第六十五話 鏡のような少女
「(こんな、ことって……っ!)」
リゲルは眼前の光景に、驚愕と共に否定の心情を抱いた。
目の前に現れた、美しき精霊の少女ミュリー。
けれど彼女は今、都市ギエルダでリゲルの帰りを待っているはずだ。
『青魔石事変』の調査でこの都市リーエンまで何百キロも隔て、馬車なら数日は掛かる距離を隔てた遥かな場所。
それを踏破出来るのはリゲルのような『飛行系』の魔石持ちか、《転移》系の魔術使い、いずれにしてもミュリーが可能なものではない。
あるいは、レベッカ経由で緊急の用で来たのかと思いきやそれも違う。
目の前の彼女は言った。
『どこかでお会いしたことがあるでしょうか』、と。
他人の空似。魔物の幻影。他者の奸計――様々な可能性を考慮しリゲルは慎重に応えた。
「君の名は『ミュリー』……それで間違いはない?」
「え? あ、はい。そうです……ミュリー、ですけど……それが……?」
不思議そうな顔で、困惑色を浮かべる少女。
リゲルは長年の戦いで、培った経験により『偽称』か否か判定した。さらにさり気なく『魔石』を入れた袋に手を入れ、《看破》の能力を持つ《フェイクブレイクアイ》と呼ばれる魔石の力を行使、『彼女』が詐称をしたか判定したが――。
結果は、『真』だった。
つまり彼女は嘘をついているわけではない。
では記憶を操作された別人? あるいは擬態能力を持った魔物か?
否――それも同時にリゲルが使った、《ジャッジスプリガン》と言う魔物の魔石で否定された。
リゲルの眼前には、魔石の力で『目の前の少女は種族『精霊』――
名称は【ミュリー】とはっきり浮かんでいる。
これは看破に優れた魔石だ。逃れられるわけもない。それに、目の前の少女は困惑の声を出したリゲルに、当惑している。これが演技だとはとても思えない
〈リゲルさん、『エルタ輝石』を……っ!〉
そばで見守っていた幽霊(ゴースト少女)、メアが慌てて言う。
遠方の相手を話すことが出来る魔術具、エルタ輝石――かつてミュリーに持たせたこの魔術具なら、『街で待っている』本物のミュリーに繋がるはずだ。
「あ、ああ……そうだね、やってみよう」
迂闊にもその事を瞬時に思い出せなかった自分に恥じつつ、相手がミュリーと瓜二つだからと言い聞かせていると。
『は、はい……! ミュリーです。リゲルさん、どうしましたか……?』
エルタ輝石――琥珀色に輝く石のから、都市ギエルダからミュリーの声が聴こえてきた。
「あ、ミュリー。うん……ちょっとミュリーの意見を聞きたいと思ってさ。戦闘が終わった後だから、良い機会だと思って」
『あ……そ、そうですか。……わたし、リゲルさんに何かあったのかと……』
通信の先のミュリーは心配を感じさせながらも、ほっと息を吐くのが判った。
「うん……それで、聞きたいことが一つあるんだ。――君、まさか『双子』の姉妹とかいないよね?」
『え……? 双子……ですか? いいえ、いませんけれど……』
「そう。それなら良かった。変なこと言ってごめんね。また数時間後に連絡するから」
そう言い、リゲルはエルタ輝石の効果を終了させた。
周囲に居心地の複雑な、空気が流れる。
「――ミュリーは、ギエルダの都市で僕の帰りを待っている。ということは――」
リゲルは、間違いなく話した相手がミュリーである事を確信した声音で『目の前』の少女へ語った。
「――君は、いったい何者だ?」
視線が、リゲルから鋭い視線が『もうひとり』のミュリーへと突き刺さる。
それはリゲルにしては冷徹で、冷えた槍のようなもの。
瞬時に向けられた疑惑の視線に、『もうひとり』のミュリーは当惑し、怯えの表情を浮かべ、
「え……あの、その……何者と言われても……わた、わたしは、ミュリーです、としか……」
リゲルは咄嗟に《フェイクブレイクアイ》、《ジャッジスプリガン》を複数同時に使用。それと同時に《アッパーラビット》という、短時間だが能力を『二倍化』させる魔石も併用して目の前の『ミュリー』の言葉の真偽を測った。
果たして、その結果は――。
『真』。
目の前の少女は、嘘も謀りもなく、ただ自分を『ミュリー』だと主張している。
「(……どういうことだ?)」
リゲルは困惑した。
