『その他大勢』の俺と★あの夏★そしてヒロインの叫び
★「その他大勢」の俺と★
黄泉代は、「その他大勢」だ。
クラスの集合写真は、だいたい端っこの方。
体育祭では応援席、文化祭では背景。
先生に名前を呼ばれることも、ほとんどない。
それで困ったことはない。
目立たないというのは、案外、楽だ。
誰かに期待されることもない。
失敗して、みんなの前で恥をかくこともない。
誰かの人生に、大きな影響を与えることもない。
俺は、そういう人間だ。
――昔から、そうだった。
小学生の頃。
クラスで劇をやることになった。
主役は、俺の幼馴染の高坂。
高坂は、いつも人気者の男子だった。
足が速くて、勉強もできて、先生にも好かれた。
事故にあっても無傷、運にだって恵まれている。
一方俺は、その他大勢。
村人A。
台詞は二つ。
出番は三十秒。
そんな役だった。
ところが本番の前日。
主役の高坂が熱を出した。
先生は困っていた。
代役を探していた。
誰も手を挙げなかった。
当然だ。
主役は目立つが、その分、失敗したら全部自分に返ってくる。
俺だって嫌だった。
だけど。
いつだってそう。
いつだって、、、
主役がいなきゃ物語は成り立たない。
舞台袖で泣いている女子がいた。
幼馴染の女の子。普段は気の強い、女の子だった。
明日の劇を楽しみにしていたらしく
めずらしく泣いていた。
そんな彼女の姿を、俺はずっと見ていた。
先生が最後に、代役を探した。
やはり誰も手を上げなかったが、
俺が手を挙げた。
劇が始まった。
俺は、必死に主役を演じた。
台詞を間違え、時には転んだ。
観客席から笑い声が聞こえた。
それでも最後までやった。
劇が終わった。
拍手が起きた。
笑っていた親達も、涙ぐんでいた。
俺は舞台袖に戻った。
すると、さっき泣いていた女の子が走ってきた。
そして、笑った。
たった一言だった。
――ありがとう。
それだけだった。
でも。
その日のことを、俺は今でも覚えている。
誰かの代わりになっただけ。
俺自身が評価されたわけじゃない。
主役になれたわけでもない、ただの代役。
それでも。
俺がそこにいたことで、誰かが笑顔になった。
それが、妙に嬉しかった。だから俺は、困っている人を見ると放っておけなくなった。
……たぶん。
人を助けたいからじゃなく、
人を助けたときだけ、
**自分がここにいてもいい気がする。**からだ。
それが、俺の始まりだった。
★あの夏★
高校最後の夏。
三人で過ごせる、最後の夏祭りだった。
「卒業したら、三人ともバラバラだな」
橋の上で、花火が始まるのを待ちながら
高坂が言った。
「仕方ないでしょ」
隣にいる彼女が笑う。
高坂と彼女と黄泉代。
三人は幼い頃からずっと一緒だった。
同じ児童養護施設で育ち、家族のように過ごしてきた。
だからこそ、高校を卒業して離ればなれになることが、三人とも少し寂しかった。
「……あ」
黄泉代が腹を押さえる。
「また?」
「……ごめん。ちょっとトイレ」
「花火までに戻ってきなよ」
「分かってるって」
黄泉代は橋を離れていった。
その背中を見送った高坂は、隣の彼女を見る。
今しかない。
卒業すれば、もう三人でこうしていられる保証はない。
「なあ」
「ん?」
「俺……」
言葉が出てこない。
ずっと好きだった。
でも、怖かった。
告白して、もし振られたら。
今までの関係が壊れてしまう。
もし彼女に好きな人がいたら。
もし、それが黄泉代だったら。
そんなことまで考えてしまう。
「……俺、何やってんだ」
高坂は拳を握った。
言わなきゃ。
言いたい。
好きだと。
でも言えない。
その時だった。
遠くから黄泉代が戻ってくる。
高坂と目が合う。
黄泉代は、何かを察したように立ち止まった。
高坂は目を逸らす。
怖い。
誰か、助けてくれ。
――助けて。
声には出していない。それなのに。
「……え?」
黄泉代には、聞こえた。高坂の心の声。
助けて。
黄泉代は高坂を見る。そして思った。
助けたい。
ずっと一緒にいた、友達を。
