第一章 二節
クレア・フローランスは緊張していた。
これから行われる作戦の決行が目前に迫り、敵陣の中で最後の作戦会議をしている。
クレアたちは今、ランスタッド国王都城下町にある飲み屋<よいどれ>の一室にいた。
部屋には戦士レイ・カトラスを含め8人が集まっていた。部屋の中央には大きな机があり、そこにクレアが持参した城内の見取り図が展開されている。
「ここを通り、王の寝室へ。作戦の指示は俺が出す。万一、失敗の場合はこのはやぶさの笛で合図を送る。その時は皆逃げることだけ考えろ」
レイが地図を指差しながら作戦を説明していく。今回の作戦は隠密に城の内部へ侵入し王ジェイクを暗殺するという至極簡単な内容だ。ただ、城内の見回りがこの見取り図通りの配置・巡回だったならの話だが。
確認を済ませ、いざ作戦決行という矢先。コンコンと不意の来客を告げるノックの音が屋敷へ響く。
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城下町、裏通りを進む王国兵士たち。その中にジュード・ランスタッドの姿があった。ジュードは王子の身でありながら超越した剣技を持ち、王国騎士団の中でジュードの次に出るものはいないと言われている。そのため王国騎士最高称号である将軍の勲章を与えられている。鎧が装飾で派手なのは将軍の肩書きもあるが王子だからという理由の方が大きい。
「この辺りに反乱軍の拠点があると情報が入っている。」
兵士たちに話しかけた矢先、異様な気配を感じ裏通りに目をやる。ふと感じた気配。ジュードは戦いに飢えていた。騎士の中で本気でやりあえる者は数少なく。将軍ともなると手合わせをする機会も滅多にない。敵として本気で潰せる存在。そんな好敵手を望んでいた。反乱軍にもこのような猛者がいたのか、自然と笑みが生まれる。
「あの、ジュード将軍。なにか?」兵士の一人が尋ねる。
「いや、なにも」今追いかけずともすでに拠点の場所は知っている。焦らず追い詰めようと思い視線を兵士たちのもとへ戻す。
「いくぞ」
ジュードの掛け声とともに兵士たちも従い移動を開始する。
しばらく歩くと裏通りの飲み屋<よいどれ>が見えてきた。店の前で止まると改めて兵士たちに視線で合図を送る。
ジュードが扉をノックする。
ゆっくりと扉が開き、店主と思われる老父が顔を出す。
「これは騎士様。このような店になにようですかな」
老父の口調はとても落ち着いていた。ただ、現在は夜中の3時をこえている。急な訪問者に対して、老父の態度は落ち着きすぎていた。
「どうやら、ここが正解らしいな」うしろの騎士達に目配せで合図を送る。
老父の肩を掴むと剣を突き刺す。余裕のあった老父の顔がみるみる苦痛に歪み、店の奥へ逃げていく。
「みなさん!お逃げください!」老父が叫ぶと力尽きたのか倒れ込んでしまう。
「さぁ、反乱軍とやらを捕まえにいこうぜ」
どかどかと音をたてて兵士と共に店の奥へ侵入していく。
扉を開けると勢いよく反乱軍の一人が斬りかかってくる。ジュードは片手で難なく弾くとそのまま殴り飛ばす。
部屋の奥へ飛んでいく剣士をかわし、レイが斬り込んでくる。
ジュードは剣でレイの攻撃を受ける。レイが力強く剣を押し込んでくる。
「二刀使いの剣士が反乱軍にいると聞いた。おまえがレイ・カトラスだな」
「そういうおまえは皇子、ジュード。まさか直々にきてくれるとは思わなかったぞ。ここで貴様を討つ」
「おもしろい。だが、それは無理だな」
「なに!」
「その程度の力では俺は倒せんということだ!」
ジュードは剣でレイを弾き飛ばす。
その間に他の兵士達が反乱軍の兵士達を捕らえていく。
「はぁぁっ!」
机の影からクレアが剣を振り上げてジュードに斬りかかる。不意打ちに気付くと瞬時に距離を積める。クレアの首をつかむとそのまま持ち上げる。
