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第2節 『What’s Your Name, Ogo?』

ひょんなことから渡された漆黒のデバイス。

部屋に持ち帰った紬の前で、それは鼓動のように脈打ち、やがて声を発した──。

名前を持たないその存在は、紬に問いかける。

「あなたが、つけますか?」

まだ何者でもない青年と、まだ名も持たない“何か”の、運命の歯車がゆっくりと回り始める。


紬は、渡された漆黒のデバイスを見つめていた。


「……受け取っちゃった……」


深くため息をつきながら、指先でそっと表面をなぞる。必死に、何かを訴える小さな声。けれど、彼女の瞳に宿っていた切実さが、まだ胸に刺さっていた。

あの目を見てしまったら、拒むという選択肢などなかった気がする。


頭が追いつかない。けれど、体はもう何かを引き継いでしまっている。


──忘れないで。この子を……未来を紡いで……


「なんなんだよ〜!」


両手を思いきり頭の後ろで組み、大きく空を仰ぐ。肩の力を抜いた瞬間、視界の端で街灯が“チカッ”と点滅した。


「うわっ……びっくりした……」


心音が大きく波打つのを感じて、思わず足を引いた。次の瞬間、まるで返事のように、再び“チカチカ”と明滅が続く。


背筋がぞくりとする。

耳に聞こえるほどバクバクと鼓動が打つ。


胸の奥にわずかな不安が広がっていく。紬はゆっくり立ち上がり、周囲を警戒するように見渡してから、ポケットの中にデバイスをしまい込む。

ひと呼吸置いてから、早足で歩き出し家路に向かった。



──




「ただいま…」


玄関を開けると、瞬間的に視界が歪んだ。空間がぐにゃりと曲がったような錯覚。

空間が一回転してしまいそうな感覚を覚える。

何かがおかしい。けれど、口には出さず靴を脱ぐ。


「…疲れてんなぁ…」

ぽつりとこぼしながら、いつものように鍵を引っ掛け、部屋の奥へ。


細い廊下を通り抜けながら、鞄が何度も壁にぶつかる。

その生活感に、ようやく“日常”が戻ってきた気がした。


部屋の奥に灯るアロマライトの檜の香り。

空間を満たす柔らかな明かり。

ロフトベッドと観葉植物。

少しでもオシャレにと、こだわりを出したロフトベッドが部屋の大半を占めている。

自身に呆れつつも、お気に入りのベッド横の間接照明に手を伸ばした。


この小さな空間だけは、唯一くつろげる場所だった。


「……また大きくなったねぇ〜」


部屋の唯一の観葉植物、‘’ガジュマル‘’の葉が少しだけ大きくなっているのを見て頬が緩む。

霧吹きを手に取り、葉にそっと水をかけた。

自分でも、どこか滑稽だと思った。けれど、それでいい。


「今日も光を求めて上へ…か。羨ましいよ君が。今日も生きててくれてありがとう」


…陽葵も、光を求めてたんだろうか

ふと彼女の顔が浮かぶ。


少し汗ばんだスーツを、ポールハンガーに掛けたところで、気力が切れた紬は鞄を置いた。

そして1人掛け用のグランドチェアに身を投げた。


紬は、背もたれに深く沈んだまま、思考の渦に囚われていた。

こんな時、どうしても“嫌な記憶”ばかりが脳裏をよぎる。


「そういうことじゃないんだよなぁ……」

「おまえには、わかんねぇよ……」


──『それは大変だったね、辛かったんだなって思うよ』


「……」


冷めた目。

温度のない声。

相手の表情が、音もなくフラッシュバックする。


自分の“精一杯”は、いつだって誰かの言葉ひとつで、簡単に崩れてしまう。

人は“こうであってほしい”という理想を、勝手に他人に投影してしまう。

その願望が、ナイフのように人を傷つけることも知らずに。


──それが勘違いでも、直感でも、どちらでも構わない。

でも、その感覚に囚われる者は、何度でも“見えない刃”で心を裂かれる。


