完結記念あとがきコラム(3)加賀藩の秘史「大姫ご落胤説」から竹千代とハチの可能性を探る
⚠️このコラムは全3回のうち、最終回になります。
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史実に寄せれば、二人の恋のゆくえは悲恋にしかなり得ない。
そう思っていた私に、歴史の隙間から「救いの光(ハッピーエンドの可能性)」を投げかけてくれたのは、フォロワー様の何気ないポストでした。
あの『水戸黄門』こと水戸光圀の姉にあたる人物に、1627年生まれの「大姫(清泰院)」という女性がいます。
彼女は水戸藩主・徳川頼房の娘として生まれ、のちに三代将軍・家光の「養女」として大奥で春日局に育てられ、加賀藩主・前田光高(本作に登場した前田利常の長男)へと嫁ぎました。将軍家と前田家を結ぶ、極めて重要な政治的婚姻の主役です。
さて、加賀藩の古い史料『残嚢拾玉集』には驚くべき異説が記されています。
「大姫は頼房の娘ではなく、実は将軍家光が奥女中との間にもうけた、ご落胤(隠し子)である」と——。
これを知った瞬間、物語の設定と史実の異説が、パズルのように噛み合いました。
小説の舞台(竹千代とハチの出会い)は1623年6月。大姫が生まれるのは1627年。
時系列の繋がりはパーフェクトです。
もし、この家光ご落胤説を採用し、大姫の実母を「ハチ(宇喜多八重)」としたらどうでしょう。
高遠城での決戦を経て、京での将軍宣下を終え、江戸へ戻った二人が人知れず愛を育む。やがて宇喜多家と徳川家光の血を引いた愛娘が生まれ、その子が巡り巡って、ハチの祖母・豪姫の実家である「前田家」の若君へ嫁いでいく……。
歴史創作とは、一言一句が教科書通りである必要はありません。歴史の隙間に残されたこの奇跡のような「異説」こそ、竹千代とハチにとって、これ以上ない最高のハッピーエンドの形ではないでしょうか。
もし、この物語の続きを紡ぐとするならば、京から江戸へ帰るまでの復路になります。さらにその先にある光に満ちた未来は、歴史のロマンとともに、読者の皆様の想像にお任せしたいと思います。
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これにてコラム完結……と言いたいところですが。
前作のフランス史もの長編で、人間の業や戦火の残酷さを描いてきた筆者らしい、賛否の分かれそうな「救いのないトゥルーエンド」構想にも触れておきましょう。
上記の、大姫ご落胤説による「王道ハッピーエンド」は、エンタメ時代劇としての終わり方です。
しかし、もしハッピーエンドという縛りを外して、もうひとつのifストーリーを紡ぐなら……、キリシタン関連を掘り下げて(家光時代といえば島原の乱がありますね)、時代の荒波の中で主人公二人が宿命に引き裂かれながら刃を交える「殺し愛」というストーリーラインも、私の頭の片隅にあります。
竹千代とハチは互いを深く想い合いながらも、時代の流れと血筋という過酷な運命には抗えず、最終的に血に染まった結末を迎えます。征夷大将軍として責務を果たす代わりにハチを失った竹千代こと家光は、死の間際にあの「辞世の句」を詠むのです。
「悲しまじ 悦びもせじ とにかくに
終には覚る 夢の世の中」
(悲しむことも、喜ぶこともしない。結局のところ、すべては夢のような儚い世の中なのだと悟った)
ほろ苦ビターエンドどころではない、胸に重く突き刺さる「虚無エンド」間違いなしの展開です。もし別の世界線があるとするならば、史実・家光の冷徹な治世と孤独な辞世の句の裏には、こうしたひとつの物語があったのかもしれない……そんな想像が膨らみます。
最高の王道ハッピーエンドか、それとも心を抉るような鬱エンドか。
この続編+エンディング談義、読者の皆様の好みはいかがでしょうか。
これまで二人の忍び旅を温かく見守り、共に歩んでくださり、本当にありがとうございました!




