Saelum 59
あれも、一応“出会い”と言うのだろうか。
仏頂面で睨んできた彼を思い浮かべ、思わず口元が緩む。
「実はね……珍しい人には会ったよ」
無意識のうちに、つい話し出していた。
『どんな人?』
「左右の瞳の色が違うの。オッドアイだっけ? 片方の目は紫なんだよ。珍しいでしょ?」
『そう……オッドアイの人に』
何故か、マイリーの反応がいまいち薄い。普通イケメンに会ったと言えば会話が盛り上がりそうな話題なのに、逆に声のトーンが落ちてしまった。
「お母さん?」
呟いてから声が途絶えたマイリーに、クレナは心配になって問い掛ける。
「どうかしたの?」
『ごめんね。ちょっと昔の友達のことを思い出しちゃって……ドイツに居た友達の子供がオッドアイだったのよ』
「そうなんだ」
そんな話をマイリーの口から聞いたのは初めてで、クレナは同じ“オッドアイの持ち主”に興味が湧いた。
「どんな子? ドイツに今も居るの?」
『分からないのよ。15歳で家を出て行ってしまって……友達、アリアって言うんだけど……彼女も亡くなってしまったから、息子さんが今どうしているのか誰も知らないみたい』
「行方不明ってこと?」
『ええ、彼女が亡くなる少し前に連絡が来たんだけど……見付かってないって聞いたわ。出ていったのは自分のせいだって、ひどく後悔してた』
「何があったの?」
その質問に、またマイリーは黙り込む。きっと、言いづらいことなのだろうか。いつもなら無理に聞き出したりなんてしないのに、この話だけは知っておきたいと強く思ってしまった。
「お母さん、教えて」
クレナに促されゆっくりと、その親子に何があったのかをマイリーは語り始める。クレナは、話を一字一句聞き逃さないように、スマートフォンを耳に押し当てた。
アリアは自分の子供が産まれたのだが、左右の瞳が違う事にショックを受けたという。昔から古い風習を頑なに信じていた人たちが多かった小さな村。未だに“オッドアイ”という言葉が広まっておらず、アリアの息子を皆“悪魔の子供”だと恐れ始めた。
初めは否定し続けたアリアだったが、アリアの夫や親戚からも“悪魔の子供を庇うな”と非難され、次第に従うようになってしまったという。
おそらく、恐怖心から洗脳状態になっていたのだろうと、当時のマイリーは推測したようだ。
昔の風習と周りの言葉のせいで徐々に自我を見失っていき、アリアはとうとう息子へ向ける愛情を歪めてしまう。遊びたい盛りの男の子を災いが広まるからという理由で、一切家から出ることを禁じた。破れば容赦ない罰を与え、時には“悪魔払い”のために神父に来てもらうという荒んだ生活。
しかし、アリアはふと現実に目を向ける。
――自分は一体、何をしてるんだろう?
――息子が悪魔の子なんて有り得ない。
しかし、それを止める方法がアリアには分からなかった。そんな時、マイリーが幼かったクレナを連れてアリアに会いに行ったらしい。
アリアは、この状況から救い出して欲しいと心の底から願っていた。
「わたし、どうしたらいいの? このままじゃ、いつかきっと息子をこの手で壊してしまいそうなの!」
「アリア、あなたの息子はオッドアイを持って産まれただけよ。悪魔の子供なんかじゃない……周りの人たちにその事実をしっかり教えてあげるの。そしたら、きっと理解してもらえるわよ」
「無理よ!! みんなは風習が絶対だと信じて疑わないわ!!」
泣き喚くアリアに、マイリーはある提案をする。
「理解が得られないなら、あなたひとりだけでも息子を守るのよ。わたしと今すぐ、この村から出ましょう」
しかし、アリアはそれを拒んだ。心から愛した旦那のもとを離れるのは辛い選択だったのだろう。
「なんとか、あの子が“悪魔の子供”じゃないことを理解してもらえるように説得するから……今は一緒に行けない」
その会話を最後に、アリアとの連絡は途絶えてしまった。
そして年月は流れ、突然何年ぶりかにアリアから連絡が来た。
『わたしは愚かだった』
末期の癌に侵された彼女は、電話越しであの日の後悔を口にする。
『結局、わたしはあの子に何もしてあげられなかった。状況はますます悪化して、あの子が成長するにつれて辛さが増していくばかりで』
「アリア? あなた、何があったの?」
『もう、あの子には苦しむ未来しかないと思って……殺そうとしたの。首を絞めて、わたしも後を追うつもりだった』
「息子は? 無事なの?」
『殺せなかったわ……けど、今は生きてるのか死んでるのかさえ分からないの。息子は姿を消してしまった。きっと、わたしを恨んでるでしょうね……人間として扱うことも出来なかった親を今更許せる筈がないものね』
弱々しい声で、アリアは泣きながら告げる。
『それでもね……あの子に会いたくて堪らないのよ。そして、謝りたい。こんな酷い人生を歩ませてしまった馬鹿な母親だって分かってるけど、今はあの子をこの手で抱き締めたい』
「アリア……」
『あの子を本当は愛してた。わたしの大事な息子だったのよ』
その連絡から三日後、アリアはこの世を去ってしまった。結局、息子とは会えないまま。アリアは後悔と悲しみに打ち拉がれながら、ひとり寂しく逝ってしまった。
あまりにも残酷な運命に苦しめられた親子に、クレナの目から自然と涙が溢れた。
そして、あの日出会った青年の顔が頭を過る。
「お母さん? その行方不明の息子さんって今はいくつか分かる?」
『確か、あなたと四つぐらい上だから……24歳かしら』
「そう」
あの青年も、それぐらいの年齢だ。だが、オッドアイも今では珍しくはない。彼がその“息子”という確証はどこにもない。そもそも、今彼が何処で暮らしているかも知らないのだ。
また偶然でもない限り、会うことはない。
「お母さん、アリアさんの息子に会ったことあるの?」
『いえ、ないわ。それにあなたも付いて来てたから、私たち玄関先で話してたし……会ったなら、あなたぐらいじゃない?』
「え? わたし?」
『覚えてない? あなたアリアの家で秘密の約束をしてきたんだって……わたしはてっきり、その子に会って話をしたんじゃないかと思ってたわ』
マイリーの言葉で考え込んだクレナの脳裏に、僅かな“記憶”の映像が流れ出した。




