↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/24

第3章「灰狼たちの夜」

第3章:灰狼たちの夜


1

「――うー、頭が痛ぇ。誰だ、昨日の夜、俺のワインに泥水混ぜた奴は」

翌朝、古城の大広間に響き渡ったのは、この騎士団のトップとは思えないほど情けない呻き声だった。

アルトが恐るおそる声の主へ視線を向けると、長机の上でだらしなく突っ伏しているリチャードの姿があった。双剣使いとして何よりも「速度」を極限まで重視する彼が愛用する、軽快な中装の灰色鎧が乱雑に床へ脱ぎ散らかされている。ボサボサの頭髪をさらに指先でボリボリと掻きむしる彼の手元には、完全に空になった安ワインのボトルが虚しく転がっていた。なにより意外だったのは、戦場ではあれだけ大きく巨大に見えたリチャードは普段はどこにでもいそうな普通のおじさん、なのだ。


「団長。泥水を混ぜた覚えはありませんが、度数を三倍にした我が団特製のスピリッツなら、あなたのグラスに惜しみなく注いであげましたよ。二日酔いで頭が割れる感覚を、どうぞ存分に楽しんでください」

冷徹極まりない声とともに、長机の端に分厚い書類の山をドサリと叩きつけたのは、副長のナナだった。


リチャードと違い、ナナは戦場での凛とした佇まいはそのままであった。黒髪の美貌と鍛え抜かれた均整のとれた長身。戦場では邪魔にならないように束ねられた長い髪は今は風になびいている。

長机に置かれた書類の横へ、ぬるめの白湯と二日酔いに効く薬草をさりげなく添えている。リチャードに対するその言葉は刃のように鋭いが、そこには単なる上司と部下の関係を超えた、深い信頼と――あるいは、本人すら自覚していないかもしれない微かな好意が滲んでいるようだった。


「げぇっ、ナナちゃん……。お前、団長に対する慈悲って言葉を知らねえのかよ。これじゃあ疲れが取れるどころか、余計に命が削れちまう」

「よく言いますね。あなたが昨夜、民たちの無事を確認して安心した途端、祝い酒だと称して一人で一升も空けた結果がこれです。……ほら、さっさと白湯を飲んで、今日の防衛陣地の再構築計画に目を通してください」

ナナは呆れたように深い溜息を漏らしながらも、リチャードの乱れた衣服の襟元を自然な手つきで整えていく。リチャードもまた、ぶつぶつと文句を言いながらも、ナナが差し出した白湯を大人しく口に運んでいる。戦場であれほど冷徹に戦況を支配し、ギルバートを圧倒した『怪物』の姿は、そこには微塵もなかった。


「アルト、おはようございます。よく眠れましたか?」

ナナはリチャードから視線を外すと、アルトへ向けて、それはそれは綺麗な(しかしどこか気苦労の絶えない)微笑みを浮かべた。

「あ、はい! おはようございます、ナナ副長。その、朝早くからお騒がせしてすみません……」

「いいのですよ。悪いのはすべて、この計画性のない団長ですから。さあ、朝食の準備ができています。第一騎士団の皆さんの分もたっぷり用意してありますから、早く食堂へ行きなさい。……ちなみに、私は一切厨房に関わっていませんので、安心して食べて大丈夫ですよ」

「え? あ、はい……?」

なぜそんな念押しをされるのか分からず首を傾げるアルトに、リチャードが白湯を吹き出しながら、声を潜めて耳打ちしてきた。

「おい坊や、命が惜しけりゃあナナちゃんには絶対に包丁を持たせるなよ。あいつの料理はな、味覚の殲滅戦(デスゲーム)だ。一撃で胃袋が崩壊するぞ」

「団長。何か言いましたか?」

「いえ何もありません! 今日も書類仕事頑張ります!!」

戦場では完璧な剣術と冷徹な指揮を見せるナナの、唯一にして致命的な弱点。その微笑ましいギャップの洗礼に、アルトたちは朝一番から冷や汗をかきつつも、どこか心が和むのを感じていた。



