1─4─6
「わっ‼」
その動作が琴葉には予想外だったらしく、大きく目を見開き《スラントプレス》を使うために準備していた両腕をパッとテーブルから離した。その動作で上品な茶髪が舞う。
「《アンチプレス》、成功したわね」
「ああ!」
真梨が嬉しそうに得意げな微笑を浮かべる。隼人も琴葉の意表が突けて得意げに笑う。
琴葉はそんな二人を見て「何それー⁉」と質問した。《スラントプレス》による制御は不可能と判断したのかフィールドに注意を向けていない。
「《スラントプレス》をさせないためにノータイムでクリスタルを放つテクニックです」
「お姉ちゃん対策として三人で考えたのよ」
隼人は意気揚々と説明し、真梨は自慢げにえへんと胸を張る。真梨のその仕草は普段の大人びた雰囲気とは異なり幼げだ。幼馴染の琴葉に対してだから出たのだろう。
「⋯⋯ふーん⋯⋯そうなんだー! 凄いね二人とも! いや、三人ともか!」
それを見て琴葉は一瞬感慨深そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの、いや、それ以上のニコニコ笑顔となって高校生を褒める。
フィールドに目を移すと、隼人の『ドラゴニル』はフィールドの外側にやや近い場所──+3のボーナスが得られる場所で静止、琴葉の『フェニックス』はフィールドの中心、+0のゾーンで静止していた。
それぞれの出た目は8と9だ。従って隼人の獲得点数は11、琴葉のは9となる。
「ど真ん中かー! ⋯⋯しょうがないなー!」
隼人より低い点数だというのに琴葉は相変わらず嬉しそうだ。
「⋯⋯どうしました?」
隼人が訝しげに琴葉を見つめるが、
「んーん、なんでもない! ありがとー!」
なぜかお礼を言われてしまう。真梨に助けを求めようと視線を向けるも、彼女も不思議そうに小首を傾げるのみだった。
「3rdラウンド開始しますね!」
微妙な雰囲気を変えようと隼人はやや大きな声で宣言。現在の得点は隼人が26、琴葉は27だ。その差は1点に迫っている。
──そして、この後隼人はどうするか、既に決めてある。
手に取ったのは『ドラゴニル』。使うテクニックは《スナップショット》。クリスタルを二本の指で固定し手首のスナップだけで打ち出すテクニックだ。
力が横回転に多く使われ移動する力が乏しいため、クリスタルを狙った座標に放つのに適している。
陸龍──『ドラゴニル』はテクニックの効果を受けてフィールド最外部、×2のボーナスが得られるゾーンの、内側ギリギリへと着陸する。
《スナップショット》だからこそできた精密なコントロール。出目は8。16点入手する。
琴葉のターンとなる。不死鳥──『フェニックス』が舞い踊る。琴葉のオフェンス、後から放つため隼人の《アンチプレス》による妨害はない。
のびのびと聖なる炎を撒き散らしながら悠然と天空やコロシアムを飛び回る不死鳥。その舞は不死鳥がフィールド最外部に凛と止まったことで終幕となった。
琴葉は18点を手に入れる。
これにより隼人の合計点は42、琴葉のは45、その差は3点だ。
──前回とは違って競り合えている。そして、次のラウンドで勝負をかけるのだ。
「よーし、わたしの番だー! 集中!」
テンションの高い琴葉が自身の両頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直す。
そして『フェニックス』のクリスタルを手に持った。隼人は手中の『ドラゴニル』のクリスタルを強く握る。
このラウンド、琴葉がクリスタルを放った瞬間が勝負だ。──それに備えて密かにとあるテクニックを使い続けてきたのだ。
隼人は全神経を琴葉の手へと集中させた。時間の流れがゆっくりに感じる。この点差がほぼ無い状況下、『フェニックス』で使えるテクニックは限られている。
そして隼人の読み──否、誘導どおりなら琴葉はきっと────
「いっくよー!」
琴葉が二本の指でクリスタルを持った。隼人の脳に電撃が走る。──あの持ち方は誘導どおり《スナップショット》だ。