「反乱軍の長は女だと聞くが、おまえか?」
「くっ!」
「いや、長は両目が不自由と聞いている。おまえははずれか」
そう言うとクレアを床に叩きつける。
「ジュード様、反乱軍の兵士を全員を拘束しました」
「そうか、では引き上げるぞ」
ジュードは一人足早によいどれを出る。
気配の者はいなかったな。今回捕まえたのはほんの一部というわけか。
兵士たちにつれられてクレアとレイ達がつれられていく。
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日はすっかり天高く登り、木々は緑を輝かせている。
アレンは目を覚ます。あれから帰ってきたのは朝日が登りきった後だった。
「すっかり眠ってしまった」
小屋を出るとラクスとシャル、アスカが剣の稽古をしていた。
「アレン、ようやく起きたのか?」
「あぁ、ラクスは起きてて大丈夫なのか?」
「もちろんだ。最近おまえが狩りにいってるあいだにシャル達の稽古をしてやってるんだ」
「そうか、ならよかった」
「そうそう、おまえが寝てるあいだに選択もしといてやったぞ」
ラクスが指を指す方向には洗濯物が干してある。
「取り込みはおまえに任せる」
「はいはい」
ラクスが体調を崩す前から家事全般は俺の仕事となっている。俺とアスカがラクスの家に来る前はとてもじゃないが人が住める家ではなかった。ラクスは雨風をしのぐことが出きれば家などなんでもいい、といっていたが家は老朽しておりすきま風が入り込んだり、台所はしばらく使われていないのか埃が被っていた。みかねて掃除を始めたことからいつのまにか俺の仕事として定着していた。細かいことが気になる性格だから他の人に任せるくらいなら自分でやってしまいたいという思いもある。
洗濯物はすっかり乾いているので、さっそく洗濯物の取り込みを行う。
「お兄ちゃん。僕も手伝う」
と、アスカが稽古を抜け出して声をかけてきた。
「アスカ。気持ちはうれしいが、稽古にもどれ」
「でも…ぼく、戦いは好きじゃないし」
「あぁ、俺も戦いは好きじゃない。でも俺だってお前をいつまでもまもれる訳じゃない。アスカも強くならないと」
「おーい、アスカ!稽古再開するぞ」遠くでシャルが呼ぶ声がした。
「ほら、がんばってこい」
しぶしぶ頷くアスカの背中を押すと、ラクスのもとへ戻っていった。
アスカが剣をきらいになったのは幼少期のトラウマのせいでもあり、その原因は俺にある。本当は俺もアスカに剣を握ってほしくはない。ただ、そんなに世界は甘くはない。稽古に励むアスカを見ると剣など必要ない世界になればいいと、そう思う。
洗濯物を取り込みながら考える。心にずっと引っ掛かっていること。クレアはあのあとどうなったのだろう。反乱軍の仲間と合流し、城へ攻め入ったのだろうか。この国の現状を変えたいという気持ちはわかる。戦争を好む王により、国民の年貢は重く、食べていくことでやっとだ。なかには年貢を払うことができず身売りをするしかなかった人もいる。反乱軍はそんな人たちにとって希望なのだろうが、圧倒的な軍事力を持つ王を倒すことはできたのだろうか。
「998…999…1000!」
シャルとアスカの素振りが終わった。
アスカは息を切らして座ってしまったが、シャルは平気といったかおで立っている。
「アスカ。鍛え方が足りないぞ」
「そんなこと言ったって…」
「シャルー!お弁当持ってきたよー」
家に向かって一人の少女が歩いてくる。少女の手にはおおきなバスケット。それをラクスへと手渡す。
「ありがとう、サツキ。いつも助かるよ」
バスケットを受けとるとどういたしましてといいながら笑顔を見せると、シャルのもとへ走っていく。
「シャル!もう稽古終わったの?」
「あぁ、今終わったところだ」
「じゃあ、お昼食べたらあそびにいこうよ」
