第一章 一節
ー汝の願い事を叶えよう。我に魂を捧げよーーー
アレン・ルシアンは固まっていた。
目の前には黒猫。それから話しかけられたような気がしていた。
しばらく黒猫と睨みあっていたが、黒猫は視線をはずすと家の影へ消えていった。
猫に気を取られていたが、追うことはせずこの街に来た本来の目的へ頭をきりかえる。
ここは自分の家から半日ほど、歩いたところにある街。
山の麓にあり、自然に囲まれたきれいな街だ。そんなに大きな街ではないが、街を訪れる人は多い。主な目的としては山で取れる薬草だろう。実際今回街を訪れた目的も薬草だ。
街の中心部。商店街を歩いていく。商店街と言ってもちゃんとした店構えはなく、ほとんどが屋台なのだが。
商店街は人々でごった返している。この街はいつもそうだ。街の人口はそんなに多くない。訪れているのは俺と同じく薬を求める人がほとんどだ。この世界にはどれだけ病人がいるのか、そのお陰で街が賑わって街の人々は生活出来ているのだからといえばすこし不謹慎か。
目的の薬屋に近づくと店の主人は俺の顔を見て満面の笑みで迎えてくれた。
「おう!よく来たな。」
「今回もいつもと同じ薬を頼む」
主人に銅貨5枚を手渡しながら注文をする。硬貨を受け取ると品物はすぐに出てきた。
「あいよ。そろそろ来ると思って予め作っておいたぞ」
「助かる。日没まで家につけないかと思っていたから」
「ハハハ!お使いも大変だな。ところでまだ旦那の様子は良くならないのか?」
「あぁ、薬を飲むと症状は収まるらしいが、あまり顔色は良くない」
「そうか、はやくよくなると良いな」店の主人はすこし同情するような顔をする。
「ありがとう、親父にも伝えておく」片手を上げて主人に別れを告げる。
商店街を戻り街の出口を向かう。
すると黒猫が前を横切る。と、道の端で振り返る。まるで、付いてこいと言っているようだ。
時間にはすこし余裕があるしすこし寄り道してもいいだろう。なによりこの街はあの薬屋しか知らないし。街を探検したいという気持ちもある。大通から脇道に抜け、狭い路地を進んでいく。
…あの猫、何処に行くんだ。
黒猫がひょいと曲がり角に消えていく。見失わないように走って後を追うが
ガンという音をたてて倒れる。
衝撃で思わずよろけるがすぐに体制を整える。
後ろの方で女が転んでいくのが見えてようやく状況がわかった。曲がり角で女とぶつかったのか。
女は散らかった持ち物を集めるとあわただしく立ち上がり、再び走り出す。
あっけにとられていると3名の憲兵たちが急いで後を追っていく。
なんなんだあれは。
ーーーと。薬の袋がない。
「まさか、あの女!」
急いで振り返り少女の後を追う。
狭い路地をひた走る。道々にはものが散乱している。女が追っ手を逃れるために障害物としていたのだろう。
兵士の後ろ姿は見えているが一向に距離を詰めることができない。
…と。兵士たちが止まっている。
やっと追い付いた。兵士たちが女に迫っている。何やら問い詰めているようだ。
「いいかげん。追い詰めたぞ。反乱軍の犬め!城内の地図を返せ」
「いやよ、この地図は渡さない」
「悪いがちょっと通してくれないか」兵士たちの間を抜けて女のもとへ向かう。兵士も女も知らない奴が割って入ったからなのか、きょとんとした顔をしている。
女は夏が終わったばかりだというのに赤色の長いマフラーを纏い、すらりとした長い黒髪を風になびかせていた。彼女の整った顔をみた人はほとんどが美人だと口を揃えるだろう。女性と話す機会などほとんどない俺からしてみたら話しかけることなんてまずしないだろう。だが、今回は薬を取り返すという目的のため決意を固める。
彼女の前に出るとずいと右手を差し出す。
「返してくれないか」
「…は?」少女は状況が分かっていないようだった。
「おい!お前!そいつの仲間か!?そいつから離れろ」
兵士たちも落ち着きをとりもどしたのか騒がしくなる。
「お前たち兵士には関係ない。俺はこいつが持ってるくす…」
「ええい!命令に背くというのか」
「うるさいぞ」振り向くと兵士たちは抜剣をしていた。
