デート
服を買いに行くと言っても時間が時間だ。
先ずは昼食を取ってからと言うことで、次郎達は新宿にあるメインストリートから外れた裏路地にある一件の喫茶店を訪れていた。
店内の調度品はどれも主張は控えめだが、しかしだからこそ品の良さが漂っていて隠れ家的な雰囲気がたまらない店内。
そこにヤンキー風の少年と黒スーツの少女と言う組み合わせは普通であればアホ目立っていたであろうが、
「では、少々御待ちくださいませ」
ぴり、っと伸びた背筋が気持ち良い店主はまるで気にしていなかった。
桔梗の場合はスーツの効力、次郎の場合は顔馴染みだったからである。
「…………あなた、よくこんなお店知ってたわね」
桔梗の顔は心底意外そうだが、それも已む無しかな。
次郎の見た目や性格上、行きつけの飲食店があっても焼き鳥屋とか定食屋とか豚カツやから揚げの専門店ぐらいだと思うだろう。
だと言うに小洒落た喫茶店に堂々と溶け込んでいるのだから驚くなと言う方が無理だ。
「ん? ああ、親父――養い親の方な、あの人がガキの時からちょいちょい連れて来てくれたんだよ。
此処はコーヒーもいけるが飯もかなり美味くてな。さっき頼んだ大人のお子様ランチってあったろ? 二人してよく食ってたよ」
大人のお子様ランチとはお子様ランチの量を大人に向けて増やしたメニューである。
次郎も当初は年齢に合わせてお子様のためのお子様ランチを頼んでいたのだが、
”おやじ、ずるい”
と言う抗議を行い三回目ぐらいからは大人のお子様ランチを頼むようになっていた。
幼い頃から変わらぬ大食漢っぷりはこの店の店主も知るところで、ちょいちょいオマケもしてくれていたりするのだがそれは余談だろう。
「へえ」
「最後に此処来たんが、高校の入学式の後か? だったもんでさ。
意識したわけじゃないが親父が死んで足が遠のいてたし、久しぶりに食べたかったんだよな」
「まあ、良いんじゃない? 私は特に行きたい店があるわけでもないし」
「だと思ったよ。でもまあ期待してな。此処の食い物にはずれはないからさ」
漫画に目を通しながらそんなことを言う次郎だが、
「(……やべえ、緊張する)」
表面上はともかく本音はこれだ。
何でもないことのように振舞っているが、その実、割と余裕はなかったりする。
桔梗と行動を共にすることには慣れたが、それはあくまで仕事。
明確にデートに誘うと決めて、その通りに行動するとなると何故か無性に緊張して来るのだ。
この店を選んだのも、良い雰囲気だと言うのもあるがそれ以上に慣れ親しんだホームだからである。
此処ならば多少は落ち着いて行動出来るはずだと言う目論みあってのチョイスだ。
「(何だよこれマジあり得ねえ。何時も通りじゃん、桔梗何時も通りじゃん。なのに――――)」
何時もよりも可愛く見えてしまうのだ。
全身黒尽くめの鉄面皮スタイルは微塵も揺らいでいない。
揺らいでいないのにデートと言う概念を付与するだけで見え方が変わって来る。
「(すげえな、世の男どもはこんな緊張感の中で恋愛やっちゃってんのかよ)」
次郎は恋愛初心者である。
桔梗のことも好きだとは思っているが、じゃあ具体的にどうしたいと言われると首を傾げてしまう。
恋人になるとか嫁に欲しいとかは思わない。
くだらない話をしながら一緒に仕事をするだけでも楽しいし満足だから。
とは言えそれは流石にどうなのよ? 年頃男子的にと思いそれっぽい行動に移してみたのだがこの通り。
