王都の冒険者依頼
引っ越しの日、イェルの姿を見たラシムと、トゥルネンファミリーの下っ端らしい男3人の狼狽えぶりは笑えるほどだった。エリンにまで不審がられて、イェルが思わずといった風に注意していた。
無事に引っ越しが終わり、エリンと王都での暮らしが始まった。とはいっても孫達はここを居住地としてアカデミーに登録しているから、ここから通っているし俺もアカデミーにほぼ毎日通っている。
非常勤講師の扱いだから、魔法学の講義が無い日はアカデミーに行かなくても良いのだが、アカデミーの先生方や生徒達の噂話は冒険者ギルドの依頼の一助となる事がある。
エリンは俺が居ない間ひとりになってしまうが、近所の奥さん方とうまくやっているようで夕食時に話をしてくれている。
その日はアカデミーの魔導科での授業だった。最初に現在の魔法理論のテストをやらせたのだが、惨憺たる結果に頭を抱えてしまった。
「シュロモー先生?」
「ザイン先生、このテストをどう思いますか?」
「……ずいぶん難しいテストですね」
「難しいですか?」
カナーン村ではプライマリースクール6年生位の内容なのだが。魔導科がこれで難しいと言っているなら、他のクラスはどうなることやら。
貴族科、淑女科ではカナーン村のプライマリースクール4年生位のテストにしてみたのだが、こちらも惨憺たる結果だった。淑女科ではほとんどが白紙という答案用紙に呆然としてしまった。
「フッフッフ……。これは教えがいがありそうだ」
「シュロモー先生、お手柔らかにお願いしますよ?」
「無理はさせませんけどね。プライマリースクール辺りの難易度から始めた方がいいのではないかと思ってしまいますよ」
「カナーン村の、ですよね?」
「そうですね」
「3年生辺りの難易度でこちらのプライマリースクール卒業程度と言われている、あのカナーン村の、ですよね?」
「そんな風に言われているのですか?」
進みすぎだとは聞いていたが、そんな風に言われているとは。
「分かりました。難易度を下げます」
先が思いやられる。
改めてザイン先生に協力してもらって、授業内容を見直した。この件では孫達の意見は聞けない。アイヌ、エキン、フェリハの3人はカナーン村の魔法授業をよく知っている。特にフェリハはカナーン村で授業を受けていたから、普通科でも授業が簡単なのだそうだ。ジェミルはすでにアカデミー生だしバトゥールとテリに聞けば良いのだろうが、デルフィス伯爵邸まで押し掛けるのも気が引ける。
授業内容の見直しと平行して、冒険者ギルド長の依頼である作戦の立案、情報の精査を行っているから、俺はそこそこ忙しい。『月下のパパディア』も戻ってきていて、捜索先に潜入しての調査をしてもらっている。
その『月下のパパディア』から緊急連絡があった。会いたいと言う。
待ち合わせ場所に来たのは『月下のパパディア』のイルカイ。これは冒険者としての偽名で、アルシャーム内ではザックムと名乗っているらしい。この辺りでは有名な毒草の名だ。
「どちらで呼べばいい?」
「ドゥルーヴ様の呼びやすい方で構いません」
「ではイルカイと呼ばせてもらおう。で?どうした?」
「例の組織の地下にちょっと洒落にならないものを見付けました。冒険者ギルドよりは国家に任せた方がいいと思うのですが」
「国家に?何を見付けた?」
「……魔物の繁殖場です。おそらくですが」
「その根拠は?」
「ゼイネップがその内の1頭をテイムしました。そこからの情報です」
魔物からの情報か。
「その魔物の種類は?」
「ケルピーです。人語が話せるらしく、あちらからの接触だったそうで。ゼイネップはドゥルーヴ様の知り合いらしいと言ってましたが」
「ケルピーの知り合いはいないんだが?」
というか、ケルピー自体が珍しい。そういえばアカデミーのテイマー科に居たな。保護されたのが。
「アカデミーで確認してみるか」
「ドゥルーヴ様?」
「アカデミーのテイマー科に保護されていたケルピーがいたのを覚えている。その個体かどうかは不明だが、少し調べてみる。お前達はその繁殖場?の詳細を調べろ。ただし絶対に無理はするなよ」
「分かりました」
イルカイと別れてアカデミーに向かう。今日はアカデミーでの講義は無いがいつでも入っていいと許可は得ている。テイマー科にも来てほしいと言われているしな。
アカデミーに行ってテイマー科に顔を出した。すぐにテイマー科の教師が出てきてくれて、ケルピーについて教えてくれた。なんでも相性の良いテイマーが見付かって、少し前に譲渡したらしい。
「何度も調査を入れて問題ない人だと確認しましたが、何か?」
「いや、ちょっとした確認だ。その人の名は教えてもらえない……よな?」
「そうですね、申し訳ありませんが」
「いや、無理にとは言わない。ありがとう。助かった」
アカデミーを出ようとしたら、「「「デデ」」」という呼び止める声が聞こえた。
「アイヌ、エキン、フェリハ」
孫娘達が連れ添って現れた。後ろに何人かいるな。
「後ろにいるのは友達か?」
「うん。デデはどうしたの?今日はアカデミーに来る日じゃないわよね?」
朝、4人を見送ったからな。みんな出勤日ではないと知っている。
「ちょっとテイマー科に用事があってな。3人は今は休み時間か?」
「うん。デデが見えたから走ってきたの」
「ねぇ、デデ。魔法理論が簡単すぎるんだけど」
「フェリハはそう思うだろうな。それとここではシュロモー先生な?」
「あ、いっけない。ごめんなさい」
「かまわないさ。ほら、次の授業の準備はしなくていいのか?」
「はーい」
3人娘と友達が戻っていく。何人かが俺に話し掛けたそうにしていたが、そのまま戻っていった。
アカデミーを出て、イルカイが待っている場所に向かう。
「どうでした?」
「テイマー科に保護されていたケルピーは居なくなっていた。誰かに引き取られたそうだが名前までは聞き出せなかった」
「そうですか。で、どうしましょう?」
「ギルド長に知らせるさ。どうするかはギルド長の判断に任せる」
とはいえ、そのケルピーは見ておきたいと思う。
「冒険者ギルドに行くが、お前はどうする?」
「私なんかがそんなお気軽に、ギルド長になんて会えませんよ」
「依頼を受けているのだろう?そこまで遠慮しなくても良いんじゃないか?」
「ドゥルーヴさんには簡単だと思いますけど、私には無理ですって」
「そうか?」
話をしながら冒険者ギルドに向かう。受付でギルド長に会いたい旨を伝えると、「どうぞお上がりください」と簡単に言われた。俺にとってはいつもの事だが、イルカイは落ち着かないらしくソワソワと挙動不審になっていた。
「イルカイ、そう動揺するな」
「無理ですって」
「ファッデが何を言っている」
「ファッデだからって、ギルド長に会う機会自体がありませんからね?」
「そうだったか?」
軽く言い合いをしながら、ギルド長室のドアを叩いた。