「引っ捕らえろ」
一番前の偉そうな奴が命令をする。それを合図に後ろの二人が剣を振り上げ襲いかかってくる。
「争い事は避けろと言われているんだが」
兵士の剣をひらりと交わしカウンターで掌底を腹部に叩き込む。よろよろと倒れる兵士をすり抜け二人めの兵士に立ち向かう。最初の兵士に比べ鋭い剣閃をしていたが、俺を仕留めるには遅すぎる。蹴り倒すとそのまま気を失ったようだ。
「くそ!」最後の兵士は振り向き急いでこの場所を離れていった。
「逃げやがったか」めんどうだから、という理由で兵士の後を追うのはやめる。それよりも。
「さ、邪魔者はいなくなったな」
振り向くと女は荷物を大事に抱え込み丸くなっていた。
「おい」と女に声を掛ける。
女の瞳には恐れが宿っているにも関わらず、まっすぐにこちらを睨み返してきた。そんなに敵意を露にされるいわれはないんだが。あたまをかきながらやさしく話しかける。
「俺はお前を傷つけるつもりはない」
女は俺の後ろで気を失っている兵士たちを見て驚いている様子
「…これ、貴方が?」
「あぁ、すこし邪魔だったからおとなしくしてもらった」
女は立ち上がるとまじまじと俺の事を観察し始めた。
「兵士の仲間って訳じゃないみたいね。見たところ貴方、普通の人のようだけど…」
普通の人?彼女なりの観察を終えるとふふんと鼻をならし、腕を組ながら命令口調で話しかける。
「喜びなさい。貴方を私のお供に任命してあげるわ」
???…何をいっているんだこの女は。
「いや、そんなことはしない。それよりも早く薬を返せ」きっぱりと断る。
「薬?」がさごそと手持ちの袋の中身を確認すると薬が出てきた。
「あ…」
彼女は悪人のような意地悪い顔をして不適な笑みをうかべる。…嫌な予感しかしない。
「わかったわ。じゃあこの薬を返してあげる。その代わり私のお供になりなさい」
…強情。この女はこれと一度決めたら曲げることはないのだろう。どうしても、折れそうにないな。
「わかった。薬を返してくれ」
彼女はその言葉を聞くとぱぁと顔が晴れる。
「良く言ってくれたわ。私はクレア・フローランス。これからよろしく」
握手を求めてくるクレア。
「そうだな。薬を」
「よろしく」彼女の右手がより前につき出される
こいつは強情なんてもんじゃない。わがままなんだ。
はぁ、とため息をつき握手に答える。
「よろしく。俺はアレン・ルシアン」
クレアは微笑む。何故だか彼女の微笑みは優しくも儚い。
「それじゃあ、早速王都へ行きましょう。こんなところにいつまでもいるべきじゃないわ」
「同感だ。早く移動しないとまた兵士たちが追いかけてくる」
クレアに続き、裏路地を通り人目につかないように街を出ていく。あの黒猫はどこかにいってしまったのだろう。あれから一度も顔を見せなくなった。まぁ、野生の動物などそのようなものか。
街を抜けて街道に向かっていたとき、正面に敵の気配を感じて立ち止まる。先行していた俺が急に立ち止まるからあとから来ていたクレアは俺の背中にぶつかってきた。
「ちょっと!急に止まんないでよ」
起こる彼女にたいして、振り向き静にしろと合図をする。
クレアの手をひき街道脇の森に隠れる。
「どうやらさっきの兵士たちは俺達を街から逃がさないみたいだ」
「え?」様子を見ようと顔を出すクレア。だが、思いっきり顔を出すので慌てて草むらに押し込む。
「もう!何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ!バカかおまえは!そんなことしたらすぐに…」
「そこに誰かいるのか!?」やはり気付かれた。
敵兵はまだこちらには気付いていないらしい。今ならまだ引き返してやり過ごすこともできる。
「ここは一度引き返し、体制を整えよ…」
ガサッと大きな音をたてて勢いよく立ち上がるクレア。
「フッ...かかったわね!さぁアレン敵が怯んでるうちに倒しなさい!」
びっくりしていたのは敵だけでなく、彼女の突然の行動が理解できずかたまってしまった。
一瞬の沈黙のうち敵兵は警笛を吹いた。
ピーーーーーーーー!!
