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今からお前が裏裏番だ

角刈りの男が意識を既に失っていることにようやく気づいた僕は、振り上げた拳を止めた。

直後、どっと身体が重くなる。

苦しそうな自分の呼吸音が、ふと僕に疑問を抱かせた。



どれくらい、殴り続けたのだろうか。



……死んではいないよな。



そう思って、手首をとり脈を調べる。

正常な脈拍を感じ取れると、僕は安堵した。

角刈り男に馬乗りになっている自分の状況を考えると、どっと後悔が押し寄せてくる。


「あっ、そうだ!僕の嫁!」


フィギュアのことを思い出し、周囲を見渡すとそう遠くない場所に無残な姿で転がっていた。

限定というわけではなく、同じ物は買える。

が、それ以上に嫁を傷つけてしまった自分が許せなかった。


「アリス……ごめんよぉ」


こみあげてくる嗚咽を抑えながら、僕は必至に謝罪をした。

自分がどうしようもなく情けなく思えた。

涙がとめどなく溢れ出て、フィギュアの残骸へと滴り落ちていく。


「てめぇ、強えーなぁ……」


背後で声がして、振り向けば先ほどまで気絶していた角刈り男が起き上がっていた。

心臓が、飛び跳ねた。


「ひぃっ、許してください!」


「ははっ、散々殴っといて何言ってんだよ。許すわけねぇだろっ――」


殴られる、そう思って目をつむる。

しかしいつまで経っても何も起こらないので、恐る恐る目を開けると、寸でのところで止められている正拳と目が合った。


「うわぁっ」


腰が抜けて尻もちをつく。

それを見た角刈りは困ったような表情をする。

なんだ、なぜ殴らないんだコイツは。


「お前、学校どこだ?」


「えっ、大江戸中学校だけど……」


大江戸中学校は不良の巣窟として有名だ。

その悪名は一般人にも知られているほどだ。

この地域一帯はその学生が多いので、角刈り男も慎重になっているのかもしれない。


「やっぱりそうか。なら殴るのやめた」


……九死に一生を得た気分だ。

こういう時だけ、大江戸中学校の学生でよかったと思う。

戸校生のバリューネームはそれだけ巨大なのだ。


「お前は身内ってことだからな」


「身内?」


「ああ。俺こう見えて大江戸中の番長より強えーってんで、裏番ってやつ張ってんのよ。知ってる?お前んとこの番長、加賀光明かがみつあきってんだけど」


「はい……だってうちの番長って、総番としてめちゃくちゃ有名だし」


総番ってのはちなみに、複数の学校を勢力下においてる番長のことだ。

つまり不良界隈において、戸校生の番長は他校の番長とはそれだけ格が違うのだ。


「って、え?それの裏番ってことは……」


「そ、俺がここらへんでの頂点」


「ワッツ!?」


「なに素っ頓狂な顔してやがる。今日からお前が総番なんだから、もっと堂々としてくれないと困るぜぇ」


「は!?え?えぇえぇえええ!!」


待て待て、状況を整理しなきゃ。

頭が混乱しすぎている。

えーっと、まずこの角刈り男を僕が運よく倒してしまう。

ところがこの角刈りは戸校生の現番長である加賀光明かがみつあきより強くて、裏番的存在。

それを知らずにボコボコにしてしまったのが、重度のオタクこと僕。



……どゆこと?



え、なんでそれで僕が裏番になっちゃうわけ!?

そこは普通、加賀って人が繰り上がるんじゃないの!?

裏番にオタクぶっこんじゃうの!?



「なに驚いてんだ、当たり前だろ?より強えぇ奴がより弱えぇ奴を従わせる。それが掟だ。ま、お前が他の連合んとこの学校なら総出でシメて終わるところだがよ。身内ってんじゃ裏番を引き継がせるしかねーだろ」


戸校生じゃなかったら総出でボコボコになってたんだ……。

よかったーこの学校で!、て初めて思った。


「っつーわけで、今からお前が総番の裏を張る「裏総番」だ。なんつってな」


って喜んでる場合じゃなかったぁあ!!


「裏番なんて僕には無理ですよ!喧嘩弱いし、オタクだし!」


「ァあ?喧嘩弱いってんなら、お前に負けた俺はもっと弱いって言いてぇのかテメェー!」


「ぃ、いえいえ!決してそういうわけでは!」


角刈り男に怒鳴られて、ビクリと肩が震えた。

そんな僕の様子を見た角刈りの男は、大きくため息をついた。


「まあ正直なとこ、お前みたいな陰キャのオタクが総番張ってっと、他校に舐められると思うんよ。だけど、今の時期にそれは避けてーし、かといって掟を破るわけにもいかない」


「じゃあやっぱり僕には……」


向いてないですね、との僕の言葉は続かなかった。


「そこで、思ったんだがよ。裏番の裏を張るってことで、裏裏番ってのはどうだ?」


「なんですかそれ?」


「んいやだから、ぶっちゃけお前がある日突然裏番長になって戸校仕切っても、ぜってー加賀とか他の奴らも従わねーだろ?そこで俺を通してお前が命令すれば、裏番である俺の言うことは当然聞くはずだから実質的にお前が裏番になんだろって話だよ」


「いやいや、命令なんてしませんよっ。ただ、手を出さないで頂ければいいんで、ほんと。平和に生きたいだけなんですよ」


命令なんてしたら見えないところで指図すんなとか言われてボコられそうだし。

関わらないでいるのが一番平和でいられるのに……。


「平和に生きたいって、直接喧嘩したくねーってことか。なら俺の仲間をお前の警備につけるからよ。それでいいか?」


「え、いや、それもいらない……」


「ぁあ?」


「い、いえ、じゃあお願いします」


「はは、心配すんな。みかじめ料とか取らねーからよ」



こうして僕は望んでもいない裏総番になってしまった。

これだから脳筋は困る。

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