第46話 始
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第46話は、大きな出来事のあとに訪れた「静かな再生」の回です。
すべてが崩れたように見えた状況の中で、
レイナは少しずつ元気を取り戻していきます。
そして——
これまでの自分を一度手放すような選択も描かれています。
環境も、立場も、すべてが変わった今。
だからこそ見えるものがあります。
レイナの休養が決まってから、数日が経った。
表向きは静かになった。
ニュースも少しずつ別の話題へ移り、あれだけ騒がしかった空気は嘘みたいに引いていった。
だが、完全に消えたわけではない。
ただ、表に出なくなっただけだ。
「……どうするかだな」
恒一がぼそっと言う。
場所は、いつものリビング。
向かいには佐倉が座っていた。
「そうですね」
短く返す。
「レイナはしばらく動けませんし、無理に戻る必要もないと思います」
「事務所の方は?」
「正式に離脱で話を進めています」
レン側の事務所は、すでにまともに機能していなかった。
連絡も遅く、対応も曖昧。
それどころではない、というのが伝わってくる。
「まあ……あっちはもう無理だな」
「はい」
会話は短い。
でも、方向は決まっていた。
もう戻らない。
それだけは、はっきりしている。
そのとき。
部屋の扉が開く。
「……おはよう」
レイナが顔を出した。
少し眠そうな顔。
でも、前よりはずっといい。
「起きたか」
「うん」
ゆっくりと中に入ってくる。
「……だいぶ楽になった」
「それならよかった」
佐倉が微笑む。
少しだけ、空気が軽くなる。
レイナはそのまま椅子に座る。
そして、ふっと言う。
「……ちょっと、どこか行きたいかも」
ぽつりとした一言だった。
「外?」
恒一が聞く。
「うん。でも……」
言葉を濁す。
「まあ、バレるか」
「だろうな」
即答だった。
レイナが苦笑する。
「だよね」
少しだけ考える沈黙。
そのあと、恒一が言う。
「……じゃあさ」
「変えるか」
「え?」
「見た目」
レイナが目を瞬かせる。
「……イメチェン?」
「そう」
「別人みたいにすりゃ、気づかれにくいだろ」
少しの沈黙。
レイナは自分の髪に触れる。
長い髪。
今までずっと守ってきたスタイル。
アイドルとしての“自分”。
「……切る?」
小さく言う。
「切るなら、思い切ってな」
軽く返す。
レイナは少しだけ目を閉じる。
そして——
「……うん、切る」
はっきりと言った。
⸻
美容院。
鏡の前に座るレイナ。
フードもマスクも外している。
久しぶりに、何も隠していない状態。
「どのくらい切りますか?」
美容師が聞く。
レイナは鏡の中の自分を見る。
そして。
「……短くしてください」
「バッサリ」
少しだけ迷いはあった。
でも、言い切った。
「わかりました」
ハサミが入る。
長い髪が、ゆっくりと落ちていく。
床に積もっていく。
その光景を、レイナはじっと見ていた。
過去が、切り落とされていくような感覚だった。
しばらくして。
「はい、こんな感じでどうですか?」
鏡に映る自分。
ショートヘア。
今までとはまるで違う。
「……すご」
思わず漏れる。
別人みたいだった。
「いいじゃん」
後ろで見ていた恒一が言う。
「ほんとにバレなさそう」
「そこ?」
レイナが笑う。
久しぶりに、自然な笑いだった。
⸻
数日後。
3人は沖縄にいた。
まだ冬。
海に入るには寒い。
でも、空は青く、風は柔らかい。
「……あったかい」
レイナが言う。
帽子にメガネ、マスク。
完全に別人だった。
「これなら大丈夫そうだな」
恒一が周囲を見ながら言う。
「うん」
佐倉も頷く。
誰も気づかない。
ただの観光客。
それだけだった。
昼はのんびりと過ごす。
特に何をするわけでもない。
それでも、十分だった。
そして夜。
ホテルの外。
静かな海。
波の音だけが響いている。
レイナは手すりにもたれて、海を見ていた。
「……怖かった」
ぽつりと漏れる。
恒一は隣に立つ。
「……知ってる」
短く返す。
「全部壊れるかと思った」
「うん」
「ていうか、壊れたし」
少し笑う。
でも、その声は弱かった。
恒一は何も否定しない。
「……でもさ」
レイナが続ける。
「こうやって、まだいるじゃん」
「ここに」
その言葉に、恒一は少しだけ視線を逸らす。
「まあな」
「それでいい気もする」
静かな時間。
波の音。
少しだけ距離が近い。
「……これからどうする?」
レイナが聞く。
少しだけ不安そうに。
恒一は少し考える。
そして。
「またやるか」
「……え?」
「今度は、ちゃんと」
「自分たちで」
言葉は少ない。
でも、意味は伝わる。
レイナはしばらく黙る。
そして、ゆっくり頷いた。
「……うん」
「やりたい」
その目は、もう逃げていなかった。
佐倉も後ろから静かに言う。
「私も、もう一度やりたいです」
3人。
同じ方向を向く。
もう誰かに任せるんじゃない。
自分たちでやる。
小さくてもいい。
ゼロからでもいい。
そのとき。
恒一の視界に、ふっと何かが浮かぶ。
「……」
数字と、単語。
はっきりと見えた。
「7……始」
小さくつぶやく。
「え?」
レイナが聞く。
恒一は少しだけ笑う。
「……いや、なんでもない」
でも。
これはきっと。
悪いものじゃない。
そう思えた。
波の音が続く。
夜の海は静かで、広い。
その向こうに、まだ見えない未来がある。
でも——
今はそれでいい。
ここから、また始めればいい。
第46話を読んでいただきありがとうございました。
今回のテーマは「始まり」です。
イメチェンという外側の変化だけでなく、
内側の気持ちにも大きな変化が生まれました。
沖縄での時間。
何も背負わずに過ごすひととき。
そして、夜の会話。
そこで交わされた言葉が、
3人のこれからを決定づけています。
もう一度、自分たちの手でやる。
それは簡単な道ではありませんが、
だからこそ意味があります。
最後に見えた「7 始」。




