第11話 もう一度
第11話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、少し時間が経った後の物語になります。
一度すべてが落ち着いた日常の中で、
再び“何か”が動き出す——そんな回です。
静かな変化を感じていただけたら嬉しいです。
あれから、1年が経った。
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黒沢恒一は、以前と変わらない部屋で目を覚ます。
変わったのは、ひとつだけ。
「……静かだな」
すべてが、落ち着いていた。
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母は助かった。
あのあとすぐに決断し、
6億円のほとんどを使って治療を受けさせた。
海外での手術。
長い入院。
リハビリ。
——そして、回復。
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すべてが終わった頃には、
手元に残った金は、3000万円ほどだった。
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「……まあ、十分か」
ぽつりとつぶやく。
昔の自分なら、想像もできない金額。
贅沢しなければ、しばらくは困らない。
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そして——
あの“力”は、消えていた。
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未来が見える感覚も、
流れを読む違和感も、
頭に浮かぶ数字も。
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何も、ない。
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「……あれは、なんだったんだろうな」
ふと考える。
だが、すぐにやめる。
考えても仕方がない。
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レイナのことも——
思い出さなくなっていた。
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忙しかったからかもしれない。
それとも、時間が流れたからか。
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とにかく、日常は戻っていた。
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その日。
特に理由もなく、外に出た。
天気がよかったから。
ただ、それだけ。
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気づけば、競馬場にいた。
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「……久しぶりだな」
人のざわめき。
アナウンス。
独特の空気。
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以前は、ここがすべてだった。
勝つか、負けるか。
それだけの場所。
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だが今は——
少しだけ、違って見えた。
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適当に席に座る。
レース表を見る。
だが、何も感じない。
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「……普通だな」
苦笑する。
以前なら、何かしらの“流れ”を感じていた。
だが今は、本当にただの紙だ。
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それでも、馬券を少しだけ買う。
遊び程度。
負けてもいい額。
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レースが始まる。
歓声。
直線。
結果。
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——外れ。
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「……まあ、こんなもんか」
あっさりと受け入れる。
悔しさは、あまりない。
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それが、少しだけ寂しかった。
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「……帰るか」
立ち上がる。
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そのときだった。
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視界の端に、映る。
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帽子。
サングラス。
人目を避けるような仕草。
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「……」
足が止まる。
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見間違えるはずがない。
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「……マジかよ」
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如月レイナだった。
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1年前と同じ。
いや——
どこか、違う。
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華やかさはある。
だが、その奥に、少しだけ影がある。
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恒一は、少しだけ迷う。
声をかけるか。
やめるか。
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——関わらない方がいい。
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そう思った。
あの頃の自分とは、もう違う。
能力もない。
ただの人間だ。
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だが。
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レイナが、こちらに気づく。
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目が合う。
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数秒。
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「……黒沢?」
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名前を呼ばれる。
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「……久しぶりだな」
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自然と、言葉が出た。
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レイナが、少しだけ驚いた顔をする。
そして——
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「……ほんとに、久しぶり」
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小さく笑う。
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「元気そうだな」
「まあね」
軽く答える。
だが、その声には少しだけ疲れがあった。
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「……お前は?」
気づけば、聞いていた。
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「私?」
少しだけ視線を逸らす。
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「……今、休んでる」
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「休み?」
「うん」
短く答える。
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「活動、止めてる」
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「……そうか」
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理由は聞かない。
聞かなくても、なんとなくわかる。
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順風満帆じゃない。
何かあった。
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沈黙。
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そのとき。
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ドクン。
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「……っ」
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心臓が、大きく鳴る。
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同時に——
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頭の奥が、わずかに熱を持つ。
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「……なんだ」
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懐かしい感覚。
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いや——
忘れていた感覚。
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視界が、ほんの少しだけ揺れる。
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レース表を見る。
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その瞬間。
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“何か”が、浮かびかける。
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「……っ」
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だが、はっきりしない。
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すぐに消える。
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残るのは、違和感だけ。
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「……今の」
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レイナを見る。
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その瞬間。
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違和感が、少しだけ強くなる。
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(……近いと、出るのか?)
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考えがよぎる。
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1年前。
コンビニ。
競馬場。
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全部——
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(……こいつがいた)
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ゾワッとする。
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「……どうしたの?」
レイナが不思議そうに見る。
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「……いや」
首を振る。
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まだ、わからない。
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ただ一つ。
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確かなことがある。
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この感覚は——
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“戻ってきている”。
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そして——
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レイナの近くでだけ。
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静かに、何かが動き出す。
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それが何を意味するのか。
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このときの恒一は、まだ知らなかった。
第11話を読んでいただきありがとうございました。
母の命を救い、日常を取り戻した恒一。
そして、1年ぶりの再会。
消えたはずの感覚が、再び戻り始めました。
それが何を意味するのか。
そして、その中心にいるのは誰なのか。
ここから、物語はもう一度大きく動き出します。
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引き続きよろしくお願いします。




