第10話『上層学園への潜入』
作戦の概要は、神城隼人の口からあっさりと語られた。
「Sランク議員や軍幹部の子息たちが通う〈帝都上層学園〉に潜り込み、内部ネットワークから防衛システムの認証コードを抜き取る。これが、E-17地区攻撃計画を止める唯一の鍵だ」
帝都上層学園――名門中の名門。
入学できるのは、原則としてBランク以上の家柄か、政府直轄の推薦を受けた者のみ。
そこで学ぶ者は、将来の権力者か、その取り巻きになることが約束されている。
当然、Eランク出身の俺が入れる場所ではない。
だが――。
「君の力なら、学籍データを書き換えられるはずよ」
白峰あおいが端末を操作し、学園のデータベース画面を映し出す。
数千名の在籍者リスト、その中にはまだ割り当てられていない“交換留学生”枠が一つだけ空いていた。
「この枠を使うの。出身は“北方連邦共和国”、特殊奨学生として編入。ランクはA、特技は語学と情報処理……ね、似合うでしょ?」
「……北方連邦なんて行ったこともないが」
「行ったことあるフリくらいできるでしょ」
軽口を叩きながらも、あおいの指は止まらない。
俺の本名〈真嶋蓮〉は、たった数秒で〈アレン・マシマ〉という架空の人物に変わり、国籍や経歴までもが完璧に作り込まれていく。
最後に俺が“認証”として指を触れると――。
――カチリ。
世界の記録は、俺をAランクの優等生として書き換えた。
◆ ◆ ◆
潜入初日。
帝都上層学園の門をくぐった瞬間、空気が違うことを肌で感じた。
敷地は一つの街ほど広く、庭園のように整えられた中庭、ガラス張りの高層校舎、最新鋭のホログラム教室。
制服は仕立ての良い濃紺のブレザーで、胸元の校章にはランクを示す星の数が刻まれている。
俺の胸には、金色の星が三つ――Aランクの証だ。
この時ばかりは、力の恩恵を実感せざるを得なかった。
「……あら、新顔?」
振り向くと、一人の少女が立っていた。
絹糸のような銀髪に透き通る碧眼。動きひとつにも品があり、周囲の生徒が自然と道を空けている。
胸元の星は四つ――Sランク。
「私は九条セリナ。この学園の生徒会副会長よ。あなたは?」
「……アレン・マシマ。北方連邦からの留学生だ」
彼女は目を細め、俺を上から下まで観察する。
「ふぅん……面白いわね。Aランクで留学、しかも特殊奨学生枠なんて。……生徒会に興味はある?」
唐突な誘いに、背後で神城の声がイヤーピース越しに響いた。
《悪くない。生徒会室は学園の中枢ネットワークに直結してる。そこに入れれば認証コードも近い》
「……考えておく」
俺は表情を崩さず、そう返した。
◆ ◆ ◆
昼休み、あおいから連絡が入る。
《セリナの端末は軍の暗号化仕様よ。彼女のアクセス権を奪えれば、防衛システムへの扉が一気に開く》
《つまり、あの女に近づけってことか》
《ええ。ただし……気をつけて。彼女はSランクでも中でも別格。迂闊に動けば、あなたの正体を見抜くわ》
中庭で談笑する生徒たちの間を抜けながら、俺は空を見上げた。
そこには、小さくホバリングする監視ドローンの影。表の学園にも、裏の目は確実に潜んでいる。
(……ここからが、本当の潜入だ)
俺はブレザーのポケットに手を入れ、学園のIDカードを指先で弄ぶ。
記録改竄の力が、この温室のような楽園をどう壊すのか――それを想像すると、胸の奥が熱くなった。