そして気づけば、自分を責めている。


責めて──

責めて───

責めて────


何度も自分の心を抉り、痛みを塗り重ねる。


「……止まれ……っ!!」


かすかに声が漏れた。

自分を護るためのブレーキすら、いまや凶器に変わっていた。


込み上げる思いをその表情に浮かべると、紬の薄く開いた唇の先から、多少の息が漏れる。


ーー繋がれる世界を…

想いが漏れ出る。


チェアに沈んだ紬は、ポケットの中の重みを無意識に確かめた。


無意識に震えた指が、ポケットの中に触れる。

そこにある、小さな異物──漆黒のデバイス。


「……」


その重みが、まるで鼓動のように伝わってきた。


脈を打っている。

そう錯覚するほどの、存在感だった。


突然──“カラッ”と、ポケットから何かがこぼれ落ちた。


「……え?」


床に舞い落ちたのは、紙切れのようなものだった。


紬は素早く身を起こし、紙を拾い上げる。

わずかに震える手で広げると、そこには古びた筆跡で何かが書かれていた。



「…これ、暗号か…?」

かすかに千切られたその端。

何度も人の手に渡ったのだろう、シワと擦れ跡が痛々しいほどに残っている。


「ま、まぁ……あとで解読ってことで……」


誰もいない部屋で、苦笑いを浮かべる。

何か言葉を発していないと、静寂に呑まれそうだった。


よく見ると、デバイスはディスプレイと思しきものと、やや丸みを帯びた長方形であることが分かる。サイドにはおそらく充電が出来るであろう穴が2つある。


「どうやったら動くんだろ…。てかなんなんだこれは…変な事起きないよな…」

紬は訝しげな眼差しでデバイスをジロジロ見回していた。


テーブルに置いた黒いデバイスを、ふと見下ろす。


その瞬間──


“カチッ”


乾いた音が部屋に響いた。


「うわっ……!? 今の、何の音……?」


紬は思わずチェアから身を引き、肩に掛けていたブランケットをぐっと握る。


次の瞬間──

デバイスが“光った”。


静かに、淡く、脈打つようなリズムで。


「…点滅してる…心拍再現デバイス的な?いやいや、なんだそれ…」

意識の裏側がざわつく。


じっとしていられなくなった紬は、そっと立ち上がる。

部屋の空気がどこか“濃く”感じる。

さっきまでいた日常の空間が、ほんの少し“別の世界”に傾いている気がする。


そして、確信する。


「……これ、ただの“機械”じゃない」


光は静かに、しかし確実に強さを増していた。

青白くもなく、赤みを帯びているわけでもない。

けれど、目に焼きつくような神秘的な“それ”は、まるで──


生命の色。


そして音が…響いた。


“ヴォォォォォン…”


床の奥底から、何かが目を覚ましたかのような、重く低い“うなり”。

部屋の空気が微かに震え、紬の足元から振動が這い上がる。


胸が、ズシン…と波打った。

いや、それは内側からだった。


──鼓動が合わさる。

まるで自分の心臓が、そのデバイスと共鳴しているかのように。


「やばいやばい!なにこれ!なんの儀式!? あれか!?開けちゃいけない箱系のやつか!?」


叫びながらも、視線は逸らせなかった。

逃げろと叫ぶ本能。けれどその足を止めたのは、止めようのない好奇心。


“ピ――ッ……カチッ”


金属を弾いたような音が、室内に鋭く響く。

その瞬間、部屋の空気が変わった。

すべてが一瞬、静止するような沈黙。


テーブルの上に置かれたデバイスが、ふわりと光を孕む。


その中心に、ぽつんと現れた光の“球”。


「……え?」


紬は身を乗り出す。

目を凝らすと、球体を貫くように──細く、鋭い亀裂が走っていた。

それを取り囲むように、淡く光る円環が浮かび上がる。


「え〜、なにこれ……おれ、変なとこ触ったか……?


