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古墳

私は、墓を愛していた。

それがどんな言葉かと問われたら、きっと狂気と答えられるだろう。

だが、私にとって墓とは、過去が未来に語りかけてくる唯一の“声”だった。

骨の形、土の層、錆びた剣の角度——

それらはみな、人間の記憶の断片であり、時の化石だった。


レスター大学で考古学を学んだ私は、二十代の頃から各地を掘り歩いた。

ローマ時代の遺構、ケルトの墳丘、十字軍の墓標。

掘るたびに過去が新しく生まれ変わり、

歴史とは、まるで眠っていた巨人のまぶたを開ける行為のように思えた。


そんな私に転機が訪れたのは三十八のときだ。

ある日本人研究者が学会で、

「日本の古墳は世界最大級の未調査遺跡群である」と紹介した。

スライドに映し出された前方後円墳の空撮写真は、

私の胸を一瞬で奪った。

巨大な鍵穴のような形——

あれはまるで、神話の扉だ。


翌年、私は日本に渡った。

奈良と堺をめぐり、あの丘陵の群れを見上げたとき、

まるで古代の息が吹きかかるようだった。

そして、私は確信した。

——この中に、日本の起源が眠っている。

 それを掘り起こせば、世界史の欠けた一頁が埋まる。


だが、そこに立ちはだかったのが、宮内庁という名の静かな壁だった。


彼ら、役人は驚くほど穏やかだった。

私の計画書を最後まで目を通し、礼を尽くして微笑んだ。

それから、ただ一言。


「申し訳ございません。陵墓は、発掘の対象ではございません。」


「なぜだ?」と問うた。

「我々はあなた方の文化を破壊するつもりはない。

 むしろ守りたいからこそ、正確な記録を——」


彼は首を横に振り、

まるで冬の風をなだめるように静かに言った。


「それでも掘ってはなりません。

そこに眠るのは“史実”ではなく“御霊”です。

御霊は、触れてはならないのです。」


私は理解できなかった。

英国では王墓を掘ることは、

その王を歴史の闇から救い上げる行為と信じられていた。

発掘とは、敬意の表現である。

だが日本では逆だった。

——掘らないことが敬意。

掘ることは、不敬。


私は苛立ち、失望した。

「学問より信仰か。宗教の亡霊を守って、未来を閉ざすつもりか!」

彼はただ、悲しそうに微笑んだ。

「あなたは、まだ若いのです。」


あれから二十五年。

私は老い、ロンドンを離れ、いまは京都の古い下宿で暮らしている。

四十代の私は、あの穏やかな日本人の表情の意味を知らなかった。

だが今なら、少しわかる気がする。


——掘らぬことは、忘れることではない。

——触れぬことは、軽んじることではない。


そのことを、私はある出来事で思い知った。


二〇一二年、私たちはレスターの駐車場の下から、

リチャード三世の遺骨を掘り出した。

DNA解析、骨格の湾曲、戦傷の痕。

世界は喝采した。

科学が王を蘇らせたと。


だが、再葬の日、私は棺の前でふと震えた。

あの骸は確かにリチャードだった。

だが、どこか違う。

骨は語らない。

いや、語る前に、沈黙を奪われたのだ。


花を捧げる群衆の中で、

私はあの宮内庁の役人の声を思い出していた。

「静かであることが、敬意なのです。」


ああ、そうか。

彼らは、死者を語らせないのではない。

死者を沈黙のうちに保つことで、語らせているのだ。

“触れぬ”という行為そのものが、祈りなのだ。


日本の陵墓は、学問の闇ではない。

あれは、人が死を恐れながらも

共に在ろうとした形そのものなのだ。

掘らずとも、祈れば届く。

そう信じる宗教的直感の厚みが、

あの国の精神を支えてきたのだろう。


私は今でもスコップを持って歩く夢を見る。

けれど、夢の中で私は掘らない。

ただ、古墳の上に立って風を感じている。

そして、誰かの声が聞こえる。


「あなたはもう充分に掘った。

あとは、静かに聴きなさい。」


その声は、あの日本の官僚のものでもあり、

リチャードの亡霊のものでもあった。


夜、鴨川を歩く。

月が水面に揺れ、波紋が古代の時間のように広がっていく。

学問では届かぬ“沈黙の知”がそこにある。


もし誰かが「古墳を掘りたいか」と問えば、

今の私は笑って答えるだろう。


——「いやはや、掘るなど、とんでもない。

来世でも御遠慮申し上げたいね。

歴史的事実? ふふ、あれは神話の衣を脱がせたあとに残る、

少々寒々しい真実というやつだ。

掘れば国が滅ぶ——なんて言葉、かつては笑っていたが、

今はあれが、最上の美学に思える。」


そう言いながら、私はどこか安らいでいる。

なぜなら、その“亡ぶ国”とは、

たぶん私自身の中の傲慢な学問のことだからだ。


静寂の中で、土が呼吸している。

あれは、古代の眠りではない。

——今も続く祈りの音なのだ。

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