◇アーノルドの思い出【家令目線】
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私がアーノルド様に仕えるようになったのは、彼がまだ学生の頃だった。
その頃のアーノルド様は学園の長期休暇の度に獣人の国へ短期留学をしていた。そこでさまざまな人脈を広げ、その際に冷遇されていた私をアーノルド様が救ってくださったのだ。
私の実家は伯爵で、多くの騎士を輩出してきた一族だった。
家族は両親と兄が二人。
父は中隊長を務め、国からの信頼も厚い。
長男と次男は父から直々に手解きを受け、二人とも騎士団に所属。
兄は小隊長に就任し、次男も一代限りの騎士伯を受け賜るほどの功績を収めた。
体格に恵まれなかった私は、兄二人の様に騎士になるのは難しいと考え、早々に王宮に仕える文官を目指した。
家族には馬鹿にされたが、学院での成績は上々。教員にも太鼓判を押された。
採用試験も合格したが、直前になって採用は却下された。
原因は父親と兄達。
兄二人の助言で、騎士一家から文官を輩出するのは体裁が悪いと判断され、私の就職先は勝手に騎士団にされていた。
流石に抗議はしたが、父親に一発殴られて終了。他に就職先のない私は、父親の言う通りにするしかなかった。
しかし、いくら体力に自信のある獣人族といえ、それまで騎士として鍛えて来なかった私は訓練についてゆくのがやっとで、マトモに剣さえ振るえなかった。
しかも、良き騎士だと思われていた父や兄達は影ではモラハラ、パワハラで有名。部下の功績を奪うのも日常茶飯事だった。
父や兄達に強く出られない部下の騎士達は、必然的に血の繋がりがあり、それでいて格下の私で憂さを晴らす様になる。
そして、後から知らされたことだが、兄達はこの為に私を騎士団に入れたのだ。
兄の同期の人が教えてくれた。その人は、私で憂さ晴らしをしない人で、早く逃げるように言ってくれた。
しかし、コネもアテもツテも無い私が逃げる場所など無く、そもそも日々の鍛錬と暴力で疲弊しすぎていた。無気力になっていた私は、どうしたらいいか分からなくなっていた。
そこに現れたのがアーノルド様だった。
彼は私の現状を一瞬で把握し、逃げ出す為の手筈を整えてくれた。
私は彼にスカウトされ、彼の国に向かう事となったのだ。
周りには特に何も言われず、家族も他国とはいえ侯爵家相手には何も言えないのか、邪魔はされなかった。
どうやら、アーノルド様のご先祖様は、この国では偉人と呼ばれる方の血族の為、手が出せないらしい事を後から知った。
そしてその後、パワハラやモラハラなどがバレてしまった父は辞任。兄たちは降格処分となったが、報復を恐れて彼らも結局は騎士団を辞めた。
その結果、家は没落。一家離散となったと風の噂で聞いた。その噂を確認するつもりはない。
◆
それからは、自国に戻ったアーノルド様の専属執事として、常に彼に付き従った。
意外にも私にはこの仕事が向いていたらしく、アーノルド様や現侯爵様にも直ぐに認められた。
初めて自分を他者に認められた感じがして、嬉しかった事を覚えている。
その後、アーノルド様は国内で異常発生している瘴気に目をつけた。
獣人国の伝手を使い、魔族国の薬師が大量に作ってしまった浄化薬を全て、そこそこの値段で入手した。
流石に多すぎると思ったが、それが結果として西の辺境を救い、そのおかげでスノードロップ侯爵領に発生した魔の森の対処に西の辺境伯が協力してくれた。アーノルド様の慧眼には、度胆を抜かれた。
本人は、運が良かっただけだと言っていたが。
そして、アーノルド様と西の辺境伯の令嬢ホリー様が婚約。
二人は仲睦まじく、このスノードロップ侯爵領を背負っていくのに相応しい人達だと思った。
しかし、アーノルド様は帰らぬ人になってしまった。
その頃のアーノルド様と私は、暇を見つけては領地を回っていた。
魔の森ができてしまい、生活様式がガラリと変わってしまった領民からヒヤリングを行い、不安や不都合を取り除き、領地をもっと良くすると張り切っていたのに。
そしてその時も、次の日には婚約者のホリー様が来るのでその周知も兼ねて、領地を回っていました。
その連絡が来たのは、そろそろ邸宅に帰ろうかとした頃でした。
日が暮れ始め、私たちは大荷物を抱える老婆とその孫に遭遇。二人で家まで送って行こうかと話していた時でした。
コンパクトミラーの様な魔術通信に送られてきた内容は、弟君のウェズリー様からで、魔の森で魔獣に襲われているので助けて欲しいとのことだった。
「……怪しいですね」
私は、アーノルド様と違い、遊んでばかりいるウェズリー様のことがあまり好きではなかった。
そもそもなぜ、この時間に魔の森なんかにいるんだ?