「だめだ、午後の稽古があるから。…そのあとならいいけど」
あいかわらずシャルは真面目だ。
「えー、わかった」サツキはぶぅと声をならし、不機嫌さをアピールしている。
サツキは王国騎士長の娘であり、本名サツキ・シルフィード。一人っ子であったため、娘であったが父の影響で剣をはじめる。彼女がこの家に遊びに来るようになったのは幼少期の事件で彼女を助けたことから知り合いとなり、今では毎日のように遊びに来ている。最近ではシャル目当てなのがほとんどだ。
バスケットを広げると美味しそうなサンドイッチがたくさんつまっていた。
「サツキちゃん。いつもすまないね」
「いえいえ、こちらこそ剣の稽古をつけていただいているお礼です」
「じゃあさっそくいただくとしよう」
ラクスの一声でみんな食事を始める。
「そういえば知ってる?昨日の事件」
ふと、サツキが口を開く。
「なんか、昨晩王国騎士さま達が反乱軍の一味を捕まえたらしいの。それで王都は厳重警戒になってて大変なんだから」
「なんだと!?」
急に俺が大きな声を出したからみんなが一斉に注目する。
「いや、すまない。王都でそんなことがおこるなんてびっくりだったから。なんていうか、王都は警備兵も多く事件なんてまず起こらないから…それで反乱軍の連中はどうなったんだ?」
「んーと、騎士さま達がアジト?を襲撃してみんな捕まえたんだって。それで本拠地を聞くために拷問するとか言ってたかな」
「そうか…」
クレア達はまだ生きているのか。それならまだ助けられる可能性はある。
ふと横からの視線が気になり、ラクスの方を見ると目と目があった。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」ラクスはそういうと視線をはずしサンドイッチに手を伸ばす。
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夜、みんなが眠りに着いた頃。
一人旅立ちの準備をする。
刀を持ち、家のドアをあける。辺りは夜の静寂に包まれている。みんなに気づかれないうちに出発しようと思い歩き始めたときー
「やはり行くのか?」
ふりかえるとラクスがたっていた。ラクスは黒いマントをはおり、手には棒のようなものを持っている。
「昼間からおまえの様子が変だったからまさかと思ったが」
「…そんなことは関係ないだろう」
「おまえも気づいてるだろう。あの女は秘密が多すぎる。やめておけ」
「関係ないといっているだろう!」
「めずらしいな。おまえが感情を表に出すなんて」
自分でも戸惑った。たった一日一緒に過ごしただけ。それなのに、なぜ彼女にこだわるのか。こんなにも俺は彼女のことばかり考えてしまうのか。わからない…でも。
「恐らくあの女…クレアといったか、やつは反乱軍の関係者だろう。おまえがいけば俺もシャルもアスカも王国兵から追われる身となる。それでも行くのか?」
「それでも…彼女を助けたい」
「…そうか」
そう、ため息のような声がラクスの口から漏れた。
その瞬間ラクスは羽織っていたマントを脱ぎ捨てると鋭い眼光でにらんでくる。
「俺は子供達を守る義務がある。おまえが行くというのなら、止めなくてはならん」
棒のようなものから鞘を引き抜くと両端に刃のついた刀となる。
その刀は知っている。ラクスの教える牙蓮流の名刀『四神』。
ラクスの抜刀に合わせてすばやく抜刀し、戦闘に備える。
「…本気、なのか?」
「構えろアレン。いくぞ」
掛け声と共に勢いよくラクスが突進し斬撃を放つ。剣で受けるがその勢いに弾かれ体制を崩す。すかさずに放たれるラクスの二撃目を避け、バックステップし距離をとる。ラクスは素早く距離を積めると連撃を放つ。その斬撃は力強く鋭い。すばやい斬撃をなんとかかわし続ける。反撃する隙がない。
