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3・甘いプレゼント


 僕は王太子に指名されて以来、王太子宮に住むようになったけれど、たまには実家に帰る。実家、というのは、僕を育ててくれたアルシード公爵夫妻の館。

 僕は国王陛下のたったひとりの弟の一人息子だけれど、僕が赤ん坊の頃に実の両親は流行病で死んでしまって、どんな人であったのか、まったく記憶にない。人が、『国王陛下にそっくりで、でも常に謙虚で優しいお方でした』などと教えてくれるので、そうなのか、と思う程度で。


 僕が、育ての親の公爵夫妻の実子ではなく、王族の出なのだと知らされたのは、七歳の時。育ての両親は、とても僕を慈しみ、尚且つ必要な教育は怠らず厳しくもあり、それでもそれが愛情故と知っていた僕は、自分が二人の実子でないなんて考えた事もなかったので、当時はとても衝撃を受けた。

 だけど、その頃にクリスアンとの婚約話が出始めたので、二人は、本当はもう少し経ってから話そうと思っていたらしいけれど、次期女王の婚約者となるからには、自分が何者であるのか、幼くとも知っておくべき、と考えたそうだ。

 勿論最初はとても混乱して悲しく思った記憶はあるけれど、母上は僕をぎゅっと抱きしめて、「あなたはわたくしが授かった、一番の宝物なのよ。何にも変わらないの」と言って下さって、父上は話は済んだとばかりに無言で部屋を去られたけれども、翌日から、まったく何もなかったように接して下さったので、段々と僕も落ち着く事が出来た。

 遊び相手としてもっと小さな頃からお城に呼ばれて中庭でかくれんぼしてた可愛いクリスアン王女さまが従妹で将来のお嫁さん、と聞かされたのはとても嬉しく、まあそうやって、僕の少年時代は割と充実していたと言えるし、王太子になった今も、育ての両親への愛情と感謝と尊敬の念は変わっていない。


「ローレン、なんだか顔色が優れないようね。疲れが溜まっているのではなくって?」


 と、母上は会う度に心配して下さる。

 両親は最初は、王族籍に戻った僕に、臣下として接するべきだと考えたらしいけれど、公の場以外では、どうか今まで通りにして欲しいと僕の方から懇願して、そうなっている。クリスアンから婚約破棄されて、僕だって傷ついてない訳じゃないのに、両親まで他人になってしまうのは流石にきつすぎる。


「大丈夫です、母上。可愛い女の子がしょちゅう癒してくれますしね」

「あらまあ……」


 あれ、おかしな風にとられただろうか。僕はマリーアンとのお茶の事を言ったつもりだったんだけども……。


「するとローレン、婚約の話は進んでいるのかね? 堅物のおまえが、遊びで女性と付き合うとは想像しがたいが」


 と父上。ああ、やっぱり誤解されている。でも今更、マリーアンの遊び相手になってる事です、と言うのも何だか気恥ずかしい。


「いえその、特には。ウィルバート家の令嬢はしょっちゅう訪ねては来られますが……」

「でも、セレイラ嬢とは合わない、と以前こぼしていたね」

「はあ。王妃陛下の後ろ盾のウィルバート家が彼女を王太子妃に、と望んでいるので、王妃陛下もそれを望んでおられます。でも国王陛下は、マリーアン王女との婚約を……形だけで良いので、彼女が成長するまで愛妾を置いても構わないから、とまで仰って……。僕は、どちらもその、ぴんと来ないんですが」


 七歳のマリーアンを『本当の妻』に出来るまでは、あと十年近くかかるだろう、それまで独り身では僕が可哀相だ、というのが陛下のお気持ちらしいけど、お兄さまと無邪気に慕ってくれるマリーアンをお飾りの婚約者にして愛妾を置く、というのには抵抗がある。


「他に気になる令嬢はいないのかね」

「さあ……何しろ僕は立場が弱いので、両陛下のどちらも無視する訳にはいきません」


 国王陛下には、王妃陛下との間にクリスアン、側妃との間にマリーアン、たった二人の女子しか子どもがいない。だから、本来ならクリスアンの次の王位継承権者は僕の実の父親、王弟殿下だった訳だけど、早逝してしまったので、元々王配として帝王教育に準じるものをきちんとこなしてきた僕に順番が回ってきたのだ。けれど、生粋の王子という訳ではないので、やはり中には僕を快く思わない者もいる。

