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地底の星  作者: 広育 春美


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1/5

サークルイベント

 久保田富貴くぼた ふきの足取りは軽かった。

 今日から始まる五日間――サークル創設以来、初めての合宿調査。昨夜は興奮で、ほとんど眠れていない。それでも不思議と疲れは感じなかった。

 幼い頃から考古学と歴史に魅せられてきた富貴は、岡山大学文学部へ進学し、考古学研究会サークルに入った。だが、そこで行われていたのは博物館巡りや遺跡見学、石器や土器づくりといった実習、そして学生らしいイベントごと――。

 悪くはない。けれど、違った。

 それは“楽しむための考古学”であって、富貴が求めていたものではなかった。

 だから彼女は、そのサークルを辞め、自分で立ち上げた。

 ――本気で考古学をやるためのサークルを。

 研究も、本気。探検も、本物志向。ホテルに泊まり、夜な夜な騒ぐようなサークルとは、一線を引くサークルだった。


 その最初の探検のきっかけは、三人の中で最も気楽で陽気な大阪人――鍋島澪なべしま みおの、何気ない一言だった。

 「友達から聞いたんやけどな、徳島県に、あれあるらしいで。ほら……伝説の箱みたいなやつ。インディージョーンズで出てきた……開けたらあかんやつ」

 富貴が即座に答える。

 「アークのこと?」

 澪の目がぱっと見開かれた。

 「それそれ!それや!徳島に埋まっとるって言うてた」

 富貴ともう一人のメンバーが、無言で澪を見つめる。

 「……ほんまかどうか、知らんけど」

 小さく付け足す澪に、富貴は肩をすくめた。

 「そうね。そういう話自体は、確かにあるわ」

 そして続ける。

 「徳島には、その手の伝承が二つある。剣山と祖谷。どちらも、場所はそれほど離れていない」

 その説明に頷きながら、サークル随一の知識量を誇る神戸出身の新政颯にいまさ はやてが口を開いた。

 「俺もちょっと気になっとることがあるわ。『かごめかごめ』……あれ、アークを指しとるかもよ」

 二人の表情が、一瞬で“普通の女子大生”に戻る。

 「え、何それ。どういうことなん?」

 「『かーごめ、かーごめ――』って童謡、知っとるやろ」

 二人が頷くと、颯は鞄から小さなノートを取り出した。

 「これな、ヘブライ語として解釈した説があるんや。説明するより見た方が早い」

 ページを開き、差し出す。

 『囲め、囲め(カゴ メー カゴ メー)

  籠の中の秘宝(カグ ノェ ナカナ トリー)

  いつ解放されるのか(イツィ イツィ ディユゥー)

  夜明けの前夜に(ヤー アカ バニティ)

  聖なる蓋が滑る(ツル カメ スーヴェシタ)

  蓋の裏を証明するのは誰(ウーシラッ ショーメン ダラ)』

 二人は顔を見合わせる。

 「……これ、ほんまなん?」

 「嘘をわざわざメモるか?」

 「まぁ……せやな」

 富貴が静かに言う。

 「つまり、ヘブライ語の歌を聞いた日本人が、それを日本の歌にした可能性があるってことね」

 「ほんまの事は分からんけどな」

 颯は別のページをめくる。

 「これも、みんな知っとる有名なやつや」

 『立ち上がり、神を讃えよ(クム ガ ヨワ)

  シオンの民 神の民(チヨニ ヤ チヨニ)

  選民として喜べ 救いが訪れる(ササレー イシィノ)

  神の意思は成就した(イワオト ナリタ)

