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第六十四話  生存者

「――敵部隊の排除を確認。状況終了。――お疲れ様、みんな」


 『楽園創造会シャンバラ』の刺客と思しき仮面の戦士たちを撃退したリゲルたちは、周囲の警戒を怠らないようにしつつ、言葉を吐き出した。


「念のインプや《ハイインプ》に警戒がさせる。……けれど、もう周囲に敵影は見かけない。当面の危機は去ったと見ていいみたいだね」


 残った三十八体の魔物に守られつつ、リゲルはそう語る。


 実際、敵は手強い相手だった。周囲に転がっているのは八人の『仮面』の刺客たちで、いずれも手練れ。

 こちらも魔石の多くを消費した。戦闘時に喚んだ魔物の大半がやられ、残ったのは《ハイガーゴイル》や《ハイゴーレム》など、守備に秀でた個体や、援護で後衛の個体のみ。

 前衛はほぼ全滅した。最後の方はマルコの大盾とテレジアのヒーリングに頼ってばかりだったことに、リゲルは若干の反省を覚える。


〈うわー、すごく疲れたよ~〉


 霊体であるにも関わらずメアが精神的な披露を訴えた。


「……ぜえ、はあ……ぜえ……」


 ハイシールダーとして絶えず前衛で守りを固めていたマルコは返事もままならない。


「……だいぶ、時間が掛かったわね。増援はないと信じたいけれど……」


 ヒールの使いすぎで精神的に疲労の極地であるテレジアが、愚痴もほどほどにそう呟く。

 言葉に出来るだけまだマシな方だろう。

 リゲルだけがほとんど平時と変わらず口を開ける状態だ。


「……万一、増援があったとしても次は対抗策はある。……今度はこんなに時間は掛からないよ」

 

