第一章 十一節
アレン・ルシアンは後悔していた。
自分がとことん嫌いになった。あのとき、無理矢理でもクレアをつれて逃げればよかった。最後まで彼女をまもるのに力を振るえばよかった。後悔ばかりが頭のなかを駆け巡る。俺はあのときからなにも成長していなかった。やさしさなど覚えなければよかった。
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知らせが届いたのは、任務が終わり城へ戻る途中だった。
ルークが走り俺のもとへ飛んでくる。
「アレン!城へ行ってはダメだ」
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「お前の親父がサツキお嬢様を誘拐したんだ」
ルークの話を聞き、家族に抱いていた不信感が一気に甦る。
「アレン!しっかりしろ」
ルークに支えられて裏路地に一度身を隠す。
「いいか、よく聞け。お前はこのまま逃げろ。すぐに王国騎士がお前の実家に出兵し、事態の収拾に向かうことになる。お前も容疑者の一人として上がっているんだ」
ルークの話は理解できなかった。いや、心が理解することを拒んでいた。
「とにかく、家に戻らないと…」
「おい!アレン!俺の話を聞いていないのか!?」
「行かなきゃ…」
一目散に走り出す。早く家に帰って確認しないと。
城下町の商店街は相変わらずの人混みだ。その中を掻き分け進んでいく。後ろの方で聞こえていたルークの声はいつのまにか聞こえなくなっていた。
家の前はいつもと同じように静かだった。
玄関に手を駆けると戸はしまっていた。玄関を勢いよくノックする。
「あけてくれ!俺だ!」
するとしばらくして玄関が開き母が顔を出す。
「アレン、どうして」
母を押し退けて家の中へはいる。
「父さんはどこ?父さん!」
「やめて、かってにはいらないで!」
制止する母を押し退けると思いの外強い力で押してしまい母がバランスを崩して倒れる。
すこしの罪悪感。それでも父を探し家の奥へ入っていく。
工房。しばらく使われていないようで道具に埃がついている。奥の扉、倉庫が開いている。
工房の中にはいると怯えきっているサツキがいた。暴行された痕がある。それよりもひどかったのは。
アレンが夢中で手にした木片で父を何度も刺していた。まるで怒りと恐怖で自分を見失っているようだった。
背後から足おとが聞こえる。母が追いかけてきたのだと悟る。ここからはからだが勝手に動いていた。
アスカを押し退けて抜刀し父の首をはねる。
この刀は父が精魂込めて打った刀。家族を幸せに導く刀だったはずなのに。
後ろを振り向くと母がこちらを見ていた。
刹那。悲鳴が家中に響き渡る。母は工房にあった剣を手に取ると俺に向かって構える。
と、その時家の扉が破られ王国騎士団が家の中へ侵入してくる。
母はあっというまに騎士達により取り押さえられた。
俺は刀を捨てて投降した。
重要参考人として拘束された俺は事の顛末を話した。俺が城内の情報を父へ伝えた事。これは後から聞いた話だったがサツキを誘拐したのは身代金が目的だった。俺が知らない間に実家の家計は火の車となっており、とてもではないが生活できる状態ではなかった。父は悪質な金貸しからも金を借りており、返さなければ命をとられるほど追い詰められていた。
母はその日のうちに処刑された。母は最後の瞬間まで呪いの言葉を俺に向かって吐き続けた。
俺とアスカはサツキの証言により罪には問われなかったが、借金が消えるわけがなく、俺は兵士を辞職し金貸しのもとで兄弟働くことになった。
俺はあんなに守りたかった家族を一瞬で失ってしまった。
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もう、あんなことは二度とごめんだと思っていたのに。目を閉じると思い出す。
大切なものはどうして俺の手をすり抜けてしまうのか。大切に大切にもっておこうと強く握るほど、壊れてしまう。きっとこれは母の呪いだ。俺が大切に思うものほど、俺の手からこぼれ落ちてしまう。
「いつまでそうしているつもりだ」
ふと顔をあげるとルークが立っていた。当たりはすっかりと暗くなり夜になっていた。
「いつだっておまえはそうだ。傷ついているのは自分だけだと思うなよ」
そう、俺は…クレアを傷つけてしまった。首に巻いている赤いマフラーに手を触れる。
『このマフラーは私とあなたをつなぎとめてくれるから』
大切な人。もしもまだ間に合うならば、今度ははなさないように。彼女を助けにいくと決める。
「ルーク、手伝ってくれるか…」
「あぁ、もちろんだ」
夜空に二人は王とへ向けて、これまでたどって来た道を振り返り歩み出す。
いつかの君の言葉を思い出す。
命は1つしかないのだ。1つだけの命をどう生きるのか。選択の自由が私たちにはある。だから、後悔の無いように…強く生きるの、と。今になって彼女の言葉を思い出すなんて…俺はいつだって遅すぎる。
「アレン!飛ばしすぎだ!」
俺のあとを馬に乗り追いかけるルークが声をあげる。
「馬が壊れちまう」
ざっと地面を蹴り走るのを止める。
「あまり、休んでいられないぞ」
「落ち着け、昨日の夕方に国境を出発したんだ。いくら馬車とはいえそこまで早くつくことはないだろう」
「でも…」
「馬より早く走るなんてどうかしているぞ。それに、おまえも汗を拭け」
ルークに手拭いを渡されて気づく。自分が思っていたよりも汗を大量にかいていた。
「急ぎたい気持ちもわかる。でも、お前が体を壊すわけにはいかないだろう」
「あぁ…すまない」
腰を下ろすとどっと疲れが押し寄せた。
だけど、立ち止まってはいられない。クレアを早く見つけなければ。
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クレアは馬車に揺られていた。
手枷に自由を奪われつつも心は落ち着いていた。
アレンのこと、考えると心が苦しくなる。でも、これで良かったのだと思うことにした。アレンを巻き込んだのは私。形はどうあれアレンは反乱軍と縁を絶つことができた。アレンさえ、生きていてくれれば。
「あの男の事が気になるのか?」
ジュードの問いに静かに答える。
「いいえ、彼が生きていてくれさえすれば私はいいの。今回の事はあなた達が彼を陥れたんでしょ?アレンが私を騙すなんてあり得ないわ」
「ずいぶんとあいつを信頼しているんだな」
当たり前よ。と心のなかでジュードに答える。私はアレンを信じている。これまでも、これからも。
アレンさえ生きていてくれれば、私は幸せだから。
馬車は私たちが何日もかけた旅路をわずか3日で通りすぎてしまった。
王都への一本道を真っ直ぐ公道を通っていけばたったそれだけの日数で移動することが出きる距離。私たちは自分達の足で歩いてきた。今思い返せば、決して楽な道ばかりではなかった。それでも、アレンと一緒だったからきっと歩き続けることができた。
思い返すことはアレンの事ばかり。
手枷に繋がれた鎖を引かれて馬車を降りる。外は眩しいほど日差しが刺さる。そして、回りには城下街の住人。人々の目は冷たく、その視線は肌を刺すように鋭かった。城下街の人たちは知らない。この街の外の村がどれほど貧しい暮らしを送っているか。けれど、それを伝えることはできないまま。城の中へつれていかれる。
ここが私の最後の地となる。
一度はアレンが助けてくれた。けど、今回は違う。もう心は決めたのだから。
命の終わる地へ向けて一歩踏み出す。