  全ての地に伝えろ(コカノ ムーシュマッテ)』

 それを一目見て、富貴が呟く。

 「……マジで」

 「え、もう分かったん?」

 颯が笑いながら言う。

 「澪はお前ほんまに日本人か?」

 「いや、そんなこと言われてもわからんもんは……えっ」

 澪の顔に、遅れて理解が浮かぶ。颯がにやりと笑った。

 「気づいたか」

 「嘘やろ……」

 「解釈はいろいろあるけどな。聖書の場面を歌っとるって説もある。けど――」

 颯は少しだけ声を落とす。

 「これ見たら、“ヘブライ語と日本語に関係があるかもしれん”って、誰でも思うやろ」

 静かな間が流れる。

 「もし、やで。アークが剣山に埋められとるって話と、ヘブライ人が日本に来た理由が“それ”やったとしたら――」

 その言葉に、空気が少しだけ変わった。

 富貴が、わずかに口元を上げる。

 「……面白いじゃない」

 「やろ?」

 「ヘブライ人が徳島に来て、宝を埋める。そのときの歌が、日本に残った――って考え方も、悪くないわね」

 澪が勢いよく言った。

 「それ、めっちゃロマンあるやん!夏休み、四国行こや!」

 富貴は少し考え、すぐに答えを出した。

 「祖谷から入って、東へ。四国山脈を縦断しながら徳島市へ抜ける。キャンプしながらの探索――」

 そして、二人を見た。

 「このサークル、最初の“本物の探検”としてね」

 二人は即座に頷いた。

 こうして――四泊五日の初探検が、決まった。


 装備を揃えて、ついに出発の当日。

サークルに与えられた部屋は、四畳ほど。――いや、正確には物置を片付けて、ようやく確保したスペースだ。

 予定より一時間早く到着した富貴だったが、すでに二人は来ていた。床に四国の地図を広げ、顔を寄せ合って何やら議論している。その光景を見て、少しだけ嬉しくなる。スマホじゃない。紙の地図だ。棚に全国の地図を揃えておいた甲斐があった、と思った。