高音が周辺に響き渡る。
「ちょっと!なにやってんのよアレン!みつかっちゃったじゃない」
「...そういうことはちゃんと合図をしてくれ」むすっとした態度で答える。
すぐにガシャガシャと周囲を金属が擦れる音がする。距離はまだそんなに近くないが、確実にこちらに近づいている。
前には敵兵、後ろに下がっても敵兵。なら、押し通る。
「いくぞ!」クレアの手を取って走り出す。
「あなた正気!?正面突破なんて」
「あぁ!どうせ下がっても囲まれるだけだ。このまま突っ込むぞ」
正面の兵士は動揺している。空いている右手で掌底を顔面に打ち込む。結果的に不意をつけたことで一撃で倒すことができた。
「やったぁ!」クレアがガッツポーズをしている。
そのまま守衛室の前へ向かう。正面には二人。見張り台にはまだ誰もたっていない。
「おい!止まれ」
兵士二人が槍を構える。槍は、すこし不味いな。一度クレアの手を離す。
「はなすぞ、少し下がれ!」クレアは走る速度を少し落とし距離を広げる。
一人先行する。槍の間合いに入った途端、敵兵の突きが放たれる。
切っ先を交わし敵の懐に飛び込むと同時に蹴りを放つ。どさどさと音をたてて兵士達が倒れる。
「なんとか倒したな。ほらいくぞ」振り向きクレアに再び手を伸ばす。
「別に手を繋がなくても走れるわ」
「繋いだ方が早いだろ。ほら」
「…わかったわ」クレアは顔をそらしながら渋々手をとる。
クレアの手をとりしっかり握る。
あっという間に守衛達の姿が見えなくなる。
「このまま走り抜けて兵士を振り払う。頑張って走れ」
「えぇ、急ぎましょう」
…
テーベ村を抜けて2時間。日は西日に差し掛かり、影はだんだんと伸びてきた。
「ちょ、ちょっと。…休…憩」
クレアが言い終えると共に尻餅を着く。
「どうした?まだ半分も来ていないが」
「ハァ…ハァ…なんで…あんた…ずっと走ってるのに…息が…切れてないのよ」
「これくらいでへばっていたんじゃ、今日中に着くことはできないぞ?」
「まさかあなた…今日中に王都までいくつもり?普通に移動したら急いでも1日はかかるわ」
「そんなにかからないが?ずっと走れば半日で着くことができる。いままでのペースだと今日の夜にはつくかな」
クレアはあきれる顔をしている。
「信じられない…」言いながらごろんと寝転ぶ。
「はぁ、じゃあ少し休憩をするか」クレアの横に腰を落とす。
「なぁ。あんたに質問があるんだが、聞いてもいいか?その荷物はなんなんだ。なぜ兵士に追われてる?」
「秘密よ。それを教えてしまったらあなたを完全に巻き込んでしまう」
「…すでに巻き込まれているが」
「うるさいわね。男の癖に」クレアがこちらを向く
「逆にあなたは何者なのよ。どこの武術の使い手なの」
「別に普通だよ。上手く兵士達の隙をつけただけ」
彼女は隠し事をしている。なら、こちらも隠し事をする。ただそれだけの事。
「ふーん。まぁ、お互い詮索はこれまでにして」クレアが上体を起こすと
「これから王都まで一緒なんだから。なかよくやっていきましょ」
クレアは人懐っこい笑顔で話しかけるのですこし、ドキッとした。彼女の笑顔は不意打ちだった。
「まぁ、契約したし。王都までは付いてく」
視線をそらして答える。
辺りはすっかりと暗くなり静寂に包まれていた。今夜は月明かりがとても明るい。満月も近いだろう。
「はぁ、はぁ、やっと見えてきた」
なんとか家まで帰ってこれた。
途中でクレアは疲れはててしまった為、背負ってここまで来るはめになってしまった。しかも、背中で寝息までたてて。さすがに、人一人担いで走るのは疲れる。
「おい、着いたぞ」すこし乱暴にクレアを揺すって起こす。
「ん…」クレアが目を覚ましたらしい
「ちょっと、王都はまだじゃない」寝起き早々機嫌が悪い
「あぁ、すまない。相談しようと思ったんだが、寝てしまったから」
「それで?ここはどこなの?」おんぶから降りるとクレアはふくを整えながら質問する
「とりあえず薬を親父に届けたいんだ。王都はすぐ近くだからそれからでもいいだろう?」
「薬って?」
「あんたが持ってる小包だよ」がさがさと鞄の中身をクレアが確認すると中から小包を取り出す
「あぁ、これね。はい」
「やっと返してもらえた。じゃあ親父のところへ寄り道させてもらうよ」
小屋の方へ向かうと親父のラクスがたっていた。ラクスは俺の育ての親でもあり、武術の師匠でもある。今もその肉体は太い筋肉に被われており、大男という言葉が似合う人物だと思う。親父は牙蓮流の使い手であり、若い頃は敵なしと言われるほどの武術家だったらしい。しかし今は若い頃の無理が祟ったらしく病におかされている。こうして俺が薬をとなり街まで買いにいくのはそのためだ。
