第六十六話 地下資料館
――ギルド地下大資料館。
数多の探索者を束ねる探索者ギルドの、その支部に広がる広大な資料館のことだ。
広さは都市のほぼ地下全域に渡っている。収納されている資料の数は半端ではなく、現代、近代、中世、古代、超古代など、あらゆる時代の歴史、伝説、説話、神話、民族史……それらが揃っている。
武具と探索者、迷宮と魔物――それらを含む多用な資料の集まる空間――それが、『ギルド地下大資料室館』だ。
「――それにしても、ギルドの地下にこんな場所があったなんて」
地下大資料館へと続く魔術エレベーターに乗りながら、リゲルは感慨を思わず漏らす。
「そうですねー、ここはギルドの中でも《一級》以上のものでないと入れませんから。探索では『ランク黄金』以上、もしくは、『特権探索者』のみに立ち入りが許可されています。一般に知られていないのも無理ないですねー」
都市ギエルダ、ギルド支部の参謀長、レベッカが傍らで小さく頷く。
あの後リゲルは『二人目』のミュリーを発見した後、急ぎ都市ギエルダへ戻ってきていた。
理由は明快、彼女の報告とその正体についての調査をするためである。
あの後、リゲルは簡単な調査を魔石で行ったが、『二人目』のミュリーに記憶がないこと、自身がいつの間にか《迷宮》の中をさまよっていた事、それ以外のことはろくに思い出せないと判明した。
そこで、リゲルがギルドの調査力に期待してレベッカに相談したというわけだ。
本来なら『よく知る』ミュリーのところに何よりも速く駆けつけるところだが、事が事だけにメアへ簡単な報告だけ済ませた。
そして彼女とマルコ、テレジアは先に屋敷へ帰ってもらった。
リゲルだけがギルドに残りレベッカに報告をしい来た形である。
そして、『二人目』のミュリーの報告を受けたレベッカは言った。
『――地下の大資料館なら何か判るかもしれません。行きましょう』
そして、今へと至る。
「――けれど、良かったんですか?」
リゲルが地下何千メートルと続く魔術のエレベーターの中で呟く。
土と風の魔術を応用して作られたこの装置は、定められた者が祝詞を詠唱しなければ作動しない。
「何がですかー?」
「『二人目』のミュリーを連れてこなくて。いやギルドの調査も必要かと思いますが、彼女がいた方が色々と捗るのでは?」
「確かに、『二人目』のミュリーさんに直接資料を見てもらえば、何らかの記憶が想起されるかもしれませんー。ですが彼女が『楽園創造会』の刺客である可能性が拭いきれません。ゆえに私たちで調査すべき、との考えです」
「なるほど、そうですね」
現状、『二人目』のミュリーに関しては慎重になるしかない。
彼女が『楽園創造会』の刺客である可能性、全くの別人、何らかの魔術による偶然――いずれにしても、迂闊な行動を取れないのが実情だ。
「彼女にはしばらく、ギルドで調査されてもらいます。それが終われば改めてリゲルさんと会わせます」
「了解です。――それにしても、深いですね」
先ほどから雑談と報告を兼ねて言葉そ交わすが一向に大資料館にたどり着かない。
もう地下三〇〇〇メートルを越え、そろそろ四〇〇〇メートルといった所に行き着くはずだが、それでも辺りは地面を掘っただけの暗い光景と特殊土で出来たエレベーターの質素な景色だ。
「この地下大資料館は、いざというときのシェルターにもなっていますからねー。同時に『賊』を迎撃するための仕掛けがあります。一見して何の変哲もない道中ですが、下手をすれば数百を超える迎撃魔術が襲いかかります」
「数百……それほど厳重な守りをされているわけですか」
「ですです」
『二人目』のミュリーのことを報告した際、レベッカは迷わず地下大資料館の閲覧を提案した。
それ以外に『二人目』のミュリーを暴く方法がないと判断したためだ。
ギルドには解析専門官――各種一流の職員がいるはずだが、彼らよりも『ギルド最重要資料館』の方が役に立つとの考えだった。
「――もう間もなくです」
レベッカの言葉の後、間もなく魔術エレベーターは地下の資料館へたどり着いた。