魔物の擬態や他者の変化ならば、これで看破出来ないわけはなく、例え記憶を改ざんされた偽者でも正体は判明するだろう。
しかし、これほどの真偽判定の魔石をもってしても目の前の少女が『ミュリー』だと証明されたという頃は、彼女はミュリー ――リゲルとしては困惑する他なかった。
「……ミュリー。君にいくつか聞きたいことがある。ひとまずそれに応じてくれるかな?」
「え? あ……は、はい……」
『二人目のミュリー』は、当惑しつつも静かに頷いた。
「――君の主である精霊王は……『エリゼーラ』で合っている?」
「えり……ゼーラ? いいえ、違います。わたしの主は……『ユルゼーラ』という名前です」
「……。では君が封印されていた洞窟、第五迷宮《岩窟》の第二十五階層では、君は『棺』の中に収められていたよね? 覚えてる?」
ミュリーは首を横に振った。
「棺……? 岩窟……? ええと、違います。……わたしがいたのは第三迷宮、《惑乱》の、二十八階層です……それに封印されていたのも『鎧』の中で、棺の中ではありません」
「――最後の質問だ。君は、僕と契約して、《憑依》の力を得た。そして今日までやってきた。それで間違いない?」
「……? わたし、誰ともまだ契約していません。それに、わたしと契約して得られる力は《合成》という、魔石と魔石を組み合わせる能力だけです。憑依する能力は……」
「うん、判った。今のではっきり判明した。いきなりごめんね」
謝りつつもリゲルは驚愕と困惑と共に、多数の思考を回転させていた。
彼女が『ミュリー』という精霊であることは間違いない。
なぜなら『リゲルの知る』ミュリーは、自身の主を『ユルゼーラ』と言い、わざと間違えて今言った『エリゼーラ』とは別名だった。
よって主の名前は一緒。
次に『封印』されていた場所だが、これは『リゲルの知る』ミュリーは第五迷宮《岩窟》の二十五階層におり、封印具は『鎧』だった。
けれど目の前のミュリーは第三迷宮《惑乱》――しかも二十八階層だと称した。『鎧』に封じられていた点以外は全くの別。
そして最後、ミュリーと契約して得られる力は《合成》であって、憑依ではない。
これはこれまで、リゲルが数々の難敵を《合成》で撃破してきたから明らかだ。
そして驚愕すべきは、これらの事柄について、『目の前の』ミュリーが語ったとき、《フェイクブレイクアイ》、《ジャッジスプリガン》の魔石は『偽』とは判定を下さなかったということだ。
つまり、今までの状況を総合すると――。
目の前のミュリーは『精霊少女ミュリー』であり、その能力も一緒。
けれど『封じられていた場所』が違い、リゲルとは『初対面』という、極めて特異な状況。
結論を言えば――『ミュリーが二人いる』――リゲルは、この事実に頭がおかしくなりそうだった。
「あ、あのリゲル、さん? ……何か、おかしな事を言ったのでしょうか? わたし、とても失礼なことを……」
「あ……いやちょっとね。僕の記憶とあまりにおかしな状況だったから、困惑していてね」
「おかしな……? 困惑……?」
『もうひとり』のミュリーが、困惑しつつも、気遣わしげに問うてくる。
「それはいったい、どういうことですか? まさか、わたしは貴方と出会ったことがあるのでしょうか? ――すみません、わたし、『記憶がない』もので……」
「……」
リゲルは、今度こそ呼吸が止まったかと思った。
記憶がない。
それはすなわち、『リゲルの知る』ミュリーと全く同じ状況だ。
彼女も二ヶ月前、リゲルと出会うまでは自分の名前と主、仲間の名前など、一部を除き何一つ思い出せなかった。
魔石の力を持ってしても掘り起こす事は不可能だった。
それと酷似している。いや――全く同じ状況。
「……いいかい、ミュリー。これからとてもおかしな事を言うよ」
「あ……は、はい……?」
リゲルは、努めて冷静に、目の前のミュリーに語りかけた。
「君の他に僕は――『もうひとりのミュリー』を知っている」
「え……?」
「そして彼女は――僕の拠点で、僕の帰りを待っている。つまり僕は、『二人のミュリー』と出会った形だ」
「ええ……?」
