葉月・・・ドキッとする。
ドキドキが…止まらない。
「そうだわ、葉月ちゃんも…一緒に熱海に行かない?」
「あぁ…そうだよ。葉月も来い。おまえひとりじゃ、危ぶなっかしいし。」
「理香さん、ひどいです~!もう…小さな子供じゃないんですからね。留守番ぐらい出来ますよ。それに、えぇっと…今からじゃぁ、バイトが、や、や、休めないと思うし…」
「…葉月」
ドキッ!!!
そう言って、理香さんは私は見た。
ま、まずかった?!最後のほうが…どもっちゃったし…
「…バイト先でなにかあったか…」
するどい…さすがです、理香さん。
ど、どうしよう…いやいや…まだ店長に夜勤をやりますと言ったわけじゃないから…嘘じゃない。
嘘じゃないもん…嘘じゃ…。でも…
「あぁ!そうそう、理香ちゃん。コンビニの店長なんだけど…」
ジョ、ジョセフィーヌさん!ここで店長の話題はマズイです。
「あの禿げがどうした?」
「あの禿げ…?」
「あら?気がつかなかったの、葉月ちゃん。あの店長…カ・ツ・ラ」
「カ・?!カツラなんですか?!」
「さすが…葉月。ほぼ毎日会って、近くで見ているのに…2年たっても気が付かないとは…」
カツラ…ぜんぜんわかんなかった。
・
・
いやいや、ここでカツラのことで、頭を一杯にする時じゃぁない。
でも…良かった。カツラの話題で…すこし理香さんの空気が和らいだ。
「…なの。あの店長。」
あれっ?いつの間にか…話題が…変わってる?
「どうやら、葉月ちゃんを言い様に騙してるの。」
騙す?騙されてるの?私が…?
「あの…禿げ、一回絞めてやる。」
「…理香ちゃんは、法曹界に身を置いているとは…時々思えないわね。」
「一生懸命生きている葉月を、言い様に利用する奴は…許さん。」
「り…りかさん…」
私…こんなに心配してもらっているのに、お金欲しさに…黙って夜勤をしようなんて…最低だ。やっぱり店長には断ろう。
「理香ちゃんは、葉月ちゃんが可愛くてしょうがないんだもんね。」
「…違う。おもしろいから構っているんだ。だから…あたし以外が葉月をいじるのは許せない。」
なんという…理屈。…さすがです……理香さん。
「ちょっ、ちょっと、理香ちゃん!葉月ちゃんも勘違いしちゃダメよ。これは一種の愛情表現よ。理香ちゃんの愛情表現よ。」
ジョセフィーヌさん…連発してそう言われると…より胸が痛いです。
「…明日は朝勤なので…もう寝ます。」
立ち上がり、背を向けた私に、
「葉月ちゃん!!可愛がりながらいじめるのは、それは一種の愛情表現なの。それを…世間ではSとMと言って…」
矢は見事に刺さった。
痛いです。ジョセフィーヌさん…。今のは致命傷です。
理香さんの爆笑する声と、悲鳴のようなジョセフィーヌさんの声を背に、私は…弱った笑みを浮かべ、202号室へ、自分の部屋へと階段を上った。
*****
仕事が嫌いなわけではなかったが…
だが頭の悪い秘書が側にいると…日本に帰って、僅か数日で仕事が大嫌いになった。
「あっ…!」
また…か、また何を忘れていたんだ、うちの秘書殿は…
「どうしたんだ?花村さん。」
「…本日の昼食会は、出席しなくて良いと…会長が…」
「えっ?!でも…向こうから…上村貿易から、帰国した俺に会いたいからと、招待された昼食会だったろう?」
「はぁ…よくわからないんですが、会長が…」
「…野田を、会長秘書の野田さんを呼んでくれ。」
野田は苦手だ。だが、婆様の…会長の右腕だ。
「も、申し訳ありません、野田さんは今、会長と…」
「もう…いい。」
そう言って、立ち上がった俺に、秘書は慌てて
「常務!」
「ちょっと…出る。君は付いてこなくていいから…」
俺は走るように…部屋をでると…エレベーターのボタンを何度も叩き、開いた途端飛び込むと
「くそっ!!」
エレベーターの中で叫んだ声は…大きく響いた。
仕事を…仕事をやらせろよ。俺は秋継の前にしゃしゃり出るつもりはないんだ。
そんなに…婆様は俺が恐いのか、俺がまた…
あるわけないだろう…。
俺がまた…由梨奈にキスをするなんて…あるわけないだろう。
いや…できるわけないだろう。
イライラする。
つい一昨日は…笑えた顔が…今は強張っているのが、鏡を見なくてわかる。
ただ…歩いた。止まってしまうと叫びそうで歩いた。
気が付いたら花見中央駅東口だった…。
駅…?あぁ…そうだった。俺が働く会社は花見中央駅の東口方面だった。
東口か…反対側の西口には…あのアパートがあるんだった。
そう思ったら…足は自然と駅の中へ…西口へと向いていた。