厳かな着地音と共に、目の前の扉が開いていく。
広い――。
まずリゲルは思ったのは、圧倒的なその保存量だった。
ただ広いだけではない。
魔力が辺りに満ちている。
革張りの本、薄い巻物、絵画と思しき絵や、何かの海図と思われる羊皮紙、敗れた半分の本、鎖で封をされた書物、宝箱、数々の品が、巨大な棚に丁寧に保存されていた。
無数に立ち並ぶ巨大な棚の林立――さながら古代の遺跡にでも立ち寄ったかのようだった。
「――ずいぶん、色々な資料があるんですね、凄い……」
「そうですね。図書館ではなく『資料館』ですから。本に限らず、これまで《迷宮》で発見された重要物の多くが、この中に保存されています」
見上がるばかりに高い棚。光り輝く鎧。それらを見つめつつ、レベッカは語る。
「かつて人類は、【終焉の災厄】によって文明を滅ぼされた後、地下の《迷宮》を探索し続けました。《剣聖》、《賢者》、《聖女》……多くの探索者たちが、命がけで資源を得て、今日の復活に繋がりました。その過程と、迷宮の謎の究明を続けた『成果』がこれですねー」
レベッカは感慨深げに語る。
かつて世界は、【終焉の災厄】と呼ばれる『何者』かに滅ぼされた。
その当時の記録はほぼ皆無、歴史は一度断絶させられた。
しかし、残った人々は数少ない戦力で突如現れた地下迷宮――『十一の迷宮』を探索。【終焉の災厄】とその前後の歴史を掘り起こそうと、躍起になっている。
なぜ、世界の地下には三〇〇〇階層を超える『大迷宮』が存在しているのか。
なぜ、迷宮は多種多様……第一迷宮《紅蓮》、第二迷宮《氷河》、第三迷宮《惑乱》……など、数々の特性を持つのか。
『十一の大迷宮』とは、何の目的で造られたのか。
そしてそもそも――【終焉の災厄】の正体は?
多数存在する世界の謎を明らかにするため、人類が邁進した結果が、眼前の光景だ。
黄金に輝く鎧、虹色に煌めく宝剣、その他、何の変哲もないような木の棒ですら、数千年の時を越え、人類に【終焉の災厄】時代の謎を教えてくれる『資料』と言える。
「リゲルさんには興味深いものばかりだと思います。ですが今日の目当ては『二人目』のミュリーのことです。――言うなれば『精霊』に関しての謎を解く。それらが収納されている区画へ行きましょう」
「はい、判りました」
一人の探索者として数千年前の遺産は気になるが、リゲルはレベッカの後について目的の区画まで歩いていった。
「床に書いてある模様に沿って歩いてくださいね。でないと『防衛機構』が働いて迎撃されますから」
「……一見して何の警備もないように見えて、やはり厳重なんですね」
「そうですねー。今リゲルさんが何気なく見た『松明』、防衛機構の一端で、侵入者を三千度の炎で焼き尽くそうとする機能がありますから」
「ちょ!? 本当に物騒ですね、先にそういうのは言っておいてください」
「あとそこのダミー模様を踏んだら床から棘が生えます」
「だから踏む直前に言わないでください!」
そんなやり取りを続けつつ、先へ進む。
「ちなみに資料の数々は『防護』魔術がかけられているので、防衛機構の攻撃にも耐えられるようになってます」
「ああ……そうですか……ここが侵入者にとっては危険でまさに資料を守る要塞なのは判りました。……それで、まだなんですか?」
「んー、歩いて三十分くらいしたところにあります」
「遠い! 魔術で行きましょうよ!」
面倒なのでレベッカと一緒に《風》の魔術で浮遊して移動する事とした。レベッカは自前の魔術で、リゲルは《ハーピー》の魔石を使って浮遊する。
「ここですか……」
やがてたどり着いたのは、古代語で『失われし種族』と書かれた金属プレートがある区画だ。
「はい、ここの第五書庫に『精霊』に関しての資料が保存されています。周囲の松明に触れないように気をつけて――こっちです」
薄暗い光景のもと、レベッカの案内で『第五書庫・第二資料棚(BC6830~6950)』と書かれた本棚の前へと着くリゲル。
「紀元前――六十八世紀の資料!? こんな古い資料もこれだけあるんですね」