次の瞬間――
世界が反転した。
「――っ!」
気づけば、黄泉代は高坂の身体の中にいた。
「……なんだ、これ」
目の前に、彼女が立っている。
黄泉代は自分の手を見る。
自分の手じゃない。
それは高坂の手だった。
「俺……高坂に……?」
戸惑う暇もなかった。
彼女がこちらを見る。
「……高坂?」
黄泉代は答えられない。
彼女はじっと高坂の顔を見る。
そして、小さく呟いた。
「……翔?」
黄泉代の胸が跳ねた。
「……」
何も言葉が出ない。
「……」
黄泉代は黙った。
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「ごめん・・・変なこと言って」
「……うん」
彼女は夜空を見る。
「私、言わなきゃいけないことがあるんだ」
「‥·何を?」
「私、好きな人がいる」
黄泉代は黙った。
「……誰?」
彼女は答えない。
ただ、遠く離れた黄泉代の姿を見つめる。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「それは……言わない」
二人にとっては、その言葉だけで十分だった。
やがて、身体の感覚が戻ってくる。
「ありがとう」
高坂の声が聞こえた、気がした。
「ありがとう」
彼女も言った。
「アイツの代わりに、聞いてくれて」
「え?」
次の瞬間。
黄泉代の意識が、自分の身体へ戻った。
「……っ!」
橋の上。
高坂の身体にいたはずの黄泉代が、元の自分に戻っている。
そして――
「高坂?」
高坂が走り出した。
「おい!」
黄泉代も追おうとする。
だが、彼女に腕を掴まれた。
「待って」
「離してくれ!」
「高坂なら大丈夫だよ」
「違う!」
黄泉代は彼女の手を振りほどいた。
「俺は、アイツのそばにいてやりたいんだ!」
「……」
「ごめん!」
黄泉代は高坂を追いかけた。
河川敷。
花火の光に照らされながら
追う黄泉代と、逃げる高坂。
しばらく走った先。
高坂は一人、川沿いに立っていた。
「……バカやろう」
夜空を見上げる。
「花火・・・終わっちまったじゃねぇか」
高坂が泣き、そして微笑む。
「……ごめん」
黄泉代が隣に立つ。
「お前の気持ちを考えたら……俺の気持ちなんて……」
「……高坂」
「いいんだよ」
高坂は笑った。
「三人でいられた。それだけでよかったんだ」
そこへ彼女が追いついてくる。
「……ほら」
二人を見る。
「ふたりとも帰るよ」
「……おう」
「うん」
三人は並んで歩き出した。
その夜。
三人で見上げるはずだった花火は、もう終わっていた。
高坂はこの日のことを、この不思議な出来事を
誰にも言わずにいてくれた。
時々発動するこの能力を。
不気味がらずに、受け入れてくれた。
ずっとそばで見守ってくれていた。
俺は彼を、親友と呼ぶようになっていた。
それから紆余曲折あって、
高坂は便利屋を。
そして俺は、俳優の道を志していた。
★そしてヒロインの叫び★
「誰か……助けて……」
声ではない。心の奥底から溢れ出した、悲鳴のような願い。
(……またか)
カメラのフレームから外れた『その他大勢』の位置で、俺――黄泉代翔は静かに息を飲んだ。
テレビドラマの撮影現場。スタジオの強い照明下で立ち尽くしていたのは、今回のヒロインに抜擢された新人女優・桐谷美咲だった。
「カット! 桐谷、何度同じNG出せば気が済むんだよ!」
監督の怒号が響く。
「すみません……っ、申し訳ありません!」
深々と頭を下げる彼女の手は、小刻みに震えていた。
セリフを忘れたわけじゃない。重圧で喉が凝固し、声が出なくなっているのだ。
周りのスタッフからは冷ややかな溜め息が漏れ、共演の大物俳優はあからさまに不機嫌な顔で爪を見つめている。完全な孤立無援。
『誰か……お願い……私を助けて……!』
胸が締め付けられる。切実な叫びが、俺の意識に直接流れ込んでくる。
(頼むから……俺を呼ぶな)
俺はただのエキストラだ。23歳、所属事務所も小さな、ただの「通行人A」。