「付け加えると、さっき通信に出た少女――あれは『僕の知るミュリー』だ。そして君も、どうやら『ミュリー』で間違いないらしい。……これは、どういうことか判るかな?」
「え……わ、わたしが、ふたり……? そ、それに……リゲルさんとはすでに会って……? ど、どういうことですか……? わたし、わたし……」
『もうひとり』のミュリーは困惑をあらわにそう呟いた。
無理もないだろう。貴方の他に貴方がいると言われて平静でいられる者はいない。
そう思う一方で、リゲルは冷徹に、その合間にも最大限、《フェイクブレイクアイ》、《ジャッジスプリガン》を使い続けた。
けれど。
『真』。
『真』。
『真』。
『真』。
『真』――。
つまり彼女は嘘の一つも言ってはなく、紛れもなくミュリー、つまり『もうひとり』のミュリーであると、証明され続けていたのだった。
† †
それから三時間、リゲルは周辺地域の探索を行った。
結果としては、生存者は先ほどの八名を含めて九十五名。
街の被害としては多いと言えるだろう。
中には『青魔石事変』のときに街外へ出た者もいたらしく、正確なこの都市の生存者は現状では判らなかった。
その捜索は別のギルド捜索隊が担当する事となった。街に『青魔石使い』は無し。すでに全ての戦闘は終わり、この都市にいた『青魔石使い』は撤収、あるいは効力が切れただの人間へと戻った可能性もある。
生存者の中に『青魔石』を持っている者がいるか調べたが、ゼロ。生存者は正式に被災者として全員、ギルドが保護する事となった。
例外はただ一人。
ミュリー――正しくはこの都市で出会った、『二人目』のミュリーのみだ。
「わ、わたしは……どうすれば良いのでしょう……?」
マーティンら護衛の騎士たちに食料などを渡される他の被災者たちを遠目に見ながら、『二人目』のミュリーは当惑顔でリゲルへと言った。
「ひとまずは僕の拠点である都市ギエルダへ行こう。そこでギルドマスターや、参謀長のレベッカさんとの相談になると思う。その後の処遇については確約出来ないけれど、ひとまず都市ギエルダで保護、という形になると思う」
ミュリーは困惑をあらわにしたまま呟いた。
「ほ、本当なんですか? わたしの他に、もうひとりの『わたし』がいるなんて……そんなこと、信じられません……」
リゲルは一瞬だけ目を閉じて思考を巡らせた。
これについてリゲルはあれからいくつかの仮説を立てた。
一、魔物の擬態――《看破》の能力すら騙す、完璧な擬態能力の、超高位魔物。
一、記憶を操作された全くの別人。
一、全く同じ名前、同じ主を持つ、ミュリーという別の少女。
一、リゲルたちが《幻影》の魔術によって見せられている幻。
いずれもがこの場では証明不可能なものばかりだ。
リゲルの魔石は万能とは言え、さすがに迷宮奥深くの魔物にまで通じるものとは思っていない。
『悪魔の領域』と呼ばれる迷宮の三百階層以上の『魔物』であるならばミュリーの擬態も不可能ではなく、可能性はある。
記憶を操作された別人の可能性、及び《幻影》によって現れているだけの存在ならば、いずれその目的のために活動するだろう。今看破することは叶わない。
そして一番無害で可能性の低い仮説だが――『単なる同名の精霊』、これは考えても仕方のない事だろう。
人間も同じ名前の人間がいるのは当然で、同じ顔の人間がいたとしても不思議ではない。
その確率がどれほど低くとも可能性として存在する以上否定出来ない。
けれど、その場合無害なため考える余地もない可能性だ。
よって当面、リゲルが危険視すべきことは二つ。
これが『楽園創造会』による『刺客』である可能性。
つまりリゲルの大切な少女であるミュリーを模した『暗殺者』である可能性だ。
あるいはミュリーに扮した偽者を用意することでリゲルやギルドを混乱させるのが目的。
どちらも『楽園創造会』が『青魔石事変』に続き企てた、『策略』だという仮説。
最も危険で――それでいて考えたくない可能性だ。
今、目の前の少女はひどく困惑している。
青魔石使いによって被った都市の被害――その上で『もうひとりの貴方がいる』などと言われた極度の混乱状態。
目は怯えの色、体は震え、息はか細く、時に過呼吸めいている。
――この少女が、敵の刺客?