2

古城の食堂、そしてそれに続く中庭は、朝から戦場以上の熱気と活気に包まれていた。

「おい、王都の坊主ども! いつまでそうやって縮こまってんだ? 飯が冷めちまうぞ!」

「ほら、肉だ肉! 国境名物の猪肉の香草焼きだ! 食わねえなら俺が全部平らげるからな!」

灰色の鎧を脱いだ第7騎士団の男たちが、大皿に盛られた料理を前に、ガハハと豪快に笑い合っている。

昨日まで「逆賊の凶悪集団」と教え込まれていたアルト軍の若い兵たちは、はじめは半信半疑のまま、お互いに肩を寄せ合って固まっていた。毒でも入っているのではないか、あるいは油断させて後から一網打尽にする気ではないか、と警戒の目を崩さない。

しかし、漂ってくる匂いは暴力的だった。じっくりと炭火で炙られた肉の芳醇な脂の香りと、数種類の国境スパイスが効いたトマトスープの、濃厚な湯気。長旅と昨日の激戦で疲れ切った彼らの胃袋に、それはあまりにも酷な誘惑だった。

「……あの、じゃあ、いただきます……」

アルト軍の一人の若い兵が、意を決してスープを口に運んだ。

その瞬間、彼の目が弾かれたように見開かれる。

「うっ、美味い……! なんだこれ、王宮の洗練された料理とは違うけど、身体の芯から力が湧き上がってくるというか……!」

「だろ!? 専属の料理番が仕込んだベースに、俺たちが国境の交易路で仕入れた極上スパイスが入ってんだよ! 遠慮すんな、死ぬほどあるからな!」

「おい、こっちの黒パンも食ってみろ! 麦の味が濃くてスープに浸すと最高だぞ!」

一つの「美味い」をきっかけに、張り詰めていた緊張の糸が文字通り瓦解した。気づけば、青い服の兵と灰色の服の兵が隣り合わせに座り、お互いの武勇伝を語り合いながら笑い合っていた。そこには、王宮が敷いた「正義と悪」の境界線など存在しなかった。ただ、同じ地獄を生き延び、美味い飯を共にする「仲間」の姿があるだけだった。


食堂の喧騒から少し離れた中庭では、さらに温かい光景が広がっていた。

「兵隊さん、昨日は守ってくれてありがとう!」

「これ、私が摘んだお花! 灰色の鎧に飾ってあげる!」

古城に避難している民の子供たちが、第7騎士団の巨漢の兵士たちに無邪気に駆け寄っていた。戦場では鬼神のように斧を振るうはずの荒くれ者たちが、今は顔をクシャクシャにして目線を下げ、子供たちに花飾りをつけられている。

「おお、ありがとよお嬢ちゃん。これで俺も少しは男前になったかな?」

「がはは! 似合わねえぞ、ジャック!」

その横では、老人や女性たちが、兵士たちから配られる配給の毛布や食料を受け取り、涙を流して感謝を述べていた。

「リチャード様やナナ様がいなければ、私たちは今頃あの冷たい王宮の地下で……。本当に、第7騎士団の皆さんは私たちの命の恩人です」

民たちの言葉には、お仕着せの敬意ではなく、心からの親愛が満ちていた。彼らにとって第7騎士団は、恐ろしい叛乱軍などではなく、自分たちを暗黒から救い出してくれた唯一の「英雄」なのだ。

「みんな、馴染むのが早いな……」

アルトがスープを啜りながら中庭の様子を眺めていると、隣のルークもまた、複雑ながらも嬉しそうな表情で頷いた。

「悔しいですが……居心地が良いのは確かです。王都の騎士団は、いつも規律と面子、家柄ばかりで、息が詰まりそうでしたから。ここは、誰もが対等で、お互いを本気で思い合っている」


