最終話 その先へ
【前書き】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ついに最終話となりました。
この物語は、
「もしも大きな幸運を手にしたら」
というところから始まりました。
でも書いていく中で、
本当に描きたかったのは
“何を手に入れるか”ではなく
“何を選ぶか”だったのかもしれません。
恒一とレイナ、
2人が出した答えを
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
あれから一ヶ月。
時間は、止まらなかった。
残酷なくらい、いつも通りに進んでいく。
レイナは毎日、病院と仕事場を往復していた。
朝はスタジオ。
昼は打ち合わせ。
夜は病院。
その繰り返し。
LUNAとしての活動は、順調だった。
むしろ、以前よりも勢いが増していた。
新曲も好調。
再生数は伸び続け、海外からの反応も増えている。
でも——
その中心にいるはずのレイナは、どこか空っぽだった。
病室のドアを開ける。
いつもの光景。
ベッドの上の恒一。
少しずつ、弱くなっているのがわかる。
「来たよ」
いつものように声をかける。
ゆっくりと目を開ける。
「ああ……」
かすれた声。
「今日も、ちゃんと来たな」
「当たり前でしょ」
少しだけ笑う。
そのやり取りだけで、救われる。
レイナは椅子に座り、スマホを取り出す。
「ねえ、新曲できたの」
「もう?」
「うん」
イヤホンを片方、恒一の耳に差し込む。
再生ボタンを押す。
静かに、音が流れる。
ピアノの音。
柔らかくて、どこか切ない旋律。
その上に、レイナの声が重なる。
まっすぐで、揺れていて、でも強い。
歌詞は多くを語らない。
でも、全部伝わってくる。
この一ヶ月の想い。
不安。
願い。
怖さ。
全部が詰まっていた。
曲が終わる。
しばらく、誰も喋らなかった。
「……いい曲だな」
恒一がぽつりと言う。
「うん」
「泣かせにきてるだろ」
「バレた?」
レイナは笑う。
でも、目には涙がたまっていた。
「これ、売れるな」
「そういうのじゃないの」
「いや、売れる」
恒一は少しだけ笑う。
「これは……みんなにちゃんと届くよ」
レイナは何も言えなかった。
ただ、頷く。
その言葉が、何より嬉しかった。
それから数週間。
時間は、確実に削られていった。
ある日の午後。
レイナはスタジオにいた。
収録の合間、スマホが震える。
画面を見る。
病院からだった。
「……はい」
嫌な予感がした。
『黒沢さんが……危篤です』
頭が真っ白になる。
「今すぐ向かいます」
それだけ言って、通話を切る。
何も考えられない。
ただ、走った。
タクシーに飛び乗る。
「病院、お願いします!」
信号が長い。
時間が遅い。
全部が遅い。
病院に着いた瞬間、走る。
廊下。
階段。
息が上がる。
病室の前に、恒一の母と佐倉がいた。
2人とも、何も言わない。
その表情だけで、すべてがわかった。
レイナはドアを開ける。
機械の音。
静かな部屋。
ベッドの上の恒一。
目は閉じられている。
「……恒一」
声が震える。
近づく。
手を握る。
冷たい。
でも、まだ少しだけ温もりがあった。
「来たよ」
返事はない。
「ねえ……」
声がうまく出ない。
「まだ、話したいことあるのに」
涙が落ちる。
「ハワイ、行くって言ったじゃん」
握る手に、力を込める。
「まだ……行ってないよ」
そのとき。
ほんのわずかに。
指が、動いた気がした。
「……え?」
レイナが顔を上げる。
もう一度、手を握る。
何も起きない。
でも、確かに。
さっき、ほんの少しだけ。
握り返してくれたような気がした。
「恒一……」
声が崩れる。
涙が止まらない。
そのまま、時間は静かに流れていく。
やがて——
機械の音が変わる。
長く、一定の音。
その意味を、レイナは知っている。
「……やだ」
小さく呟く。
「やだよ……」
何度も首を振る。
でも、現実は変わらない。
恒一は、静かに息を引き取った。
その瞬間。
世界から音が消えた気がした。
その後の記憶は、あまりない。
気づけば時間だけが過ぎていた。
数日後。
佐倉が、そっと一通の封筒を差し出す。
「これ……預かってたの」
「恒一から」
レイナはそれを受け取る。
手が震える。
ゆっくりと開く。
中には、手紙。
見慣れた字。
滲む視界の中で、なんとか読み始める。
『これを読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないんだろうな』
最初の一文で、涙が溢れる。
『ごめんな、最後まで格好つけたままで』
少しだけ笑う。
その書き方が、あまりにも恒一らしかった。
『でもな、レイナと過ごした時間は、間違いなく俺の人生で一番だった』
涙が止まらない。
『最初はただの偶然だったのに、気づけば隣にいるのが当たり前になってた』
『あの時間があったから、俺は最後までちゃんと生きられたと思う』
文字が滲む。
『無理に前を向かなくていい』
『泣きたいときは泣けばいい』
『ただ、少しだけ元気になったら、また歌ってくれ』
レイナは声を押し殺す。
『お前の歌が、俺は一番好きだった』
涙が落ちる。
『ハワイ、行けよ』
『ちゃんと、いい景色見てこい』
最後の一文。
『ありがとう』
それだけだった。
短い。
でも、全部詰まっていた。
レイナはその場で崩れる。
声を上げて泣いた。
その涙は、しばらく止まらなかった。
それから数週間後。
レイナは、自分の体の変化に気づく。
検査。
結果。
「……妊娠しています」
その言葉に、時間が止まる。
驚き。
戸惑い。
そして——
涙。
レイナはお腹に手を当てる。
「……そっか」
小さく呟く。
「残してくれたんだ」
それからの日々。
レイナは、止まらなかった。
LUNAとして活動を続ける。
顔は出さない。
声だけで勝負する。
それでも、いや——
それだからこそ、評価はさらに上がっていった。
国内だけじゃない。
世界へ。
グローバルチャートにも名を連ねるようになる。
数年後。
レイナは拠点をハワイへ移した。
穏やかな風。
青い空。
広い海。
波の音。
その場所に、2人で来るはずだった。
でも今は——
レイナは小さな手を握っている。
「ほら、こっちだよ」
笑いながら歩く。
隣には、小さな男の子。
まだ幼い。
でも、どこか似ている。
目元。
雰囲気。
全部。
波打ち際。
2人で歩く。
足跡が並ぶ。
風が吹く。
空を見上げる。
「……来たよ」
小さく呟く。
「ちゃんと、来た」
返事はない。
でも、どこかで見ている気がした。
レイナは少しだけ笑う。
そして、前を向く。
その手を、もう一度強く握る。
歩いていく。
その先へ。
終わり。
【後書き】
最終話、最後まで読んでいただきありがとうございました。
この物語はここで一区切りとなります。
恒一の選択、
レイナの生き方、
そして残されたもの。
どれも正解かどうかは分かりません。
でも、2人にとっては“間違いじゃなかった”と信じています。
悲しい終わりに見えるかもしれませんが、
これは終わりではなく、
「続いていく物語」のひとつの形です。
そして——
この物語の“その先”を描く続編も、現在準備しています。
タイトルは
『死んだ俺が1977年に転生して、君に繋がる人生をやり直す』
です。
少し不思議で、少し切なくて、
でも確かに繋がっている物語になる予定です。
この物語で描ききれなかった「その後」や「もうひとつの選択」を、
違う形でお届けできたらと思っています。
もしよろしければ、そちらも楽しみにしていただけたら嬉しいです。
ここまで本当にありがとうございました。