「どうした。避けてばかりでは、俺は倒せんぞ」
ラクスは勢いよく刀を回転させる。
あの構え、咄嗟にラクスから距離をとる。
刀を回転の勢いのまま叩きつける。ガァンという音と共に斬撃の威力で地面が抉れる。
牙蓮流剛の剣技・玄武。刀を回転させてその勢いのままに力一杯叩きつける技。ラクスの玄武、久しぶりに見たがすごい威力だ。並みの鎧なら真っ二つだろう。
だが、玄武を放った隙を逃さない。すかさず間合いを積め斬る込む。だが、斬撃が浅い。
「くっ」
ラクスが膝を着く。今の一撃の影響ではない。…たぶん、持病の発作が出たのか。
「ラクス!」そのとき家の方から声がした。
見るとシャルとアスカが心配そうにこちらを見ている。
「なにやってんだよ!ラクス!アレン!」
「黙ってろ!男の勝負に口出しするんじゃねぇ」ラクスが声を絞ってシャルに言い聞かせる。
「どうした?なぜ斬り込んでこない」
ラクスは俺とアスカの命の恩人でもある。そんな大切な人を殺せるはずがないだろう。
「あいにく、弱っている相手を攻撃する趣味はなくてね」
俺の皮肉にふっ、とラクスは小さく笑うとゆっくりと立ち上がる。
「残念だが、俺の体力的に次が最後の一撃となる。構えろ」ラクスは構えると再び勢いよく刀を回転させる。
恐らく次にラクスが放つ技は『麒麟』。麒麟は先程の玄武とはけた違いの威力だ、技の発動前に切り込むしか…なら。
姿勢を低く、刀を構える。全身の筋肉に力を溜め込む。これは俺が一番得意な技であり、俺の奥義と言える。
「いくぞ!」
速攻。一気に筋肉を爆発させて間合いを積める。が、ラクスが技を発動しようとしている。そのまえに、瞬速の剣技で切り抜ける!
「白虎・陽炎!」
繰り出される斬撃をすり抜け斬撃を放つ。
ラクスが腹を押さえて膝をつく。
「ラクス!」
シャルとアスカがかけよる。
「…強くなったな。アレン」
「あぁ…あんたのおかげだ」
はははっと大声で笑うと刀をなげてよこす。
「餞別だ。お前を牙蓮流無双の使い手と認めよう」
刀を受けとると不思議と手に馴染む。これが『四神』。
「…アレン。早く行け」
ラクスが傷を押さえながら立ち上がり森の方をにらむ。
「そろそろ出て来てもいいんじゃないのか?」
「なんだ。もう終わりか」
家の裏、林の中からジュードと4名の兵士が現れる。
「どうして王国騎士がここに…」
「昨日反乱軍を確保した近くで怪しい人物をみかけたものでね。この付近に逃げ込んだところまではわかっているんだが…」
ジュードが辺りを見回し、俺と目が合う。
「あぁ、おまえだ」
ジュードが指を指すと兵士たちが一斉に抜剣し一直線に俺の方へ走ってくる。
すかさず刀を構えるが、俺の前にラクスが立ちはだかると、兵士たちの斬撃を素手で弾く。
「ほぅ。武器も持っていないのにうちの兵士の斬撃を受けながすとはな。それが噂に聞く牙蓮流。おもしろい」
ジュードも抜剣しラクスへじりじりと近づいていく。
「アレン、おまえはやることがあるんだろ?早く行け」
「しかし!」
ラクスは俺の剣撃を受けて本来の力は出せないはず。それに病気だって。
「俺をだれだと思っている。息子の門出だ。派手に見送ってやらないとな」
そんな俺の心配を察したように、ラクスは軽口を叩く。いつでも自分がいくら弱っていても強く保っているのはじつにラクスらしい。それは、俺がもっとも尊敬する男の姿だった。
頷くと振り向き走り出す。
家の中から刀を手にしたシャルがラクスの隣へ来て構える。
「ラクス。俺も戦う」
「お前はアスカと共にどっかへ逃げろ」
「でも」
「たのむよ。お前達にカッコ悪いところを見せるわけにはいかない」
ラクスはシャルに向かって笑う。その笑顔が意味することは幼いシャルにも感じることができた。シャルは俯き小さく頷くとアスカのもとへ向かって戻っていく。
