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終:朝陽に向けて

 無防備な背を向けたカゲロウに必殺の一撃を繰り出そうとした瞬間、閃光が目を焼いた……。

 アンが知覚した現象を述べるならば、そのようになる。


『うわあああああっ!?』


 元来重装甲を売りとする機体を更に強化したはずのショテル・ウィルダネスが紙を裂くように両断され、たまらず顕造(ビルド)が解除された。

 勢いのまま地面に投げ出され、砂の味が口の中へ広がっていく。


「く……くそったれっ!」


 ――こいつにだけは。


 ――模型騎士にだけは負けたくなかった。


 憎むべき中央(オールド)模型局(ファクトリー)を象徴するかのような存在は、地に付すアンを遥か頭上からツインアイで見下ろしている。


「くそっ! ちくしょうっ!」


 目の前を見れば、自分と共に敗れ去った愛機が元のプラモデルへと戻り転がっていた。

 拳を振り上げたのは、いかなる感情によるものだろう……。


「ちくしょうめっ!」


 ともかくアンは、這いつくばったまま振り上げた拳を……しかし振り下ろせなかったのである。


「……殺せ」


 力なく手を下ろし、そう呟く。

 野盗に対する刑罰など、旧文明の昔から決まっている。

 すなわち、死刑だ。

 だからこれは、当然の覚悟を述べたまでだった。


『いや、殺さん』


 しかし、頭上から降ってきた答えは全くもって意外なものだったのである。


「な、何を言って……」


『アン・サジエッタ――模型歴二一一年に士官学校へ入学し、同二一三年にこれを卒業。

 卒業後、少尉として南部人型模型師団へ入隊する』


「それは……」


 言葉を失うしかなかった。

 模型騎士が述べているのは、アンの経歴に他ならなかったのだ。


『当時、独立気運が高まっていた南部では武力闘争が絶えなかった。

 そんな中、貴官は優秀な功績を残し二一五年には昇進し中尉の地位に就いているな』


「まあ……な……」


 脳裏に思い描かれたのは、かつて目の前に転がる機体と共に駆け巡った戦地の光景であった。

 武力闘争が絶えない、などと簡単な一言で言い表せるものではない。

 ショテル・ウィルダネスが頑強かつサバイバビリティに特化したカスタマイズであるのも、射撃武器を廃し大剣しか持たぬのも、理由あっての事なのだ。


『だが、同年貴官に非情な命令が下された。

 ――物資の現地徴収。

 命令書に記載された言葉は簡潔だが、時勢と現地の情勢を鑑みれば実態の察しはつく。

 貴官はそれに逆らい軍を脱走。以降の三年間は同じあぶれ者達と合流しながらこれをまとめ上げ、この辺境へ流れ着いた』


「……合ってるよ。それがどうした?」


『実は、今まで貴官らが襲った人々からの証言も得られている。

 いわく、『最低限の物資だけ要求し他には何もしなかった』と……。

 どころか、橋や畑の修繕に力を貸すこともあったらしいな?』


「……覚えてないね」


 目を背けるアンに対し、カゲロウは膝をつくとあらためてこう告げた。


『この辺境ではなかなか情報も流れてこないだろうが、一年前、新女王陛下の即位と共に中央(オールド)模型局(ファクトリー)の大規模な自浄政策が始まっている。

 アン・サジエッタ中尉。貴官にかけられていた容疑も調査の結果晴れ、不問のものとなっている』


 その言葉にハッとし、先程よりは随分と低い位置にあるカゲロウの顔を見やる。

 それはアンのみならず、あの戦場を戦った仲間達が求めてやまなかったことなのだから……。


『女王陛下直々の指令を伝える。

 ――アン・サジエッタ中尉。これより軍に復帰し、シドー・I・ハセガワ模型騎士の指揮下で平和と友愛のためにその力を振るわれよ』


 ボロボロだったはずの体に、力がみなぎってくるのを感じた。

 顕造(ビルド)強制解除に伴う衝撃も、地を転がり回った痛みも、今は感じない。

 そしてアンは立ち上がると、愛用のプラモを胸に掲げたのである。


「――拝命(はいめい)します」


 これは中央(オールド)模型局(ファクトリー)に所属する士官の、正式な敬礼であった。




--




「名前になんて、興味ないんじゃなかったの?」