 そう語り、リゲルは『仮面』の刺客の一人の仮面を剥ぐ。


 ――まだ年若い、精悍な青年だった。

 体のあちこちに切り傷や擦り傷があり、元々歴戦の勇士だった事が伺える。


 それに装備も一級品。ミスリルをも上回る、『ヒヒイロカネ』と呼ばれる高級素材を分だんなく使われた強力な武具の数々だった。

 そして『仮面』に記された魔物の顔も、《オーガ》。

 元は迷宮の『階層主』として有名な怪力の鬼人である。

 元からある精強さ、そして装備の強力さ、さらには『仮面』による恩恵で三重の強大さを誇っていた青年。


 似た装備や仮面をつけた戦士があと七人もいる。

 これは誰であっても苦戦は必死な相手だったが――コツは掴んだ。


 動きに一定の法則があるのだ。

 それさえ把握して戦えば、二度目の迎撃は容易だ。

 ――動きが異なる場合もあるだろうが、基本は始めの一戦の応用で何とかなる、というのがリゲルの中での結論だった。


〈リゲルさんが朝の散歩みたいな気楽な口調なのが凄いね……〉

「あはは、まあ、故郷では何度か修羅場をくぐってきたから」


 『六皇聖剣』の時は七日七晩寝ないで戦闘し通しだった事もあった。それから比べればこの程度は何でもない。

 『青魔石事変』を経てリゲルのレベルも大きく向上した。《錬金王》アーデルに色々と奪われた当初より格段にリゲルは強くなっている。


「――それにしても不可解だ。ここにきて『楽園創造会シャンバラ』が正攻法でせめてくるなんて。……てっきり、搦め手で攻める連中だと思っていた」

「……それはあたしも同感。はじめは策を用いて、後で正攻法……ある意味、奇襲に近い戦略だと思うけれど、厄介ね」


 テレジアがだいぶ回復した息を整えて語る。


「そうだね。確かに、『搦め手』だと身構えている中に武力で正面からぶつかられるとそれはそれで困るな。……あっちは人間の精神の隙を突くのが上手いようだね」


 八百年前、一度滅んでいながら今再興しているのは、それだけ用意周到かつ智謀をつくした面々が、指揮を執っているのだろう。

 でなければこんな高度な戦略など取れない。

 改めて、『楽園創造会シャンバラ』への警戒を深めたリゲル。

 マルコが周囲の警戒を行いつつ尋ねる。


「あの、そろそろ移動しませんか? ここにいるとまた奇襲される恐れもあります」

「――うん、そうだね。そうしよう。この刺客たちは……おそらくトカゲの尻尾。一応確保はするけど、情報は得られないだろうね」


 念の為、無力化した八人の刺客の仮面を全て剥ぎ取り、なおかつ《チェインスネーク》など五種類の拘束に長けた魔石で拘束しておく。

 その上で《メモリースライム》など記憶を探る魔石を使ったリゲルだが、八人の中の記憶から得られたのは『楽園よ、永遠に!』という、狂信者じみた思考が見れただけだった。


 後は戦闘の技能。そして仮面をつけられる前の記憶だ。

 大半は名うての『探索者』だった事が判ったくらいで、案の定『楽園創造会シャンバラ』の確信に迫る情報は何も持っていない。


「――無関係な人を『仮面』で洗脳して兵士へと仕立て上げ、使い捨ての駒として利用する――合理的ではあるけれど、これを実行させた人物は、人の皮を被った悪魔だ」

〈あたしもそう思う。ひどい人たちだね〉


 メアも憤りを隠しもせず賛同する。

 戦略的には理にかなっていても、人道にまるで配慮していない。

 このやり方、まさに外道の極み――『楽園創造会シャンバラ』への憤りばかりが募る。


 あるいは、この思考こそがあちら側の思惑の一つなのでは、と思うと疑心暗鬼にもなりかける。

 心理的攻撃が上手い相手ならば、当然、この八人の刺客が敗れる事も想定していたはず。

 そしてその後リゲルたちが抱くであろう気持ちも、今後の作戦に利用するつもりかと思うと、どこまでが彼らの計算で、どこまでがそれ以外なのかがわからなくなる。


「いっそのこと、全部正面からか、搦め手ばかりの戦術なら与し易かったのに」


 相手は十以上の都市を壊滅に追いやった巨悪。リゲルは、短い嘆息とともに『楽園創造会シャンバラ』に利用された八人の拘束をし終えた。


「じゃあ、この八人は《ハイゴーレム》たちに預けておこう。後で帰るときに回収する。――メア、周囲に敵影は?」

〈ないよ! リゲルさんの魔石でも反応はないよね?〉

「うん。……じゃあ先へ進もうか、マルコ、テレジア。僕たちの目的は『都市の探索』だ。まずは生存者がいるか探す。もしいれば保護――いなければ、『楽園創造会シャンバラ』への危険度をより強めるべきと、レベッカさんに報告することになる」

「了解です」「判ったわ」


 ようやく疲弊から回復した二人が頷くと、リゲルは最後にもう一度《索敵》の魔石を使い、完全に安全を確認すると、街の奥地に進もうとした。

 ――その時だった。


「……おおい……」


 かすかに。

 ほんのかすかな、音がした。

 否、それは音ではない。人の――行きている人間の、声だ。

 リゲルたちはお互いに顔を見合わせた。


「……生存者?」


 声は、足元の瓦礫の下から聴こえた。

 深い深い、高く積み上げられた瓦礫の、真下からだ。


 