戎次郎と言う少年は、年齢不相応にピュアな男なのである。
「(…………参ったわね)」
さて、緊張しているのは何も次郎だけではない。
澄まし顔でサラリーマン金●郎に目を通している桔梗も同じだ。
次郎と同じで中身なんてまるで入って来ていない。
「(デート、デート、デート……やったことないわよ、そんなの)」
人外を殺すことにかけて桔梗はプロ中のプロだ。
妖異天魔は当然として神をも屠ったことがある。
そんな桔梗をしてこの状況はハード極まるものだった。
ぶっちゃけてしまえば神を相手取った時の方がまだ楽だったと思える程に。
屠られたゴッド涙目案件ではあるが、まあそれは置いておこう。
「(普段通りの態度で、違うのは服装ぐらいなのに……)」
どうしてか何時もより良く見えてしまう。
特別派手でもないし、特別洒脱でもない。
次郎の今日のファッションを端的に表現するなら”無難”の一言に尽きる。
だと言うのに、男ぶりが上がって見えるのだ。
「(男の癖に生意気な)」
例えばそう、足だ。
次郎は黒いパンツに包まれた長く逞しい足を組んでいるのだが桔梗から見てそれがまた何ともセクシーなのである。
加えてカットソーから除く胸元なども良い。
普段から着けているけれど普段はさして気にならないピアスまで匂い立つ色気を表現しているように見えてしまう。
尚、これまでの評価はあくまで次郎と桔梗の欲目が多分に入ったものであることを承知して頂きたい。
「(……会話がなかったら色々考え込んでしまうし駄目ね)ねえ」
「ん、どうした?(会話が無いとやたら緊張するし話し振ろうと思ってたんだが……助かった)」
「あなたの名前は”次郎”じゃない?」
「ああ、次郎だ」
正直古めかしいと思ったことは一度や二度ではきかないぐらいだ。
ただまあ、次郎と言う名前で生きて来たので他の名前と言うのもピンとは来ないのだけれど。
しかしそれがどうしたのだろう? と次郎は首を傾げる。
「あなた、お兄さんなんて居たっけ? 調べた限りでは居なかったようだけど……」
「? ああ、そう言うことか。うん、別に兄貴も姉貴もいねーよ。俺は一人っ子の長男さ」
成る程そこか。
次郎もその点について聞かれたことはこれまで幾度かあったので得心が言った。
”次”郎なんて名前だ、上に一郎とかが居ても不思議ではない。
次男だから次郎と名付けたんじゃないのか? と大体の人は思うだろう。
「じゃあ何故次郎?」
「まあ、俺も直接聞いたわけじゃなく養い親の方から聞いたんだがな?
どうにも家の母親が白州次郎のファンだったらしい。んで次郎と名付けたそうだ」
”従順ならざる唯一の日本人”、”育ちのいい生粋の野蛮人”、”バガボンド”などと謳われた昭和の伊達男、それが白州次郎である。
敗戦後、占領下の日本において吉田茂の側近として活躍した彼の功績について語り始めれば夜が明けてしまう。
ゆえ、此処では割愛するが興味があれば調べてみるのも悪くはないだろう。
「……ああ、彼の名前が由来だったのね」
「彼、と来たか」
まるで当人を知っているかの如き物言いだが不思議ではあるまい。
立場的に直接会う機会があった可能性も無きにしも非ずだ。
「やっぱ会ったことあるの?」
「ええ、何度か。初めて会ったのは……GHQの本部で、だったかしら?」
「GHQって……」
「何のために出掛けたのかは忘れちゃったけど、クリスマスだったかしら?
