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時計の鐘

 午後5時半、時計の鐘が荘厳と鳴り響きます。鐘が響き渡る中家路に向かう2足歩行の動物達の姿を男は見つめています。

50代半ばの年齢で大柄な体格のその男はマナティの姿をしています。鋭い牙は如何にも男の強さを物語っていました。喫煙所でマナティの男はポケットから煙草を出します。ライターに火を付けると、煙草に付け始めました。

男は煙草を吸いながら夜風に当たり始めたのでした。煙草を吸うと男は自分のスマートフォンを出しました。男は、スマートフォンの写真のフォルダを開きました。フォルダには何やら美術品の写真が沢山写っていました。


「私が訪れたケンエルロイヤル美術館で撮ったラスメニーナスは絶品の一作であった。私は画家として様々な時代の様式を追求しなければならない。だが今は生きるという事に何故か必死になってしまっている。飛行船で旅に出る事が旅だと認識してしまっているのか。」


白熱して一人事を話しているマナティの名前はジェローム。プロの画家です。彼は、美術館を巡っては画家としての腕を磨いています。彼は空を愛していました。空に飛ぶ飛行船、そして飛行機を絵として描き、そして空から見える景色を絵にしては、画家としての知名度を上げたのです。

ジェロームは喫煙を続けているとジェロームに話しかける1人の男がいます。

ジェロームに話しかけるのはトドの男です。年齢は70代前半でありジェロームの画家の仲間です。


「ジェローム、お前はまた飛行船の旅に出るのかね?

空と美術品、それにクラシカルやオペラなどの芸術を愛する男にとってはこのビッククルースの時計の鐘は、旅の始まりを予言させないのかい?」


「マルコ、何故ここが分かった?行く先々で君は俺の前に現れる。不思議な存在だ。飛行船は優れた創作の原点を生み出す。俺はただ優雅に飛行船に乗り、愛する絵画や彫像を眺めたいのだ。良いか?俺は逃げている訳ではないのだ。場所を変えるか?ロベティームの虚像を聞いた事があるか?」


トドの男の名は、マルコ・ハディコス。ジェロームという男の旅仲間であり大学時代の先輩でした。ロベティームの虚像とはビッククルースから少し離れた街ぺセニアにあると言われている彫像の事。

マルコは画家です。画家として生計を立てる為に、ペダイスト地方を旅しています。マルコは言います。


「ロベティームの虚像か。クマの彫刻家としてその名を有名にした伝説の彫刻家、ロベティームが彫ったとされる虚像という彫刻。数々の伝説があってな、夜中になると喋り出すなんて噂もある。勿論そんな噂は信じられない。

私も飛行船に乗り、旅をするからさ。お前はレッドツェッペリンを知っているか?ジェローム」


「マルコ、俺がそんな有名な飛行船を知らないとでも思ったか?レッドツェッペリンは俺がこれから乗ろうとしている飛行船だ。お前も一緒に来るか?」


「俺も行かせてくれ。折角男2人で優雅な旅をするというのだからな。俺は、ビッククルースから、ぺセニアを目指す。ぺセニアの美術館にはロベティームの虚像があると実際言われているからな。俺は追求したいんだよ。その美術館にある芸術品の数々を自分の中に落とし込むからな。」


「場所を変えるか?」


マルコは、煙草を胸の内ポケットにしまいます。2人は、喫茶店に向かって歩き出します。ビッククルースには幾つもの喫茶店が立ち並んでいます。マルコは話を始めました。


「俺の娘が去年、癌で死亡した。孫はそれは悲しみにくれたよ。愛する母親を失った喪失感は、埋め尽くされるものではない。孫は絵画が好きで俺の描く絵を良く真似してスケッチを描いていた。だから孫が喜ぶ絵を俺が描いてあげるのさ。」


「そうか、娘さんがいなくなったらそれはとても悲しいだろう。俺もそうだ。俺は今は完全に独り身だ。娘はいたが今は別居してしまい全く会っていない。」


「今日は何を飲む?お酒か?コーヒーか?それに明日はもう飛行船で出発するのだろう。あまり、高いお酒は飲めんかな?」


「いやコーヒーと料理を嗜もうじゃないか。」



マルコとジェロームがよく行く喫茶店はボッテチェリという名前の喫茶店です。喫茶店の看板が見えて来ました。古びた看板とアルファベットで描かれた文字は老舗の雰囲気を感じさせる造りとなっています。喫茶店の扉を開くと雰囲気を感じさせる店内にはクラシック音楽がかかっているのでした。


