オタクは怒らせると怖いって知ってる?
「ああぁん?待てやゴラァッ!」
右肩をがっしり掴まれ、僕はビクリと全身を震わせた。
僕は今、角刈りのひょろ男に壁ドンされている最中だった。
「……ふぅ、追手か。一体我になんの用だというのだ」
どう見ても僕に勝ち目はない。
くそっ!ちょっと買い物しに家を出ただけなのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!
「俺さぁ、ちょっと今金欠なんよねぇ……。わりーけど、金貸してくんねーかな?」
「ふん、我は脅しになど――」
「ああん?んだよ断るってのか」
「い、いえまさか!お金ですね、わかりました……」
「わかりゃいいんだよ、はははっ」
角刈りの男は腕を伸ばすと、僕の背中をバシバシ叩いた。
ひょろ男的には軽く叩いた程度なのだろうが、か細い背中には大鐘のように反響した。
おそらく服の裏側には真っ赤で今にも腫れあがりそうな紅葉マークが浮き出ていることだろう。
こいつ、ひょろい身体だが相当の力がある。
「あの、いくら渡せば……」
「全部だよ」
僕は財布の中身すべてを角刈りのひょろ男に手渡す。
どうせここで渋っても、結局は全部取られると思うと逆に気が楽だった。
「これで全部です」
「よし。じゃあついでにその袋も渡してくんねーかなぁ?」
両手には袋を一つずつ、都合二つのビニール袋が握られていた。
一つはメロブで買った同人誌、二つ目は……大好きな推しキャラのフィギュアだ。
これだけは渡せないっ。
「え、これですか?でもこれは僕みたいなオタクの代物で、大した物じゃ……」
「わかってらぁ、いいから渡せッてんだろうが!」
くっ、仕方ない。
同人誌は諦めるとするか。
僕はしぶしぶメロブの袋を手渡そうとする。
「ああ。いや、そっちじゃなくて青い袋の方」
「こ、これはダメです!」
「ぁあ?」
ビシっと言ってやろうという決断も、角刈り男に睨まれればすぐに霧散した。
それでも素直に渡すことは躊躇してしまい、なんとか言い訳を紡ぎだす。
「あ、いや、そうじゃなくて。美少女フィギュアなんて持ってたら舐められちゃうんじゃないですかねぇ、他の不良さんたちとかに」
「馬鹿、てめぇーは余計な心配しなくていいんだよっ!いいから渡せ!」
だ、だめかぁ。
聞く耳を全く持たないというか、むしろ逆効果だったのかも。
が、いくら後悔したところで既に手遅れだ。
「こ、これは、お小遣いためてやっとの想いで買ったのに……」
「そりゃー不幸だったなぁー。ところで、これいくらすんだよ?」
「一万円くらいですかねぇ」
「ほえぇー、そんなに高けぇーのかフィギュアってのは。まじでありがてぇーわ」
こんなツッパリが何の目的でフィギュアなんか欲しがるのかは知らないが、値段を聞いて目を光らせたところから推察すると、オークションとかで高く売ろうと考えているのかもしれない。
……売るのか、僕の嫁を。
まあ仕方ないか。お小遣い一か月千円の、うち三百円をコツコツと貯めて買ったフィギュアだったんだけどなぁ……。
と思っていると、角刈りの大男はフィギュアを箱ごと踏みつぶし始めた――ってなにやってんだコイツ!?
「ちょ、ちょっと何やってんすか!やめてください!」
「っるせぇええ!指図すんじゃねぇーよッ!」
角刈り男の足元からフィギュアを奪い取ろうとると、背中を丸めてフィギュアを抱え込むようにする。
物凄い勢いで蹴りを入れられるが、歯を食いしばって必死に耐える。
しばらくそうしていると、しびれを切らした角刈り男はその丸太のような太い両腕で僕とフィギュアを引き離すと、全力で僕を殴り飛ばす。
吹き飛ばされ、仰向けになっている僕の耳に、バキバキとなにかの破壊音が届いた。
「いやーストレス溜まってるときゃあ、人が大事にしてるモン粉々にすんのが一番気持ちいんだよなぁー」
フィギュアは衝撃で箱から飛び出し、それでも容赦ないほどに踏みつけられていた。
目元がじわりと濡れてきて、視界がぐらぐら揺らぐ。
が、自身が涙していることに気づかないほど、僕は痛めつけられていくフィギュアに釘付けだった。
「そんな……ひどすぎる」
「ほらよ、大事な人形なんだろ?返してやるよ」
そう言って角刈り男はフィギュアを蹴飛ばした。
まっすぐ眼下まで転がってきたフィギュアは、四肢を捥がれ、無残な姿となった僕の嫁だった。
――――刹那、僕のなかでなにかがプツリと切れる音がした。
僕は確かにその音を耳にしながら、気づけば角刈り男を殴り飛ばしていた。
自身にこれだけの巨体を殴り飛ばせるだけのパワーがあったのかと驚きもあったが、それ以上に抑えきれないほどに膨れ上がった憤怒が、僕を完全に支配していた。
「お、俺の嫁をてめぇえ!」
油断していたのか、角刈り男は仰向けに倒れた。
実は角刈り男は地面に後頭部を強く打って気絶していたのだが、それに気づいていない僕は馬乗りになると、顔面を何度も何度も殴りつけた。
「しねぇぇえええ!」
後悔する余裕もなく、僕は殴り続けた。
両の腕で、何度も何度も。




