1 社長、無茶振りをする
新しいお話を投稿し始めます。毎日20時投稿です。よろしくお願いします。
「男性のアイドルユニットをデビューさせるぞ」
マネジメント室に入ってくるなり、社長の一ノ瀬祷子がよく通るハスキーな声で宣言したとき、俺は聞き違いかと思った。そして、すぐに部屋の中を見回した。皆、営業に出ていたりたまたま席を外していたりリモート勤務だったりして、部屋には俺と社長以外の誰もいなかった。良かった、こんな話を他の者にきかれなくて。
一ノ瀬社長が経営し、俺、津和徹和が雇われているライバー事務所「Postnuvila Works」は業界でいえば中堅どころで、女性アイドルに特化している。そんな事務所が男性のアイドルユニットをデビューさせるなんて、
「正気ですか、社長」
と思わず言っていた。この会社がライバー事業を開始した八年前からここで働いており、それ以前からもオンラインゲームでのつきあいがあった俺は、社長と距離感が近い。社長がざっくばらんな性格で話しやすいというのもある。
社長は大きく頷いた。
「正気だ。そして本気だ。うちは男性リスナーに強いが、女性リスナーに対しては弱い。そこを狙っていく。ウミツグリなんかは男のライバーもいて、その結果、男のリスナーも女のリスナーも獲得しているだろう」
ウミツグリというのは業界トップ2の一社だ。男女両方のライバーを抱え、今一番勢いがある。
「確かにそうですけど、そっちの方向に行かなくても、ノレプの方向性だってあるじゃないですか」
ノレプというのは業界トップ2のうちのもう一社。ノットレプリカというのが正式名称だ。女性アイドルライバーばかりで構成され、歌やステージに特化している。うちの事務所はそちらと同じ路線に行くのだと思っていた。
社長は鼻を鳴らす。
「何を言おうと、決まってる話だから。男性の四人組アイドルユニット。絵師は鎔蘭。前金払いで発注済みだ。期限は三ヶ月。三ヶ月以内に男性ライバーのデビューがならなかったときは、お前がライバーデビューしろ」
「はああああ?」
思わず大きな声が出た。何言ってるんだ、この人。
いや、以前から無茶振りの度に罰ゲームのようにこういうことは言われていたが、それはただの冗談だった。今回もそうなのか?
社長は片方の口の端を上げて笑った。
「その声だ。よく通るじゃないか。ま、そういうことだから頑張れよ。人選と企画書と。さっさと片づけて、副社長に回せ」
副社長に話をした、ということは本気か。
副社長は古参の大手芸能事務所でアイドルのマネージメントを三十年以上やっていた人物で、六十歳手前で社長と知り合い、この会社に移ってきた。プロモーションとかタレントのマネジメントとか、前職の経験を生かして行われる助言は的確だ。
というか、
「俺がやるんですか?人選ってスカウトからってことでしょう?それって、前島主任のチームの仕事でしょう」
俺は総務とかマネジメントを担当するチームの主任、スカウトはまた別のチームで、そちらの主任が前島さんだ。
社長は鼻を鳴らした。
「前島は、周年ライブまでタレントのサポートに入ってるだろう。その下の者たちも営業にかけずりまわっているし。前島がお前ができない部分をやってくれているのに、当のお前は逃げる気か」
来月、うちの事務所は七周年ライブを開催することになっている。それには所属するタレント七人全員が出演予定だが、初めてライブに出演するタレントもいて、そのサポートに前島主任が狩り出されていた。
タレントには勿論マネージャーがいるが、うちみたいな小さなところだと、タレント一人に対してマネージャー一人というわけではなく、七人のタレントを二人で見ている。通常業務だけでも忙しいのに更にライブに向けてのタレントのケアとなると手が回らない。
本来なら俺を含むマネジメントチームがそこのフォローに入るべきなのだろうが、男性恐怖症のタレントがいる関係上、男ばかりのうちのチームでは対応できず、前島主任にお鉢が回ったのだった。
「それに鎔はVTuberのアバターの書き下ろしに乗り気だぞ」
鎔蘭、というのは美形キャラが大人気の漫画家だ。社長の学生時代からの友人で、俺も何度か会ったことがある。
俺は気になることがあって訊いた。
「鎔先生、大丈夫なんですか。ご主人を癌で亡くしたばかりでしょう」
「大丈夫だ。あいつは仕事をした方が気が紛れていい。それに、喜んで仕事に取りかかりたくなるような金額を出すことにしたからな」
「はあ?一体幾らで」
反射的に訊いた俺に、社長はスマホを取り出し、金額を入力して俺にかざして見せた。俺は絶句する。
「ガワ一人につきその金額って……社長、破格すぎますよ。社長の昔からの友人だからって」
社長は鼻で笑って、
「一人分の依頼じゃない。四人組のアイドルユニットだと言ったろう?」
「その金額を四で割っても、やっぱり破格は破格ですよ」
「鎔蘭の男性キャラだぞ?それだけの価値はある。それと、これは最初のガワの制作だけじゃない、今後五年間、新衣装とか小物のデザイン、サムネやグッズ、各種映像作品を作る時のイラストとか3D化に際しての監修も含まれている」