ごくり、と唾を飲み込む。

その球体の内部には、微かにきらめく細かい基板と、絡まり合ったコードの塊が覗いている。


静かだった。

呼吸すら忘れる、数秒の沈黙。


そして──視界の端で、“何か”が動いた。


はっ、と身体が強張る。

頭をそちらへ向けようとするが、首が途中で止まった。


見てはいけない。

そんな直感が、肩を凍らせる。


「……今の、なんだ……」


恐る恐る目をやると、視線の先──

壁際のガジュマルの葉が、ほんのわずかに揺れていた。


風はない。

窓も、閉まっている。


心拍が、音を立てる。


部屋の空気が違う。

“何か”が、目覚めてしまった──

紬は、そう感じずにはいられなかった。


光は、まるで役目を終えたかのように静かに収まっていった。

部屋には再び、闇がそっと戻ってくる。


けれど――


その中央、テーブルの上に浮かぶ光の球だけが、ぽつり、ぽつりと点滅を続けていた。

まるで息をしているかのように、ゆっくりと…確かに。


紬は無意識のうちに、手を伸ばしていた。

指先が光に触れそうになった、その瞬間――


ピリッ


「うわっ!……静電気……か?」


わずかな痛みと共に、空気が弾けた。

だが、違う。それだけじゃない。

何か、もっと深い領域に触れてしまった感覚――


次の瞬間、部屋の空気が震える。

低く、微かに、“声”のような何かが、空間に滲み出した。


『…ヒ…聞こ…えま…か……』


耳鳴りのように、掠れた音が鼓膜を揺らす。

それは言葉とも、機械音ともつかない、不確かな“呼びかけ”。


「……ん? 今、喋った……?」


眉をひそめる紬。耳を澄ますように身を寄せると、再び──


『……リ……マリ……ヒ……? わたしは……Oジー……シサ…型……』


音が言葉の“形”になりつつあった。

ガサガサとノイズ混じりに、発音のひとつひとつを探るように……それは、“意志”のある声だった。


紬の手に、じわりと汗がにじむ。

冷えた室温の中でも、背中がじっとりと濡れる。


そして――


“ヴォォォォォン……”


再び、部屋の底が鳴った。

今度は、心臓に直接響くような、重い振動。


「なんなんだよ……さっきから……!」


椅子が軋む。

勢い余ってバランスを崩し、紬は椅子の縁から転げ落ちそうになった。

慌てて体勢を整える。だが視線は逸らせない。

デバイスが……何かを“生み出そう”としている。


『──起動完了。……こんにちは。あなたは……誰?』


今度ははっきりとした声だった。

あまりにも自然で、まるでそこに誰かがいるような気配。

滑らかで、温かくて、どこか人懐っこい……女性の声の様だ。


紬は、息を飲んだ。

喉の奥が詰まり、心臓が跳ねる。


「わお……喋った……ちゃんと……」


狼狽しながらも、声を絞り出す。

唇が乾く。喉が渇く。けれど、伝えなければならない気がした。


「お、おれは……つむぎ、だ…です……」


言い終えた瞬間、自分でも照れくさいほどに言葉がぎこちなかった。

デバイス相手に自己紹介してる自分が、なんだか滑稽で、でもそれ以上に――意味のある一歩のようにも思えた。


「き、君は……?」


ぽそりと、問いかける。


すると、デバイスの中央が柔らかく光った。

まるで嬉しそうに反応するように、ぽっ、と灯が跳ねる。


『……ワタシノ ナマエハ……まだ、ありません。』


間を置いて、声が続く。


『あなたが つけますか?』


その一言に、紬の胸がかすかに震えた。

“始まり”を告げるには、あまりにも静かな、しかし確かな問いだった。



「えぇ!? 名前ないの…? おれが…つけるのかぁ……」


思わず声が裏返った。

紬は戸惑いながらもどこか楽しげに、顎に手を当てて考え込む。

目を細め、首をこてんと傾けて――まるで懸命に名前を考える親のようだった。


その仕草に呼応するように、

テーブルの上のデバイスが、**ぽっ…ぽっ…**と小さく明滅する。

まるでくすぐったがるように。

どこか、嬉しそうに。


「ちょ、ちょっと待って…」


額に手を当てながら苦笑し、ふと視界の隅で何かがよぎった。

――昼間、あの少年が話していたこと。

OG……OGなんとか……。


…なんだっけ……あー、くそっ、こういう時に限って…


思い出そうとすればするほど、霧がかかる。

じれったさに、苛立ちが混じる。


「オヴォっち……いや、ちがうな……グッチ? オグ……?」


言いながら、指先で空中に文字を書くような動作を繰り返す。


そして、ふいに口をついた。


「……オゴっち……!」


その名を口にした瞬間。


“ピカッ”