ダグラス・マッカーサーのところに行こうとしたら彼が居ると聞かされていた部屋から怒鳴り声が聞こえて来たのよ」
「それって白州次郎の有名な逸話じゃ……」
白州は昭和天皇から預かったクリスマスプレゼントをダグラス・マッカーサーの下に届けた。
しかしマッカーサーは視線をやることもなく、
『その辺にでも置いてくれ』
とぞんざいに扱ったと言う。これが白州の怒りに触れた。
白州は即座に、
『仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!』
と怒鳴りつけてプレゼントを持って帰ろうとしたのだ。
これには流石のマッカーサーも慌てたと言う。
これは有名な逸話で、桔梗はどうやらその場に立ち会っていたらしい。
「うわぁ……すげえなぁ、羨ましいなぁ、歴史の一ページに立ち会ってんじゃん」
「(歴史の一ページ、と言う程なのかしら? 大体、それを言うなら関ヶ原や大阪の陣の方が……)」
桔梗視点では白州の話もちょっと前程度の出来事でしかない。
「なあなあ、その時が初対面だったって言ってたけど……話したりとかしたのか?」
「いや別に? ただ、部屋から出て来た彼が私を見つけてやけに丁寧にお辞儀をしていたのが印象的だったわね」
礼儀正しい男だと感心したものだと言う桔梗だが、
「(……パッと見ただけでそのおっかなさが分かったんだろうな)」
人外相手に容赦が無いのが桔梗だ。
しかし、治るからと言って冗談一つに鉛弾を返す辺り人間相手にも容赦が無いのが桔梗である。
「(もしくは年長者だと見抜いたか……まあどっちにしても鼻が利く男だったんだなぁ)」
それでこそだ。
凡百の人間であれば粋な逸話を残したりするものかと次郎は笑う。
名前の由来になった男のちょっと凄い部分を知れて御満悦のようだ。
「……」
ちょっと嬉しそうな次郎を見て面白くないのが桔梗である。
ゆえに感心してもらえそうなエピソードは無いかと記憶を探り、
「まあ、私としてはマッカーサーの方が印象強いわね」
「と言うと?」
「白州の後に部屋を訪れた時のことなのだけど」
神祇省の扱いやら何やらについて話を通すためだったか。
何にせよ請け負った任を果たすためにマッカーサーの部屋を訪れたのだが、
『何の用だ!? って……子供? 何処から入ったか知らんが――――』
返って来たのは礼を欠いた厳しい態度。
白州の一件でマッカーサーも気が立っていたのだろう。
しかしそれは悪手であったと言わざるを得ない。
普通の日本人であればそれも正解だったかもしれないが、
『黙れ』
相手は神をも殺す日本で一番おっかない女だ。
桔梗は即座に防音結界を張ってマッカーサーを殴り飛ばした。
少女の細腕から繰り出されたとは思えない威力の拳で壁に叩き付けられたマッカーサーは即座に兵を呼ぼうとした。
しかし、結界のせいで声は届かず尚且つ桔梗としても退けない理由があった。
組織の独立性を保ち大義がために活動し続けるためには人間であろうとも、例え流血を伴おうとも退くわけにはいかない。
何かの、誰かの風下に立ってしまうとそこを責められれば神祇省全体の動きにも関わってしまうから。
今現在も国連の管理下にあるとは言えそれは名目上。
基本的には大人しくしているが、不利益になりそうな命令については断固として拒絶している。
そんな神祇省を危険視する存在は当然居るし、そのせいで幾度か衝突もあった。
その度に勝利し、恐怖と理を叩き込み続けて来たのが神祇省である。
ゆえにマッカーサーに対しても舐めた態度を取られるわけにはいかなかったのだ。
『私は神祇省所属の……そう、あなた達風に言うのならばエージェントかしら?』
自己紹介をしつつ死なない程度に胸倉を掴んで往復ビンタを続ける桔梗。
彼女はマッカーサーが泣くまでぶつのを止めるつもりはなかった。
しかし、流石はと言うべきか中々泣きが入らない。
まあ、喋れないだけとも言えるが。
『気に入ったわ。中々骨がある男じゃない。今回は私が退いてあげる』
そう言って桔梗は召喚で呼び出したトウモロコシを丸まる一本マッカーサーの口に叩き込んで退散したのである。
トウモロコシを使ったのはマッカーサーがコーンパイプを愛用していたからだろうか?
