第4話 国民的アイドル
第4話を読んでいただきありがとうございます。
ここから物語のもう一人の主人公、
国民的アイドル・如月レイナが登場します。
華やかな世界の中で、
彼女が何を抱えているのか——
少しでも感じていただけたら嬉しいです。
6億円を手にして、三日が経った。
何も、変わっていなかった。
朝起きて、ぼんやりして、コンビニに行って、帰ってくる。
派遣の仕事には、もう行っていない。
「しばらく休みます」とだけ連絡を入れた。
引き止められることもなかった。
「……こんなもんか」
黒沢恒一は、安いインスタントコーヒーをすすりながらつぶやいた。
机の上には、銀行でもらった冊子。
『高額当選、その後の人生のために』
何度か読んだ。
読めば読むほど、怖くなった。
人間関係が壊れる。
金目当てで人が寄ってくる。
詐欺に遭う。
そんな話ばかりが書かれている。
「……何に使えばいいんだよ」
6億円。
人生を変えるには十分すぎる金額。
だが、使い道が思いつかない。
いや、正確には——
使うのが怖かった。
そんなとき、ふとスマホに目がいく。
ニュースアプリ。
何気なく開いたその画面に、大きく表示されていた。
『国民的アイドル・如月レイナ、全国ツアー開催』
「……アイドルか」
名前くらいは知っている。
テレビをつければ見ない日はない。
歌番組、CM、ドラマ。
自分とは別世界の人間。
縁なんて、一生ない。
そう思っていた。
だが——
「……行ける、よな」
ぽつりとつぶやく。
6億円。
それだけあれば、どんな席だって取れる。
今までの人生で、一度も“金で何かを選ぶ”なんてことはなかった。
いつも安い方。
いつも我慢。
でも今は違う。
「……一回くらい、いいか」
自分に言い訳するように、チケットサイトを開いた。
⸻
ライブ当日。
会場の前に立ったとき、恒一は場違いさに後悔した。
若い女の子たち。
カップル。
グッズを持って騒ぐファン。
その中に、ヨレたシャツの48歳が一人。
「帰るか……」
何度目かの弱気。
だが、ポケットの中のチケットがそれを止める。
——最前列。
自分の人生で、絶対に縁のなかった場所。
「……来たんだしな」
観念して中へ入る。
⸻
会場は、別世界だった。
光。
音。
歓声。
すべてが、日常とかけ離れている。
席に案内される。
そして、目を疑った。
「……近すぎだろ」
ステージが、目の前だった。
数メートル先。
手を伸ばせば届きそうな距離。
こんな場所に、自分がいる。
現実感がなかった。
やがて、会場の照明が落ちる。
歓声が一気に大きくなる。
音楽が流れる。
そして——
彼女が現れた。
如月レイナ。
スポットライトの中心。
圧倒的だった。
テレビで見るのとは、まるで違う。
存在そのものが、光っているみたいだった。
観客が叫ぶ。
名前を呼ぶ。
手を振る。
だが恒一は、ただ立ち尽くしていた。
「……すげぇな」
それしか言えなかった。
歌が始まる。
踊る。
笑う。
すべてが完璧だった。
まるで“人間じゃない”みたいに。
——そのときだった。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
レイナの表情が、崩れた。
笑顔じゃない。
何かが抜け落ちたような、空白。
「……え?」
恒一は目を見開く。
見間違いかと思った。
だが、その直後、彼女はまた完璧な笑顔に戻っていた。
何事もなかったかのように。
観客は誰も気づいていない。
歓声は止まらない。
だが——
「……無理してるな」
ぽつりとつぶやく。
なぜかわからない。
でも、そう見えた。
あの一瞬の“素”。
あれは、作り物じゃなかった。
そのとき、ふと。
レイナの視線が、こちらを向いた。
ほんの一瞬。
目が合った気がした。
気のせいかもしれない。
だが——
レイナの動きが、わずかに止まった。
次の瞬間には、また完璧なパフォーマンスに戻る。
「……なんだ今の」
胸がざわつく。
理由はわからない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
自分は今、見てしまった。
誰も気づかない“何か”を。
そしてそれは——
自分の人生を、また少しだけ動かした気がした。
第4話を読んでいただきありがとうございました。
ついにヒロイン登場です。
完璧に見える彼女ですが、
主人公だけが気づいた“違和感”がありました。
この出会いが、
黒沢恒一の人生をさらに大きく動かしていきます。
次回は、二人の距離が少しだけ近づきます。
よろしければブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
引き続きよろしくお願いします。




