ、これが一体何なのかを考えていたんだ」
「ふむ、あの時は細かく調べる余裕も無かったが……見てみるとしよう」
アモンはテーブルの中央へ歩み寄ると、それを左の羽を使って器用に持ち上げた。
「ふぅむ……まだ微かに魔力が残っているようだな」
「何か分かりそうかい?」
「いや、魔力だけではそれが何かを判別することは難しい。 この魔力の波形は覚えておくがな」
「そうか、ならその王冠に描かれてるマークは何か思い当たる節はある?」
誠はそう言って、王冠に書かれた蠍と羽のマークを指摘する。
「これか、蠍と羽が描かれた王冠……そしてそれを持っていたバッタか……」
王冠を持ったまま、今度はアモンが唸り声を上げた。
「何か心当たりが?」
「あぁ、昆虫と関係のある悪魔は幾つか存在するからな。 恐らくこれは蝗の王アバドンを示しているのだろう」
そう言うとアモンは王冠を誠へ放り投げ、誠はそれを慌ててキャッチした。
「おわっとと……蝗の王アバドン?」
「断定は出来んがな、お前も名前くらいはゲームなどで聞いたことがあるだろう」
「少し覚えがあるような……ところでどうして断定できないんだ? ラクシュミの時は直ぐにそうだと分かったじゃないか」
「あれは間近で彼奴の巨大な魔力を感じたからだ、お前もそれを肌で感じただろう?」
アモンに言われ、誠はラクシュミと初めて出会った時の事を思い出す。
あの時、女神は大きな蓮の花の中に居たがそれでもその皮膚に突き刺さるような魔力を誠は今でも鮮明に覚えていた。
「あぁ、よく覚えてる。 優しい声色や雰囲気だったけど、あの雰囲気は今後忘れないと思う」
「そうだな、奴には女神としての格を感じさせるものがあった。 対して今回はどうも妙だ、あの虫からはラクシュミの様な魔力も荘厳さも感じられなかった」
「確かに、あいつは単なるでかいバッタって感じだったな……つまりアモンはあれが本当のアバドンだって思ってないってこと?」
アモンは頷き、両羽を腕を組むように交差させた。
「あぁ、だが我の考えが正しいかどうかを論じるには材料が足りんな」
「そうだね、そしてそれに加えて俺達には他の事件に繋がるような情報も無い……」
「手詰まりだな」
二人は話をそこで終えると、奥で特訓をしている晶と花を見る。
彼女達の戦いは、晶が花の首筋に釘バットを押し当て決着が着いたところだった。
花は緊迫した表情を見せていたが、晶が彼女の首筋からバットを引き笑うと花もまた笑みを返した。
「あちらも終わったようだな」
「うん、相変わらず晶は強いなぁ……」
「戦闘センスは確かにずば抜けているな、だが最近のお前も負けてはいない、勉学に関しては少なくともお前がこの中では一番だ」
「一応リーダーだからね、俺が間違えた選択をしたら皆が困るんだ、それ位は当然だよ」
「ふん、少しは王としての責任感も出てきたということか」
アモンの褒め言葉に誠は笑いながら言葉を返す。
それを聞いて、感慨深そうにアモンは頷いた。
「よぉっし、勝った勝った! 見てたか誠、アタシの強さ!」
「うぅ~、負けちゃいましたぁ……」
「うん、お疲れ様二人とも。 怪我は無い?」
「おうよ、結構弾に当たっちまったがこんなもん唾付けときゃ直ぐに治る」
「私も大丈夫です! 魔人になれば怪我も直ぐ治っちゃいますから!」
アモンと誠の会話が終わると、特訓が終わった二人が近づいてきた。
晶は勝利の喜びの笑顔を、そして花は敗北の悲しみに浸りながら。
誠は二人が訪れると直ぐに彼女達を心配するが、晶と花は互いに大丈夫と笑みを見せると空いている椅子に座る。
「んで、二人で何話してたんだよ?」
「あぁ、実は……」
晶は席に座り、ペットボトルのお茶に口を付けると誠に質問をし、彼は先ほどまで話していた内容を二人に告げた。
「なるほどなぁ、バッタの王様ねぇ……確かに見た目はそんな感じだったなアイツ」
「そうですね、でもアモンちゃんの言う通りあの虫さんからはラクシュミさんみたいな凄い感じはしませんでしたね」
「あぁ、だがあのバッタはあの時倒してしまったからこれ以上調べようが無いんだ」
「そしてこれ以上の情報を調べようにも、情報源の岸田が動けないのではな」
「あ~……確かキッシー、峰に捕まってんだったか? 新聞部活動再開の為に色々やらされてるとか言ってたもんな」
アモンの言葉に、晶がそう言った。
三人が所属している新聞部は現在部活の顧問である峰に危ないことをしていないかと取り調べを受けており、部長が潔白を証明する為に連日拘束されていた。