背後ではジュードとラクスの戦闘がはじまった音が聞こえる。剣撃音がきこえるたびに後ろ髪引かれる気持ちであったが、ラクスを信じ前へと進む。なぜラクスを傷つけてまで、家族を見捨ててまで向かう必要があるのか。自分自身に問いただしてみてもはっきりとした理由はわからない。
でも、彼女を助けたいと思う気持ちは本当だと思うから。
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あれから走り続けて夜中の内に城にたどり着くことができた
さすがに息がきれる。陽炎を放ったあとだから体の節々が悲鳴をあげている。彼女の所までもう少し。疲弊しきっている体に鞭打って下水道を進んでいく。
城下町にでてきた。2回目となればもうお手のものだ。夜の町には誰もいない。夜の闇に紛れて城を一直線に目指す。
城門の前には衛兵が2名。迂回している暇はない。正面から城門へ向けて突撃する。油断していた兵士達は直前で襲撃に気づく。警笛をならす暇を与えずに2名を叩き伏せる。勢いそのままに城門を抜けて城内へ侵入する。
城内は木造の作りとなっており白を基調とした装飾がされていた。天窓が無数にあり、エントランスを月明かりが明るく照らしている。
牢屋に捕らえられているといったか。地下を目指し、城内を探索する。だれにも気づかれないように、死角を利用し移動をしていく。城の中はあまりやがて地下への階段を発見する。
急ぎながら、おとをたてないように静かに一段ずつ降りていく。階段の下は石造りとなっており、牢屋が無数に存在している。衛兵が管理しているらしく、一人の兵士が見回りをしている。と、その腰に牢屋の鍵束が見える。気づかれないように後ろより近づき打撃を与え気絶させる。鍵束をとるとクレアを探し牢屋を見回す。
一番奥の牢やに反乱軍の兵士たちがとらえられていた。
「あんたたち反乱軍だな」
「おまえは…」アレンに気づいたレイは驚きの声をあげる。
「あいつは、いないのか!?」
「クレアか?王に呼ばれて連れていかれたままだ。たぶん玉座の間だろう」
「そうか」そう言い鍵束をレイへ渡す。
「すまない。玉座の間はこの城の最上階にある。クレアをたのむ」
頷くときた道を戻り再び走り出す。目的地がわかってしまえば一直線に向かうだけだ。
エントランスを抜けて階段を登り正面の大きな扉をあける。その奥は大きな廊下になっており、つきあたりには装飾が施された扉がある。きっとそのおくが玉座の間だろう。
扉の傍らに黒猫が座っている。
ここまできたのだ。もう引き返すことなどできない。もとより覚悟の上。
扉をゆっくりとあける。黒猫はじっと俺のことを見つめていた。
玉座の間は両側に大きな窓が無数にあり、月明かりを取り入れており部屋の中を明るく照らしている。
部屋の中心に玉座がありそのかたわらに大きなランプが二つ立ててあり、灯っている光が玉座の男を不気味に照らしている。
ゆっくりと近づき問いかける。
「アレン・ルシアンだな?」
何とも言えない威圧感。それに疑問がひとつ。
「なぜ、俺の名前を知っている」
「何でも知っているさ。お前の家族のことも。牙蓮流のことも」
ジェイクの口元に笑みが浮かぶ。
「まぁいい。おまえとひとつ取引がしたい」
「なんだと?」予想外の言葉に一瞬戸惑う。
「内容は簡単だ。俺と勝負をしろ。勝ったなら反乱軍の連中を解放しよう」
こいつは何をいっているんだ。勝負?俺と一騎討ちをしようと言うのか。
「俺が負けたらどうする」
「その時はお前の言うことを聞いてもらう」
「断る。そんなことをやる義理はない」
「いや、おまえは俺の申し出を断ることはできないはずだ。なぜなら、おまえの弟の命は俺が握っている」
「なに!?」
「先程騎士たちから連絡があった。アスカと言ったか、少年2名を拘束したと」