それなら良い取引なのかもしれない。そもそも、鎔蘭の描く美形キャラは熱狂的なファンがついている。作品はこれまでアニメ化されたこともあるが、原作の美麗さにアニメの作画が追いついていない、と言われていたが、それでもキャラクターグッズはよく売れた。これがVのガワとなって動き喋りだすとなると、話題を呼ぶだろう。
「……わかりました。やりますよ」
「ああ。とにかく任せたぞ。目標は五年以内に観客数一万人規模の会場でのライブの開催だ」
「何言ってるんですか。そんなの、うちのトップライバーでもまだ達成できてませんよ」
「来月のうちの七周年記念ライブの会場の収容人数が九千人だろう。なら、できない話じゃない」
「それはうちのタレントを総動員しての話で。そんな簡単に言わないでください」
「やる前からそんな弱気でどうする。天下を取りにいくつもりでやれ。あと、鎔からは、ライバー本人を見てからキャラクターを描き起こすと言われているからそのつもりで調整してくれ」
「てことは、ますます時間がないってことじゃないですか」
「安心しろ、あいつはキャラクターデザインだけなら筆が速い」
「でも、先生は連載の仕事が……もしかして、漫画の連載、やめるんですか。原作をやってたご主人が亡くなったから」
鎔蘭の漫画原作は、鎔蘭子の夫がサラリーマンをしながら書いていた。
「そういうことだ。だから、連絡するのに遠慮する必要はない。まあ、鎔は引っ越しもあるから、いつでもすぐに取りかかれるとはいかないかもしれないが」
「え、鎔先生、引っ越されるんですか」
「ああ。そうだ、お前も引っ越しの手伝いに来い。最終的には引っ越し業者に頼むが、その前の荷物の仕訳に人手がいると言われてる。そのときに打ち合わせをすればいいだろう。まずは、スカウトからだな。うちに男性タレントのストックはないから頑張れよ」
簡単に言ってくれる。
ジト目で社長を見ると、社長は鼻を鳴らし、
「いざとなったらお前をデビューさせるってのは本気だからな。あと、適当な雑魚をつれてきても駄目だぞ。その場合もお前に責任をとらせてライバーとして表に出す。それと、この件は私が許可を出すまでは極秘で進めろ。主任以上での共有は可だが、それ以外に話が漏れることがないようにしろ。いいな」
それだけ言って、社長は奥の社長室へ入っていった。社長室というが、実際は彼女のゲーム室だ。昔からのゲーマーである彼女は、還暦を迎えても新しいゲームを見つけてはプレイしている。多分今日もこれからゲームをするのだろう。
とはいえ、それを道楽だからと否定することもできない。面白いゲームを見つけたら自社のライバーに教えて、それぞれの配信枠でプレイさせる。そうやって配信動画の再生回数を稼いたり、そのゲーム自体がブレイクしたりということがこれまでに何回もあったからだ。
それはともかく。
問題は、俺にたった今与えられたミッションだ。あと三ヶ月で四人もの男性タレントを発掘し、ライバーとしてデビューさせる、そのためにはコンセプトを決め、ガワを用意する必要がある。あとは、PVもいるか。
社長はアイドルと言っていたから、歌は歌わせるんだろう。となると、歌える奴じゃないと。あとは、ライブをやることが目標なら、踊れた方がいい、のか?
んー、あとは……?いずれにしても、オーディションをしていたら間に合わない。顔出しで売っているタレントをスカウトするか?それなら一人ほど当てがあるが、逆に言うと、その一人しかいない。副社長に相談すれば何とかなるか?
俺が考え込んでいたとき、部屋の隅の事務用品置き場とを隔てるパーテーションの向こうから、
「あの……」
という控えめな声とともに、バイトの鈴木行道がパーテーションの向こうから出てきた。同じ区内にある専門学校で映像制作を学んでいる学生で、プロダクト室で働いている。
俺は動揺した。誰もいないと思っていたのに、まさかバイトにきかれるとは。しかも、女性アイドルに特化している事務所が新たに男性アイドルをデビューさせようとという結構目玉になる新プロジェクトの内容をきかれている。……いや、もしかして聞かれていないという可能性も?
鈴木は慌てたように声を上げた。
「あの、えっと、ケーブルを取りに来てただけで、盗み聞きするつもりなかったんです。それと、今きいたことを外で言ったりはしませんから」
「ああ、そうだな、くれぐれもそうしてくれ」
俺はため息をつきながら椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。これまでに鈴木と話したことは一回だけだ。知り合いがSNSで誹謗中傷されていて、それをやめさせるために開示請求をしたいので、ウチが頼んでいる弁護士を紹介してもらえないだろうか、と、彼が働いている映像制作チームのリーダー同席で相談を受けた。そのときの印象からすると真面目そうな印象だった。今のところは信じるしかないだろう。
鈴木はまだ立ち去ろうとしなかった。俺はそのことを妙に思って、天井を仰ぐのをやめて顔だけで鈴木を見た。
「どうした」
「あの……さっきの、男性アイドルライバーの話なんですけど」
これは、現金を渡すなりして口止めする必要があるのか。口止めの方法を副社長に相談する必要があるな、と俺が思ったとき、鈴木は思いもよらないことを言った。
「僕、心当たりがあるんです。歌って踊れる人。アイドルやれると思います。紹介できます」
「はあ?」
俺は背もたれから体を起こした。