まあ理由は何にせよ、こんな仕打ちを受ければ普通にトラウマものである。
「流石は連合国軍最高司令官。
化け物を相手取ってる危険人物相手にも、力が及ばないからとて阿るような真似はしなかったわ」
「アンタただの無法者だよ!! とんだ国際問題じゃねえか!!」
「え」
「いや、何がえ? だよどうなってんだその頭!?」
桔梗的には弱くとも根性を見せた相手を認め潔く退く私カッコ良い的なエピソードだったようだ。
アラハン(ハンドレッド)どころの話ではない合法ロリと男子高校生の間には決して埋められない溝が横たわっているらしい。
ジェネレーションギャップとかそう言うレベルじゃねえ……。
「……おかしいわね」
「おかしいのはアンタの頭ァ!!」
余談だが、一般人からすればけったいな話をしている二人だが注目を集めることはなかった。
これもスーツの便利機能のお陰である――ホント何でもありだなこのスーツ。
さて、そんな具合に雑談しつつ昼食を済ませた二人は本命である桔梗の私服選びに臨むこととなった。
「私は服なんて買いに行ったことないから全部あなたに任せるわ」
「ああ、そりゃ別に構わねえが……今までどうしてたんだ?」
服を買いに行ったことがないと言うけれど下着はどうなのか。
家の中では基本的に下着姿の桔梗だが、
「(何つーか、コンビニとかで売ってる野暮ったいのじゃないように見えるんだがなぁ)」
神祇省の売店にも下着は売っていたが、ラインナップはコンビニのそれと似たり寄ったり。
にしては桔梗が着用しているものはえらく洒落たものばかり。
これは一体どう言うことなのか。
下着について聞くのは恥ずかしかったが、気になるものは気になるのだ。
「ああアレ? 全部オルガが買って来たものよ」
「オルガ、オルガ……えーっと、ああ! 初日に神祇省についてレクチャーしてくれた姉さんか」
「そう。ちょっと前、十数年近く前かしら? あの子とコンビを組んでいた時期があったの」
「あれ? 前のコンビって泰山さんじゃ……何? そんな入れ替わり激しいの?」
勝手な想像と言えば勝手な想像だが、泰山と桔梗は結構な期間コンビを組んでいた印象を受けるのだ。
率直な感想を伝えてみると、
「長いわよ。泰山とは彼をスカウトした時に組んでいたパートナーが直ぐ引退して教育がてら組み始めたわけだし」
丁度今の次郎と似たような具合だと言う。
「それで正式なコンビとしてやってたんだけど、何時までもルーキーってわけではないでしょう?
ベテランと呼ばれる域に達して来ると時々コンビを解消してはそれぞれ一時的に新人の教育に取り掛かってたのよ」
「(指導って意味じゃ泰山さんの方が良さそうだなぁ)」
桔梗のことは好きだがそれはそれ。
ロマンスグレーな紳士に指導してもらった方が気は楽だろう。
「オルガは私が受け持った子の一人でね、彼女とも一時期同居してたの」
「あー……それで女子力の低さを指摘されて御節介焼かれるようになったわけか」
野暮ったい下着でぺったらぺったら部屋の中を闊歩する桔梗に同じ女子として思うところがあったのだろう。
何となーく世話焼きな雰囲気がしてたので十分あり得そうだ。
「まあそんなところね。私服は買っても使わないと言ったらじゃあせめて下着ぐらいはと今に至るまで定期的に貰ってるわ」
「へえ(って……私服は使わないと言った、ねえ。そういや俺は言われなかったが……)」
気を遣われているのだろうかと小首を傾げる。
「どうしたの?」
「え? ああいや、オルガさんって事務方みたいな雰囲気あったけど違うのかなって」
