エージは金持ち
僕はとても細長い車、いわゆるリムジンに乗っていた。
フカフカすぎる座席にも慣れないが、なにより一番慣れないのは執事さんとの会話だった。
「たくとさぁぁああん!喉は乾いておりませんかぁぁぁああ!!」
「はぁぁあい!乾いてますぅぅう!」
これは窓から聞こえる風の音で声が聞こえづらいわけでも、ましてや語尾を伸ばすゲームをしているわけでもない。
単純に、リムジンが細長すぎるのだ!
声が聞こえづらくなるほど細長いリムジンって、無駄すぎだろ!?
これカーブとか曲がれんのか?
「お飲み物はそこのタブレットでぇええ、お好きな物をタップしていただければぁあああ、自動で運ばれますのでぇええ!」
「わ、わかりましたぁああ!」
横の据え付けられているタブレットを操作して、僕はオレンジジュースを注文する。
と、機械音に伴ってタブレットが持ち上がり、下からオレンジジュースのペットボトルが出てきた。
「リムジンってすげーハイテクなんだなぁ」
『このリムジンは坊っちゃまの発明品ですので』
「え、発明品!?リムジンを!?」
あいつ、もう製造業で稼げるレベルなんじゃね?
これが銃型の携帯電話とか造ってた人と同一人物が開発したとか考えられねーわ。
ん、ちょっと待て。
というか、今どこから声聞こえた?
「すいませぇええん!今やけにハッキリ声が聞こえたんですけどぉおおお、なんかしたんですかぁああ?」
『はい。実はこのリムジン、マイクとスピーカーが付属してまして。電話のように会話することが出来るのです』
「最初っから使えやぁぁあ!?」
思わず叫んでしまった。
おかげで既に枯れ気味だった喉が死にそうだ。
『忘れてました。てへっ』
この執事、なかなかどうしてエージの執事である。
僕はこのとき妙に納得してしまった。
***
エージの家は豪邸の一言で片付けられないくらい豪邸だった。
噴水はあるし、庭はでけーし、門はあるし。
もしかしたら大江戸中学校より大きいかもしれない。
「到着しました。玄関前にベンチがございますので、そこでお待ちください」
ドアが自動で開かれ、リムジンから降りる。
僕がリムジンからある程度離れると、ドアは再び自動で閉まると、どこかへと走り去っていった。
執事の言う通りに僕は玄関前のベンチに腰を掛ける。
改めて周囲を見渡すが、なにもかもが大きいくせに隅々まで手入れが行き届いているのがわかる。
やはりエージは相当の金持ちのようだ。
「お、きたか」
玄関の扉が開かれると、ひょっこりとエージが顔を出す。
エージは白衣姿で現れたので、ひどくこの豪邸とは不釣り合いに思えた。
「ささ、中に入ってくれ」
「お邪魔します」
「凄いのが出来たんだよっ!!案内するから、付いてきて!」
僕が返事する間もなく、エージは強引に僕の腕を引っ張っていく。
そうして案内されたのは、エレベーターで地下に降りて正面の部屋だった。
廊下は細長い一本道のようなので、注意していれば迷うことはなさそうだ。
「ここが僕の研究所さ。デカいだろ?」
眼前には確かに中学校の体育館くらいのスペースが広がっていた。
しかしその無駄に広いかに思われる部屋のほとんどが、機材やらなにやらで埋め尽くされている。
足場もないほど散らかっており、僕はエジソンに倣って床に散乱した機材や道具を避けつつ進む。
「見てよこれ」
エージが持ってきたのは、パインウォッチと呼ばれる若者に流行りの腕時計だった。
どう見てもただの腕時計だし、それにこれは既存の発明品だ。
まさかこれを造ったなどと騒いでいるのではないだろうか、それなら早く帰りたい、眠い。
「ただのパインウォッチじゃんってその反応、グッド!もちろんこれはただのパインウォッチじゃないよ。腕につけて、このボタン押してごらん」
僕は言われた通りにパインウォッチを腕につけると、ボタンを押す。
直後、全身が鎧のようなもので覆われる。
頭部にはバイク用のヘルメットのようなものを被っている。
全身は青い金属の鎧で覆われていた。
指を動かそうと考えるだけで、指が動く。
なんというか、想像するだけで想像通りに完璧な動きが再現できる感じだ。
「そのモビルスーツには神経系を完全に支配し、脳から受け取る微弱な電気信号を直接体の部位に送る機能が備わっている。だから心の中で思うだけで瞬時に動ける分、反射神経は向上する。〈戦闘モード〉ってのもあるんだが、それの場合は組み込まれたAIが最適な動きを判断して肉体運動をサポートしてくれる。またボディーはブールコンドという最近新たに発見された鉱物を使ってみた。鉄以上の耐久力もあるし、なにより軽く熱に強い。五千度の熱にまで耐えれる計算だから、マグマにダイブしない限りは燃えないだろう。さらに〈モモンガモード〉や〈ニンジャモード〉などあらゆる機能を――」
「かっけぇえええええ!!」
さっそく色々と試しに動いてみると、まるでアニメや漫画の世界みたいに軽々と動ける。
僕はダイスキなアニメを想像しながら、剣を振るイメージをつくる。
「お、おい。ちゃんと俺の説明聞いてるのか?――って危ない!」
完全に妄想の世界に僕が入っていると、横から悲鳴が聞こえた。
悲鳴をあげたエージの顔を覗くと、額に一筋の赤い線が刻まれ、血が滴り落ちていた。
「エージ、額切れてるぞ!?大丈夫か?」
「お前が今斬ったんだよっ!?右手を見てみろ!」
「右手?」
言われて僕は初めて自身の右手に意識すると、そこには鎧と同様の深藍色をした大剣が握られていた。
まったく重さがなくて今まで気づかなかった。
たぶんエージの造ったこの鎧には筋力サポートの機能もあるのだろう。
「すげぇ!!すごすぎんだろ!!これほんとにもらえるのか?」
「ああ。ってか、中二病キャラどこいった」
「あっ。おっほん、我にぴったりのスーツであるな。矮小な存在でよくやったぞ小さきドワーフよ。ふっはっはっは!」
「矮小なとかドワーフとかって、若干僕のことディスってね!?」
「いやいや、気のせいだって。素晴らしい出来で、我は満足だ」
どういう仕組みかはさっぱり分からないが、僕の右腕に嵌められたパインウォッチは素粒子レベルにブールコンドを圧縮し、僕の意思に沿って物体を構築してくれるようだった。
これなら学校で仮に喧嘩を売られても、学生服下に鎧を着ることができるし安心だ。
「ただし、条件があるんだけど。」
「なんだ、なんでも申してみよ(なんでもするとはいってない)」
「データとか随時送ってもらうことになるんだけど……視覚とかも」
「なんだそんなことか。全然いいよ」
その程度で僕の身の安全が確保されるというならば、お安い御用だ。
そう思っていると、まだエージがなにか言いたそうにしている。
「なんだ、まだなにか条件があるのか?」
するとエージは非情に言いにくそうな表情をする。
なんだ、こっちが本命か。
何を言われるのやら。
「大したことじゃないんだけど、頼みがあるんだ」
大したことない、というわりには深刻そうな顔をしている。
そんな顔されると、だんだん不安になってくる。
「タクトさ、異界のダンジョンに潜ってデータを取ってきてほしいんだ」
それを聞いたとき、僕は思った。
……なんだ、コイツも同類かと。




