樹・・・笑った。
電話は、婆様の第三秘書の吉永だった。
どうやら、俺が午前中会社を休んだので、何のために、そして何をしているのか探りをいれてきたようだった。いつもなら相手もしてやるが、今日はこれから理香さんと今後の事について、話をしておきたいのに…
「…怪我をされたと…」
「あぁ、そうだが…」
「常務、あの…もう病院にいらっしゃらない…ようですが…あの…」
病院に行ったら、もう常務が病院を出た後だった、だが、会社には来ていない。さて、常務はどこでなにを画策しているのやら…とでも思っているのか…
ふぅ~
「俺は外出する度に、俺の秘書でもない吉永に、お伺いをたてなくてはならないのか。もう27なんだが…幼い子供ように、毎日吉永に、どこそこに行くと連絡すべきかな?」
「い、いや、そんなつもりでは!」
「じゃぁ、悪いが…女性を待たせているので、14時には戻る。」
「は、はい。」
大きな溜め息をついて、振り返ると、理香さんがニヤニヤと笑いながら
「待っている女性でーす!」と手を上げた。
「理香さん…」
「お前、結構言うじゃんかよ。」
と言って、俺の真似をしているつもりなのか?満面の笑みで、前髪をかきあげながら
「『俺は外出する度に、俺の秘書でもない吉永に、お伺いをたてなくてはならないのか。もう27なんだが…幼い子供ように、毎日吉永に、どこそこに行くと連絡すべきかな?』…なんて、ぞくぞくしたぞ。お前もsだな。今度あたしも使おう。」
「はぁ~下らない事を言っていないで、今後の事を打ち合わせしておきましょう。」
「チェッ、つまんないな。もっとノリをよくしろよ、樹。…まぁ、今回は時間もねぇしなぁ。じゃぁ、行くか?」
「行く?」
「あぁ、Maison des fleurs(花の館)にだ。ちょうど、大吾が出版社と打ち合わせで、今日はいない。見てもらいたいものがあるんだ。」
「…理香さんが、俺に見せたいというものも、とても気になるんですが…。いいんですか?ジョセフィーヌさんには、このまま言わないつもりなんですか?」
そう問いかけた俺に、理香さんは瞳を揺らして
「大吾は…繊細なんだ、繊細すぎて一回壊れた。だから、あんなに可愛がっている葉月に、なにかあったら、また大吾は…。」
「理香さん…?」
「…あたしは…幼稚園の頃から、あいつを守る騎士なんだよ。そしてこれからもだ。」
「理香さん…もしかして…?」
俺の言葉に、微笑むと
「惚れてる男を守る女がいても、いいだろう?」
そう言って、また微笑む理香さんは…カッコ良くて、綺麗だった。
俺も、理香さんみたいに、葉月ちゃんを守れる騎士になりたい。
だが…これ以上は近づくことは…危険だ。
知らず知らずに握り締めた手の上に、そっと理香さんは置くと
「握り締めるな。出血するぞ。」と言って、俺を見た理香さんは視線を外し
「…お前だって葉月をずっと見守ってやりたいことを、あたしは知っているのに、知っていながら、離れろと言ってるんだ。酷いよな。悪い…樹。」
「すみません。今更…こんな顔をするなんてすみません。」
「いや…それが当たり前だ。今、その胸ん中の物を出せ。出してしまえ。」
「理香さん…」
「言えよ。葉月に言いたくても、言えない事を言え。」
ゆっくり、唇を開くと、それは…溢れてきた。
「…俺は、俺は…」
止められないくらい溢れてきた。
「本当は葉月ちゃんの側で、彼女を守ってやりたい。あの笑顔を見ていたい。」
「そうか…。」
「でも、俺が離れる事で、葉月ちゃんのあの笑顔が守れるなら、このまま…離れて行くべきだと、そう…離れて行くべきだと思っています。」
「そうか…。」
「理香さん…俺は…葉月ちゃんが好きです。」
「…そうか…。」
理香さんは『そうか。』としか、言わなかったが、俺には、それは励ますかように…それは泣いているかように聞こえた。
理香さんは…もう一度小さな声で「そうか。」と言って、顔を歪めたが…
「あたしの秘蔵の酒をお前にくれてやる。」とぽつりと言って、歩き出した。
それはきっと理香さんなりの、俺に対する侘びだと思った。
自分は好きな男の側で、生きて行けるのに…好きな人の側にいたいといった俺に、離れろと言ったことへの侘びだと…。
理香さん。
理香さんが俺にこれ以上、葉月ちゃんに近づくなと言ったその決断は間違っていないと思うから、
だから俺は…俯かない。
だから、いつも通りに…俺は…。
「それは焼酎ですか?例えば、かめ壺焼酎 森伊蔵。」
理香さんの背中にそう言うと、理香さんは驚いたように振り向き
「なんで?!わかるんだよ。」
「ジョセフィーヌさんの部屋には、焼酎がたくさんあったから、多分焼酎かなと思って、そうなると…魔王とか、村尾とか…でも入手困難といったら…森伊蔵。」と言って笑うと
「…お前は、ほんと勘が良いよなぁ…。」
理香さんの嫌そうな顔に、俺は大きな声で笑った。
いつも通りに…俺は…。




