樹・・・守りたい。
葉月ちゃんは、婆様が久住家の嫁にと、まさしく望む女性だろう。
ウッドフォード国の王家の血と、そして久住家の血。
婆様が必ず欲しいと願うものだと思う。ましてや、一度は手に入れようと、画策したその女性が現れたんだ。必ず動くだろう。
「必ず…動くでしょうね。」
「そうだな。母は、いや久住 華子は、葉月さんの存在を知れば、おそらく、秋継と由梨奈さんの婚約を破棄をまずやるだろうな。」
そう言って父は、なにも言わず、しばらく俺を見詰めていたが…ようやく口を開いた。
「樹…それはどういう意味かは、もちろんわかっているだろうな。」
「父さん…なにが言いたいんですか?」
「由梨奈さんが、自由になると言っているんだ。」
「父さん…!それは由梨奈を自由にするために、葉月ちゃんを犠牲にしろと言っているんですか!」
「…やっぱり…そうか、お前は葉月さんが……好きなんだな。」
突然の父の言葉に、俺は一瞬戸惑ってしまったが…微かに頷き
「でも、俺の片思いなんです。」と言って俯いた。
父は驚いたように、しばらく俺を見ていたが、小さく息を吐くと
「かなり…難儀な相手だな…それで気持ちは、もう伝えたのか…」
俺は頭をふり、
「理香さんに、葉月ちゃんは俺にとって【諸刃の剣】だと言われました。だから、もう会ってくれるなと…。」
そう言った俺に、父は顔を歪め、なにかを言おうとしたが、その口は開かなかった。
俺はそんな父から、視線を外し
「葉月ちゃんが、出生をあきらかにして、俺の横にいてくれたら、葉月ちゃんはウッドフォード国の王家の血と、そして久住家の血を持つ……権力をいう名の刃になり、婆様に不満をもつ人や、権力に縋りつきたい輩を、俺の方に付かせる事になるでしょう。だが反面、敵もできる。
俺自身が、血を流す事には恐れはありません。
でも、葉月ちゃんを刃にしてしまったら…彼女は無傷では入られない。
それが…苦しい。
葉月ちゃん自身が望んでもいないに、血筋と言うものが刃となって、その刃が葉月ちゃんを傷つける。そんな葉月ちゃんを、俺は見たくはありません。あの笑顔を曇らせたくないんです。おそらく理香さんも傷つく葉月ちゃんを見たくないのだと思います。…だからこれ以上俺に、葉月ちゃんに近づくなと言ったんでしょう。
父さん…俺はただ、葉月ちゃんを守りたいんです。あの笑顔を守ってやりたい。だから、久住家にも、ウッドフォード国からも…いや…俺自身からも、体を張って守るつもりです。」
「自分も…自分自身も…葉月さんを苦しめる要因だと言っているのか?!」
「…はい。きっと俺も婆様同様に、葉月ちゃんにとっては疫病神でしょうね。」
自分で自分を疫病神だと言ったくせ、俺の心は傷ついていた。
だが、それを知られたくなくて、その痛みを紛らすように、目を瞑り
秋継もなにかを感じたようですし、この分だとそう遠くない時期に、彼女の出生の秘密が漏れるではないかと思います
婆様の臣下が知れば、秋継を担ぎ出し。婆様に対抗しようとしているグループが知れば、俺を担ぎ出すのは、目に見えてます。事実、今だって俺にコンタクトとって来る人は、ひとりやふたりではありません。」
「樹…おまえ…」
「父さん、由梨奈を自由にしてやりたい、それが10年前の恋を片付ける事ができなかった俺が、やるべき事だと思っています。でも…その為に葉月ちゃんの心を無視して、事を運ぶことは…!由梨奈を物のように扱う婆様と同じことです。10年前…俺は、あまりにもたくさんの失敗をしてしまいました。そのせいで、自分だけじゃない。父さん達も、秋継も、そして由梨奈も傷つけてしまった。もう、嫌なんです。ここでまた、葉月ちゃんを傷つけることをしてしまったら、10年なんかじゃ立ち直れないくらい、俺は…俺を憎んでしまう!!」
「もう…!もういい!樹…その手を離しなさい!」
父はそう言って、俺の右手の上に手を置いた。そっと開いた手には、赤い血で染まった、幾つものガラスの破片があった。
「樹…心の中は、ビールグラスを握り潰すほど、葉月さんの熱い思いで、一杯なのに…いいのか、本当に離れて行っていいか。」
「…覚悟の上です。」
「このバカ息子!なにを言っているんだ!」
「父さん…。」
「傷の手当てをしたら、しっかり説教してやる。おまえは本当にバカだ!」
「…はい。」
「待ってろ。由美子!由美子!救急箱はどこにあるんだ!」
叫ぶように、母が休む寝室へと走る父の背中に…
「…俺は…俺はただ、葉月ちゃんを守りたいんです。」
そう呟き、俯いた俺の眼に…俺の血が点々と、テーブルクロスに赤黒い染みを作っていた。




