4.形だけのつもりが相手が運命の番だったので……
◆
「──!!」
「──!?」
彼と目が合った瞬間、電撃というか、甘い痺れのようなものが体の芯を駆け抜けて行った。
それが何かはわからない。
ただ、彼から目が離せず、その体に触れ、その全てが欲しくて堪らなくなってしまったのだ。
白い髪に澄んだ青い瞳。日に焼けた肌。歳の頃は私とそう変わらないか、少し上くらいだろうか。
頭の左右には猫のような一対の耳がある。腰の後ろで揺れているのは、猫のような尻尾。
スノードロップ侯爵家のご先祖様には獣人がいる。その子孫は血が薄れ、人間と変わらない見た目となっているが、稀にその身体的特徴を持った子供が生まれるという。彼はそういう人物なのだろう。
ん? もしかして、スノードロップ侯爵家のご先祖様は、猫の獣人だったのだろうか?
「──あ」
気づけば、彼は目の前にいた。
よく見ればその瞳孔は、縦に裂けている。
私の顎に彼の手が添えられ、軽く持ち上げられる。
「アンタがオレを愛人にしたがっている奴?」
「……そうです」
でも、それは形だけで──。
「なら、こういうことをしても構わないな」
次の言葉を発する前に、私の口は彼の口で塞がれた。
キスをされている。
会って、数分も経っていない相手に。
愛人も形だけなのに。
止めなければ。
そんな思いは深いキスになるにつれ、どこかへ行ってしまい、どうでも良くなる。
ああ、彼は、私の──。
お互いの口が離れると、彼は私を抱きしめながら言った。
「運命の番って、本当にいるんだな……」
今にも泣き出しそうな顔でそう言われ、私は何も言えなくなってしまった。
獣人族には運命の番と呼ばれる相手がいる。
一生のうちに出会える者はほとんどいない。
相手が人間だった場合、人間側はそれを感じ取ることは殆どない。
と言われているのに、私には彼が運命の番だという事がはっきりとわかる。
私は彼に抱き抱えられ、そのまま夫婦専用の寝室へ入り、しばらくの間そこから出ることはなかった。
◆◆
「うぅ……」
意識が覚醒する。
全身がだるい。特に下半身が重い。
というか、この違和感は──なんだ?
ふと、ベッドに自分以外の気配を感じて横を向く。
見知らぬ男性が、隣で寝ていた。
しかも素っ裸。
私も素っ裸。
つまり、この体の違和感は……。
「──!?」
混乱して飛び起きる。が、できなかった。
こ、腰が痛い……。
回復、回復を……。あ、だめだ。魔力もギリギリだ……。
「起きたのか?」
男性も起きていた。
「……はい」
「そ、その、かなり無理をさせてしまったみたいだ。すまない……」
彼はベッドの上で正座のまま、額をベッドに押し付ける。極東で行われる最上位の謝罪のポーズだ。
「無理……」
その瞬間、思い出す。
彼と散々、致しまくったことを!
足の間から伝わる違和感が、彼のアレだということを!!
顔に熱が集中する。
「ソ、ソウデスネェ……」
「ああ、クソッ! 運命の番に出会ったら、めちゃくちゃ優しくするって決めてたのに!! メチャクチャにしてしまったぁ〜」
彼は頭を抱えながら、ベッドの上でゴロゴロと転げ回っている。
その様子に笑みが溢れる。
「大丈夫ですよ。私、回復魔法が──。って、あ!」
「どうした?」
「魔力量、ギリギリなんでした。なんでこんなに消耗しているのかわかります?」
行為の最中にこんなに魔力使うことなんてある?
こんなに消耗したの、百匹くらいの魔獣を一人で相手にした時くらいだよ? ヤバくない?
「あ〜、蜜月って分かる?」
「え? え〜と、新婚さんが数日一緒に過ごすことですよね?」
大抵の新婚さんは、三週間ほど休みをもらい、一緒に過ごすのが一般的だ。
昔は顔も知らない相手といきなり結婚そして同居ということも珍しくなかったので、この期間に絆を深めるのだ。夫婦なので、そういうこともたっぷりと致す。
「まあ、人間ならただ一緒にいるだけかもしれないが、獣人族は違う。その、ずっと繋がり続けるんだ」
「え?」
繋がる? それはつまり──。
「寝食忘れて、朝も晩も問わず、ずっと交接し続けるってこと。期間は種族によってまちまちで、長いと一ヶ月はヤりまくっているらしい。その間、お互いの魔力を消費して体力とかを維持するんだ」
「な、なるほど〜」
それで魔力が消耗しているのか。
「ちなみに俺は、獣人の血が濃いだけでほぼ人間なので、数日で済んだみたい」
「数日!?」
え? 待って! あれから何日経っているの!?
私はサイドチェストの上に置いてある、時計を見る。
この時計、魔力で動いており、日付も確認できるのだ。なので、日付けも自動で切り替わる。
彼との顔合わせは今月の三日。今は七日。
あれから五日経っている。
ヒェェ〜!!