「ええ、今は事務方よ。入省した時は荒事もこなすエージェントだったけど」
「怪我か何かか?」
「呪いよ。五年ぐらい前にちょっと性質の悪いのを膝に受けてしまったの。完全に呪いが解けるのは……もう少し先ね」
「年単位か……こええな……」
「何、呪いなんてかからなければどうと言うことはないわ」
当たらなければどうと言うことはないみたいに言ってるが呪いはまた別物だろう。
「それに、長引いたのはその場で敵を仕留め切れなかったせいでもあるし。
あなたならどんな状態でも舐めた真似した相手に噛み付いて行くでしょうし大丈夫じゃない?」
「……俺は別に狂犬じゃないんだけどな」
とは言えこれまでの行状を振り返ってみれば強ち否定も出来まい。
「あ、此処此処」
ある店の前で立ち止まる。
次郎が指差すその店はハイティーン向けの専門店だ。
桔梗の実年齢を考えるのならば普通のレディース、もしくはシニアなのだが後者を選べばヘッドショット間違いなしだろう。
だからまあ、見た目に合わせることにして店をチョイスしたのだ。
「…………彼女とでも来たことがあるの?」
「あ? ねえよ。つか彼女自体生まれてこの方出来たことねえっての。何だ急に」
「どう考えてもこんな店知ってるイメージ無いもの、あなた」
「あー……それは、まあ……クラスの女子が話してるのを何となく聞いた覚えがあってな」
勿論嘘だ。
デートに誘うことを思いついたのが今朝方で、桔梗が出かけている間に学校に行き補習を受けていた女子達からおススメの店を聞き出したのだ。
「それよかほら、入ろうぜ」
手を引き店内へと。
入った瞬間鼻腔を擽った何処か甘い香りに一瞬面食らうも、
「(……やっべ、手ぇ繋いでるよ俺)」
直ぐにそれどころではなくなった。
誤魔化すためとは言え咄嗟に手を取ってしまったが色恋に関しては狂犬どころかチワワレベルなのが次郎である。
自身の大胆な行動に気付いてしまい、高鳴る鼓動を止めることは出来なかった。
「(……参ったわね)」
一方の桔梗も成すがままだ。
初対面の際に割と大胆なことをしているのだがそれはそれ。
アレには救命行為と言う意味もあったし何より深く次郎を知る前だったからちょっとドキドキ程度で済んだ。
しかしこれは……鉄面皮の下に滲む照れはきっと本人にしか分からないだろう。
「まあ、テキトーに見て回るか(タイミング分かんねえ……いきなり手ぇ離すのもアレだし)」
「そうね」
手を繋いだまま店内を物色する二人を見て店員達がクスクスと笑っている。
嘲りではなく純粋に微笑ましいからだろう。
そんな視線がどうにも気恥ずかしく次郎はそれを振り切るように口を開く。
「ところでアンタ、好きな色とか無いわけ? 服選ぶ参考にしたいんだが」
「黒ね」
「制服どころか私服も黒ってどうなのよ? どんだけ黒好きなんだアンタ」
「そうは言っても……昔から黒しか着て来なかったし」
ただの村娘として生きていた時分は違ったが、それでも現代から見れば貧相な襤褸で色も糞もない。
裏の世界に入ってからは身なりこそ良くなったが着ていたのは漆黒の装束だ。
忘れているかもしれないが神祇省は元を辿れば信長が結成した忍者軍団に辿り着く。
市井に紛れ諜報を行う忍者であれば話は別だが、桔梗の場合はその鉄面皮ゆえ完全な荒事専門。
加えて今程に便利でもなく活動は基本的に夜間。となれば夜に溶ける黒以外にはあり得なかった。
「逆に聞くけど私が明るい色の服を着ている姿を想像してみなさいよ、似合う?」
「……悪い、確かにそうだな」
君が着れば何でも似合うよ!
