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01 エルザがいなくても回る


「報酬を再配分しようと思う」


前衛である黒騎士ローデリックが言った。


魔獣討伐隊に志願した者は国から等しく報酬を得られる。しかし「それは平等であるが公平でない」というのがローデリックの言い分だった。


「危険手当だと考えてくれたらいい」


そう言ってエールを飲み干す。中規模の討伐が終わった帰路、馴染みの食堂でやっと皆の気がほぐれたところに切り出した話題がこれだ。



私たちのパーティチームは前衛二人、中衛二人、そして私が務める後衛が一人の5人編成。

前衛が最も死に近いのは本当である。私たちのような中級ランクパーティを例にとると、定期討伐における年間致死率は前衛20%、中衛8%、後衛2%というのが国の公式発表である。しかし、それは統計上の24時間以内の死亡率であって、治療院搬送後の死亡数を含めれば実はどのポジションであっても大差ない。死ぬ時はほぼ全滅するのだ。それが現実である。私は治療院で手伝いをすることもあるから知っている。

とはいえ、ベッドの上で死ねるかどうか、家族が死に目に会えるかどうかといった感情面を思えば、その数値にわざわざ異を唱える者はいなかった。

それに後衛職になりたがる者は少ない。見た目上、致死率の数値が低くなければ討伐隊に後衛が集まらない、というのもまた現実だった。だからこそ国は討伐隊員の立場は等しく、ポジションによる差分はないとの見解を込めて、職種や配置に関わらず一律の報酬支給を採用している。


なのに、ローデリックは、個人に支給された報酬をいったん自分が預かり、その働きを査定し、功績に応じでチーム内で再度分配しようというのだ。


私は後衛の治癒騎士である。ローデリックの言うチーム内ルールが導入されれば、後衛である私の報酬が減額されるのは明らかだ。それを他のメンバーもわかっているから、ローデリックの提案に良いとも悪いとも反応しない。


遠征が終わってすぐの、最もリラックスした楽しい時間なはずなのに、私たちパーティの卓はしんと静まり返り、気まずいことこの上無かった。


「あら、ローデリック様、お口に合いませんでした?」


テーブルの不穏な空気を読み取って、食堂の看板娘アンが声をかける。

「お酒が足りないのではなくって?今夜は遠征帰りでしょう?これは私からサービスです!」

そう言っておかわりのエールタンクをローデリックの前だけにどんと置く。ローデリックは気をよくして、おかわりの酒に手を伸ばす。木樽のようなタンクをぐいぐいと煽ったからローデリックの視界から私が消える。

「ちょっと失礼」

私は花を摘みに行く素振りで、パーティのテーブルから席を立つ。そうして食堂の厨房横に顔を出した。


「アン、さっきはありがとう」

「余計なことしちゃった?悪かったわね、エルザ」

私は首を横に振る。

「遠征帰りなのにあそこだけ空気が(よど)んでいたわよ。他のお客さんから酒が不味くなる!なんとかしろ!って文句きちゃったわ、はっはっは」

「繁忙期にうちのパーティ連れてきてごめん。ローデリックがここで飲むって聞かなくて」


私のパーティメンバーは私とローデリック以外、酒を飲まない。私は本当は酒が好きだがローデリックと飲むのは面倒だから最初の1杯だけにしている。飲みたがりのローデリックは酒好きだがケチだ。みんなで飲めば割り勘にできるが、誰も飲まないうえ、アンが「酔っ払いはすぐに払いを忘れるから」と言って、酒の注文だけその場で支払う方法に先月変えた。ローデリックが酔い潰れて私が立て替えることが今までもあったので、その仕組みは助かった。ちなみにこれまで立て替えた金が返ってきたことはない。私だって正直、一杯飲んだだけだが、一杯も飲まない他のメンバーに介抱や立て替えを負担してもらうのはさすがに気が引けた。


しかし、先払いシステムになったことをさっき知り、今日のローデリックは一杯しか注文していなかった。ケチだ。建国祭前の稼ぎどきなのに、夜の食堂で酒を飲まない連中が席を陣取っているのは居心地が悪い。


そんな気にしいの私を景気づけるようにアンは背中をポンポン軽く叩いてくる。

「これは私からの祝杯!飲みな飲みな、エルザが無事に帰ってきて嬉しいよ」

アンは上等なワインの泡をグラスに注いで渡してくる。ちゃっかり自分用にもうひとつ注いで「乾杯!」とグラスを近づけた。


旧友と乾杯し店主にも帰還の挨拶をして厨房横からホールに向かってのろのろと歩き出す。


ローデリックは騎士学校時代の同期だった。

前衛希望者にたまにいるのだが、いわゆる俺様気質、目立ちたがりな男だった。パーティに誘われたとき、同期のよしみで承諾したが、なかなか後衛の支援職が決まらなかった。私は騎士職だったが治癒のスキルも使えたので、治癒騎士という形で後衛に下がった。ローデリックには非常に感謝された。

