表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/28

二十一

 月が昇った。

 昨夜ひとりで訪れた大通りに、六飛(リウフェイ)は紅珊と立っている。月明かりに青白く透ける娘も、そこにいた。六飛がひとりで見たときは泣いているだけだった娘の目が、ゆっくりとこちらを向いた。

 紅珊(ホンシャン)を。

 すっと息を吸い、紅珊は娘を見つめた。娘も紅珊を見つめる。

 不意に、紅珊の目が大きく見開かれた。同時に娘の姿が六飛の視界から消える。六飛はとっさに辺りを見回し、それからあわてて紅珊に目をもどす。

「……いやあ……」

 血の気をなくしたその唇から、細い悲鳴がこぼれ、紅珊の体が膝から崩れた。

 まずい。六飛は紅珊の体を支えた。紅珊の体はがたがたと震えている。殺された娘が紅珊の中にいる。切り取られた最期の時に閉じ込められて、娘は何度でも殺される。そして、紅珊は娘と同じ恐怖と苦痛を感じる。生きたまま腹を裂かれる恐怖と苦痛を。

 こんなにあっさりと紅珊が娘に入られてしまったのは──六飛は歯噛みする──なんでこんな簡単なことに頭が回らなかったんだ。修行で死者の魂を送る術を会得していたとしても、殺される娘の目に映ったのが王衛だったら、それを視てしまったら、紅珊が冷静に術を行えるわけがなかった。取り乱した心は容易く霊のものになる。

 紅珊の顔がみるみる白くなっていく。まずい。連れていかれてしまう。早く娘の霊を送ってやらなければ……。

 ──死んだ人の魂って、どうやって送るの?

 自分の声が聞こえた。白風子が繰り返し語った仙が人と世界を分かつ物語。白風子が亡くなった王の魂を送る場面でそうたずねた、まだ幼い自分の声。

 実はさほど難しくはないのじゃ。白風子は少し悲し気に六飛に答えた。心を込めて、名を呼んで、安心させてやればよい。

 名前。殺された娘の名前は──聞いた。うどん屋のおばさんに。かわいそうに、まだ十五だったよ……ちゃんは。

「……陸佳(ルーチア)

 紅珊の体が、ぴくり、と反応した。

 白風子は言っていた。心を込めて名前を呼ぶ。簡単なことなのだが、これが存外難しい。同情してはいけない。憐れみも要らぬ。心を平らかにして、ただひたすら死者の安寧を祈るのじゃ。

「怖い……痛い……助けて」

 紅珊の唇が、殺された娘の想いを声にする。

「大丈夫だ、陸佳」

 六飛は紅珊に憑依した娘を紅珊の体ごとそっと抱きしめ、目を閉じた。気の毒な陸佳。だけど、このままここにいたら、もっと悲しい。

「もう怖くない。痛くない。向こうにいっていいんだ」

 大丈夫だ、陸佳。怖かったけれど、もう怖くない。痛かったけれど、もう痛くない。行くべき場所へ、行こう……。

 呼びかけを何度重ねただろうか。ふと、紅珊の体が軽くなったように感じて、六飛は閉じていた目を開けた。紅珊を見た。

 紅珊はもう震えていなかった。目が六飛の背後を見ていた。

「……行ったわ」

 と、紅珊がつぶやいて、六飛は後ろを振り向く。紺色の空に月が明るく輝いている。紅珊の小さな声が耳に届いた。

「あの子、もう行っちゃった」

 あの子──陸佳。ほっと全身の力が抜けた。行くべきところに行けたのか。送ることができたのか。

 だけど。

「……うっ……」

 嗚咽があふれた。紅珊の両手で押さえた口から。

 こらえられずに声を上げて泣く紅珊にかける言葉は、六飛にはなかった。何を見たのか、なんて聞くまでもない。

 ひどい後悔だけを嚙みしめていた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