ということはラクスはもう…。
「それでもなお、断ると言うのか?」
「わかった」
王ジェイクの顔に笑みが浮かぶ。
椅子から立ち上がると盾と剣を構える。
「さぁ、それではやろうか」
俺も四神を抜刀し構える。
「あいにくだが手加減はしてやれないぞ」
「その必要はない。全力でなければ、死ぬぞ」
ジェイクが話し終わると同時に斬り込んでくる。そのスピードは早い。
素早く刀を構え斬撃を受け止める。だが、ジェイクの剣撃はとても重く、受け流す事すらできずに弾き飛ばされてしまう。受け身を取り、素早く体制を整える。今の斬撃。俺の玄武でも弾くことは不可能だろう。なら…。
姿勢を低く構える。瞬速の剣技で決める。白虎を放つとジェイクも合わせて斬撃を放つ。交わった刃は強く押され、再び弾き飛ばされてしまう。
ジェイクは王国最強と言われていたが、まさかここまでとは。
起き上がろうとしたとき、ジェイクの剣の切っ先が突きつけられる。
「俺の勝ちだ」
ジェイクは背を向けると歩き出し椅子へ座る。
「正直。お前には失望した。最強の武術である牙蓮無双流の使い手であるお前がその程度とは」
ジェイクの言葉に反論したいが、今回の勝負はやつの勝ちだ。
「しかし」
ジェイクが言葉を続ける。
「お前にもチャンスをやろう」
「チャンスだと?」
「俺のたのみを聞いてくれたなら。命だけは助けてやろう」
「…わかった」
「内容はじつに簡単だ、反乱軍の本拠地を突き止めろ。それだけでいい」
「何を言っている。俺は反乱軍のメンバーではないから場所は知らない」
「俺は突き止めろといったのだ。反乱軍の女。クレアが居ただろう。彼女をここから連れ出し、一緒に反乱軍の本拠地まで逃げろ。その後、反乱軍の本拠地を俺に教える。そしたらおまえの命も、アスカの命も助けてやる」
この状況から断れば俺だけでなく、アスカまでも殺されてしまう。やつの提案に従う他に俺に選択肢はなかった。
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玉座の間を離れた俺は城の東側の離塔に向かっていた。
ジェイクの話では牢獄は地下と離塔の二ヶ所あるらしくクレアは離塔に囚われているらしい。階段を上っていくと塔の頂上に扉を見つける。扉の鍵を破壊して部屋にはいるとクレアがいた。
俺の顔をみるとクレアが驚いた顔をした。
「な、なんであなたがここにいるの!?」
思わずクレアの口を押さえる。
「声がでかい!…助けに来たんだ」
クレアはあたまを抱えながら言う。
「なんてこと。あなたまで追われる身になってしまうわ。今からでも…」
「もう、いいんだ。それよりも早く逃げよう」
俺の言葉の意味を察したのかクレアが頷く。
塔の階段を下っていく。通路を通りエントランスに出ると騎士達がいた。
瞬時に四神を構えると剣を持ったレイと反乱軍の兵士達が騎士を相手に戦いを始める。
「ここは任せろ!お前立ちは先に行け」
レイが騎士の剣撃を防ぎつつ出口までの通路を確保する。
「レイ、あなたも一緒に!」
「お前たちだけで逃げろ」
レイが俺に目配せをする。それに頷いて答え、クレアを引っ張り出口へ走る。
未明、日がそらを徐々に赤く染める頃。アレンとクレアはランスタッド城下町の地下道からでてきた。
「どうして、レイたちを助けてくれなかったの?あなたがいたらきっと…」
「結果は変わらない。いや、たぶん皆捕まっていただろう」
クレアはすこし黙ったまま、考え込んだようで。しばらくして口を開く。
「…そうね。ごめんなさい。改めてお礼を言うわ」
「あぁ、それより早くここを離れよう。日が完全に上ったらすぐに追っ手が来る」
「えぇ、急ぎましょう」
クレアと共に急ぎ歩き出す。
この選択こそが最善なのだと、自分に言い聞かせながら。