スパゲティ・アル・ネーロ
「ねぇ、くま。今日はママの命日なんだ。ママの命日っていつも少し不思議なことが起こるんだよね」
カノンは部屋に飾ってあるママの写真に一輪の花を飾りながら言う。
カノンママは、カノンが大学3年生の時、亡くなった。
急性の病だった。「最近、ちょっと疲れやすくてね」なんて話していた。ある日、鼻から出血があり、さすがにこれは単なる疲れではないだろうと、病院で検査をし、そのまま入院となった。そこからは日に日に状態が悪くなっていった。
「私ね、一人暮らしを始めてから命日には毎年、ママの写真にお花をお供えしててね。見て。ガーベラ。かわいいでしょ」
「ああ。ピンク色がきれいだ」
「そう。ママ、この色が好きだったんだよね〜」
そう言われて僕は、よくカノンママがこのお花を飾っていたことを思い出す。
カノンが続ける。
「お花を飾る時って、写真とお花を見ながらだから、私はつい、私の方向から見て、お花がよく見えるように飾ってしまうんだよね」
「うん。そうだな」
僕は相槌を打つ。
「でね、翌朝、お花を見ると、ママの写真の方に向いてるの。それを見ていつも私、あ、そうだったね。ママ、見にくかったね、ごめんねって、思うんだ」
「へぇ〜。そうなのか。カノン、そろそろ学んだほうがいいぞ」
「わかってるって。だからね」
と言いながらカノンはママの写真の前のお花に手を伸ばす。
「今年はちゃんとママからよく見えるように、こっち向きに飾るんだぁ」
そう言ってカノンはピンクのガーベラを写真の方に向けて置きなおす。
「あとさ、不思議なことは他にもあって。急に廊下の電気がついたり、テレビが消えたりするんだ」
ふむ。確かになんかそんなこともあったかもな。カノンママの命日だったんだな。僕はベッドにいるから廊下やテレビの様子はよくわからないし、あまり気にしてなかったな。
「オカルトな現象と言われればそうなのかも知れないけど。でもね、不思議と怖さはないんだぁ。ママが会いに来てくれた!って思って。ついにんまりしちゃうんだ」
そっか。カノンママが来てたのか。だったら・・・。
「カノン、僕なら見えるかも」
「えっ?見えるの?」
「いつもはベッドにいるから気が付かなかったけど、多分、見えるよ。今年はカノンと一緒にママを迎えよう!」
◇◇◇
夕飯を食べ、お風呂から上がったカノンとテレビを見ていると、玄関と廊下の灯りがついて、部屋のテレビがプツッと消えた。
「あ、これ」
カノンが言う。
「見えた、カノンママだ!ママが喋っているよ。
カノン、聞こえる?」
僕は久しぶりにカノンママに会う。元気な頃と変わっていない。
「え〜見えないし、聞こえないよぅ」
「わかった。じゃあ僕が通訳する」
僕はカノンママの言葉をカノンに伝える。
「カノン、脱いだ靴、ちゃんと揃えなさい!って言ってる」
「えっ!?そこ?生前伝えられなかったこととか、もっと懐かしい話しとかじゃないの!?」
「これも生前、伝えられなかったこと、だってさ。もっときちんと躾をすれば良かったって、ぶつぶつ言ってる」
更に僕はママの言葉を伝える。
「あと、服を脱ぎっぱなしにしない、掃除やゴミ捨てもちゃんとやりなさい、って」
「あ〜。はい、わかりました」
「ねぇ、ママ、お盆には帰ってこないの?」
カノンの言葉は、そのままママに伝わるようだ。ママが答える。僕はそれをカノンに伝える。
「混んでいるから嫌だって。それにカノン、乗り物も用意してくれないじゃないって。混んでる時期だから、自分で手当するのも大変なのよ、繁忙期だから値段も高いし、って言ってる」
「えっ!?茄子の牛とか胡瓜の馬に乗ってくるの?」
「いやねぇ、いつの時代よ。それにそれ、日本人じゃないとわからないわよ。今どきは車とか手配するわ。その時に行く先にお供えがある人は、割引料金が適用されるのよ。お供物は霊的なパワーの源になるからかしらね」
「ふ〜ん。そうなんだぁ」
意外とモダンな霊界の事情を聞き、僕も驚いている。
ママが言う。
「元気に暮らしているのを見て安心した。しっかり睡眠をとってね。健康診断はちゃんと受診してね」
うん、とカノンが頷く。
「それから、パパを宜しくね。ああ見えて寂しがり屋だからね。カノンはちゃんと帰ってあげてね」
「ママは?」
「ママはこれからパパの所に行くわ。毎年、ちゃんとママの好きなイカ墨のパスタを作ってくれているのよ。ヴェネツィアのお料理だから、パパのリストランテのメニューにはないけど。ちゃんと食べたよって伝えたいから、パスタを一本だけフォークに絡めてから、帰るのよ」
「そっか。その日だけの、ママの為だけのスペシャルなメニューなんだね。フォークのこと、パパに伝えておくね」
「それとお花。今年はちゃんと見えるように飾ってくれてありがとって」
「テヘッ、ごめん。これから気をつける」
「それから・・・」
「なに?くま、言ってよ」
「うん。それから・・・カノン。生まれてきてくれてありがとう、って。もう少し長く一緒にいたかった。毎年、会いにくるからねって」
それを聞いたカノンの瞳からは、決壊したダムのごとく涙が溢れ出てきた。
「うん、ママ、私も。もっと一緒にいたかったよ。生んでくれてありがとう」
「カノン。カノンのママ、嬉しそうに笑っているよ」
カノンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で微笑みながら何度も頷いている。
僕は着ているタータンチェックの服の袖をカノンに差しだした。
「カノン、これで鼻水、ふく?」
(スパゲッティ・アル・ネーロ おしまい)
(僕はくま〜イタリア編〜につづく)