「そうですねー。……と言ってもここは断片的な物ばかりですが。補足した物を書物として分かりやすく書物化したものも含めて、当時の物は少ないです。こっちです。ええと……」
人類は【終焉の災厄】によって滅んだとされる年を『紀元ゼロ年』、つまり暫定的に現在の歴史が始まった年と定めている。
それよりも古い時代を『精霊の時代』、あるいは『超古代』、『終焉前の時代』と呼んでいる。
レベッカは過去にも来たことがあるのか、迷いなく本棚の一角を指し示した。
「そこに『精霊の時代』――正しくは精霊王国歴、第百二十一期、通称『精霊族の末期』と呼ばれる時代の資料があります。ミュリーさん――貴方が今回出会った『二人目』の彼女のことも、ここならあるいは」
「判りました、ちょっと見てみます」
リゲルはレベッカの言う通りにその一角に近づく。
どれもが翡翠色に輝く不思議な紙で書かれた物ばかりだ。
紙自体が不可思議な光で光っている素材。
とても数千年も前のものとは思えない保存状態。
「……現代では存在しない紙を用いていますね。自動で《修復》《保存》の魔術がかけられている。これだけでも相当な値打ちだ」
「ですねー。『精霊族』は我々より高い魔力を誇り繁栄を極めていました。それなのに何故【終焉の災厄】に滅ぼされてしまったのか、彼らの力を持ってしても対抗出来なかったのは不可解ですが、今回見てほしいのはここ――『第百二十一期王朝、《ユルゼーラ女王》』と書かれた項目です」
「ユルゼーラ……!?」
その名前は効いたことがある。
他でもない、『一人目』のミュリーが慕っていた名だ。
精霊族の王にして、彼女の主。そしてミュリーの記憶に残った数少ない名称。
彼女の謎を握る希少な鍵だ。
「精霊王ユルゼーラ……この名がここにあるということは、レベッカさんは僕がミュリーを紹介する前から、ユルゼーラのことは知っていたということですか?」
「いえ……貴方から『一人目』のミュリーさんを紹介させてもらった後、急いで調べました。彼女の数少ない記憶に残った『精霊王ユルゼーラ』……その名と同じものを確かめた結果、見つけたのがこの資料です」
リゲルはその翡翠色に輝く一枚の紙を手に取って読んでみた。
『精霊王ユルゼーラ。
第百二十一期、精霊王王国の女王たる存在。
性格は残虐非道で冷酷無比、目的のためならば肉親を殺すこともいとわない苛烈なる女王。
その逸話は残虐性に事欠く事はなく、父殺し、母殺し、妹殺し、甥殺し、叔母殺し、次女殺し、婚約者殺し……数多くの親類や関係者を殺している。
ただ一方で、『有益な味方』、『愛する家族』への愛情は深く、自分の犠牲を打ってでも行動していたとされる。
魔竜から家臣を救い、病気に悩む友人を救った逸話は有名。
『悪と善』――『聖母と悪女』――両方の面を持つ、繊細にして苛烈な、精霊時代末期の女王』
「これが、当時残された資料ですか?」
「はい。これは当時の研究者が残した手記です」
レベッカは読み終えたリゲルへかいつまんで説明した。
「【終焉の災厄】に滅ぼされる直前、当時の精霊王国はドワーフ、ウェアウルフ、リザードマンなど多くの種族と争っていました。そのうち、ドワーフ王国の研究者が書いた手記です。……精霊族の記したものではないため、正確性には疑問が残りますが、貴重な資料であることは間違いないですね」
「これによると、ユルゼーラは冷酷さと慈愛を持つ女王として記されてますが……」
「そうですね、いくつかの資料を漁りましたがどれも似た見解です」
リゲルはしばらく顎に手を添えた。
「……ミュリーは出会ったときから精霊王ユルゼーラを気にかけていました。――この資料によると、精霊王ユルゼーラは愛すべき家族には優しい、『身内には優しい』性格だったとありますね。それは彼女の口ぶりとも合致します」
「ですねー。為政者とは、ときに冷酷さも求められる者です。精霊王ユルゼーラが苛烈な女王だった事は、おそらく事実なのでしょう。それとは別に、『身内に対する愛情』は深かった――そうみるべきでしょう」
