Saelum 65
躊躇いながら、クレナはアランの額に手を伸ばす。アグレアスがしてくれたように、静かに手のひらを当てた。
「……いくよ、アラン」
「ああ」
アグレアスの力が本当にクレナに分け与えられたかは定かではない。しかし、せっかく届けてくれた奇跡を信じたかった。一呼吸して、緊張感の中、クレナは口を開き唱える。
「復元」
唱えてはみたけれど、実際に力を使ったかという実感がまったくない。しかも呪文を唱え終えても、一向に目を開けないアランにも不安を覚えた。
「アラン?」
クレナが不安に思いながら呼びかけると、ようやくアランの目が開けられる。だが、何も言わない。
「もしかして……思い出してない?」
まさか呪文を聞き間違えたのかと、嫌な予感がよぎった。みんなが繋いでくれた希望を、ありえない失態で無駄になってしまったのではないか。そう考えたクレナの顔から、血の気が引いていく。
「どうしようっ……せっかくアグレアスさんから力を貰ったのに」
「アグレアス?」
一瞬にして眉を顰めるアランに、クレナは目を丸くした。
「なんで、あいつが現世に出てくるんだよっ」
「え? アラン?」
そこには久しぶりに見る仏頂面のアランの顔があった。
「なんでお前が魔術使えるのか疑問に思ったけど……よりにもよって、アグレアスが来たのか!?」
「待って、アラン……記憶戻ったの?」
「戻ってなかったら、怒ってないだろ! 神のやつも何考えてるんだ? 普通こういう時はアグレアスじゃなくて、ヨンギをよこすとこだろっ!」
いつものアランの姿に、クレナは思わずおかしくなってきてしまった。
「あいつに何もされてないだろうな!? 変なことされてたら、地獄まで行って殴らないと気が済まないっ」
「されてないって……」
これだけ怒ってるアランも、子供の姿をしたアグレアスを見たら、きっと嫉妬する気も失せてしまったに違いない。それを考えると、なかなか笑いが止められなかった。
そんなクレナを見つめ、アランも微かに笑みを零す。再度、アランの手がクレナの頬を包み込んだ。さっきまでの仏頂面はどこかへいき、今は愛おしいと言いたいばかりの瞳をクレナに向けている。
「悪かった」
「なにが?」
「俺が見つけるって言っておいて……お前ばっかりに大変な思いさせて」
「そんなことないよ。アランだって、記憶がなくても思い出してくれてたじゃない」
笑顔で言うと、アランはそっとクレナを抱き寄せた。また暖かな温もりに包まれ、クレナは素直に身を委ねる。
「会いたかった」
耳元に触れる声に、心臓が高鳴りを上げた。
「うん……わたしもすごく会いたかった」
「見つけてくれて、ありがとうな」
「アランがわたしのこと見つけようとしてくれてたから、こうしてまた会えたんだよ。スノードロップを届けてくれてなかったら、きっと会えてなかったかもしれない」
より強く抱き締めてきたアランに答えようと、クレナも背中に回した手に力を籠めた。
「好きだ」
囁きかけるように伝えられた愛の言葉に、なんだか胸が苦しくなる。
ーー苦しくなるほど、あなたが恋しかった。
「わたしも……」
二度交わした再会の約束をようやく叶えられた。
遠回りした二人の“奇跡”が今ここにある。
「アランが大好きだよっ」
少しだけ体を離すと、至近距離でアランと目が合う。まだ少しだけ照れ臭さを残しながらも、お互い笑顔を浮かべた。
「そうだ……夏紀とは会えたか?」
「うん、会えたよ。今度一緒に日本へ行こう! 夏紀に会わせたい!!」
「日本か。一度も行ったことないからな……」
「なら、いろんな所案内してあげるね」
先のことを考えると、やりたいことがたくさん出てきて考えが尽きない。アランと歩む未来を想像するだけで、幸せが湧き水のように溢れてきた。
「アランはどんなところに行きたい? 行きたい場所とかある?」
「一つ、ある……」
やけに真面目な顔でアランが答えたため、不思議に思いつつ、クレナは笑顔で聞き返す。
「どこに行きたいの?」
「お前の家」
「え?」
意外な言葉に、クレナは一瞬動きを止めた。
「お前の両親に会わせろよ」
いや、正確には固まってしまったと言う方が正しいかもしれない。
「悪いけど、俺はお前を一生離すつもりはないからな……それを覚悟で生きる道を選んだんだ」
これは、いわゆるプロポーズというやつだろうか。
それはまだまだ先の話だと思っていたクレナは、焦るあまりに返事が返せなかった。
「油断してたらヨンギやアグレアスみたいな奴が現れそうだからな……なにせ、神にまで惚れられたぐらいだし、予防線はしっかりやっておかないと気が済まない」
「あれはたまたまじゃないかな? わたし、そこまでモテないから心配しなくても大丈夫だよ?」
「お前が鈍感なだけだろ? だから、心配で放っておけない」
そう言うと、アランはクレナの体を一気に抱き上げる。軽々とお姫様抱っこをされてしまったことに驚愕し、クレナは下ろしてと訴えるようにアランの肩を強めに叩いた。
「アランっ!? こんなところで何してるの!」
「この足じゃ歩けないだろ? 家まで送ってやる」
改めて自分の足に目を向けると、所々血が滲んで、見るからに痛々しい。しかしながら、クレナにとって、この体勢は正直言って、かなり居心地が悪い。
「そんな、大丈夫だからっ……お願いだから離して」
アランは笑顔を浮かべるだけで、まったく下ろしてくれる気配がない。橋を歩く通行人は、チラチラとこちらを見てはクスクスと笑う。これ以上騒いだら、それはそれで目立ってしまうと考え、クレナは諦めて大人しくすることを選んだ。
「ひとまず傷の手当てしなきゃな。クレナの住んでるとこに案内しろよ」
「わかったよ」
観念して、クレナは自分の住むアパートの方向を指差す。
「家に着くまでに、俺への返事考えておけよ」
歩き出したアランが、自信ありげな顔で言う。
(分かってるくせに……)
――返事なんて、もう決まってる。
――アラン以外の人なんて考えられない。
「アランっ」
アランの目がより自分へ向いた瞬間、そっと触れるようなキスを落とす。さっきまでの自信溢れる顔は、見る見るうちに照れた表情へと変わっていった。
「何度生まれ変わっても、わたしはまたアランを好きになるから……来世も覚悟してください」
そう告げると、今度は満足そうに微笑む。
「そんなの、とっくに覚悟してる」
そして、また“誓い”を込めるように、夕日に沈む空の下、二人は口付けを交わす。
多くの出逢いから紡がれた、大きな奇跡を深く胸に刻んだ。
神の贈りし奇跡の花とともに、二人の未来は続いていく。
【Fin】




