大江戸中学校のマドンナ
「我が気絶している間に、まさかこんな大事になっているとは……」
「けど放課後まで気絶してるって単なるアホだろ(爆笑)それも立ったままとか弁慶かよ(笑)」
ほんと、自分にも驚かされる。
平成の弁慶かって話だよな。
(平成の……)
あ、今は平成じゃないのか。
僕は☓マークを長押しし、誤りを修正すると送信ボタンを押した。
「我を万成の弁慶って呼んでくれたまえ」
メッセージが送信されて、すぐに既読がついた。
が、しばらく待っても返信がこない。
エージは普段から発明品を造っているので、こんなすぐに既読がつくのは、珍しいことだった。
おそらく相当に面白がっているのだろう。
「じゃあ、裏番の泣き所を守る防具を造らなきゃな」
(ったく、あいつはホントに発明バカだなぁ)
「ふん、そんなものは不要だ。我のガーディアンに防御はすべて任せているからな」
そう送信するが、今度は既読がつかない。
きっと発明品の作製にとりかかっているのだろう。
僕はスマホの電源をオフにする。
ふと気になってカーテンを捲り、窓から隣の家を覗く。
僕と同じような外観の一軒家が見え、二階は明かりがついていた。
僕の家の隣には、学校の上級生が住んでいる。
二年生の女子生徒で、僕より1学年だけ上だ。
彼女の名前は獅子舞聖子。
端的に言えば、学校のマドンナ的存在だ。
戸校のマドンナだからスケ番なのかというと、もちろんそうだ。
だが……頭脳明晰で、テストはいつも満点。
運動神経もよく、喧嘩も強い。
道場にも通っているらしく、剣道の腕は師範代と並ぶとかいう噂だ。
正義感が強く、弱いものイジメしてる奴にだけ喧嘩を売るらしい。
ヤキ入れは一度もしたことないし、見かけたら逆にしてる側を成敗するらしい。
そして何より、容姿が人間の域を超えている。
もちろん、いい意味でだ。
ロングスカートにパーマのかかった茶髪。
制服の上からでもわかるほどのスタイルの良さ。
「ぶっちゃけ可愛いんだよなぁ……スケ番だけど」
正直、乱暴な女子は嫌いだ。
特にスケ番なんて苦手中の苦手だ(日々イジメられてたから苦手なのかもしれないが)。
しかし獅子舞聖子は違う。
性格は良いし、優しさで溢れている。
まだ僕が入学して間もない頃、校舎裏に呼び出され複数のツッパリたちにイビられていた。
そんなとき助け出してくれたのが、獅子舞聖子だった。
彼女は男相手にも容赦のない攻撃を繰り返し、都合5人のツッパリたちを追い返してくれた。
「大丈夫?」と声をかけられたのを今でも鮮明に覚えている。
以来、僕は獅子舞聖子ちゃんに片想い中である。
ちなみに、家が隣同士と知ったのは最近だ。
初めて知ったときは、運命すら感じてしまった。
(ほんと、童貞丸出しだよなぁ)
そう思いつつも、トキメかずにはいられなかった。
隣人という要素は、余計に僕の恋心が深まった原因でもある。
『パーイーン』
PINEでメッセージが届いた音が、オタク丸出しの僕の部屋に響く。
メッセージは、エージからだった。
「今すぐ僕の家に来てくれ!めちゃくちゃ凄いのが出来た!」
なんだ?
また発明品か?
正直、僕はあまりエージの発明品に興味がない。
こないだの制服もそうだが、微妙なものが多いと思ってしまうのだ。
たとえば銃型の携帯電話とか、盗聴器の仕込まれた靴とか。
銃型の携帯電話はリアル過ぎて警察を呼ばれたし、靴型の盗聴器は足音が邪魔でうまく聞き取れないのだ。
「行きたいところは山々だが、我は貴様のアジトを知らないのだ」
と無難な返信をしたところ、また珍しく即返信がきた。
位置情報が送らてたら、素直に今日は遅いからまた明日と断ろう。
そう考えていたのだが、メッセージは僕の想像とは異なった。
「迎えの車を向かわせたから、それに乗ってくればいいよ」
迎えの車?
そもそも僕の家の住所知らないだろ、と送ろうとしたところ、家のインターホンが鳴った。
こんな時間に宅配か?
「たくとぉー、なんかお友達の‥‥羊さんのペットの羊さんが来てるわよ」
羊?しつじ‥‥ってまさか!
僕は勢いよく階段を駆け下りると、家の外に出る。
すると玄関前には、黒いスーツに着た白髪の老人が立っていた。
「夜分遅くに申し訳ございません。私、エジソン坊っちゃまの執事を務めております櫃路と申します。坊ちゃまの遣いでお迎えに参りました」
老人は丁寧に頭を下げる。
本物の執事にもびっくりだが、名前にもビックリだ。
てっきりお母さんの聞き間違えかと思っていたが。
「ま、マジかぁー」
「ささ、こちらにお乗りください」
そう言うと、執事は後部座席のドアを開けると、入るように促した。
車は漆黒の艶のある、高級感があって細長いアレだった。
「マジですかー!?」
初のリムジンである。