†   †



 ――それは遠い、今からすると遥か前の記憶だった。


『あの、リゲルさん、これ、紅茶を入れてみたのですけど、どうでしょうか?』


 まだリゲルが精霊の少女、ミュリーと出会って間もない時。ふと《迷宮》から帰って拠点に帰ると、彼女は恐る恐る、といった様子で紅茶のティーカップを差し出してきた。


『うちにあった葉を入れただけのものですけど、お口に合えば嬉しいです』

『え、あ、うん。ありがとう、助かるよ』


 迷宮での探索の疲れも見せないよう、ことさら優しくリゲルは言った。


 ミュリーの表情はどこか頼りなさげで、リゲルの顔色を伺う気配がありありと感じられる。

 それを感じさせないようゆっくりとリゲル紅茶を飲む。美味しい。格別に上手というわけではないが、それでも紅茶葉の旨味を引き出している。自然と、リゲルは笑顔になる。


『うん、美味しいよ。ありがとう』


 そう穏やかに褒めると、ミュリーは途端に花が咲いたような笑みを見せた。


『あ……良かった、です。上手く出来るか心配で……』


 それは儚い道端の花のようで、けれど美しくはあるがどこか弱さを感じさせる笑みでもあった。


 後に、リゲルはミュリーと徐々に言葉を交わし信頼を得る。

 数々の苦難を乗り越え彼女の命を救い、『親愛』以上の感情を寄せられる事にも繋がった。


 そして『青魔石騒乱』の終わりには彼女からキスもされた。

 それほどの想いを彼女からは寄せられるようになったが、最初から彼女はリゲルに全幅の信頼を寄せてはいなかった。

 はじめは拾った小動物のように、怖がりながらリゲルに接していた。


 それは、拾ってもらった事への恩義とそれに対する恐れ。

 他者を信じきれない怯え。


『拾ってはもらったけれど、相手が自分をこのまま大切にしてくるのか』――という、当たり前の感情。


 リゲルからすれば杞憂とも言える感情だ。

 けれど、それを否定することは出来ない。

 助けられた人間は、安心すると同時に新たな心配をするものだから。


『拾ってくれた人が善人か、悪人か――それを察するまで心象は決して穏やかではないのだから。


 ミュリーの時に訪れたそれを、今再びリゲルは迎えていた。



†   †


 

「た、助けに来てくれたのか……?」


 無限とも思える瓦礫の山々の下、衣服がボロボロになり果てた人々はそう言った。

 都市レーアスに属していた街人だ。

 刺繍屋と思しき素朴な女性、商人と思われる恰幅の良い男性、教会のシスターと思しき女性や、まだ幼い子供までいる。


 いずれも共通するのは薄汚れ、くたびれ果てた衣装だ。顔色も悪い。疲弊している。

 『青魔石使い』に街が破壊され、逃げ惑ううちに性も根も尽き果てたのがまざまざと見せられる有様だった。


「た、助けか……?」

「暴走者ではないのか……?」「だとしたら治療の魔術を!」

「お願い、子供を探してくれないか!」「わた、私の家の様子は……家族は無事なのか?」


 リゲルは口々に声を上げる人々に声を張り上げた。


「――皆さん! まずは落ち着いてください!」

 

 瓦礫の中に出来た奇跡的な隙間に身を寄せ合うようにしていた人々が、一斉に黙り込んだ。


「――僕の名はリゲル。探索者『ランク黒銀』で、都市ギエルダで『特権探索者』の称号を得た者です。皆さんの救助をするため、ギルドから派遣された一人です」


 黒銀色に輝くギルドカードを見せつけるようにして語ると被災者たちは大喜びした。


 窮状にある人間をまず落ち着かせるには、大きな声とそしてはっきりとした身分の提示が効果的だ。

 加えて『特権探索者』という、『ギルドの信頼を得た者』としての立場を表す事で、安心感を与える。


 力強く声を張り上げ、燦然と輝くギルドカードを見せる――それだけの行為で、被災者たちは格段に落ち着きを見せた。


「ランク黒銀!?」「しかも『特権探索者』!?」「良かった、これで何とかなる……っ」


 瓦礫の下に隠れ、命からがら逃げ延びていた人々にとって、リゲルは救世主のように見えたことだろう。


「僕が来たからには安心してください。他にも何人も仲間がいます。――僕はこれよりあなた達を支援します。誰か、怪我をしている方は? それか不自由な思いをしている方は僕や仲間に相談を!」