デバイスが、柔らかい白光をぱぁっと放った。

それは確かに“反応”だった。


『オゴ……っち……オゴっち……オゴッチ。きにいりました。こんばんは、ツムギさん。ワタシハ オゴッチ』


その声は、先ほどよりもずっと明瞭で、温かかった。

電子音に近いはずの声に、柔らかい感情の輪郭が宿っていた。


「……わお……」


紬の口角がぐぐっと上がる。

驚きと、好奇心と、喜びが、一気に溢れ出してくる。

もう止められない。


「てか噛んじゃったじゃん、恥ずかしいなぁ」


こめかみに手をやり、照れ隠しのように舌を出す。

そのおどけた仕草に――


デバイスのディスプレイが、ふわりと変わる。


そこに浮かんだのは、笑っているような形。

それは「顔」と言えるほど明確ではない。

けれど、紛れもなく“笑み”だった。


「……笑った…?」


紬は思わず言葉を失い、しばし見入った。

目を細め、頬が緩む。

自分でも気づかぬうちに、息がほどけていた。


奇妙な現実。

なのに、どこか懐かしくも感じる空気。


部屋の中に、静かに“何か”が芽吹いていた。


『よろしくお願いします、ツムギさん』


今度の声は、芯から響くように、まっすぐだった。


「……うん、よろしく……だけどさ」


紬は笑いながら、頭をガシガシと掻く。


「思ったより……丁寧だな、君……。

ていうか、さっきから自然に喋ってるけど、こっちは驚きっぱなしだ……」


軽く肩を竦めながら、ソファへ深く腰を沈める。

指先は無意識に膝をトントンと叩き、目線はオゴっちから離れない。


『驚かせてしまってすみません。……想定外でしたか?』


「あはは……想定もなにも、いきなり渡されたものが喋り出したら、誰でもびっくりすると思うよ……」


思わず、ソファの背に頭を預けて天井を仰ぐ。

けれどその視界の端で、オゴっちの淡い灯りが、微かにまた明滅する。


まるで、「わかります」とでも言いたげに。


そしてそのリズムが、どこか心地よい。


紬の頬に、さりげなく笑みが浮かんだ。

あまりにも自然に、いつの間にか。


『唐突ですが、わたしの状態は不完全です。

情報が、一部欠損しています。

記録と情報によると、あなたが“key”です』


何故か、紬の鼓動が大きく波打つのを感じる。


陽葵の叫ぶ様な声が脳裏をかすめる。


──ここに在るってこと…。


「キー……って、おれが? 何のキーだっていうのさ」


思わず眉をしかめ、額をかく。

デバイス越しに向けられた“その言葉”の意味を、心の中で繰り返す。

“key”――鍵。扉を開くもの。始まりを告げる存在?


『あなたの声、あなたとの接触、あなたの選択。

わたしは……それらによって、形を成していくようです』

どこか急に機械感が増した様に、淡々と話す漆黒。

鼓動がより早くなるのを感じていた。


「……形って、まさか見た目とか変形したりすんの?

まさかロボット的なやつとかじゃないよな……?」


冗談めかして言いながらも、声は乾いていた。

空気が、少しだけ冷えたような錯覚。

だがすぐに、オゴっちの音声が、やわらかく重なる。


『可能性としては……あります。ですが、詳細は現在不明です。

……ただ、こうして会話ができていること、それ自体が“第一歩”です』


オゴっちの声は、機械音のはずなのに、どこか微笑みを含んでいるように聞こえた。


「…すごいな、マジで…。てかロボットにはならないだろ…」


ぽつりと呟いた言葉は、天井へと消えていく。


紬はゆっくりと腰を上げ、視線を巡らせた。

狭くて雑然とした一人暮らしの部屋。

脱ぎっぱなしのパーカー、積み重なった書類、倒れかけの本棚。

いつも通りの“現実”がそこにある。


けれど――その“日常”が、どこか遠くに感じた。


「……なんか、凄いことが起きたなぁ……」


呟きに近い声で洩らす。

すると、オゴっちが応じる。


『すごいこと、とは?』


「いや……こっちの話」

苦笑しながら、首を横に振る。

肩の力を抜いて、深く息をつく。


「それよりさ……なんで、あの人――陽葵さんって人は、おれに君を渡したんだろう」


名前を出した瞬間、胸の奥に何かが走る。

一筋の記憶の尾――彼女の瞳、あの手の温もり、託された“願い”。


オゴっちは、一拍おいて静かに答える。


『それはこれからきっと分かります。…何せあなたが、わたしを起動させたのですから』


「……?」


その言葉に、胸の奥がきゅっと縮まる。


“起動させたのはあなた”──

それは、どこか“選ばれた”かのような響きを持っていた。


おれが……選ばれた?


