第12話「再会」
退魔師団の詰所は、惨憺たる有様だった。
壁には亀裂が走り、結界石が明滅を繰り返している。団員たちは疲弊した顔で走り回り、怒号と報告が飛び交っていた。
一月半前に出ていったときの、整然とした詰所の面影はどこにもない。
「ツムギ殿!」
使者だった男が、真っ先に駆け寄ってきた。
「来てくださったのですね! カガリ副団長に──」
「案内は不要です。場所は知っていますから」
八年間通った詰所だ。目を閉じていても歩ける。
副団長の執務室の前で、足を止めた。
扉を叩く前に、深く息を吸う。
──大丈夫。私は、自分の意思で来た。
「失礼します」
扉を開けると、カガリがいた。
机に突っ伏すように座り、散乱する報告書に埋もれている。
真紅の髪は乱れ、目の下には深い隈ができていた。
カガリが顔を上げた。
私を見た瞬間、その目が大きく見開かれた。
「……ツムギ」
「お久しぶりです、カガリ副団長」
しばらく、沈黙が落ちた。
カガリの視線が、私のそばに立つハヤテと、肩の上のコハクに移り──また私に戻った。
「来たのね」
「はい」
「……使者には、断ったと聞いたけど」
「断りました。ですが、事情が変わったので」
カガリの顔に、複雑な感情が浮かんだ。
安堵、戸惑い、そして──矜持。
「事情が変わった、ということは、退魔師団の要請に応じたわけではない?」
「はい。私は私の理由で来ました。退魔師団に戻るつもりはありません」
カガリの目が鋭くなった。
「では、何のために」
「封印を修繕するためです。それだけ済んだら帰ります」
カガリが椅子から立ち上がった。
「それだけ? 封印を直したら帰る? この状況を見てそんなことが──」
「この状況を作ったのは誰ですか」
静かに、しかしはっきりと言った。
カガリの口が、止まった。
「封印管理を軽視して、封印管理係を追放したのはカガリ副団長です。結界の修繕手順を引き継がず、封印陣のことを調べもしなかった。マニュアルに書いた注意事項も読んでいなかったんでしょう?」
「……」
「『雑用係はいらない』と言ったのは、あなたです」
責めているのではない。事実を述べているだけだ。
でも、事実は時に、どんな非難よりも重い。
「私は八年間、毎日この封印を維持していました。結界の修繕は、その日の霊脈の状態に合わせて微調整が必要です。封印陣の補修は、術式の層ごとに異なる手法で対処しなければいけません。マニュアルに書けることは書きましたが、書ききれないことの方が多い。──それを『誰でもできる雑用』と判断したのは、あなたの過ちです」
詰所の外では、団員たちが息を殺して聞いていた。
かつて「雑用係」と呼んでいた女の言葉を。
「カガリ副団長」
最後に、まっすぐに目を見た。
「私は退魔師団のために来たのではありません。この国の人々と、封印の中にいる存在を守るために来ました。協力はしますが、命令は受けません。それでよければ、封印の修繕に取りかかります」
カガリは、しばらく動けなかった。
紅蓮の退魔師。王都最強の術師。常に先頭に立ち、誰よりも強くあり続けた女。
そのカガリが今、退魔力十二と侮った相手に、こうして頭を──。
「……わかった」
カガリの声は小さかった。
拳を膝の上で握り締め、唇を噛んでいる。
「好きにして。必要なものがあれば言いなさい。全面的に協力する」
それは命令ではなく、依頼だった。
カガリなりの、精一杯の譲歩。
「ありがとうございます」
それだけ言って、執務室を出た。
廊下で、聞き耳を立てていた団員たちと目が合った。
ヒイラギとサカキもいる。二人とも顔を逸らした。
「ツムギ……さん」
ヒイラギが、消え入りそうな声で言った。
「その……俺たちは……あんたの仕事のこと、何も知らなくて……」
「知らなくて当然です。知られないようにしていたのは私ですから」
ヒイラギが唇を噛んだ。
サカキは何も言わず、深々と頭を下げた。
「封印の修繕を手伝ってくれる人が必要です。封印術の基礎がある人を三人、集めてもらえますか」
「は、はい! すぐに!」
二人が走っていくのを見送って、私は地下への階段に向かった。
「あの二人、変わったな」
ハヤテが隣で呟いた。
「変わったかどうかは、これからわかります」
地下への階段を降りながら、封印の気配が強くなっていく。
亀裂から漏れ出す妖気が、肌を刺すように冷たい。
「コハク」
「きゅう」
コハクの毛が逆立っている。玉藻さまの分霊であるコハクは、封印の状態を一番敏感に感じ取れるのだ。
──大丈夫。間に合う。
地下空間に足を踏み入れた。
巨大な封印陣が、蒼白い光を放ちながら軋んでいた。
亀裂は、想像以上に深刻だった。