 リゲルに続きメア、マルコ、テレジアが瓦礫の下に入ってきた。

 美しい容姿のメア、それにテレジアも入ってきたことから、ことさら被災者の顔に安堵が強くなる。


「よ、良かった……もうここに隠れるのも限界で……」

「食べ物も水もないんです……何人かは様子を見に外へ出て帰ってこなくて……っ」

「ママは? ねえママはどこへ行ったの?」


 当座の命の危機を乗り切れると判った被災者が、次第に大きく、そして早口で質問や要望を重ねる。

 その彼らに負けないようリゲルは声を張り上げ、


「静かに! ――現在、仲間が周囲を探索中です。皆さんの知人や家族がいればきっと見つけ出してくれるでしょう。そして食料は十分にあります。――メア、テレジア、彼らに食料をあげて」


 リゲルは腰に下げた収納袋、『グラトニーの魔胃』から多数の携帯食を取り出した。クッキーや干し肉、菓子パンなどだが、メアやテレジア経由で与えると皆が安心していく。


 心が弱った者はまず権力者や、美しい者にすがりたくなる。リゲルは自分を『特権探索者』という強者かつ信頼出来る立場だと示し、さらに見目麗しい少女であるメアやテレジアを贈与役として選ぶことで、彼らに安心感を得させたのだ。


「周囲の安全は確保してあります。まずは食事を。――マルコ、上のマーティンさんたちに言伝をお願い。生存者は八名、疲弊していて温かい寝所と食料を欲している。あとは他に知人・家族の捜索がいるからその捜索を」

「判りました」


 唯一手の空いていたマルコに伝令役を頼み、リゲルは被災者たちを見やる。

 彼らはボロボロの服装だが健康面で問題ある者はなさそうだ。

 念のサーチアイバットという他者の状態異常などを検知するコウモリ型で健康状態を検査してみてたが、『打撲』、『火傷』、『疲労』などだけで、命に別条はない。


 その打撲や火傷も、テレジアが《ヒール》の魔術で適宜治していった。彼女は救いの天使に見えたことだろう。


 加えて幽霊少女のメアの方も、初めは皆驚いていたようだが、メアが明るい性格なこと、そして可憐なドレス少女であることから、すぐさま被災者たちの安心を獲得していた。


「生存者は八人だけ? 他にはいますか?」


 リゲルは八人の中で比較的落ち着いている壮年の男性を見て尋ねた。

 汚れた鎖帷子を来ていることからすると、おそらく《探索者》の一人だろう。

 彼はくたびれた様子で、


「……あ、ああ。私が救えたのはこの場にいる者たちだけだ。――妙な『青い石』で暴走した奴らに追われてね、何とか彼らだけは守ることが出来たんだが……鎧も剣も砕かれて」


 その表情には死と生の狭間を彷徨った者特有の、疲労感と安堵感がありありと感じられた。


「……後はもう死を覚悟するかないと思っていた矢先、貴方たちの救援だ。本当に、感謝するよ」

「いえ、それが僕らの使命ですから」


 リゲルは頬を緩め笑った。

 探索者の壮年は少なくない手傷を負っていたが、リゲルが《ヒール》をかけると即座に回復は終わった。

 武具だけは無かったので、リゲルが《ハイバスタードソード》と《ハイゴブリンアーマー》、《ハイウェアウルフヘルム》、《デッドベアブーツ》、《ホブオウルマント》の装備を与え、とりあえずの防備とした。