「親父!外に出てて大丈夫なのか?」薬をラクスへ渡しながら心配をする。
「おう、息子の帰りが心配でな。体調は、まぁそこそこだ」夜も深いというのに大きな声を出して笑う。端から見れば病人なのかも怪しいだろう。
「それでそっちのお嬢ちゃんはだれだ?」
「あぁ、彼女は…」
「私はクレア・フローランス。お嬢ちゃんじゃありません」
「ほぅ。それは失礼。それでクレアさんはなんのごようですか?」ラクスは腕を組クレアを見下ろす。ラクスは身長180㎝位はある大男だ。クレアは160㎝くらいだから遠くから見ればお嬢さんと言われても納得がいく。
「アレンには王都まで送ってもらう約束をしているんです」
「ほぅ。まぁ女の子が一人で長旅って言うのも危ないからな。うちのアレンでよければ使ってくれ」
自慢の顎髭を触りながらラクスが言う。
「はい、ありがとうございます」
ラクスの後ろから二人の少年が顔を出す。
「お兄ちゃん帰ってきたの?」
「すまない、アスカ。起こしてしまったな」
アスカは眠い目を擦りながらラクスの後ろに隠れている。
「アレン。ずいぶん帰りが遅かったな」
すこし偉そうな口調の少年はシャル。
「シャルも起きてきたのか。すまなかったな。アスカをまたベッドへつれていってやってくれ」
シャルは頷くとアスカをつれて家の奥へ入っていった。どうやらシャルも眠いのが我慢出来なかったらしい。
アスカは俺の実の弟。年はまだ10才。アスカは優しい性格で争い事を嫌っている。それは5年前に出来事が未だに彼の心奥深くに突き刺さっているからかもしれない。人見知りなためか知らない人との接触を嫌う。
シャルはアスカと違って強気な性格だ。年は12才。その気持ちの原点は強い正義感にある。そのため争い事には積極底に介入していく一面もある。また、隣国キュリオス国人の血がながれているため、肌と髪が白い。現在キュリオス国は敵国に当たるため、国の兵士や、他の人たちに見つかるわけにはいかない。本人は人種が違っても俺はキュリオス国とは関係ないから恨まれる筋合いはないと言っている。
この4人でラクスの家で生活している。男4人だが退屈はしない。
「まぁ、立ち話はなんだし家には入れよ」
ラクスがクレアへ家の中への道を開ける。
「お誘いありがとう。でも急ぎますのですぐに出立させていただきます」クレアはしっかりとした口調でラクスの誘いを断る。
「そうか」ラクスはぽりぽりと頭をかく
「じゃあ、気を付けてな。アレン」
「あぁ、わかってる。明日の午前中には帰ってくるよ」
そう告げると引き返し王とへのみちを歩み出す。
「なぁ、ちょっとくらい家でやすんでもよかったんじゃないか?」
「早くつかなきゃいけないもの。休んでなんていられないわ」
走ってきたからだいぶ時間は短縮できているはずなんだが
「早くつかなきゃいけない理由があるのか?」
「王都にいる。仲間が心配だわ。何日もあそこに…って。余計なこと聞かないでよ」ぷいとそっぽを向いたっきり黙ってしまった。
「なぁ、それって反乱軍と関係あるのか?」
すごい勢いでクレアが振り返る
「ななな、なんであんたが知ってるのよ!」
すごい慌てようだ。これは隠し事はできない人間の反応だ。
「いや、最初に会ったときに兵士とそんな話をしていたじゃないか」
と、クレアは腰から短刀を取り出すと構える。
「待ってくれ。誰にも言ったりしない。頼むからしまってくれ」
「信じられないわね…」
「落ち着けって。だいたいあんたを騙すつもりならもっと、いいタイミングはいっぱいあったはずだし。自分から鎌をかけるようなことはしない」
「…それもそうね」クレアは短刀を納める。
なんとかわかってくれたようだ。
「すまない。この話はもうやめるよ」
「えぇ、そうしてちょうだい。貴方をこれ以上巻き込みたくないもの」
クレアはすこし悲しそうな表情をしていた。
家を出発してから約5時間。ようやく王都が見えてきた。王都は遠くから見ても分かるほど大きい。高い城壁に入り口は正面の正門だけ。正門を過ぎると広い城下町が広がっている。城下町を抜けるとランスタッド国王のいる城になっている。城下町には何百という家が立っている。中には格差社会があり貧困の差が著しく現れている。それは城下町に限った話ではなく、国全体に格差は広がっている。やはりこの街に戻ってくると余計なことまで思い出す。