「知ってたからな」


 共に顕造(ビルド)を解除し、荒野へ降り立ったシドーの言葉はごく簡潔なものだ。

 その言葉に、ユウはぷくりと頬を膨らませる。


「つまりさ、最初からさっきの事を伝えるためにこの町へ来たってこと?」


「それも……いや、そういうことになるな。

 とはいえ、相手は野戦慣れしていて居所を掴むのに難儀していたが」


「それって、あたしを釣り餌にしたってことじゃん!?」


「まあ、そうなるな。だが、思いのほか上等な釣り餌に仕上がったじゃないか」


 結局、全てがこの少年の思うがままだったということだ。

 その事実は、ユウの決意をますます固いものにしたのである。


「これから、あの人たちどうするの?」


 とはいえ、それを告げる前に確認すべきことを聞く。

 視線の先には、アン……中尉の指揮下できびきびと点呼を取る元盗賊団の姿があった。


「奴らには、この辺境部で警ら活動に従事してもらうさ。

 こちらに回す手がないというのもあるし、ああは言ったが罪は罪だ。

 これからの生き方で、しっかり償ってもらわないとな」


 そしてその言葉はユウにとって、願ったりかなったりのものだったのである。


「ここはあの人たちに任せて、シドーはまた他の所へ行くってこと?」


「そうだ。この大陸には、まだまだ俺の知らないプラモとその使い手が待っているからな」


 そこまで言うと、シドーは振り返った。


「それはそうと、今回持ってきた工具……あれはお前にやろう」


「ううん、いらない」


 昨日までの自分ならば、大喜びでそれを受け取っただろう。

 だが、即座に口から出たのはにべもない言葉であった。


「フ……現金なやつだ」


 まるで、あらかじめ用意していた台本を読み上げるように……。

 まったく噛み合っていない台詞を続けるシドーに、笑顔でこう告げる。


「だって、あたしもついてくもん!」


「礼はそうだな……いつか満足のいくプラモが作れたら、俺のところへ見せに来い。

 その日がくるのを楽しみに――なんて?」


 初めて見る表情でそう聞き返された。

 それはユウにとって大いに満足のいくもので、散々振り回された少年に意地の悪い顔でこう続けてやったのだ。


「だって、あたしが腕を上げるのが楽しみなんでしょ?」


「それはまあ、ううん、そうだな」


「なら一緒に行くのが一番効率いいじゃん」


「なるほど。

 ……いや待て。町の守りをどうする気だ?」


「あの、アンっていう人が守ってくれるんでしょ?」


「ああ、まあそうなんだが……」


 思いがけぬ展開にうろたえるシドーの顔を下から覗き込み、畳みかける。


「旅費はお父さんが残してくれたお金あるしさ。迷惑はかけないようにするって、約束する。

 ――ねえ、ダメ?」


「う、ううむ……」


 腕を組み、少年は天を見上げた。

 それは空を見るというよりも、どこか遠くの誰かと言葉ならぬ言葉を交わしているかのようであったが……。


「……まあ、いいだろう。

 乗りかかった船だ。お前を一人前の模型戦士に仕込んでやるさ」


「本当! やった!」


 自分でも子供っぽいとは思ったが、飛び跳ねて喜ぶ。

 そうせずには、いられなかったのだ。


「……押しの強いところは、そっくりだな」


 シドーが何かをつぶやいていたようだが……。

 それはユウの耳には、届かなかったのである。




--




 翌日。

 二人を乗せたキャンピングカーは、道なき荒野を快走していた。


「これから、どこへ向かうの?」


「ああ、ここから西へ向かった先の街で、一週間後に大規模な模型展が開かれる予定だ。

 ……情報によると、革命組織の動きがあるらしい」


「西かあ……え、西?」


 その言葉に、思わず隣で運転するシドーを見やる。

 自信満々の表情は、己が行く先に一切の不安を感じていないかのようだった。

 それを裏付けるように、二人を乗せたキャンピングカーは()()に向かって力強い歩みを進めていたのだ。


「逆! シドー! 逆!」


 ……一人で盗賊団を探し出せなかったのは、ごく当然のことであった。

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