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星々が闇夜を照らす時。天空から巨大な二つの宝玉が、流星の如く降り注ぐ。
それらの形は正八面体。錆色の大地と激突し、星屑の煌めきを放ちながら砕け散る。
砕けた宝玉から出でるは生命の鼓動。
──勇ましい咆哮を放つ凶悪な覇気の龍。
──雄々しき翼や鋭利な爪を携える怪鳥。
彼らは死力を尽くして戦い始める。
龍の鉤爪が大地を引き裂き、怪鳥の翼が嵐を巻き起こす。
飛び交う咆哮。飛び散る鮮血。舞い踊る肉片。傷つき、地に伏し、それでもなお、立ち上がる。
只々、己の強さを示すために──。
「──隼人。もー昼休みだぞ」
「⋯⋯おはよう」
『隼人』と呼ばれた少年──松川隼人は寝ぼけ眼をこすりながらモーニングコールをしてきた友人、篠崎亮太を視界に捉えた。
「赤くなってんぞ。机とのスキンシップ激しすぎ」
亮太がアップバングで露わになっている自身の額を指でトントンと叩いた。
ワインレッドの眼鏡の奥。亮太の瞳から、からかいの視線が送られてくる。
「⋯⋯ありがとう」
隼人はむすっとした顔を作りながら、額を手の甲で勢いよく擦る。
「飯にしよーぜ」
そんな隼人を笑いながら、亮太は手に持った弁当をひょいと持ち上げた。
「そうだな」
亮太に習い、隼人は自身のバックから弁当を取り出す。
亮太は近くの空椅子を手繰り寄せ、隼人の机に弁当を置いて座った。
隼人は欠伸をしながら二段重ねの弁当を開く。
一段目には白米が敷き詰められ、二段目には唐揚げや玉子焼きが入っていた。
「美味そーだな。一つ貰いっ!」
「あっ! おい!」
目ざとく見つけた亮太が唐揚げを掻っ攫う。
隼人が非難の声を上げるが、一瞬のうちに唐揚げは亮太の口内に消えてしまった。
隼人は亮太に呪いの眼差しを向ける。しかし亮太は気に留めることなく、
「そーいや隼人、春休み開けテストどーだった? 返ってきたろ?」
と、自分の弁当箱から金平ごぼうを隼人の白米の上に置いた。
「あー、まあ、高一の復習だったから、それなり? 亮太は?」
隼人は不等価トレードに眉を寄せるも、渋々と金平ごぼうを白米と共に口へ運んだ。
「オレもそんな感じ。真ん中くらいの順位ってとこ」
「そっか。上位陣は相変わらず?」
「みてーだな」
隼人は教室の反対側に視線を向けた。そこでは女子が数名席を寄せ合って弁当をつついている。
その中の一人──渡辺真梨は成績優秀なことで有名だ。
隼人の高校では、定期テストで三十位以内の生徒は掲示板に名前が乗る。
真梨は一年時から常に五位以内にランクインしているのだ。
「渡辺、今回も五位以内に入ってたんだろ? 凄げーけどな⋯⋯」
隼人がどこを見ていたか気づいた亮太はそう言い淀む。
「けど、なんだよ?」
亮太の口調にどこか見下げる感情を感じた隼人は顔をしかめた。
「けど、浮ついた話全然聞かねーじゃん? 美人なのに」
「確かにそうだけど⋯⋯」
しっとりと白い肌、肩にかかるくらいまで伸びた艶やかな黒髪、意思の強そうな大きな瞳。
亮太の言葉どおり、真梨は容姿端麗である。
しかし、どことなく冷たい雰囲気を纏っており、近づく男子は少なかった。
「部活にも入ってねーしさ。きっと勉強ばっかしてんだろーな。遊びもせずに」
亮太は冷めた視線で箸を口元へ動かしている。
「まあ、人それぞれだろ。それよりさっきまで見てた夢の話、聞いてくれよ」
隼人はなんとなく真梨が馬鹿にされるのを不快に感じて話題を切り替えた。
「どんな夢だ? 玉子焼きも金平ごぼうになっちまう夢か?」
「もうやらないよ」
亮太はニヤニヤしながら箸を伸ばす。隼人は左腕で弁当箱を守りながら、
「DBTのクリスタルが実在する夢」
と答えた。
「クリスタルが実在? それってどんな?」
亮太の箸が引っ込む。隼人もそれに合わせ左腕を下ろした。
「空から大きなクリスタルが降ってきて、中から『ガァルーダ』とかが出てきて戦うんだ」
「そりゃそー大な夢だったな。映画みてーだ」
「だろ? 凄くわくわくした」
「だから授業終了までぐっすりだったわけだ」
「それは言うなよ⋯⋯」
隼人が痛いところを突かれたと肩をすくめる。それを亮太が笑った。
「まーしばらくテストも無いし、ちょっと寝るくれーならおっけーだろ。──そーだ隼人、今週末DBTの大会があるんだ。行かね?」
「いつものところか?」
「そう。ホビキン」
「分かった」
亮太の提案に隼人は二つ返事をした。
『DBT』──それは昨今ちょっとしたブームになっているボードゲームだ。
『クリスタル』と呼ばれる透明な薄青の八面ダイスをフィールドへ転がし、ダイスの目とフィールドの効果を加味して点数を決め、勝敗を決する。
「前回はベスト8だったけど、今回は隼人を倒して優勝だな」
亮太は自信ありげだ。それを表すかのように眼鏡のレンズが日光を反射しキラリと輝く。
「いや、今回も俺が優勝するね」
「そう言ってられんのも今のうちだぜ?」
隼人は前回参加時に優勝した──といっても、参加人数はたったの十六人だった。小規模である。
さらにいえばその大会は初心者でも気軽に参加できる緩いもの──たまに上手い人が参加することもあるが──優勝しても大した自慢にはならない。
「だったら当日勝負だな。大会は何時に開始するんだ? 何時に集合する?」
「十一時スタート。集合は十時半でいーだろ」
「了解。豆の木だな」
二人はトントン拍子で予定を決め、弁当がなくなる前に話し合いは終わった。
隼人と亮太はその後も弁当をつつき合い、昼休みを終えたのだった。
昼休み直後の四時間目、数学の授業中。隼人は得意でも不得意でもないが、楽しいとは感じないためぼんやりと先生の話を聞き流していた。
「この問題を──篠崎、答えろ」
「えーと⋯⋯わかんないっす」
先生に指名された亮太は苦い顔でそう言った。黒板には白チョークで問題が書かれている。どうやら応用問題らしく、隼人にもさっぱり分からなかった。
亮太の後に二、三人指されるも正解できるものはいない。隼人は指されるかとひやひやしながら過ごす。
「答えられる者はいるか?」
先生は指名しても答えられる生徒がいないと踏んだのか、そう言って教室を見回した。挙手する者は一人もいない。──ただ一人を除いて。
「渡辺」
「はい。この問題は────」
名前を呼ばれた真梨はその場で立ち上がり、すらすらと解法を説明していく。
「よし、正解だ。流石渡辺だな」
「ありがとうございます」
先生の言葉を発端に教室がざわめく。隼人の耳にも「渡辺さんすげー!」や「頭いいよね」「ウチとは全然違うわー」などのクラスメイトの言葉が届いてきた。
隼人にはそれは称賛であると同時に一歩距離を置いているようにも捉えられた。
真梨はそんな言葉はまるで聞こえていないかのように静かに席に座る。
やはり亮太の言うように、常日頃から勉強ばかりしているから成績が良いのだろうか?
隼人は凄いと感じながらも、そんなことを思うのだった。