などとおめでたい惚気を繰り出すには次郎と言う男はあまりにも現実が見え過ぎていた。
確かにその通りだ。似合わない、これで少しでも表情が柔らかかったら話も変わって来るが――――
「(基本鉄面皮で表情差分が皮肉な笑みぐらいしか無いもん)」
暖色系統のひらひらとした衣服を纏った無表情の桔梗を想像し若干頬がひくついてしまう次郎であった。
「あなたは割りと何着ても似合いそうだけど……私は違うのよ」
顔立ちやスタイルからして日本人離れした次郎だ。
普段から愛想を振り撒いているわけでもないが、そこは男性ゆえそこまでマイナス要素にはならない。
となれば何を着ても似合うと言うのも道理だろう。
実際、今次郎が着ているものは近くの古着屋でテキトーに買ったものだが普通に似合っている。
「じゃあ、アンタに似合いそうなの見つけなきゃな……ああ、それと靴もか」
今現在桔梗は神祇省スーツを着ているわけで、そうなると足下も当然革靴だ。
何を買うにせよ革靴と合う服なんてスーツぐらいしかないだろう。
「割と御高いみたいだけど、大丈夫なの?」
服屋などに足を運ぶのは当然の如く初めてだ。
それゆえチラリと見た値札がどれも中々の金額で正直驚きを隠せない桔梗であった。
「平気平気。そもそも飯ぐらいにしか金使わんしな」
免許とバイクが生まれて初めての一万円を超える嗜好品だと言うぐらい次郎は物に対する執着がなかった。
「……ホントに高校生?」
「高校生だよ」
別にゲーム等に興味がなかったわけでもない。
小中学生の頃はクラスメイトが携帯ゲームをして面白そうだと思い小遣いを手に玩具屋へ向かったことだってある。
だが、
「どうにもな、値段見てもこの金額だったらあそこの定食何回食えるとかついつい飯換算しちまってよぉ」
結局は食に比重が傾いて何も買わずを繰り返している内に高校生になってしまったのだ。
「ホントに食欲旺盛ね」
「食えるだけでも幸せなのに、美味いまで加わればもう無敵だからな」
「それはよく分かるわ」
「?」
語調こそ何時も通りだったが今までよりも強く同意が返って来た気がしたけれど……気のせいだろうか?
次郎は少し首を傾げるもまあ良いかと思い直し、服選びに戻る。
「動き易い方が良いよな?」
「そうね。動きが制限されるようなものは、あまり好ましくないわ」
「ふむ」
そして口には出さないがあまり女の子女の子したデザインも苦手だろうと付け加える。
プレゼントするからにはそれなりに喜んで欲しいのが人情だ。
桔梗の好みからそこまで大きく外れないものを考えつつ次郎は一着の服一足のミュールを手に取った。
「これ、ちょっと着てみろよ」
「ん」
差し出された服を素直に受け取った桔梗はそのまま試着室へと入って行く。
着替えを待つ時間は、正直緊張する。
薄布一枚隔てた場所に下着姿の桔梗が居るから――ではない。
正直な話、下着姿なんてもう見慣れてしまった。
緊張しているのはこれから現られるであろう私服姿を想像してのことだ。
下着よりも私服に緊張すると言うのもおかしな話だが、
「…………開けても良いかしら?」
「! お、おう」
聞こえて来た少し戸惑いがちな声に答え腹を括る。
するとゆっくりカーテンが開かれ、
「どう、かしら?」
次郎とは視線を合わせず少しだけ不安を滲ませながら問う桔梗だが、
「――――」
次郎は言葉を失っていた。
「……やっぱり、似合わない?」
「え――あ、いや! そんなことはねえ! すげえ似合ってる!!」
ぶんぶんと首を振り慌てて弁解する次郎、見蕩れていたなんて恥ずかしくて言えるものか。
それでもその必死さは伝わったのだろう。桔梗はそう、と頷きを返す。
「(……良いな、凄く良い)」
ゆったりとした七分袖のンブラウジングワンピース。
アクセントのリボンぐらいしか装飾が無いこの店の中では地味な商品だがとてもよく似合っている。
露出した肩や丈が膝上なのでよく見えてしまう白いおみ足には正直、生唾を呑んだ。
身体の起伏はそりゃ殆ど無いけれど、それがどうした?