「なんて事……」
「それで、その。オレって愛人として合格? 運命の番とはいえ、いきなりこんな事になっちゃったけど……」
彼の不安げな表情に、胸が締め付けられる。
ヘニョンと垂れた耳が愛らしい。
今すぐ抱きしめたいという衝動に駆られる。
だけど、私は重要なことを思い出してしまった。
「あ、しまった!」
「何?」
「本当は形だけの愛人になってもらう予定だったんです」
「おや」
「こんなことになってしまって、申し訳なく……」
私も、最上級の謝罪のポーズを取ろうとするが、体が痛くて体を起こすだけでギブアップ。頭だけをぺこりと下げた。
「ちょ、無理すんなって! その、有無を意言わさず、寝室に連れ込んだのはオレの方だ。流石に侯爵様公認とはいえ、段階は踏むべきだった。本当に申し訳ない!」
「いえいえ」
「いやいや」
謝り合いになりそうだったので、それを打ち切るために話題を変える。
「その、愛人を望んだのは私です。段階はこれから踏んでいけばいいのです。ですから……」
「え? それって、オレは愛人として合格ってこと?」
「──あ。 そう、ですね……」
「そうか。これからよろしく。運命の番である愛人殿」
彼が手を差し出す。
その手を握り。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
だってもう、私が彼から離れられないもの。こんな愛おしい気持ちを今更無かった事になんて、できない。
こうして、私にも愛人ができてしまった。
◇
「エヴァン・オレガノ。冒険者をしている」
「ホリー・スノードロップです。スノードロップ侯爵家の嫁、です」
魔力回復薬と体力回復薬をお互いに飲み、なんとか動けるようになったところで浴室で体を清め、お互いバスローブに身を包んだところで、ようやく自己紹介をすることができた。
夫婦の寝室には浴室やトイレ、洗面所が併設されているので部屋の中で身支度ができる。
そうして軽食を摂りつつ、お互いを知るための話し合い。
軽食の準備を頼んだ侍女が特に不審に思ってなさそうなのが気になったけど、お義父様たちはどうしているのだろう? めちゃくちゃ気まずいんだが。
「スノードロップ侯爵家とのご関係は?」
「オレの実父が現当主様のお父上でね。ウェズリー様からすると、オレは叔父になるかな」
「ああ、ウェズリー様のお祖父様といえば……」
当主としては優秀だったそうだが、女癖が悪く手当たり次第に種をばら撒き、至る所に子供がいたらしい。
お陰で亡くなった際には遺産相続で大変だったそうです。アーノルド様が学生だった時らしく、十六歳で成人していた彼も奔走していたとか。
そんな感じなので、正妻であるお祖母様は心労が祟って、若くして他界してしまったとか。
おかげで、お義父様もアーノルド様も浮気嫌いになったそうです。残念なことに、ウェズリー様はお祖父様に似てしまったようですが。
なのに、私の愛人を見繕ってくれたのは、苦渋の決断だったのでしょう。申し訳ないです。
「俺も、前侯爵様のばら撒いた種が実になってしまった一人。現侯爵様はしっかりした人なので養育費やら慰謝料やらは払ってくれたけど、母の方はこんな姿に生まれたオレを受け入れられなかったみたいでね。五歳の頃に孤児院に預けられたよ」
エヴァンは一息ついて、紅茶を口に運ぶ。
「それで、十二歳まで孤児院にいて、十二歳になってからは冒険者ギルドに登録して、簡単な依頼をこなしつつ、自活していた。その頃に、実父である前侯爵様が亡くなった。そこで、現侯爵様に保護されて、親戚のオレガノ男爵家の養子ということにさせてもらえて、貴族の教育をしてもらい、王都にある学園にも通わせてもらえた。で、卒業して冒険者になったというわけ。あ、オレガノ男爵とは一度も会ったことがないんだけどね。学園に通うために名前を借りた感じらしい。オレのことはこんな感じかな?」
「私は、西の辺境伯の三女として生まれました」
私も、自分の来歴をかいつまんで説明します。スノードロップに嫁いだ理由も、アーノルド様のことも、ウェズリー様との関係も。
「貴方とは、形だけの愛人にする予定だったんです。ですが、その、運命の番の本能に抗えず……」
ガッツリ、ヤッてしまいましたぁ〜。
「え? アンタもオレを運命の番だと認識できるのか?」
「ええ、あなたと目が合ってから、すぐにわかりました」
「そ、そうか。そうかぁ!」
「わかってます? もうこれで、後戻りできなくなったんですよ?」
「オレ達の仲は、スノードロップ卿も認めてるんだろう? なら問題ないな。蜜月の間も容認されていたみたいだし」
「え?」
「だって、よくわからん男が、侯爵家の夫婦の寝室でヤりまくっているんだぞ? あんなに騒がしくしていたのに、バレないわけがない。なのに、誰も乱入してこなかった。現侯爵様にお目溢しいただいていたんだ。特に、この家に仕えている家令、あいつ生粋の獣人だ。うまく人間に化けているがな。だから、運命の番にすぐに行き着いたんだろう」
ナ、ナンダッテ──!?
「つまり、寝室での出来事は、全て知られている、と?」
「多分」
私は、真っ赤になった顔を両手で覆った。
「でも、嬉しいな〜」
「え?」
「オレにも家族ができるんだもん!」
そう言って本当に嬉しそうに笑うエヴァンは、少年みたいで、なぜか胸が締め付けられた。