その時、中庭の隅にある古びた荷車の上で、一人の少女の姿がアルトの目に留まった。

狙撃手のムーンライトだ。彼女は自分の皿から、小さくちぎったパンの切れ端をそっと手のひらに載せていた。

すると、古城の木々から現れた数匹の野生のリスや小鳥たちが、警戒もせずに彼女の膝の上へと登っていく。

「あ……」

普段は感情を一切見せず、昨日も冷徹に敵の投石機の弦を射抜いていた少女が、今は信じられないほど柔らかい、守ってあげたくなるような愛らしい笑みを浮かべていた。リスが彼女の手から木の実を小さな前足で受け取るたび、ムーンライトの小さな肩が嬉そうにピコピコと揺れる。

「……おいしい? よかった。たくさん、食べなさい」

小さな声で動物たちに話しかける彼女の姿は、どこからどう見ても、ただの可憐な少女その物だった。そのあまりのギャップの可愛らしさに、アルト軍の何人かの若い兵が顔を真っ赤にしてスプーンを握ったままフリーズしているのを、アルトは見逃さなかった。



3

昼下がり。雨が上がった古城の中庭で、木剣のぶつかり合う乾いた音が響いていた。

「はぁっ、たぁっ!」

「くっ……!」

アルトとルークの二人がかりの猛攻を、ナナは一本の木剣だけで、文字通り完璧に受け流していた。彼女の足元は、一歩たりとも動いていない。鋭い突きも、重い唐竹割りも、ナナの木剣が最小限の円を描くだけで、すべて軌道を逸らされて宙を切る。

「そこまで」

ナナが木剣を小さく引くと、アルトとルークはその場にへたり込み、激しく肩を上下させた。全身から滝のような汗が流れ落ちる。

「二人とも、筋はとても良いです。王都の英才教育の賜物でしょう。基礎がこれほど固まっている若者は、国境(こちら)にはなかなかいません。ですが――」


ナナは木剣の切っ先を、まずルークへ向けた。その鮮やかな金髪が、激しい稽古の汗で額に張り付いている。

「ルーク。あなたは農民兵士からの叩き上げだと聞きました。その恵まれた体躯と、泥泥(どろどろ)の戦場を生き抜いて副官にまで上り詰めた地力は素晴らしい。ですが……第一騎士団に所属して以降、少し真面目に型に嵌まりすぎている。動きが教科書通りです。型が綺麗すぎるがゆえに、次の手番が簡単に読めてしまう。かつてあなたが持っていたはずの、生き残るための野生の泥臭さを思い出しなさい」

「う……。泥臭さ、ですか……」

ルークは自身の性格と、目指していた「綺麗な騎士」という理想の矛盾を突かれ、ガックリと項垂れた。家柄のない自分が第一騎士団で認められるために、必死に模範的な騎士を演じていたことが、逆に彼の刃を鈍らせていたのだ。


「そして、アルト」

ナナの視線が、今度はアルトへと移る。その瞳には、深い理知の光があった。

「あなたは戦術の才能もあり、何より周囲を惹きつける『魂の力』、仲間を鼓舞する真の強さを持っています。昨日のあなたの叫びは、第一騎士団の目を覚まさせ、私たちをも救いました。ですが――あなたは優しすぎる。相手を傷つけることを恐れて、剣の引き際が一瞬だけ甘くなる。あなたのその躊躇は、戦場ではあなた自身だけでなく、あなたを信じて従う部下たちを殺す刃になりますよ」

「……傷つける、恐怖」

アルトは自分の木剣を見つめた。

昨日、ギルバート軍を前にした時、確かに「かつての同胞を、尊敬する上司を斬りたくない」という迷いがあった。それが、ナナには完全に見抜かれていたのだ。


「自分のために振るう剣なら、迷ってもいい。だけどさ、坊や」

中庭の特等席――日当たりの良い荷車の上で昼寝をしていたはずのリチャードが、薄目をあけて口を開いた。いつの間にか、その瞳からは眠気が消え、鋭い野生の光が宿っている。傍らには、大広間から持ってきた彼の愛双剣が立てかけられていた。