レベッカはわずかに考えて応えた。
「……この、父殺し、母殺し、妹殺しなど、身内らしき者を害している点は……?」
「『権力争い』の一環でしょう。――為政者は、複数の権力があっては好ましくありません。権力のある父、母、兄弟たちがいた場合、権力は分散し支配統治が難しくなる――だから精霊王ユルゼーラは、自分が女王となる過程で肉親を葬ったのかもしれませんね」
「……それは、随分と悲しい話ですね」
「そうですね」
レベッカは神妙な表情で応えた。
「王族の宿命ですね。当時、精霊族はドワーフ、ウェアウルフ、リザードマンたちと争っていましたと言いましたね? つまり、『外敵』と争っていた戦乱です。家族仲良く暮らしましょう――というわけにもいかない。『一族の中で最も強い誰か』――それが精霊族をまとめ上げ外敵に対抗する必要があった。
――ゆえに、『結果だけ』をみると精霊王ユルゼーラは残虐ですが、内心は悲しんでいたのかもしれませんね」
リゲルは記憶にある自分の王族像を思い起こしてみた。
かつてリゲルが《六皇聖剣》として名を馳せていた当時、皇族との交流もあった。
皇族は家族が多くいる家系だったが、皇帝に連なる『本家』と『分家』では度々争いが発生していた。
たとえ父や妹でも、必要があれば殺してでも権力を集中せねばならない立場。
出来なければ身内に殺される、一枚岩にならねば未来がない争いの立場。
根本的にはこれと精霊王ユルゼーラは同じだ。
「自分が女王として精霊を率いるためには肉親を害する必要もあった。――庶民には判らない、為政者ならではの悩み。外からみれば暴虐でも、内心は判らない。案外、『愛する家族』への愛情は深い、という記述は、間違っていないのかもしれませんね」
レベッカは小さく頷いた。
「ですねー。親殺し、兄弟殺しをした王族は、人類の歴史でもそう多くありません。精霊王ユルゼーラはそれを徹底して行った――そして、『愛する家族』、という記述ですが、これも頷けます」
リゲルは首を縦に振り肯定する。
「これは比喩の可能性もありますね。――つまりは自分を慕ってくれる家臣、権力のない兄弟姉妹……そういった『害のない者』たちには優しく接していたと考えるのが妥当でしょうね」
「はい、おそらくはそうでしょう。そしてその『自分を慕ってくれる家臣』――その言葉から連想できるものと聞いて――リゲルさんは、何か思い至るものがありませんか?」
「……それは!」
リゲルは、数秒の間、目を瞑り、彼女の言わんとした事を察した。
「――自分を慕ってくれる家臣、例えば『近衛』のような?」
「そうです。そしてミュリーさんは、精霊王ユルゼーラの『近衛』をやっていたそうですね?」
リゲルはハッとした。
かつて、先日捕らえたもう一人の精霊少女、『ユリューナ』は言っていた。
――彼女、ミュリーは、『侍女』のようなことをしていましたわ。
――あるいは、『近衛』という言葉が相応しいかもしれません。
ミュリーは精霊王ユリューナの『家臣』であったと。
ミュリー自身はユリューナのことを知らなかったらしいが、それは逆を言えば常日頃から、ミュリーは精霊王ユルゼーラのそばにいたという事。
そして、常に彼女のことを考える立場だったことを示唆する。
そこまで親密な関係にあったミュリーに対し、『身内に対して優しい』精霊王ユルゼーラが取る態度とは何か。
「……レベッカさん」
「はい、何でしょう?」
「王族は、時に『影武者』を作ることがあるそうですね?」
レベッカは小さく頷いた。
「はい、人間の王族でもそれを行った者は多いです」
「なら、精霊の中でも、『影武者』を作る可能性はありますよね?」
「当然ですねー。『親殺し』までやってのけた精霊王ユルゼーラです。影武者の一人や二人は持っていたでしょう」
「――それなら、『大事な家臣』の『影武者』を作った――という可能性は、考えられませんか?」
「それは……」
レベッカは、珍しく無表情なまま無言でいた。