「やっと見えてきたわね」
クレアの一言で一気に現実に引き戻される。
「あぁ、短い時間だったけど気を付けてな」
「なにいってんのよ。ちゃんと中まで送りなさい」
クレアはすこし偉そうに言うと先陣をきってあるきだす。俺はできれば王都の中には入りたくなかったがしぶしぶクレアの後をついていく。
クレアが向かったのは正門ではなく、王都より流れる生活排水の流れる下水口だった。王都は高台になっており、川の水を引き込み上手く水が流れる仕組みとなっているようだ。たしかに人目にはつかないが、下水からの臭いは激臭を漂わせており、なかなかに心が折れそうになる。
「…ここを通るのか?」念のため確認する
「ええ、そうよ。正門は門番がうじゃうじゃいて入れないから。ここからなら下水を通って城下町まで行ける。そこが待ち合わせ場所なの」
そういうと、クレアは排水口の入り口を塞いでいる鉄柵をゆさゆさと揺すると簡単にはずしてしまった。
「ほら、とれた。いきましょ」
しぶしぶクレアの後を追い排水口通路を進む。
クレアの持っていたランプを灯し進む。中はとんでもない臭いだ。さすがのクレアも眉間にシワを寄せて鼻をつまんでいる。
「何処まで進むんだ?」鼻をつまんでいるから自然と鼻声になる。
「そろそろ地上に出られるところがあるはず」もちろんクレアも鼻声になる。
と、目の前に鉄のはしごが見えてきた。
「ここね」クレアは一目散に登り始める。
よっぽど臭かったのだろうなどと思っていると、なにかを思い出したように振り返る
「私スカートなんだからいいって言うまで上を見ちゃダメよ」
それならあとから登ればいいのにと思いつつ気のない返事をする。
クレアの許可がおりたあとはしごを上る。下水口を出た先は城下町の裏通りだった。
「なるほど、ここならあまり人目につかないな」
「早く移動するわよ。ここらも兵士が巡回してるんだから」
感心しているとクレアに注意され、あとに続き移動を開始する。
裏通りを少し進むとどうやら飲み屋があり、クレアは店の前で止まった。
ノックを二回。すると扉から大男が出てきた。男は体格のよさや雰囲気からしてまさに歴戦の戦士だと一目でわかった。ぼさぼさの長髪に額当てをつけている。彼のまとっている肩と胸の防具、ハーフプレートは傷が幾つも付いていた。そして気になったことは左右の腰に下げている双剣だ。特別な加工をしているのかそのやいばは黒い。
「クレア!よく無事でたどり着いた」
「ええ、途中トラブルがあったけど計画には間に合ったわ。それにしてもレイ。あなたが来てくれて嬉しいわ」
レイという男は俺のほうを見ると鋭い眼光で睨みつけてきた。
「そいつは誰だ」
「こちらはアレン。道中いろいろと助けてくれたの」
「そうか、礼を言う。早速だが計画の確認をしたい。まずは中に入ってくれ」
レイは扉を開けてクレアを招き入れる。
クレアが家の中へ入ると
「あんたの仕事はここまでだ。これ以上我らに関わらないでくれ」
「おい、なんだそれ」
「え?ちょっとレイ!」奥でクレアの声が聞こえた。
レイは扉を勢いよく閉まると中から鍵がかかる音がした。
急に一人にされ状況がわからず立ち尽くしてしまったが、とりあえずもう帰っていいということか。レイに苛立ちを覚えながらもと来た道を引き返すことにした。
下水口への通路に入ろうとしたとき、鎧がなる音が聞こえた。嫌な予感がして物陰に隠れながら表通りの様子を見る。兵士が20人ほど集まっていた。見廻り?にしては数が多すぎる。
そこへ派手な装飾がされた鎧を来た男が歩いてくる。
「皆揃っているな、この辺りに反乱軍の拠点があると情報が入っている」
鎧の男はふいにこちらに視線を写すとにやりと笑うと、兵士たちの方へ視線を戻す。まだ、見つかってはいないようだ。あの顔は覚えている王子ジュード。
彼をみたのは5年ぶりになる。年は今年で20になるだろうか。とにかく彼との思い出にいいことはない。5年前に組手をしたときはジュードの怪力による剛剣で吹き飛ばされたこともある。あいつと戦うことは避けた方がいいだろう。
ジュードの掛け声で兵士たちが一斉に移動を始める。このままここにいるのはまずいな。
足早に移動を開始して、下水口へ潜り王都をあとにする。
クレアは大丈夫だろうか、いつのまにかクレアを心配している自分がいた。
レイという男もそうとうの剣の使い手のようだし、彼がいるのなら大丈夫だろうと言い聞かせ帰路についた。




