【PREP法】結論から伝える報告術 1/5
「えっと……あの、落ち着いて聞いてください! 大変なんです、西の森で……というか、まず今日の天気がですね、朝から霧が深くて、それで冒険者の方々も出発を遅らせようかって話してたんですけど、そこに急に血まみれの男の人が駆け込んできて、あ、その人は麓の村の猟師さんだったみたいなんですけど、彼が言うには、あ、いや、まずその前に、西の森の例の枯れ木に異変があったらしくて……」
王都ギルド『暁の翼』支部の受付カウンター。
新人職員のアリサは、バインダーを両手で強く握りしめ、冷や汗をダラダラと流しながら支部長の前に立っていた。
アリサはこのギルドで唯一、魔力を持たない職員だ。
彼女の周りでは、他の職員たちが簡単な生活魔法を使って、書類を空中に浮かべて整理したり、インクをペンに自動で補充したりしている。その様子を見るたび、アリサは胸が締め付けられるような劣等感に苛まれていた。私には、みんなのような魔法がない。だから、せめて人一倍頑張って、詳しく報告しなければ。そう思えば思うほど、言葉は空回りし、支障のない情報ばかりが口から飛び出していく。
支部長のバルトスは、歴戦の戦士特有の鋭い眼光を持つ大柄な男だ。彼はアリサのまとまらない話を聞きながら、次第に眉間の皺を深くしていった。腕を組み、指先でトントンと二の腕を叩くリズムが、彼の苛立ちを如実に表している。
「……アリサ。で、結局、西の森で何があったんだ?」
「はい! ですから、その猟師さんが言うには、巨大な影を見たって。あ、影といっても幽霊とかアンデッドじゃなくて、なんて言うか、もっと物理的に大きい、例えば巨大な岩のような……。それで、彼が持っていた弓が折れてて、それがすごく不自然な折れ方だったんです。あ、それと、彼が逃げてくる途中で、薬草を採りに入っていた初心者パーティーともすれ違ったって言ってて、そのパーティーは……」
「アリサ!!」
バルトスの雷のような怒声がギルド内に響き渡った。
アリサの肩がビクッと跳ね、抱えていたバインダーを取り落としそうになる。周囲の魔法の光が一瞬、チカチカと揺れた気がした。
「……お前の話は、どこからどこまでが今、俺が知るべきことなんだ? 猟師が怪我をしたのか? 新種のモンスターが出たのか? 他の冒険者に危険が迫っているのか? 優先順位がさっぱりわからん」
「す、すみません! ですが、全部繋がっていて……最初から説明しないと伝わらないかと思いまして……」
「繋がっていようがいまいが、俺が今すぐ動くべき理由を先に言え。お前がそうやってダラダラと時系列で喋っている間に、西の森では人が死んでいるかもしれないんだぞ」
アリサはギュッと唇を噛んだ。
頭の中には、さっき見た猟師の怯えた顔や、折れた弓の感触、外の不気味な霧の様子などが、まるでひっくり返したおもちゃ箱のように散乱している。どれも重要に思えて、何から話せばいいのか分からない。嘘は言っていないし、一生懸命伝えようとしているのに、なぜ怒られなければならないのか。私に魔力がないから、支部長は最初から私の言うことを信じてくれないんだ。
そこへ、カツ、カツ、と静かな足音を立てて一人の女性が歩み寄ってきた。
長い銀髪を一つに結んだ、怜悧な印象の女性――このギルドで「受付嬢のレジェンド」と呼ばれる先輩職員、シレーヌだ。
「支部長。今の報告、私が整理します。アリサ、こっちへ」
シレーヌはアリサの腕を掴み、カウンターの隅へと連れてに行った。彼女の目は決して感情的ではないが、射抜くような冷たさと厳しさがあった。
「アリサ。今のあなたの報告で、支部長がどう動くべきか判断できたと思う?」
「……いえ。怒らせてしまっただけです。私……魔力がないから、みんなみたいに上手くできなくて……」
アリサはうつむき、涙をこらえた。
シレーヌはそんなアリサの様子をじっと見つめ、静かに、しかし力強い声で言った。
「魔力がないから上手くできない? アリサ、あなたは大きな勘違いをしているわ」
「え……?」
「あなたが今、一番したいことは何? 魔法を使って書類を浮かせること? それとも、西の森の冒険者を救うこと?」
「それは……冒険者を救うことです」
「だったら、あなたにも使える最強の魔法があるわ」
シレーヌの言葉に、アリサは驚いて顔を上げた。魔力を持たない自分に、魔法? シレーヌは、まるで子供を諭すような、しかし真剣な眼差しで、アリサの肩に手を置いた。
「それは『言葉の魔法』よ。魔力を持たない者が、ただの音声を魔法の詠唱へと昇華させるための、特別な型。これから支部長が救助から戻ってくる。その時、あなたは他の情報を整理して、その『言葉の魔法』を使って完璧な追加報告をしなければならない。二度目の失敗は、ギルド職員としての死を意味するわ」
シレーヌは、アリサの前に一枚の羊皮紙をバンッと置いた。
そこには、魔法の呪文のような、シンプルな四つのアルファベットが書かれていた。
「『P・R・E・P』……?」
アリサが震える声で読み上げると、シレーヌは静かに頷いた。
「そう。命を救い、相手の心を動かすための魔法の型。今から5分で、これをあなたの頭に叩き込むわよ」