考えたくないし、事実だとしたらどれほど嫌なことか。
けれど、可能性としてはあり得るのだ。
『楽園創造会』は『青魔石』という、人の欲望を刺激して暴走させる暴挙を行った。
その組織がそれ以上の悪辣な手を使わないと誰が証明出来るだろう。
それに、これはリゲル自身がより深い理解を得る可能性にも繋がっている。
――すなわち、ミュリーの秘密の把握。
これまでミュリーは、数多くの恩恵をリゲルにもたらしてきた。
けれどその一方で、謎めいた一面があるのも事実だ。
――彼女は何のために封じられたのか? 誰に封じられたのか? 精霊王とは? 彼女のいた時代の真実とは?
『リゲルの知る』ミュリーはほとんど何も知らない。
けれど『二人目』のミュリーなら何か知っているかもしれない。
記憶がないと言っていたが、別の記憶はあるかもしれない。
いずれにせよ、一度ギルドに渡し、詳しい調査をしてもらうべきだ。
「大丈夫だよ、ミュリー。僕は君の味方だ。君が記憶喪失でも、被災した精霊でも、君を保護することは変わらない。ギルドとの仲介も全て僕がやるから、心配しなくていい」
「ほ、本当ですか? ……あ、ありがとうございます……っ」
怖さや困惑で満たされた顔――それはかつての『一人目』のミュリーが浮かべていたものと同じだ。
刺客なのか、ミュリーを知る鍵か。
それは判らない。
けれどこの『二人目』のミュリーとの出会いが、よりミュリーへの理解を深める拠り所だと、リゲルは思っていた。
数分後、リゲルは捜索体の皆を呼び、宣言した。
「――当都市の探索はひとまず終了とする。皆、準備が出来次第、一端ギエルダへ帰還しよう」
「……やれやれ、とりあえずは一段落ですか、でも騒ぎは絶えませんね」
「本当ね、ミュリーがもうひとり……? 悪い冗談だわ」
周囲の警戒をしていた盾使いのマルコと回復術師のテレジアが肩をすくまて語る。
幽霊少女のメアが心配そうな顔で寄ってきた。
〈でもリゲルさん、『二人目』のミュリーはどうするの? 調査するにも、方法はあるの?〉
「それに関しては僕に考えがある。――僕は、『特権探索者』だ。つまりギルドの資料を他の探索者よりも深く知ることが出来る」
リゲルは、珍しく困惑しているメアに微笑しつつ、ゆっくりと語った。
〈あ、じゃ、じゃあ……っ!〉
「そう――ギルドに保管されている膨大な資料、その中には、『精霊』について詳しく書かれた物もあるかもしれない。帰還したら僕は、それから『ミュリー』に関する情報を探すつもりだ」
お読み頂き、ありがとうございます。