「いらっしゃいませ!」


ワニのマスターの声がお店に響き渡りました。マスターは、コーヒー豆を挽いています。ジェロームの顔を見るとマスターはジェロームに話しかけます。ジェロームと既に顔馴染みのマスターはジェロームとマルコに親しげに話しかけるのでした。


「もうここに来て、10年になるな。ジェロームにマルコ。いつものアイリッシュコーヒーのブラックを飲むかい?」


「ああ、悪いな、マスター、アイリッシュコーヒー2杯にナポリタン、それにマルコはラザニアが食べたいそうだ。昔からぺセニアで食べた味が忘れられねえ。こうやって食べに来てしまう。」


「おうよ。」


マスターに案内されるとカウンター席にマルコとジェロームは座りました。ジェロームはマッチを取り出すと煙草を吸い始めました。マルコは胸ポケットから葉巻を取り出します。葉巻に火を付けるとマルコはゆっくりと吸い始めます。


「ジェローム、お前だけは、俺を裏切らないって信じてたよ。俺を愛するものは、次から次へと死んでいった。良い奴はどんどん死んでいく。俺はその中で余生を謳歌するしかねえのよ。今は年金暮らしだ。自宅も、俺が死んだら売りに出されるだろうぜ。」


「おっさんになってからとジジイになってから知り合った奴は本物の友達だ。そうだろ。仕事してても、俺とマルコは趣味が非常によく合う。一緒にいて楽な関係であればそれで良い。国家の奴隷として生きるのはうんざりだぜ。このくらいの歳になれば自分の好きな事をやって生きてえもんだぜ。そうやって謳歌しなければ、生きる意味っていうのは亡くなるだろう。」


アイリッシュコーヒーがやって来ました。コーヒーをジェロームは静かに口へと運んでいきます。コーヒーのブラックを特にジェロームは好んで飲んでいました。ジェロームはコーヒーカップをテーブルに置くと言います。


「ここら辺の飛行船からの景色は建物ばっかりで良い景色が中々見えやしねえ。ぺセニアの田舎の方に行けば、もう少し田園地帯が見えて、楽しめるかもな。なあ、マルコ聞こえるだろう。時計に音と一緒に発射するぜ。レッドツェッペリンが。」


「おうここまで響くとはな、この国を代表する文化遺産なだけある。ビッククルースの時計の鐘は18時が一番大きいぜ。」


喫茶店を出るとマルコとジェロームは同じホテルへと向かうのです。鋭い汽笛が鳴ると空中を飛行船が飛んでいきます。ジェロームは明日の飛行船搭乗の準備をする為に予約をしているホテルへと向かいます。送迎のタクシーがやって来ました。タクシーの扉が開くと運転をしていたのはサイの運転手です。


「どちらまで行かれますか?」


「ブラントンホテルまで行ってくれんか?」


「かしこまりました。」

サイの運転手が言うと、マルコはジェロームの方を向くとニコリと笑いました。


「タクシー代は俺に奢らせてくれ。」


「ああ、マルコ、悪いな。すまねえ!」

2人はタクシーに乗り込むと道路をタクシーはゆっくりと走り出しました。サイの運転手はアクセルを踏み出して行きます。ジェロームとマルコが宿泊するホテルはブラントンホテルというビッククルースの中でも伝統があるホテルです。

タクシーの中でマルコは喋り出しました。


「なあジェローム、俺は彫像を愛してやまない。もう何回も見た事があるのだが今だにデリュビア家の礼拝堂に映るあの神聖具室の彫刻群を見た時は感動したよ。それぞれ夜、昼、夕暮れ、黄昏の4体の虎の彫像がこちらを見ているように思えた。ロレンツォ公が生み出した装飾彫刻だ。」


「装飾彫刻か、ロレンツォ公が生み出した彫刻は確か生と死を生み出しているのだっけな。夜とはまるで、物思いに沈む者みたいだ。こんな話を聞いた事がある。とある作曲家がこの彫刻を見て曲にしたそうだ。その彫刻は常にもの思いに沈み、自分が生きる本質を追求していたのだと話す。ロレンツォ公は夜を制作した時に不治の病に侵されていた。それは肺結核であった。病状が悪化して礼拝堂を作ったその都市に病気で死亡した。ロレンツォ公はデリュビア家の礼拝堂を自身の墓にしたのかもしれない。」


ジェロームとマルコの深い美術論を踏まえた会話が飛び交う中、タクシーはブラントンホテルへと向かって行きます。

時計台の19時の鐘が響きました。
















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― 新着の感想 ―
セイウチ、トド、飛行船、煙草、一流ホテル、スマホ、キャッシュレス決済。 口を開けば美術品の話。わくわくが止まりません。
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