だが……身体が勝手に動き出す。抑えきれない欲求が跳ね跳び上がる。
――誰かの人生を、演じたい。
(……代行してやるよ。お前の本気を)
その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
視線が高くなり、衣装の重みが肌に伝わり、強い照明の熱が顔を焼く。
視界の端で、エキストラの位置にいる俺自身の身体が、うつむいて立ち尽くしているのが見えた。
成功だ。俺は桐谷美咲の身体の中にいた。
「おい桐谷! 聞いてんのか!」
監督が痺れを切らして怒鳴りつける。俺(美咲)はゆっくりと顔を上げた。
視線が交差した瞬間、監督の言葉が途切れる。さっきまでの怯えは消え、そこに宿っていたのは極限まで研ぎ澄まされた「覚悟」の光。
「……申し訳ありません。もう一度、よろしくお願いいたします」
低く、透き通り、スタジオの隅々まで芯のように通る声。
「……チッ、ラスト一回だぞ! 本番、よーい、スタート!」
カチンコが鳴る。共演者が冷ややかな笑みを浮かべ、吐き捨てるように煽りのセリフを投げかけてきた。
俺(美咲)はすっと息を吸い、相手の瞳をまっすぐに見つめ返す。
「それでも私は、あなたを信じています」
たった一言。
だがその声には、裏切られた絶望、それでも捨てきれない愛おしさ、そして全てを呑み込む狂気的なまでの包容力が、完璧なグラデーションとなって乗っていた。
「……っ!?」
目の前の大物俳優が一瞬圧されて言葉を失う。
スタジオから全ての雑音が消えた。カメラマンがカメラを覗き込んだまま動かない。
俺は彼女の身体で、彼女が心の奥底で求めていた「最高の演技」を解き放っていた。
「……カット!!!」
数秒の沈黙の後、監督の叫び声が上がった。
「最高だ……! なんだ今の芝居は!? オッケー、文句なしだ!」
現場が一気に歓声と拍手に包まれる中、俺はそっと意識を引き抜いた。
……暗転。
気がつくと、俺は「その他大勢」の位置で自分の身体に戻っていた。激しい倦怠感が襲う。
撤収作業が進む中、着替えを終えた美咲がまっすぐ俺のもとへ歩いてきた。
「……あの、ありがとうございました。私……あなたに助けられた気がします」
「……何のことですか?」
シラを切ったが、彼女は柔らかく微笑んだ。
「分からないですけど、あの瞬間、背中を押された気がしたんです。……私、ちゃんとお芝居と向き合います!」
真っ直ぐな瞳。「応援してます」と短く答え、俺は少しだけ救われた気がしていた。
……だが。
帰り道、スタジオの裏手で冷ややかな会話が耳に飛び込んできた。
「さっきの桐谷、急に化けたな」
「だな。……にしてもさ、さっき桐谷に話しかけてたエキストラ見た? 『頑張ってください』とか言っちゃってさ。先輩面してさ」
「所詮、背景のくせにな。何勘違いしてんだか」
下品な笑い声が夜の闇に消えていく。
俺は立ち尽くし、ポケットの中で拳を強く握りしめた。
悔しかった。主役の景色を知っているのに、自分自身は「背景」でしかない。
(俺は……何のためにこの力を使ってるんだ?)
満足感だけで他人に人生を差し出し、陰で笑われる「都合のいいヒーローごっこ」は、もう終わりだ。
翌日。雑居ビルの一角にある怪しげな事務所のドアを叩いた。
「おや、珍しいな。くすぶり役者様が何の用だ?」
出迎えたのは、俺の能力を知る唯一の親友、高坂だった。
「高坂。……例の話、受ける」
「マジか? お前『金のために能力は使わない』とか言ってたじゃねえか」
「……考えを変えた。綺麗事じゃ飯は食えない。俺の力には、相応の価値がある」
他人の人生を演じ、救い、正当な対価をもらう。
高坂はニヤリと口元を歪め、デスクの引き出しから一通の黒い封筒を取り出した。
「最初のクライアントだ。」
俺は封筒を手に取り、静かに立ち上がる。
「任せろ。……他人の人生、完璧に演じてやる」
――こうして、落ちこぼれ役者・黄泉代翔の『憑依代行屋』としての裏稼業が始まった。
封筒の中に入っていた依頼。
「娘を助けてください」