けれどそれも最初だけ。先鋒役からくる自負なのか、いつの間にか私との間に上下関係を敷き、今ではチームリーダー然としてふるまっている。


他の同期からは「早くパーティを抜ければいいのに」とよく言われる。しかしなかなか踏ん切りがつかないのは、私が抜けたらこのパーティはきっと壊滅状態になるからだ。最近入ってきた新人もいる。せめてもう少し新人が育ってから……などと考えたりで、ぐずぐずと居残り続けている。



そろそろ席に戻らないと。お手洗いにしては長すぎたろうか。

またあのぎこちない空気のなか食事をするのかと重い足取りでパーティのテーブルに向かう。すると4人は私のいない間に何やら盛り上がっていた。「エルザは」という声が聞こえて私は反射的に大柱の影に身を隠す。


「エルザは正直もらいすぎだと思う。こっちは命をかけているのに」

ローデリックの声だった。私は心臓がきゅっとなった。

「いえ治癒魔法の使い手は貴重だと思います。スキルへの対価として当然です」

新人くんが反論してくれていた。思いがけないフォローに目頭が熱くなる。

「でもあいつだけいたって魔物を倒せないだろ?結局、火力が重要で」

「おい、先ほどお前自身が危険手当と言っていたろう。俺は盾役として敵のヘイトを一身に集めている。この中で真っ先に狙われるのは俺だが?」


割り込んだのは銀騎士のギルベルトだった。ギルベルトも前衛だが、二人はペアで、言ってみればローデリックが(ほこ)、ギルベルトが盾の役割分担であった。


「貢献度をローデリックが決める、というところから破綻してるんじゃないの」


冷ややかに意見したのは魔道士アデルであった。アデルは黒魔法も白魔法も使えるベテランであったから多少の治癒もこなせるが「そういう仕事はしたくない。黒魔法のスキル上げをしていいならパーティに入る」と譲らなかった。そうは言ってもパーティメンバーの危機に直面したらきっと白魔法も使ってくれるだろうという目論見で、ローデリックはアデルの条件を飲んだ。


「まあ、俺たち全員職種が違うからな。職種の話を始めたら平行線だ。職種を問わない評価が必要だな」

「だったらやっぱり前衛か、中衛か、後衛か、ではないか?」


ギルベルトに言われて、ローデリックはまた話をもとに混ぜ返す。


「思い出してみろ。今回は中規模討伐で、負傷して途中離脱をするパーティも多かった。だが俺たちは高い火力で安定した戦闘を展開することができた。後衛の出番はほとんどなかった」


ローデリックはみなを一瞥して言った。


「正直、エルザがいなくても回る」


柱の影から聞いていた私は、ガツンと頭を殴られたような気がした。すーっと心が氷のように冷たくなっていくのがわかった。


「パーティを組んで間もない頃は世話になったが、確かに最近は治癒を頼む機会も減った。俺たちのスキルが相当上がっているんだろうな」


ギルベルトも迎合する。


「だろう?いなくても回るのに万が一の保険というだけで俺たちと同じ報酬なのはおかしいと思う」


持論を繰り返すローデリックに、中衛二人は押し黙った。



このパーティには私がいないと…などと思っていた。パーティを抜けたいけれど皆が困ると思い止まっていた。だが、ハナから間違っていた。馬鹿な考えだったと思い知らされた。私は必要とされていなかった。だって、いなくても回るんだから。

私は決めた。


パーティを抜けよう。そして討伐隊も辞めよう。



もちろんローデリックの意見がパーティの総意ではないし、他のパーティに移籍する方法もある。でも、なんだかもう疲れてしまった。心が擦り減った。それに後衛軽視の風潮は討伐隊全体にうっすらとはびこっている。きっとどこも似たり寄ったりだろう。



私はさっそく第二の人生プランを練り始める。討伐隊出身者を雇ってくれる働き口はあるだろうか。この後しばらくは遠征休みだ。手始めに、ときどき手伝いに行っている治療院に相談してみよう。


私は深呼吸する。そして会話がひと段落した頃を見計らって、何事も無かったかのようにみんなのテーブルに合流した。




パーティ紹介

◇◇

前衛】

黒騎士ローデリック

銀騎士ギルベルト


中衛】

魔道士アデル

狩人エイミル(新人)


後衛】

治癒騎士エルザ


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