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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
最終章【奇跡の花】
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Saelum 64

 急に名前を叫ばれたアランは、初めどこから声がしたのかわかっておらず、キョロキョロと辺りを見回している。もう一度叫びたいのに、呼吸が落ち着かない。


「アランっ」


 アランが行ってしまう前に、クレナは思いっきり息を吸い込む。


(お願い、気付いて!!)

「アランっ!!!!」


 叫んだ瞬間に、やっと視線がぶつかる。気付いてもらえた安堵感から、クレナはその場に崩れるように座り込んだ。


「行かなきゃ」


 なのに、足に力が入ってくれない。それでも、なんとか手摺りに手を伸ばし、立ち上がろうと力を振り絞る。


「あ……」


 橋の向こう側から、急いでこちらへ駆け寄ってくるアランが瞳に映った。嬉しさにまた涙が込み上げるも、慌ててそれを拭い取る。スノードロップを抱えながら、ふらつく足でなんとか立ち上がった。


「アランっ」


 一歩踏み出しかけた時、思ったように力が入らず、一気にバランスを崩してしまう。立ち直すことも出来ずに、体は地面へと傾いていった。クレナは倒れる衝撃を予測し、ギュッと目を瞑る。

 だが、クレナの体は冷たい地面へ倒れることなく、暖かな温もりの中に包み込まれた。

 懐かしい匂いがする。ずっと求めていた場所に自分がいる。


「大丈夫か? えっと……どうして」


 声を掛けられ、我に返った。慌てて体を離すと、少し困惑した様子のアランと目が合う。


「ごめんなさい! ありがとうございますっ」

(そうだった……アランはまだわたしのこと、知らないんだ)


 いきなり見ず知らずの人に大声で名前を叫ばれたら、誰だって驚くに決まっていた。


「あの、えっと……スノードロップ!」


 クレナは抱えていたスノードロップを彼に見せ、慌てて頭を下げる。


「ありがとうございました!」

「そのためだけに、わざわざ?」


 アランはクレナの顔から足元へと視線を落とす。


「しかも……素足で?」

「ヒールだったから、追いつけないと思って」

「バカだな」


 “バカだな”の一言が、ひどく懐かしく、また嬉しさが込み上げた。何度か言われた彼の口癖。それを聞くだけで、苦しいほど恋しく思えた。


「どうせ、またどっかで会えるだろ。そんなに慌てなくても……」

「今じゃなきゃ駄目だったの!」


 クレナが勢いよく言った姿に、アランは目を見開き見つめる。


「すぐ会いたかったから……ずっとアランを探してたの」


 アランは何も言わずに黙り込んでしまう。

 一瞬、迷った。今、アグレアスから教わった呪文を使うべきだろうか。力を使えばすぐにでも、アランはクレナの記憶を取り戻すだろう。

 けど、今のアランは自分を望んでいるだろうかと不安になった。無理矢理な形で記憶を引き戻すのは少し違う気がする。今幸せに生きているのなら、それを壊すことになり兼ねない。

 いろんな事を考えてしまい、次の言葉がなかなか出てこなくなってしまった。すると、アランの手がゆっくりとクレナの手を包み込む。


「冷たいな」


 手に伝わる相手の体温が心地よくて、自然と下に向けた手のひらを上へ反転させる。軽く握ると、アランもクレナの手を優しく握り返した。


「アランこそ」


 笑顔で言うと、なぜかアランが驚いたような表情でクレナを見遣る。どうかしただろうかと思っていた矢先に、クレナの耳に意外な言葉が飛び込んできた。


「……クレナ?」

「え?」


 彼の記憶はまだ戻ってはいない。それなのに、アランは確かに名前を呼んだ。


「なんで……? わたしのこと、覚えてるの?」

「お前から、この花を受け取った時からずっと同じ夢を何度も見てた……子供の頃に一度だけ俺と会ったことあるだろ?」


 クレナはゆっくり頷く。


「ずっと忘れてたのに、なんでだろうな……急に夢であの約束をした日のことを繰り返し見るようになったんだ。さっきの笑った顔、昔のままだったからすぐにわかった。お前が“クレナ”だったんだな」


 夢物語は忘れ去られても、自分のことは思い出してくれていた。

 アランが少し照れ臭そうに微笑むのを見て、自然と握った手に力が籠る。


「それにお前がクレナだってわからなかったけど、ずっと気になってたんだ。お前にはもう一度会わなきゃいけない気がして……けど、お前に会えるのは、あの花屋ぐらいしか思い浮かばなくて」

「だから、これを預けたの?」

「この花をお前にやれば、また会えるような気がしたんだ」


 さっき感じた不安はいつの間にか消えてなくなり、今度は止めどない感情が心に溢れていった。


「アラン……わたし、好きだよ」


 自然と言葉が零れ出す。


「その瞳も、不器用なとこも、すぐ仏頂面になるとこも……全部好きだよっ」

「変だな。お前と会ったのは子供の頃のはずなのに……ずっと一緒に居たように思える」


 もう片方の手をゆっくりとクレナの頬へと伸ばし、撫でるように触れる。


「ずっと、一緒に居たよ……」

「どういう意味だ?」


 不思議そうにするアランに、クレナは肌身離さず持っていたスノードロップの栞を差し出した。


「スノードロップ……目が覚めた時に握ってなかった?」

「なんで、お前まで……」

「アラン……記憶がない二年間、自分がどこに居たのか知りたい?」


 その問いかけに、少しだけ迷った表情を浮かべる。


「お前は知ってるのか?」

「うん、知ってるよ……だけど無理にとは言わない。これはアランの意思で決めることだから」


 思い出してほしいけど、強制はしたくない。アランが嫌だと言えば、諦めようと思った。


「時間が必要なら、ゆっくり考えてもいいし」

「いや、知りたい」


 真っすぐ向けられる眼差し。


「まったく記憶には残ってないけど……何かをずっと探してたんだ。それがなんなのかわからなかったけど、お前に会って何を探し続けてたのかわかったような気がした」


 この瞳に焼きつけた時間、この心に刻んだ誓いは、自分だけではなかった。


「俺はクレナの事も、なくした記憶も全て知りたい」


 ――ほら、わたしたちは何度だって惹かれ合える。


「なら、目を閉じて……」


 クレナの言葉に、アランは瞼を閉じた。

次回、いよいよ最終話となります。

ここまでお付き合い頂いて

誠にありがとうございます!


あと一話もどうぞ

よろしくお願いいたします!

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