右手側には、少し長めの短剣ほどの長さを持つ、取り回しの良い特殊な一振り。そして左手側には、通常の片手剣よりもほんの少しだけ短い、絶妙な間合いを刻むための変則的な一振り。速度を何よりも愛し、超近接戦闘で真価を発揮するリチャードの代名詞たる、左右非対称の奇妙な二本の剣だ。

「誰かを護るための剣なら、絶対に迷うな。お前が日和(ひよ)って一歩引けば、その生み出したわずかな隙間から、お前の後ろにいる大事な奴の胸がブスリと刺される。冷徹になれって言ってんじゃねえ。……本当に護りてえなら、自分が悪鬼羅刹にでもなる覚悟を決めろってことさ」

いつもの軽い口調の中に、ぞっとするほどの重みと鋭さが混じる。これこそが、中装の鎧と変則的な双剣を操り、数多の死線を最速で潜り抜けてきた男の言葉だった。

アルトとルークは胸の奥を深く突かれたような衝撃を覚え、背筋を正して、深く、深く頭を下げた。

「……はい。ありがとうございます、リチャードさん、ナナ副長」

厳しさと、それ以上の深い身内への愛情。この人たちは、自分たちを「王都の使い捨ての駒」としてではなく、一人の「一人前の騎士」として育てようとしてくれている。アルトの胸の奥に、この第7騎士団への強い憧れと、ここで強くなりたいという意志が、確かに芽生え始めていた。



4

夜、古城のバルコニーからは、雲が晴れた美しい星空が覗いていた。

昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った城内で、アルトは神官長アルカードと二人、夜風に吹かれていた。

「アルトよ。少し、昔話をしましょうか。私たちがなぜ、この場所にいるのかを」

アルカードは遠い目をしながら、あの王都での「救出劇」の夜を語り始めた。その言葉とともに、アルトの脳裏に、あの一夜の光景がありありと浮かび上がっていく。


◇

数週間前、王都レガリア――。

光も届かぬ王宮の地下深く、冷たい湿気に満ちた最深部の牢獄に、アルカードは繋がれていた。国王陛下に宿る魔族の正体を告発しようとした代償。衣服は引き裂かれ、重い鉄枷がその老体に食い込んでいた。翌朝には、秘密裏に処刑されることが決まっていた絶望の夜。

諦めかけていたその時、地下牢の頑丈な鉄格子が、凄まじい衝撃音とともに文字通り吹き飛んだ。

「――おーおー、やっぱりこんなジメジメしたところに閉じ込められてやがった」

もうもうと立ち込める煙の向こうから現れたのは、口にリンゴを丸ごと一つ咥え、信じられないほど弛緩した顔をしたリチャードだった。もちろん、偶然通りかかったわけではない。あらかじめ緻密に練られた作戦通り、王宮の警備配置の盲点を突き、動きやすい中装の鎧を纏ってここまで音もなく潜入してきたのだ。

その背後には、身の丈ほどもある漆黒の大剣を肩に担ぎ、実につまらなそうな顔をしたナナが立っている。

「り、リチャード……!?そして副官のナナ……!? なぜお前たちがここに……!」

驚愕するアルカードに対し、リチャードはリンゴをシャリリと噛み砕きながら、緊迫感の欠片もない調子で笑った。

「いやー、神官長。夜中に王宮の厨房に忍び込んだら、美味そうな果物を見つけちゃいましてね。つまみ食いしてたら、なんかあんたが捕まってるって噂が聞こえてきたもんで、ついでに拾いにきました。ほら、ナナちゃん、鍵壊して」

「言われずとも」

ナナが大剣を一閃させると、アルカードを拘束していた頑丈な魔導鉄の鎖が、まるで粘土細工のように両断された。

王宮の警備兵数百名が血相を変えて通路へ押し寄せる中、彼らは眉一つ動出さなかった。ナナがその圧倒的な大剣の壁で一国の精鋭たちの突撃を文字通り叩き割り、リチャードはアルカードを軽々と背負いながら、「神官長、舌を噛まないように気をつけてねー」と、腰の左右非対称の双剣を抜くまでもなく、自慢の俊足で包囲網の隙間をすり抜けていった。