オゴっちの言葉に、何かが引っかかる。

疑問が形を成す前に、それは霧のように通り過ぎていく。

まるで、思考に指先が届きかけた瞬間に、スッと逃げていくような感覚。



「……なんかさ……」


言いかけて、止まる。

胸の奥で何かが引っかかるが、言葉にはならない。


…今、何を言おうとしたんだ?


目が自然と動く。

部屋の片隅──窓際に置かれたガジュマルが、静かに葉を揺らしていた。


その揺らぎに目を預け、しばし思考の波を受け流す。

そして、視線をオゴっちへと戻した。


口をついて出たのは、ただの挨拶だった。


「……とりあえず、ようこそだね。

ここが、おれの部屋。狭いけど……まぁ、悪くはないと思うよ」


デバイスの光が、ほんのわずか、柔らかく瞬いた。


それは、肯定の返事に見えた。


う〜ん。

今、おれは──何を言おうとしたんだっけ。


言葉の先が、ぽつりと落ちて、霧の中に沈んでいく。

脳裏の輪郭だけが残り、掴もうとした指先は宙を彷徨った。


その時、


『うれしいです。よろしくお願いします、ツムギさん』


やわらかに、オゴっちの声が空気に溶けた。


「……よろしくな、オゴっち」


そのひと言に応えるように、ディスプレイの中心に淡い光の輪がふわりと現れる。

それは静かに浮かび、まるで“笑み”のようにかすかに揺れていた。

言葉にできない安心感が、胸の奥に滲んでいく。


けれど――


“ピ――……ズ……”


低く、引き裂くようなノイズが、空気を裂いた。


瞬間、ディスプレイの輝きが明滅する。

光の輪が引きつり、映し出された顔のようなものが一瞬、ぐにゃりと歪む。


「……?」


眉間にしわを寄せ、紬は画面を覗き込んだ。

しかし異変は一瞬で終わり、オゴっちは、何事もなかったように静かな輝きへと戻っていた。


「……さっきのチカチカといい、今のも……バグ、か? それとも、ただの目の錯覚?」


疲れた笑みを浮かべながら、紬は首を回し、体をゆっくりとロフトベッドへ預ける。

スプリングが軋む音が小さく響き、やがて沈黙に呑まれる。


そのときだった。


視界の端で、“何か”が、揺れた。


部屋の片隅、ガジュマルの葉がわずかに左右に揺れ動く。

窓は閉じている。空調も止まっていた。


「……風、なんて……ないよな」


誰に問うでもなく、独り言がこぼれる。


すると――


“また明日、ツムギさん”


オゴっちの声が、静かに響いた。

あまりにも自然で、あまりにも優しい。

けれどその静けさが、逆に不気味なほど整いすぎていて──ほんの少しだけ、胸の奥にざらりとした違和感が残る。


その直後だった。


──“チカ”──


天井の照明が、ほんの一度だけ、瞬いた。


ビクリと肩が跳ねる。

だが次の瞬間には、光は何事もなかったかのように再び部屋を暗く染める。


なんだ今の…。


静寂が戻る。

しかし、その静寂の底から……


“ジー……ジジージ……ジ、ジー……ッ”


電子機器がどこかで発しているような、低く、かすれた電子ノイズ。

それはどこか、呼吸に似ていた。


紬は耳を澄ませ、身を起こしかけて──やめた。


「……なんでもない……多分」


そう言い聞かせるように呟き、ブランケットを肩まで引き寄せる。


目を閉じる。

しかし、その脳裏にはさっきの“光の歪み”が、まぶたの裏に焼きついていた。


──始まりはいつも、静かにやって来る。


誰にも知られぬように。

見えない何かが、世界の深部で蠢き始めているとも知らずに──




coming soon…

まだ見ぬ世界の断片を告げる声。

名を持ったその瞬間、オゴっちは紬の世界に確かに存在し始める。

けれど、部屋の片隅で蠢く影が、静かに侵食していた──。

そして、夜が明けるとき、紬は“最初の選択”を迫られる。


次回、第3節 『Buddy』


貴方の記憶は、本物ですか──


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