 国王陛下の下された決定事項なので、表立って異を唱える者はいないけれど、中には、元々後ろ盾の少ないマリーアンの強力な後ろ盾になって、王の娘であるマリーアンを女王に、と目論む者、または、クリスアンが何人か王子を産んだら、そのうちの一人を我が国に返して貰って、王孫である王子を立てるべき、と考えている者……色々と耳には入って来る。

 もしもそうなれば、僕はお払い箱。暗殺されてしまう危険すらある。そういう事情もあって、陛下は、僕がマリーアンと結婚するのが一番、と思っていらっしゃるのだけれど(僕とマリーアンの息子は王孫になるので)、そうなれば、王妃陛下とその一族からの風当たりは一層強くなるだろう。


 父上は溜息をつかれて、


「ローレン……おまえは暫く、ここには帰って来ない方がいいかも知れない」


 と仰った。


「何故です?」

「おまえが王太子となり、我が家には後継ぎがいなくなった。だから、弟夫妻から養子を貰った。この話はしたし、従弟として育ったから知っているな?」

「はい」

「だが、ウィルバート家では、その話を聞き、我が家がおまえに取り立てて貰って、我が家の嫡男となったエラードが要職に就けるよう画策している、と捉えているらしいのだ。そんなつもりは一切ない……元は我が家はウィルバート家より格上であったが、ウィルバート家から王妃が立った時点でわたしは一歩下がった。公爵家同士で争っても国にとって、不利益しか生まぬからだ。だが……ウィルバート家の方では、相変わらず我が家を敵視しているようだな。わたしの代で家を潰す訳にはいかぬから、養子を迎えただけなのに」

「それで、僕は暫くアルシードから離れていた方がいいと」

「そういう事だ」


 ……はあ。実家は、肩の凝る王宮から離れて誰からも邪魔されず休める場所だったのに。でも、父上のご意見も尤もなので仕方がない。


―――


 そういう訳で、僕は予定を繰り上げて早々に王太子宮に戻った。

 迎えに出たのは、執事の他に、何故かマリーアンの侍女のリリー。


「あれ? マリーアンが来ているのか? なんだか、忙しいから暫く来られない、って言っていたじゃないか」


 僕の言葉にリリーはくすくす笑い、


「その忙しさから解放されたので、一刻も早くおにいさまに会いたい、と仰って、こちらに伺ったのですわ」

「そうだったのか。帰って来て良かった。今日は本当はアルシードに泊まる予定だったからね」

「ええ、そう窺いましたので、また後日にしましょう、と申し上げたのですけど、マリーアンさまは、『ぜったい今日がいいし、おにいさまは今日かえってくる』と言い張られて……」

「そうか。で、お姫さまはどこに?」

「それが……」


 客間に、リリーに導かれて、そうっと入ると、マリーアンは、待ちくたびれてソファで眠っていた。


「おやおや、姫君を長くお待たせし過ぎてしまったみたいだな」


 僕の声に、マリーアンはぱちりと目を開けて、小さくあくびをした後、ぱあっと笑顔になった。


「おにいさま! やっぱり帰っていらしたのね!」

「ごめんね。来ると知っていたら出かけなかったのに」

「いいの、こうして帰ってみえたんだもの。私、おにいさまにプレゼントがあるの」

「プレゼント?」


 マリーアンはいそいそと、リボンをかけた箱を取り出して僕の手に押し付けてくる。


「あのね、お誕生日のプレゼント!」

「え? 僕の誕生日は一か月先……」


 言いかけて、しまった、と思う。折角持ってきてくれたのに、勘違いを指摘してしまうなんて、僕は馬鹿だ。

 でも、マリーアンの笑顔は崩れない。


「知ってるよお、それくらい」

「……えっと、じゃあ、なんで?」

「もちろんその日にも用意するけれど、本当のお誕生日には、たくさんの人がおにいさまに贈り物をするでしょ? ……そのぅ、セレイラからも、もらうでしょ? だから、私のプレゼントが埋もれてしまったら嫌だなっておもったの。ねえ、あけてみて? 数日かけてとっくんしたのよ」


 そんな気配りまで出来るのか、と驚きながら、急かされるままに箱を開けると、甘い香りがふわっと漂う。


「私! 私が焼いたの! おいしくできたの! 食べてみて!」


 中身は、色んな形のクッキー。中には凹んでいるものもあるけど、殆どは綺麗な形に焼けている。マリーアンは、星型のクッキーをつまんで、


「はい、おにいさま、あーんして」


 と言ってくる。おままごとみたいで、本当に子どもだなあと思うけれど、でも可愛い。口に入ったクッキーは、お城の料理人が作るのに負けないくらいに、甘くて、美味しかった。

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