「――『一人目』のミュリーと、『二人目』のミュリーさんのうち、どちらかが『影武者』である可能性があります」
リゲルは静かな口調でそう語った。
「ミュリーは精霊王ユルゼーラの近衛です。ユルゼーラに可愛がられていた場合、その可能性は高いかと」
「……リゲルさんは、それを真実と思っているのですか?」
「全ては推測です」
リゲルは手に取った資料を眺め、続けた。
「精霊王ユルゼーラは、『身内に優しい女王』だった。ミュリーはその彼女の『近衛』だった。そのことからの推論に過ぎません。ですから――」
「でも、リゲルさん。その推測だと、少々困ったことになりますよ?」
レベッカは、彼女にしてはまたも珍しく、困惑気味に語った。
「貴方が心を通わせた『一人目』のミュリーさん、そして今回発見された『二人目』のミュリーさん。どちらかが本物で、どちらかが影武者だとするなら――」
「そうですね。僕は精霊族の『正規』の王族近衛と契約したのか、それとも『使い捨て』の影武者と契約したのか、そのどちらかになるということです」
そして、事はそんな単純な話ではない。
二人のミュリーがいて、両方ともが『記憶』を失い、両方ともが『封印』されていて、両方ともが精霊王ユルゼーラの記憶だけは有している。
この事が意味することは何か?
影も本物も、何らかの『理由』で封印されていたという不可解な現状。
ただの近衛にしてはあまりにもおかしな事態だ。ミュリーには謎が付きまとわり過ぎている。
「――それに、少し不可解な事があるんです」
リゲルはなおも語った。
「今回、『二人目』のミュリーを発見し、僕はこの都市に帰ってきました。その途中、『二人目』のミュリーは言ったんです」
「何を、ですか?」
「――『リゲルさんはいつも大変ですね。そう言えば、ロードオブミミック改』の時も傷だらけで……『青魔石事変』のときも、わたしは心配ばかりして……あれ? わたしは何を言っているのでしょう?』」
「っ!」
レベッカは、今度こそ驚愕に目を見張った。
「リゲルさん……それは――」
「そうです。――『二人目』のミュリー、彼女には『僕との思い出』があるんです」
リゲルは硬い声音のまま続けた。
「僕とは出会って間もないはずなのに。交わした言葉なんてほとんどないのに。『僕と過ごした記憶』を、わずかだけですが、持っていたんです」
「え、ちょっと待ってください。それって……」
「僕はそれは何らかの魔術の作用かと思いました。けれど道中、何度か彼女は不可解な言動が多くて……『まるでもう一人のミュリーが僕と一緒に過ごしてきた』みたいに不気味で、そうではないと否定したくて、この資料館に来たのですが……」
「……どうやら、事はそれどころではないようですね」
レベッカは身を乗り出して先を促した。
「『二人目』のミュリーさんは、他人の空似どころか影武者でもなく、『一人目』のミュリーと記憶を共有している? どういうことなんでしょう?」
「判りません。その答えがここならあるいは――と思ったのですが」
そのとき。リゲルの懐から、淡い光が迸った。
メアとの通信が出来る魔術具だ。非常時にと彼女にもたせていたものが、突如として輝き出した。
〈リゲルさん、大変だよ!〉
聴こえた声は幽霊少女、メアだ。
「どうしたの、メア?」
メアとしては珍しく、ひどく困惑に満たされた声音で叫ぶ。
〈『二人目』のミュリーが、『一人目』のミュリーのところに押しかけて、『自分こそがリゲルさんのパートナーです!』とか言い始めたの!〉
「……何だって?」
リゲルはその言葉に愕然とした。
〈すぐ戻ってきて! このままじゃ……わっ、ちょっと待ってミュリー、いや、『二人目』! そんな所で魔術使っちゃ……っ〉
通信が途切れた。
リゲルは急ぎ、メアの報告のもと、屋敷の方へ戻ることとした。
「どうなっている……? 『二人目』のミュリーが、『一人目』のところへ乱入……? 一体何が……」
それすらも『楽園創造会』の計画の一端であることを、この時点ではまだ誰も、知らない。
お読み頂き、ありがとうございます。