その為、三人は情報源を失った状態となり困り果てていた。
「はぁ~、ったく峰の奴もしつこいんだよ、アイツが放課後キッシーを毎回捕まえてなきゃアタシ等も色々動けるかもしれねーのに」
「しょうがないさ、俺達が入部して失踪事件について調査するって決めた直後に色山事件が起きた訳だし……教師としては心配もするよ」
「つってもその事件からもう一か月は経つぜ、いい加減アタシ等も何か動かないとヤバイんじゃねえか?」
「そうですよ! 閼伽井先輩のお父さんの事を調べる為にも、今は力を付けないといけないんですから!」
「その意気ごみは良いが、肝心な情報源が無ければな」
女子二人の意気込みにアモンは冷や水を浴びせかける。
「う~ん……参ったな、誰か変わった事件やオカルトに強そうな人か……」
「あっ、そうだ、あのオバサンはどうだ誠」
「え、誰のこと?」
「ほらアイツだよ、バイト行く途中であったオバサン、アタシ等がドッペルゲンガーから守ってやったあの……オバサン!」
「もしかして飯田さんですか?」
そうそう、と名前を聞いて晶は両手を叩いた。
「あのオバサン、確かニュースキャスターなんだろ? 色々知ってそうじゃね?」
「うん……確かに悪くなさそうだ」
「それなら、この間知り合った古森さんもどうですか? あの人も確か色々詳しいって店主さん言ってましたよね」
「古森さんか、そうだね、情報収集の為にサイトを運営しているとも言ってたし何か知ってるかもしれない」
飯田と古森の名を聞いて、誠はその二人の事を思い出す。
前者はドッペルゲンガー事件であわや被害者となる寸前救出し、バッタ退治のアルバイトを請け負った時に改めて出会う事になったニュースキャスター。
もう一人は、つい二日前に渋谷で知り合った大学生である。
両者はどちらも今居る三人よりも情報に詳しそうだと誠は判断した。
「分かった、なら二人に連絡を取ってみよう。 飯田さんへの連絡は花ちゃんに任せてもいいかな?」
「はい、任せてください! 古森さんへの連絡は閼伽井先輩が?」
「あぁ、晶はあの人の連絡先知らないからね」
「ククク、絶妙に疎外感を感じるなアキラ」
「けっ、言ってろバーカ」
アモンのからかいに晶は拗ねた表情を一瞬浮かべると、悪魔の腹を軽く殴る。
「んじゃさっさと連絡しろよ誠」
「いやいや、ここだと携帯は繋がらな────あれ?」
誠は携帯を取り出し、電源ボタンを押した。
通常、異界ではあらゆる機械が動作を止めるはずだが……この時だけは違った。
何故か誠の携帯電話の電源が起動したのだ。
「何だよ、動くんじゃねえか」
「いやいやいや、おかしいよこれ、晶の携帯はどう?」
「あぁ? 誠のが動くんならアタシのだって……動かねえな」
「バッテリー切れてるんじゃないの? 花ちゃんのは?」
「いえ、私のも動きません……ってあれ? 先輩の携帯、電源切れてますよ?」
三人は携帯を出して確認するが、晶と花の携帯は動かない。
不思議な顔をする誠だったが、直ぐに彼の携帯も起動を停止する。
「あれ、ほんとだ……何でだろう」
「何か変なアプリでも入れたんじゃねーのか?」
「いや、何も入れてないけど」
「気にかかるが……今は問題が無いのなら大丈夫だろう、まずは外に出て先ほどの二人に連絡を取るべきだな」
晶の茶化しに誠は首を横に振って否定する。
三人は気味の悪そうな顔をして携帯を見つめるが、これ以上はどうしようも無いとして席を立ち外へと向かった。
「そうだね、とりあえずまずは連絡をして会えそうな日を探そう」
「うーん、気になりますけどしょうがないですね」
「んじゃとりあえず連絡したら向こうの返事が来るまでは暇だし、返事来るまで漫画でも読んでるか」
「アキラは漫画よりも先に教科書を読んでいたほうが良いのではないか?」
「うっせぇ」
アモンの小言にチョップをかましながら、三人は異界を出て部屋へと戻っていく。
道中、ズボンのポケットに入れた誠の携帯の電源だけが点いたり消えたりしていた。
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「ふむふむ、なるほどっス……そういう事っスか」
某日、機械に囲まれた部屋の中で古森は独り言を呟いていた。
「面白くなりそうっス、にひひひ」
意地の悪そうな笑みをしながら、彼は彼の動きを構築していくのだった。
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