 「おはよう。二人とも、ずいぶん早いわね」

 澪が振り返る。

 「おはよう、富貴。昨日、興奮して寝れへんくてな。早めに来たんよ。――けど、こいつの方が上やわ」

 にやけながら、颯を指さす。

 「なあ、は・や・て」

 颯は頭をかきながら、気まずそうに口を開く。

 「……その、遠足の前の日とか、寝らへれんタイプな」

 「いや、それちゃうやろ」

 澪がすぐに遮る。

 「富貴、聞いて。こいつ、ここで泊まり込みやったんよ。私が朝イチで来て、誰もおらんと思ってドア開けたら、人が倒れとって、ほんま声出たわ」

 颯は一瞬だけ澪を睨み、すぐに視線を逸らした。

 「……女の子二人と旅行なんて初めてやし、……緊張するやろ」

 「なんや、そんなことか。安心し、誰も颯をそういう目で見てへんから」

 間髪入れずに澪が返す。

 「……いや、俺だけ遅れてもいややし」

 富貴は思わず笑みを浮かべた。

 「颯って、中学とか高校のときも、あまり女子と話さなかったタイプ?」

 「……男しかおらん学校やったからな。それに――」

 「それに?」

 二人の声が揃う。颯は視線を落としたまま、小さく言った。

 「……あんまり、人と喋らんかった、そういうのもちょっと苦手なんよ」

 富貴と澪は、軽く頷いた。

 「なるほどね。それで人数の多い考古学研究会サークルじゃなくて、こっちを選んだ理由も分かるわ」

 「まぁ……そんなとこやな」

 「なんや、人間恐怖症やったんか」

 「澪、その言い方」

 そう言いながらも、澪は颯の肩を軽く叩く。

 「大丈夫やって。気楽にいこうや。こんな山の中歩く旅、初めてやし――めっちゃ楽しみなんや、三人やから仲間意識の方がつようなるって」

 少しだけ真面目な声になる。

 「この探検が終わったら、颯も私らの見方も変わっとると思うで」

 颯は小さく頷いた。

 「……そうやな」

 富貴が言う。

 「とりあえず、楽しみましょう」

 その空気を切り替えるように、澪が地図を指した。

 「それでな、颯とルート見てたんやけど。JR祖谷口駅から南東に入って、山の中を抜けるルート――五日で徳島市まで行くのは厳しい」

 富貴も地図を覗き込み、頷く。

 「ハイキングじゃないものね。道も整備されてないし、時間はかかるでしょうね」

 「せやろ。だからな、ゴールを剣山にしようって話をしてたんや」

 澪が続ける。

 「どう?富貴もちゃんとルート見てみ」

 地図だけでは分かりづらいが、確かに勾配はきつそうだった。

 「……うーん、そうね」

 富貴は短く答えた。

 「剣山を目標にしましょう。あとは現地で判断する」

 二人は即座に頷いた。


 岡山から電車を乗り継ぎ、マリンライナーで瀬戸大橋を渡る。坂出で一度改札を出て、朝うどんで腹を満たし、さらに乗り継いで南へ。

 祖谷口に着いたのは、出発から約四時間後だった。

 川沿いを南へ歩き、祖谷橋の手前にある食事処で最後の腹ごしらえを済ませる。そこから先は、もう“街”ではなかった。舗装路は徐々に細くなり、やがて土の道へと変わる。三人は立ち止まり、帽子や手袋を身に着け、お互いの装備を確認した。

 メリノウールのインナーに、軽量の化繊ジャケット。その上にゴアテックス。トレッキングパンツに登山靴。靴下もメリノウール。つばの広い帽子にはヘッドネット。虫と日差し、そして見えないクモの巣を防ぐため。

 ――完璧な装備だった。

 山に一歩足を踏み入れた瞬間、世界が変わる。光は遮られ、空気は湿り、音が濃くなる。そして――虫。想像以上だった。

 「……やばいな、これ」

 澪が思わず顔をしかめる。

 「服、ほんま助かったわ……」

 出発前、“やりすぎ”だと笑っていた二人は、今や完全に考えを改めていた。

 蝉の声が、絶え間なく続く。まるで、この山そのものが鳴いているかのようだった。草木をかき分け、三人は進む。汗は流れるが、体温は奪われない。だが――重い。

 装備と食料の重みが、じわじわと体力を削っていく。整備されていない道を進むということが、これほど過酷だとは思っていなかった。


 やがて、小さな沢のほとりに、わずかに開けた場所を見つけた。

 「ここにしましょう」

 まだ日没まで三時間あったが、富貴は迷わなかった。

 「設営と食事、慣れてないでしょ。早めに動くわ」

 二人は素直に従う。

 富貴は慣れた手つきでテントを設営し、焚き火の準備を進めていく。幼い頃から父親にアウトドアに連れられてきた経験が、そのまま動きに出ていた。動きに迷いがなかった。夜は、思っていたよりも早く降りてきた。

焚き火を囲むように並んだ三つのテント。その中心に掘られた浅い穴の中で、火が静かに育っていく。ぱち、と乾いた音。橙の光が、三人の顔を照らした。飯盒の湯気が立ち上る。

 「なあ富貴、なんで水筒の水使わへんの?」

 枝で火をいじりながら、澪が聞く。

 「水筒の飲料用は温存。ペットボトルは予備」

 富貴は簡潔に答えた。

 「この山、人里はあるけどね。――でも、せっかくなら“それっぽく”やりたいでしょ」

 颯が頷く。

 「湧き水をろ過して、沸騰させて、それで炊く……ええな。アウトドアって感じや」

 「余ったら、私の水筒の水になるわ」

 澪が富貴の顔を覗いて言う。

 「富貴のこと……ちょっと好きになりそうやわ」

 「え、今まで好きじゃなかったの?」

 「いえ、大好きっす、先輩」

 「うむ、よろしい」

 その時、鍋の中身がぐつぐつと溢れかけた。

 「……食べ頃ね」

 「いただきますや!」

 初めての山での食事は、驚くほど美味かった。素朴で、単純で、けれど――忘れられない味だった。三人は笑いながら、互いの話を茶化し合い、火を囲む。

 時間は静かに流れていった。


 やがて、火を埋め、水をかけ、完全に消す。

 見上げると――

星が、落ちてきそうなほど広がっていた。スーパームーンの二日前。月明かりは強く、夜であることを忘れさせるほどだった。

その光の中で。

 ――三人は、気づかなかった。

 少し離れた闇の奥。木々の隙間から、何者かが、じっとこちらを見ていたことに。


大きな構成だけ考えて書いていきます。

エピソードはその時の思いつきで書いていくので、矛盾的なことが出てきたら教えてください。

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