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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
第1章【神隠し】
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Saelum 08

 朝日の眩しさに目を覚ます。見慣れない天井に、いつもと違う布団の感触で、クレナは夢心地から現実へと引き戻された。


「そっか……ここは別世界でした」


 夢オチも期待していたのだが、そうも簡単にはいかないらしい。クレナは落胆からか小さく溜め息をもらす。


「あれ?」


 今の状況に違和感を覚え、クレナは首を傾げた。昨晩はアランと話していたまで覚えているのだが、自分で部屋に戻った記憶がまるでない。血の気が引く音がする。


「わたし、話しながら寝ちゃった?」


 なら、どうやって部屋に戻ってきているのだろうか。考えなくとも答えはひとつしかなかった。


「アランだ」


 恥ずかしさに項垂れる。いくら気を許したとはいえ、あそこで寝落ちなんて有り得ない失態だ。しかも、二階までアランに運んでもらうなんて、考えただけで居たたまれない気持ちになる。


「絶対怒ってるよ」


 アランの仏頂面が目に浮かぶ。慌てて布団を押し退け、ベッドから降りようとした時だった。窓から人影が見えることにクレナは気がついた。そっと窓を開けると、その人物がハッキリと確認できる。


「アラン」


 刀を持ち、すっと背筋を伸ばし構える。深呼吸をした刹那、目では追いつかないほどの素早さで刀を振り始めた。あまりにも迫力ある光景に、クレナは言葉を失う。


「おい、覗き魔……朝から悪趣味だぞ」


 手を止めたと同時に、アランはこちらを見上げる。


「ごめんなさい!すごかったら……つい」


 悪趣味とまた言われ、反論したい気持ちもあったがここは素直に謝った。昨日の失態への罪悪感が優先してしまったからだ。アランは刀を鞘に戻し、指輪へと変化させる。そしてもう一度、クレナの方を見上げた。


「もうすぐ朝飯だから、さっさとアホ面直して下りてこいよ」

「アホ面じゃないです!」

「昨日は随分とアホ丸出しで寝てたけどな?」


 やっぱりかと、再び恥ずかしさが込み上げてきた。


「それは謝ります!」

「余計なことしなくていいから、早く支度しろ!」

「なら、部屋まで運んでくれてありがとう!」


 アランの動きが止まる。


「……クレナ」

「はい!」


 初めて名前を呼ばれ、上ずった声で返事をする。それを見て、微かにアランが微笑んだ。


挿絵(By みてみん)


「敬語もやめろ……気持ち悪い」


 その一言を最後に、家の中へと戻っていってしまった。


「今、笑ったよね」


 ――幻覚でも見たのだろうか?


 昨日から、二人のせいで鼓動が慌ただしく動く。


「早く慣れなくちゃ、心臓がもたないよ」


 クレナは気を取り直し、支度を始めたのだった。




「おはようございます、クレナさん」


 支度を済ませ、階段を降りると、リビングから出てきたヨンギの笑顔がクレナの目に飛び込む。


「ヨンギさん、おはようございます! 昨日はありがとうございました」

「あのあと、眠れましたか?」


「えっ……はい、なんとか」


 まさかアランの隣で寝落ちしたとは言えない。なんとか笑顔で誤魔化す。


「それは良かった。朝ご飯できてますから食べてください」

「すいません。ありがとうございます」

「僕は出発の準備をしてますから、何かあればアランに聞いてください」

「はい」


 ヨンギは優しく微笑むと、外へと出ていってしまった。そっとリビングを覗くと、テーブルには焼きたてのクロワッサンに、スクランブルエッグとサラダ、なんとも理想的な朝食が並ぶ。ここが現実世界なら文句なしなのにと、心底思った。


「ほら」


 いきなり、珈琲の入ったマグカップが視界に映り込む。アランもこれから朝ご飯のようで、見ればテーブルには二人分用意されていた。


「ありがとう」

「ブラックだから、砂糖入れたかったら勝手に入れろ」

「大丈夫。ヨンギさんはもう食べちゃったの?」

「あいつは無駄に朝が早いからな……じいさんなんだよ」

「そんなことないよ。朝強いのって羨ましいけど」


 昨日は“さん付け”をやめろと言われ、今日は敬語をやめろと言われてしまったから、どうも調子が狂う。


「アラン」


 席について、向かい側に座ったのを見計らって声をかける。


「今日ってどこへ向かうの?」

「太陽の都市(ソール)だ。ここへ来た人間の大半は、そこで暮らしてる。昨日みたいな奴らも少ないし、治安がいいから住みやすいんだ」

「こういう世界にも治安とかあるんだね」

「一応、悪人だろうが善人だろうが、一度はここへ引き寄せられる。どんな人間にも少なからず背負うものはあるからな。けど、ここで規則(ルール)に背く行為をすれば、誰であろうと地獄(イーンフェロス)へ送られる……」


 昨日、なんとなくヨンギから聞いてはいたけれど、まだまだ謎だらけな世界。質問したいことはいくらでも出てくる。


(こんな状態で、もし一人になった時……わたし大丈夫なのかな?)


 次の町へ行けば、アランやヨンギともお別れすることになるのだろう。それはなんだか、心細さを感じる。


(一人で、元の世界に帰れる手がかり……見付けられるのかな?)


不安を隠すように、クレナは淹れたての珈琲をひとくち飲む。飲みなれているはずのブラック珈琲は、今朝に限っていつもより苦く感じた。




 ◇◇◇  ◇◇◇





 朝食を済ませ、いよいよ出発の時間。これからは動きやすい格好がいいと、上はTシャツにパーカー、下は柔らかな素材でできたジーパンを用意してくれた。靴も歩きやすいスニーカーを準備してもらえたおかげで、ヒールが欠けたパンプスを履かずに済んだ。

 急遽、あったものを借りたから裾や丈が少し合わなかったが、そこはデザイナーの卵。アランに裁縫セットを借りて、短時間でなんとか調整はできた。贅沢をいえば、もう少し可愛らしいアレンジもしたかったが、今回は致し方ない。

 準備を済ませたクレナがコテージから出ると、ヨンギとアランが誰かと話しているのに気がつく。黒いスーツを着た二人組の男女だった。


「クレナさん」


 こちらに気がついたヨンギが手招きする。


「紹介しますね。昨日説明にも出てきた市役所の方です」


 悪戯っぽく笑うヨンギに対し、クレナは驚きのあまり二人を凝視した。


「市役所ってことは……天使さんですか!?」


 こんなにも早く天使に会えるとは思ってもみなかったクレナは、思わず叫んでしまった。

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