だが、リチャードが立てた作戦の全貌は、これだけでは終わらなかった。

神官長救出と完全に時を同じくして、もう一つの部隊が王都の裏で動いていたのだ。

王都の隅に位置する、薄暗い貧民街(スラム)の巨大な木造倉庫。

そこには、夜な夜な王宮の役人たちに拉致され、魔族の「生贄」として捧げられる寸前だった、数十名もの老人、女性、そして子供たちが絶望に震えながら閉じ込められていた。周囲を固めるのは、王命を受けた私兵部隊の冷酷な男たち、およそ五十名。

彼らが「さあ、生贄を運ぶぞ」と檻を開けようとした瞬間、夜空に細い風切り音が響いた。

――シュフィッ!!

倉庫の梁の上、暗闇に音もなく潜んでいたムーンライトの短弓から、目にも留らぬ速射が放たれた。

一瞬にして、檻に手をかけようとした見張りの手の甲、そして武器を握ろうとした兵の腕が、正確無比に射抜かれる。

「な、何だ!? 敵襲――」

男たちが叫ぼうとした瞬間、天井の隙間から、いくつかの小さな鉄球が投げ込まれた。ムーンライトが放った、特製の「閃光弾」だった。

――チカァァァァァンッ!!!

倉庫内を、太陽が爆発したかのような凄まじい大光熱が包み込む。

「目が、目がああぁぁ!!」

「何も見えん! どこだ、どこから撃ってきている!?」

完全なパニックに陥り、視力を完全に奪われて盲滅法に剣を振り回す五十名の私兵たち。リチャードの計算通り、敵が完全に無力化したその一瞬の隙を突き、倉庫の扉を蹴り破って、濃い灰色の鎧を纏った第7騎士団の精鋭十名ほどが突入した。

「おいおい、悪党ども! 弱い者いじめはそこまでだ!」

「全員、怪我したくなきゃ大人しく寝てな!」

彼らは無駄な殺生を避けながらも、圧倒的な練度で私兵たちの武器を叩き落とし、盾で殴り飛ばし、一瞬にして周囲を制圧していった。光が収まる頃には、五十名の私兵全員が地面にのされて悶絶しており、第7騎士団の兵たちは檻を破壊して、怯える民たちに優しく手を差し伸べていた。

「大丈夫だよ、ちびっ子。もう怖いおじさんたちはいないからね」

ムーンライトが梁の上から音もなく飛び降り、泣いている少女の頭を、不器用ながらも優しく撫でた。

彼らは最初から、誰も殺すつもりはなかった。ただ、神官長と、王宮の闇に葬られかけていた無辜の民たちを救うためだけに、一国の軍勢を相手に完璧なタイムスケジュールと、息の合った連携で大立ち回りを演じたのだ。

◇


「……彼らは『灰狼』と恐れられ、国を追われた大罪人です」

アルカードはバルコニーの美しい星空を見上げながら、愛おしそうに微笑んだ。

「ですが、その実態は、この歪んだ世界で最も不器用で、最も優しい『真の騎士』たちなのです。アルト、お前が彼らと共に歩むと決めたこと、私は天に感謝していますよ。お前のその清らかな魂こそが、彼らの暗い夜を照らす光になるかもしれない」

「アルカード様……」

アルトは強く、強く頷いた。

最初は王命に従って討伐にきたはずだった。だが、今のアルトの心には、もう一ミリの迷いもない。

だらしなくて、不器用で、仲間想いで、どこまでも強くて優しい、この灰色の狼たちの群れ。

その一員として、自分もこの剣を振るいたい。この人たちと一緒に、本当の正義のために戦いたい。心の底から、そう願っていた。

しかし、運命の歯車は彼らに安息を許さない。

――翌朝。

古城の地平線の彼方から、大地を不気味なほど真っ赤に染め上げる、圧倒的な軍勢の陽炎が立ち上った。

それは、アルトの最大のライバルであり、同期の天才――カイン・レイス率いる、無敗の『赤鎧(せきがい)兵団』の襲来だった。

(第3章 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。