二十二
ようやく泣き止んだけれどぼう然としたままの紅珊を背負って、六飛は廟堂にもどった。紅珊を柱を背に座らせて、自分も対の柱にもたれて座る。
言う必要なんかなかった、紅珊に、王衛のこと。自分の考えなしが情けなくて悔しい。はじめから、自分が、ひとりで、決着をつければよかった。自分が王衛を倒したら、紅珊は悲しむだろうけれど、それだけだ。倒した自分を恨むだろうけど、傷つきはしない。
でも、倒されるのが俺だったら──六飛は組んだ両手を額に当てる。紅珊は誰にも知られずゆっくりと殺されて、仙狸の子の復讐は繰り返されるだろう。
そして、負けるのはおそらく俺だ。たとえ、耳飾りの封じを解いて原形に戻っても……。
「確かめなきゃ」
声が聞こえて、六飛は顔を上げた。紅珊は月明かりの届かない闇を見ている。
「もしかしたら、先生、仙狸の子に操られているのかも」
王衛を信じたいんだなあ、と思った。仙狸の子を悪者にしても。紅珊の気持ちになれば当たり前のことかもしれないけれど、切ない。
「そう、今度はあたしが先生を助ける番かも」
そう言って、柱を支えに立ちあがった紅珊を、六飛は見上げた。
「……確かめて、操られてるんじゃなかったら……?」
低い問いかけに、紅珊の体が痙攣するように震える。きっ、として、六飛を見下ろした。
「もし、操られてるんじゃなかったら──」
自分に向けられた紅珊の視線を、六飛は暗く穏やかに受け止める。
「──あたしが先生を止めるわよ!」
六飛は立ちあがった。
「うん。じゃあ、それ、俺がやる」
思いもよらないことを聞いたように紅珊は棒立ちした。音もなく近づいた六飛を、柱を背にして見上げた。
「……六飛?」
「今から行ってくる。紅燕はここにいて、朝になっても俺が戻らなかったら、逃げて、強い方士を見つけて助けてもらっくれ」
「六飛、何言って……」
みなまで言わせず、六飛は紅珊の腕をつかんだ。素早く、唇を紅珊の耳の後ろに寄せた。
驚いて六飛を突き放そうとした紅珊の手は、すぐに力を失って六飛の胸を滑り落ちた。
気を失った紅珊を、六飛はそっと祭壇の前に横たえる。正面に飾られた仙理の家族の絵を見た。母はあんまり似ていない。だけど、父は意外と似ていて、ちょっと笑えた。
父さん、逃げなかったんだよなあ。特別な力なんか何もない、ただの優しい薬屋で、斬られて母さんを連れてかれてしまった。
だけど、逃げなかった。
立ちあがって出入口を向き、紅珊の精気を吸い取った唇を手の甲で拭った。ごめん。朝まで眠っていてくれ、紅珊。
白風子のことが心に浮かんだ。師匠、戻ってこなかったなあ。助けてくれなくていいから、会いたかったな。
廟堂の屋根から宮城を望んだ。瓦屋根に少し欠けた月を乗せてそびえている。
ほんの数日前、同じような景色を見た。あのときは満月だった。俺は李源に復讐するつもりだった。そしたら、人間界では百年以上が過ぎていて、俺は恨みを捨てて幸せに生きていこうと思って。
……幸せに生きるはずが、どうして、こんなことになっちゃったのか、改めてふり返ると、よくわからない。
でも、両親が自分に復讐を望まなかった気持ちは少しわかった。俺も、紅珊に王衛と対決なんてしてほしくない。王衛が悪いモノで倒すことが正しいとしても、それをしてしまったら、紅珊は消えない傷を負うだろう。ただでさえ自分の幸せを諦めているところがあるのに、二度と夢すら見ないだろう。
俺の方が、まだ、大丈夫だ。
目指すは宮城、西の庭園。離れに王衛がいればよし、いなければそこから王衛の気を辿る。満月は過ぎたけれど、月はまだ十分に明るくて、自分を助けてくれるだろう。
高は、王衛が城市にあやかしに対する防御の網を張っている、と言った。そして、もともとあるだろう宮城の霊的守り。それらを避けるために王衛を見つけるまではヒトの姿でいて、見つけたら耳飾りを砕こう。
行け。自らに命令して、屋根を蹴った。