「だよねぇ。今度は何をやらかしたんだか。でも、久しぶりに弟が兄を頼ってくれたんだし」
でも、アーノルド様はウェズリー様の事を血の繋がった唯一の弟だからと言って、大切に思っているようだった。
というか、家族の中で唯一、ウェズリー様をいまだに見限っていない存在だ。
「アリスターは、ご夫人たちの荷物を運んであげて、そのまま帰っていいよ」
「アーノルド様、まさか一人で様子を見に行く気ですか?」
「このままだと、ご婦人達は夕食が遅れてしまうよ。大丈夫、ちょっと様子を見るだけだし、多分何もないだろう。けど、万が一何かあったら応援を呼ぶから」
「そ、そうですか。では。お気をつけて」
「ああ!」
それが、私とアーノルド様の最後の会話でした。
翌日、アーノルド様は魔の森に入ってすぐの場所で、遺体となって発見されました。
魔の森の周りはバリケードが設置され、防御用の結界も施されている。見張もいるが、夕方以降は少なくなる。
これは、冒険者ギルドの設置もまだ整っていないこの領地で夜の魔の森に、わざわざ侵入する者がいなかったからだ。
そこへ、どういうわけかアーノルド様は一人で魔の森へ入ってしまい、魔獣に襲われてしまったらしい。
魔術通信機は粉砕され、記録を確認する事はできませんでした。
私は、現侯爵様に昨日のやり取りの一部始終を伝えたが、ウェズリーが罪に問われる事はなかった。
最初は憤ったが、よく考えれば侯爵様は罪を暴くよりも、家の存続を選んだのだと思う。
貴族としては、仕方のない事なのかもしれない。
現侯爵様がそう判断したのなら、一使用人である私は何も言う事はできない。
私は、あの時アーノルド様を一人で行かせてしまったことを後悔し、仕事も辞めようかと思い始めていた。
元々、アーノルド様の専属執事になるためにここにいるのだ。そのアーノルド様がいないのであれば、ここにいる理由がない。
そう思っていると、スノードロップ侯爵家に長く勤めている家令が声をかけてきた。
なんでも、高齢になったのでそろそろ仕事を辞めて息子夫婦と同居する事にしたらしく、後任にならないかと打診されたのだ。
それに、ホリー様がウェズリー様と再婚約をする事になったので、きっと私の助けが必要になるとのこと。
確かに、あのウェズリー様と婚約となるとホリー様の苦労は容易に想像ができます。
現侯爵様の許可も下り、その後私は執事から家令へと転身した。
◆
それからホリー様が嫁いできましたが、ウェズリーの態度は最低なもので、愛人の元へ行ったきり、滅多に帰ってこなくなりました。
挙げ句の果てには彼の愛人が現侯爵夫妻とホリー様を襲うという愚行を起こしました。
ホリー様が聖女であり、光属性魔法の一流の使い手だという事には驚きましたが、皆様無事で良かったです。
そして、その原因となったウェズリー様の元々無かった人望は地の底へと落ちた。
そんなこともあればホリー様が愛人を囲いたくなるのも無理はない事。
そしてホリー様の愛人にとしてやって来たのは、どう見ても獣人族の青年。
そういえば、スノードロップ侯爵家のご先祖様には獣人族がいたらしい。どうやら彼、エヴァンは先祖返りでその身体的特徴が現れているらしい。
確か、スノードロップ家のご先祖様は白猫の獣人だったはずだ。確かに彼はそれっぽいですね。
私は、彼をホリー様の部屋に案内すると、二人の様子がおかしい事に気がついた。
これは、一度見たことがある。
運命の番がお互いを認識した瞬間だった。
なら、これから始まるのは蜜月。
私は人払いをし、使用人には夫婦の寝室には、呼ばれない限り近づかないように手配。侯爵様にも伝えた。
勾留から戻ってきたウェズリー様を止められなかったのは、私のミスだったが、結果的に分からせられたので良かったのかもしれない。
こうして、ウェスリー様はあっけなく転がり落ちていった。
◆◆◆
「アーノルド様は、最後まで貴方を気にかけていましたよ」
ウェズリー様が別邸に引き篭もるようになり、私は彼の身の回りの世話をするようになりました。
侍女やメイドでは手を出されることが懸念されたので、男性の使用人があてがわれたのです。
私もその一人です。
ホリー様とエヴァン様の近況を逐一報告すると、ウェズリーは日に日に弱っていきました。
そして、トドメの一言。
ウェズリー様は絶望したような表情を浮かべ、そしてその数日後、病で亡くなりました。
最初に見つけたのは私でした。
ウェズリー様の葬儀が終わると、私は仕事を辞めました。
今後のことは特に決めていません。
ただ、ホリー様とエヴァン様がスノードロップ侯爵領の皆様が、永遠に幸せでありますように。
それだけが、アーノルド様と私の願いなのです。
魔の森の入り口付近に人影が見え、ウェズリーかもと思ったアーノルドは単身、魔の森へ入ってしまう。
しかしそれは魔獣でーー。
ちなみに家令の彼の一族はイヌ科の獣人。