琴葉が手首の力を利用して『フェニックス』を飛ばす。その瞬間、隼人は素早く『ドラゴニル』をプレイマットの上に置いた。《ピンショット》を放つためだ。
『フェニックス』の通るルートは予想できている。それに直行するよう『ドラゴニル』を調整。
デコピンを構えた右手に『フェニックス』のクリスタルがフィールドに触れた振動が伝わる。
──やはりフィールド中央への移動だ。
隼人は指に込めた力を解き放った。
「凄い⋯⋯!」
真梨の口から感動を伴った凛とした声が漏れ出た。
「わー⋯⋯!」
琴葉も目をこぼれ落ちそうなほど開いている。
──陸龍の一閃で不死鳥は場外になっていた。
隼人は出目7とボーナス+3で10点、琴葉は0点で52対45。隼人が逆転した。
「よしっ‼」
隼人は密かに張り続けていたテクニックが成功し、拳を強く握る。
「隼人くんすごーい! よく『フェニックス』を場外にできたね!」
琴葉が純真な目で隼人に感心する。勝負のことは頭から離れているらしい。
確かに『フェニックス』はブレイクタイプ程の重さがあり、突き落とすのは至難の技だが、
「摩擦の少ない移動中を狙ったんですよ」
通常と条件が異なれば、十分実現可能となる。
「でも、どうやって軌道を読んだの?」
真梨が首を傾げた。それは重要なポイントだ。以前新テクニックを作る際、移動中のクリスタルを狙うことを検討したが、動きが読めないという理由で却下されたのだ。
「読んだんじゃない、誘導したんだ」
「それってどういう⋯⋯?」
真梨の疑問に答えるべく隼人は大きく息を吸った。
「まず、2ndラウンドで《アンチプレス》を見せることで《スラントプレス》を抑制する。次に点差を僅かにすることで大胆なプレーをし難くしたんだ」
つまり琴葉は『フェニックス』を制御する術を失い、一歩間違えば0点になるフィールド端を狙わなくなる。
必然的に堅実な一手である、フィールド中央に近い場所を狙うわけだ。
「でも、それだけじゃわたしが《スナップショット》を使うっていう根拠としては薄いんじゃないかなー?」
「あとは『フェニックス』の性質も誘導に利用しました」
琴葉の言葉に隼人は解説を加える。その始めの部分を聞いて真梨は気づいたようで、
「性質⋯⋯『フェニックス』のクリスタルは重さが偏っている⋯⋯⋯⋯それにより必ず9が出る反面、ほとんどのテクニックが使用できない⋯⋯?」
《スピンシュート》はそもそも使う意義が薄いし、《ピンショット》は偏重ゆえ直線軌道から逸れてしまう。その他大半のテクニックも同じ理由で厳しい。
思えばマイアイランドで対戦した時も琴葉は《スラントプレス》以外のテクニックは使わなかった──今改めて考えると、使えなかったのだ。⋯⋯ただ一つを除いて。
「そう、それで唯一使えそうなテクニックといえば大きく動き回る心配のない《スナップショット》だけだったってわけ」
《スナップショット》のウリは抜群のコントロールだが、どうしても『フェニックス』ではその精度は落ちてしまう。
使うのは確定としてやはり場外ギリギリゾーンには放たなかっただろう。
「一応これが新テクニック⋯⋯かな?」
結局、ここ数日間探していた、『相手クリスタルのみを場外にするための工夫』というのは『移動中を狙う』以上のことは思いつかなかった。
ならば、それを突き詰めていくしかない。
そんな考えと昨日の導線確認や今日の案内板効果の体感──誘導の重要性、そして友也の《アンチプレス》を逆手に取った戦術、それらが結びついて生まれたテクニック。
ラウンドを跨いで誘導をしていく──名付けるならば《アクロトラクション》。
「隼人くんほんとにすごーい!」
「ええ、本当に。お姉ちゃんに一矢報えたと思うわ」
琴葉の無邪気な賞賛と、真梨の微笑みに隼人は照れ臭さを感じて頬を掻く。そして息を吸い込みゆっくりと吐き出して、
「⋯⋯最後のラウンド、勝負です」
真剣な面持ちで『ガァルーダ』を掴んだ。




