2.愛人の襲撃
◇
「そうか、やはりそうなったか……」
翌日、私は義父母に事の次第を説明した。
朝食の後、私たち三人はお義父様の執務室に集まっていた。
ウェズリー様はまだ帰ってきていない。
「いえ、私の歩み寄りが足りなかったのです」
あと、魅力も、か。
「いや、あいつも貴族の子息なら、その責務を理解しているはずだ。たとえ、不本意に今の立場になったとしても、な」
お義父様はそう言ってため息を吐いた。
「ごめんなさいね、ホリー様。ウェズリーにはアーノルドと同じ教育をしてきた筈なのだけど……」
お義母様もそう言って、涙ぐむ。
まあ、サボっていたら、意味はないかもですね。
「アーノルドが生きていたら、な……」
それは、おそらくここにいる三人が感じている意見だろう。
本来、私はスノードロップ侯爵家の長男であり、後継のアーノルド様と結婚する予定だった。
しかし、アーノルド様は結婚を控えた一年前に、亡くなってしまった。
死因は、強いていうなら事故死。
スノードロップ侯爵領に魔素発生地帯ができたのは、我が領地のスタンピードが起きた約一年後。
魔素はこの世界を絶えず循環しており、たまに吹き出して魔素発生地帯ができ、そこから魔の森やダンジョンなどが形成される。
瘴気も同様だが、魔素もいつどこに湧くか分からない。
その頃は国全土、至る所で瘴気が湧き、魔素の流れが乱れ流れが変わる事があったので、その影響がスノードロップ侯爵領に起きたのだと思う。
アーノルド様は、その様子を見に行った際に魔獣に襲われ、帰らぬ人になってしまった。
魔素発生地帯が魔の森に変わるのは、魔素の影響を受けてまわりの草木が異常に早く成長するためだ。同様にそこにいる動物も魔素の影響を受けて変異する。
元はおとなしい生き物でも凶暴化し、人を襲うようになる。
その日は私が付き添いで一緒に視察に行く筈だったのだが、アーノルド様はなぜか一人で先にそこに行ったそうだ。彼らしくない行動だった。
そして、スノードロップ侯爵領に着いた私と調査員、ウチの私兵が後を追うと、彼の無惨な遺体が転がっていたのだ。
遺体の損傷は激しく、魔力の質を調べてようやくアーノルド様と分かったほどだ。
その後、私も義両親も私の家族も悲しみに包まれた。
しかし、スノードロップ侯爵領の魔素地帯の魔の森化は止まってはくれない。
私たちは葬儀を済ませると、悲しみを呑み込んで魔の森を管理する準備を急いだ。
そうしてようやく今年、魔素発生地帯は結構な大きさの魔の森となって安定し、その管理体制が整い、私が正式に派遣されたのだ。
だが、アーノルド様は亡くなられてしまった。しかし、幸いなことにスノードロップ侯爵家にはもう一人子供がいた。
それがウェズリー様だ。
男らしいタイプだったアーノルド様とは違い、ウェズリー様はどちらかというと細身で美人なタイプであり、懇意にしている女性が多数いた。
気楽な次男なので、領地に関する勉強も適当だったのだろう。
懇意にしていた女性達の中には、本命とも呼べる相手もいたそうだが、こうなってはその相手と結ばれることはない。
これから彼はアーノルド様の代わりにスノードロップ侯爵家の跡取りとなり、領地に突如発生した魔の森の管理もしなければならないし、私との間に後継となる子供も作らなければならない。
しかし彼はその全てを放棄して、愛人──多分、件の本命の方のところへと逃げた。
まあ、いきなり色々な責任がそれまでお気楽に生きてきたウェズリー様の上にのしかかってきたというのは、同情できなくもないが、彼も貴族の端くれ。しっかりして欲しい。
ウェズリー様はアーノルド様の弟で一歳年下。今年で二十三歳のはずだ。正直、四歳年下の私よりも貴族としての心構えがなっていない。
しかし、スノードロップ侯爵領の魔の森の管理体制は整ったが、冒険者ギルド事務所の設置や、素材加工場、宿泊施設の増設と充実化、衛兵増員の為のやり取りなど、やることはまだまだ沢山ある。
生活様式がまるっと変わってしまった領民の教育と当面の生活保障も必要だ。
ウェズリー様の機嫌だけをとっていればいいわけではない。
というか、手伝って欲しいのだが、義両親はその辺り、あまり強くは言わない。以前、彼にも手伝わせたそうだが余計に酷い事になり、色々諦めたそうだ。むしろ、大人しくしていて欲しいらしい。
ウェズリー様、何をやらかしたんだ?