 『なんでこんな高価な装備をぽんぽん他人に貸せるんだ!?』と彼は驚いていたが、緊急時なのでリゲルはそれに構わなかった。


「他に何か欲しい物はありますか?」

「え? い、いや。十分すぎるほど強い装備だが……あ、ありがとう、助かった」

「そうですか。足りなかったらこの三倍くらい強い装備もあるので言ってください」

「え!?」


 冗談でもなんでもなく言うと、壮年の探索者は驚愕したまま動かなくなった。

 ひとまず彼の方は大丈夫だと判断したリゲルは、他の七名の様子も確認する。


 刺繍屋と思しき優しそうな風貌の若い女性。

 商人と思われる恰幅の良い男性。

 教会のシスターと思しき女性。

 母親のことを心配している幼い子供。道化師のようだが、今はメイクが落ちて素顔が見えている青年。

 鍛冶職人と思しき、筋骨隆々の男性。


 そして、フードを深く被った、細い輪郭の何者か。


「――失礼」


 リゲルは、その最後のフードの人物のもとへ近づいた。


 他の七名は皆どこかに打撲なり火傷なり負っていたが、その『フードの人物』だけ何の外傷もないようだった。

 もしかしたら彼、あるいは彼女も《探索者》かと思い、近づいてみると、


「あ、あんちゃん、その人は俺らを守ってくれた恩人でさあ」


 メイクが落ちた道化師の青年が真っ先にそう説明してくれた。


「そうなの。彼女と探索者の彼が協力してくれなかったらどうなっていたか」


 刺繍屋と思われる女性がそれに補足するように語り、


「……そうだな、彼女の《防護魔術》によってだいぶ助けられた。彼女がいなければ我々も危なかっただろう」

「おねーちゃん、超すごいんだよ! 強い光で、ぱああと悪い奴を追い払ってくれたの!」


 先ほどの壮年の探索者が嬉しげに語り、幼い子供も命の恩人だと称賛する。


「そうか、それほどの魔術を。――失礼ですが、顔を拝見しても? 外傷の確認と、名前の確認もしておきたくて」

「あ、は……はい」


 言われると、フードの人物はか細い声でそう応えた。


 涼やかで、柔らかな旋律の美しい声だ。

 オペラの女優でもこれほどの美声はなかなか出せないだろう。

 天上の天使が降りたらこのような声を出すのではないか、聞けば皆がその声に酔わずにはいられない、そう思ってしまうほど、彼女の声は可憐だった。


 彼女がゆっくりとフードを下ろす。


 

 ――瞬間、リゲルの背筋に電撃的な怖気が走った。



「――っ!? そんな馬鹿な……っ!?」


 リゲルは、震える声を抑えられず、呆然とする。


 これまで、数々の修羅場をくぐってきた。

 命を狙われた事は数知れず、驚愕を全身を覆った事も一度や二度ではない。


 けれど。


 かつてこれほどの衝撃を受けたことはない。

 数々の戦闘で培った精神力、胆力。何より、強くなった事から自然と心の余裕が生まれていた。

 けれど。目の前に現れたその光景は。

 彼女は。

 彼女の顔は――。


「……君は、ミュリー!?」

 

 かつて、リゲルが迷宮で拾った少女。数々の信頼を得て、キスまでしてくれた少女。そして今は遠い都市ギエルダで、『リゲルの帰りを待っているはず』の、美しい精霊少女が、そこにした。


「そんな……なぜ君がここに……」


 リゲルは、はじめ彼女を他人の空似だと思った。

 無理もない。空間的にあり得ない。

 時間的にもリゲルに先回りして被災者を救う手立てなどなかったはず。


 けれど少女は銀色に輝く髪も白磁の如き肌も、ルビーのような紅い瞳も何一つ同じ。


 少女は、はじめリゲルの反応がよく分からない、という顔をしていたが、


「あ、は、はい……わたしの名は【ミュリー】。精霊の少女です。……え、えっと、失礼ですが……どこかでお会いした事がありますか?」


 ぞくり、とリゲルの背筋が恐怖とも怯えともつかないもので襲われた。


 彼女は。

 紛れもないミュリーと全く同じだった。

 顔も、声も、その髪も、肌も何一つ変わらない。

 何度も見て、何度も触った――拠点で待っているはずの美しい少女、ミュリー。

 それとそれと全く同じ少女――その名も【ミュリー】。

 

「これは……」


 ――リゲルは、これが、新たな災厄の火種になると、ぞくりと背筋を震わせ、確信した。


「あの、わたし、何かおかしな事を言ったでしょうか? あの……リゲル、さん?」



お読み頂き、ありがとうございます。


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