容姿は整っているし見られて恥ずかしいような身体もしていない。
キュッとしまった身体はむしろ品があり――などと心中で並べ立てる次郎だが、結局のところ着ているのが桔梗だから胸をトキめかせているのだろう。
「なら、これにするわ」
「お、おう! 分かった!」
「その、このまま着て行きたいのだけど大丈夫かしら?」
「えーっと……ちょっと待っててくれ」
桔梗をその場に残し店員を呼びに行く次郎。
その場で会計をして貰う腹積もりなのだろう。
「ええ、問題ありませんよ。では、着て来た服を入れる紙袋も用意しますね」
慌てた様子でやって来た顔の赤い次郎にも店員の女性は優しかった。
会計を済ませ二人で桔梗の下に戻ると、店員は服とミュールについていたタグを取り除き試着室内のスーツを綺麗に畳んで紙袋に収めてくれた。
何から何まで申し訳ないと頭を下げる次郎にいえいえと笑い、店員は去って行く。
野暮をして馬に蹴られる趣味は無いと言うことだろう。
「あー……えっと、何だ。他にも見るか? それとも別のとこで見繕うか?」
どうにも段取りが良くないとバツが悪くなってしまう。
裏闘技場的な場所でいきなり熱いパフォーマンスをぶちかませる次郎も恋愛絡みではスライム以下であった。
「……いえ、良いわ。少し、歩きたい気分なの」
「お、おう?」
怒らせてしまったかと一瞬不安になる次郎だったが、どうやらそうでもなさそうだ。
表情差分が無いことに定評のある桔梗だが、今の彼女が何となしに機嫌が良さそうなのは分かった。
はて? と首を傾げるが答えは一向に見えて来ない。
「良い陽気ね」
店の外に出た途端、暖かな風が吹き抜けた。
裾と靡く髪を抑える桔梗は、このシーンだけを切り取れば本当に、歳相応の少女にしか見えない。
「……ああ、そうだな」
思わず目を細めてしまうぐらい、今の風は心地良かった。
次郎も普段のそれよりも幾分か幼く見える表情をしている。
「(ああ、こりゃ布団干して来た方が良かったかもなぁ)」
まあ、考えていることは若干所帯じみているのだが。
「(……これは、何度目の春だろう)」
能天気な次郎とは違い、一方の桔梗は少しばかりセンチメンタルな気分に浸っていた。
幾度迎えたか分からない春。
重ねた月日は人間のそれを遥かに超えるものだけれど刻んだ記憶は酷く薄っぺらい。
起伏が無いのだ。
同じ春だけど感じ方が違うなんてことはなかった。
春は春で何も変わらない。時代の移り変わりで街も人も変わった。
一度として同じ春なんてなかったはずなのに、振り返って見れば判を押したかのように同じものがずらりと並んでいる。
それは受け取る側の自分に問題があるからだろう。
「(良い陽気だなんて考えたのは、初めてかもしれないわね)」
如何に無為な人生を送って来たのかが分かる。
「(それに比べてこの子は、きっと実りの多い生き方をして来たのでしょうね)」
自分が何も感じずに見過ごしてしまうようなことにも次郎はきっと多くのことを感じている。
良いことばかりではなく、時には憂うこともあるだろう。
でも、だからこそ彼は生きる力に満ちているのだ。
生きていく中でこの世界から多くのものを受け取っているがゆえの強さは、素直に眩しいとすら思える。
「(……その恩恵に、預かっているのでしょうね)」
でなくばこんな風に思うこともなかったはずだ。
次郎と出会い、日々を過ごす中で自分らしくもない場面が幾度もあった。
それが神祇省のエージェントとして良いことなのか悪いことなのかは判別がつかないけれど、
「(私自身は快く感じている)」
ならばそれで良いと思考を打ち切り、口を開く。
「ねえ次郎」
「ん?」
素直な気持ちを伝えよう。
最後に浮かべたのは何時かも思い出せない心からの笑顔と言うやつは無理だけど、飾らぬ言葉でありのままの想いを。
「――――私、あなたに出会えて良かったわ」