とりあえず、ウェズリー様のことは置いておいて、私も義両親もずっと駆けずり回っていた。
◆
そうして、気づけば一年が経っていた。
スノードロップ侯爵領はなんとか魔の森を持つ領地として形になり、領民達の生活も安定し、魔力資源も取れ始めた。
人の出入りも多くなったが、衛兵を増やし、他所の冒険者ギルドが優良な冒険者を一時的に派遣してくれたので、人同士の大きなトラブルも今のところ起きていない。
ようやく私も義両親も、一息つく事ができた。
余裕ができると次に浮かび上がってくる問題は、ウェズリー様のこと。
この一年、私も義両親も本当に忙しく、彼に構っている暇が無かった。
私も彼が邸宅にいれば歩み寄ろうと話しかけるのだが、ウェズリー様は睨みつけるか、罵倒するかして、直ぐに愛人宅へと行ってしまう。
というか、基本的に愛人宅にいるので顔を合わせる機会がほとんどなかったのだ。
さて、どうしようかと言ったところで、ウェズリー様の愛人さん本人が来た。
その時は久しぶりに、庭のガゼボで私と義両親の三人でささやかなお茶会をしていた。
──それが不味かった。
愛人さんは話し合いに来たのではない。
その手には、ナイフ。
明らかに敵意がある。
私は警戒するが、相手は普通の女性。やり過ぎると大怪我をさせてしまう為、どう対処するか考えていた。
義両親も相手を刺激しない様に、平静を装って様子を見ている。
使用人達も同様だ。余計な刺激はしない方がいい。この中で、一番動けるのは私だろうからね。
でも私、魔獣や魔物とは戦った事はあるけど、一般人相手は初めてなのよね。どうしようかしら?
だけど、この時の考え過ぎが良くなかった。
「あんた達のせいで、私はウェズリー様と結婚できないじゃない!!」
そんなことを叫びながら、愛人さんは私たちに向けてナイフを振り下ろす。ナイフからは炎が最大出力で発せられ、私たちに迫る。
あ、これ魔術武器のナイフか!
私は咄嗟に義両親を突き飛ばして、逃す。使用人は少し離れているので、問題は無いだろう。
炎が我が身を焼く。魔法を展開する暇がないので、そのまま焼かれておく。
どうせ、今更防御しても仕方がないので、私はそのまま炎に焼かれながら一瞬で愛人に近づき、肉体強化を施した上で、彼女を殴り飛ばした。
まあ、体が少し燃えた位なら直ぐに治癒魔法で治せる。魔獣の溶解液を頭から被った時よりはマシだ。
上級回復薬も魔力回復薬も在庫はあった筈だし。
ちなみに自身に肉体強化と治癒魔法をかけた上で、相手を殴るのが私の戦闘スタイルだ。
辺境伯令嬢としてちょっぴりお下品な戦闘スタイルだが、私としては一番効率がいいし、相手を思い切り殴ると、とてもスッキリするのだ。
「あっ、がっ……」
おっと、いけない。このままでは愛人さんが死んでしまう。
私は、拘束魔法をかけた上で、最低限の回復魔法を施した。顔面も本人とわかる程度に直しておく。
愛人さんの持っていたナイフは、私の友人が開発した魔術武器だ。友人なので結婚祝い(?)に、低価格で卸してもらっている。
魔力石と、炎の魔法の術式が内蔵されており、護身用として人気だ。
火力を抑えれば、点火器や一時的な松明代わりとしても使用できるらしい。
武器としてなら炎の魔法の出力を抑えれば数回使用でき、最大出力ならば一回きりだが相性によっては大型の魔獣すら倒す事ができる。
場合によっては、人間三人くらいなら余裕で殺せるだろう。
開発者の友人の希望で、販売は冒険者ギルド経由で身元がハッキリしている者にしか販売していない。
明らかに冒険者ではなさそうな愛人さんは、自分で買った訳ではないだろう。
自身に治癒魔法をかけつつ、芝生の上に転がった魔術ナイフを見つめる。
では、殺意バキバキの愛人さんに、このナイフを渡したのは誰かな?
「アリスン!」
そこへ、ウェズリー様がのこのことやってくる。
さて、家族会議ですわね。
被っていた猫は、燃える前にどこかへ逃げてしまった。