◇エヴァンside③
◆
それからエヴァンは、ホリーの夫とスノードロップ侯爵夫妻と改めて顔合わせをした。
顔を見るのが、かなり久しぶりなウェズリーは、気の毒になる程青い顔をしてエヴァンとホリーを見ていた。
学生時代に下級貴族の養子である自分をバカにした時と、同一人物とは思えないほどだった。
そこでピンと来る。
この男は、エヴァンとホリーが本当に関係を結んだのを知っているのだと。
彼の愚かしさは知っていたので、挑発するようにホリーの腰を抱き、彼女の隣に親密そうに座り、仲の良さを見せつけた。これくらいは許されるだろう。
ウェズリーは何も言えず、ただ今後の身の振り方を父親に問われ、結局、お飾りの夫を演じ続ける事を選んだ。
お飾りとはいえ、自分以外の男がホリーの夫で居続けることは不満だったが、それを不満に思いウェズリーを害する気は一切なかった。
ウェズリーがホリーを拒絶してくれたおかげで、エヴァンは運命の番と結ばれることができたのだから。
善意でホリーの事は自分が幸せにするので、心配はいらないと告げると、ウェズリーはガックリと項垂れた。
エヴァンはその様子を見て、ウェズリーがホリーとやり直そうとしていたのかと一瞬思ったが、流石にないかと思い至り、そんな考えはすぐに忘れた。
◆
それから一年ほどが経った。
エヴァンはそれまで冒険者として培った経験と知識を駆使してスノードロップ領に尽力した。
冒険者として得た人脈も役に立った。
初めはこの国で一般的では無い獣人の特徴を恐れていた領民も彼を受け入れ、気づけばスノードロップ領になくてはならない人物となっていた。
そして、魔の森の管理も安定し、領地もそれに対応する様式に変わり落ち着いてきた頃、エヴァンはホリーと共にアーノルドの墓を訪れた。
これまでの結果を報告する為だと、ホリーは言っていた。
花を手向け、祈りを捧げる。
(アーノルド様、出会いはアレでしたが、オレは必ずホリーを幸せにします! だから安らかに眠ってください!! 愛人になってしまって申し訳ありません!!)
領地の役に立っており、運命の番であるとはいえ、エヴァンの立場はあくまで愛人だ。
そんな立場の者がホリーを幸せにするなんて烏滸がましいのかもしれないが、祈らずにはいられなかった。あと赦しも。
その時ふと、アーノルドの死因が気になった。
そういえば、彼のことは亡くなったとは知らされたが、死因までは知らなかった。
流石に、元婚約者であるホリーに聞くことは躊躇われ、エヴァンは後日そのことをスノードロップ侯爵に聞いてみた。
その答えは、当時、発生して間もない魔の森に一人で向かい、魔獣に殺されたというものだった。
「その、アーノルド様は、なぜ一人で魔の森へ? 次の日はホリーたちと一緒に視察する予定だったのですよね?」
エヴァンはアーノルドのことを深く知っている訳ではなかったが、数回会った印象としては思慮深く貴族の後継として相応しい人物だと思う。そんな人物が立場もあるのに一人で危険な場所に行くだろうか?
「わからない。調べようにも魔獣の魔力の残穢のせいで、遺体がアーノルド本人のものということしかわからなかった。丁度、領民たちの様子を見に行っていて、その帰りに魔の森へ向かったらしい。この時は同行者もいたが先に帰らされたそうだ」
「そうですか……」
そこでふと、ある考えが浮かぶ。
アーノルドがいなくなって、得をするのは誰だ?
スノードロップ現当主はあり得ない。その夫人も。優秀な後継を亡き者にする親がどこにいるだろう。
ホリーもあり得ない。彼女はスノードロップ侯爵夫妻とアーノルドに恩がある。その恩を返すために婚約まで結んだのだ。
なら、親戚連中か? いや、魔の森という厄ネタを抱えたスノードロップ侯爵領を欲しがる者は少ないだろう。安定した今ならわからないが、アーノルドが亡くなったのはまだまだ整備が必要な時期だ。簒奪するならもっと安定してからだろう。
そして、エヴァンはある人物に行き着いた。
「その、アーノルド様とウェズリー様の仲というのは……」
「……悪くはなかったはずだ。学園に入学する前は、な」
スノードロップ侯爵のその表情は、全てを悟っているような表情をしていた。
「侯爵、あなたは全てを──」
知っていて、ホリーとウェズリーを結婚させたのか。
「だから君の存在を認めている」
「……貴方は、残酷な人だ」
「貴族として守るべきモノが多いからな」
それも理解はできる。そのおかげでスノードロップ領は魔の森を抱える領地として安定し、魔力資源を得られるまでに成長した。
政略結婚は、貴族として当たり前で当然のことなのだ。
「だがもう、頃合いだろうな」
「……」
ホリーの中には既に、エヴァンとの子が宿っている。
おそらく、跡取り問題は解決するだろう。
「あいつは、最後まで変わらなかったな……」
「侯爵……」
侯爵の様子から、何かしらの処置をウェズリーにするのだろうと思ったが、エヴァンは深く追求することはなかった。
◆
それからしばらくして、エヴァンはウェズリーが一人、執務室で書類整理をしている場面に出会した。
風通しの為か、執務室の扉が開いていたのだ。
エヴァンはこの時間、現侯爵とその執事は来客の対応をすると言っていたのを思い出す。
そしておもむろにウェズリーに近づくと、声をかけた。
そして思い切って、長年の疑問をウェズリーにぶつけてみる。
アーノルドの死因は彼なのではないか?
多分、多くの者が頭のどこかでわかっていたのに、誰も追及しなかった事。
エヴァンはウェズリーがそうでない事を願っていた。
現侯爵の血の繋がった実子であり、アーノルドの実弟でもある彼が、そこまで愚かだとは思いたくなかったのだ。
しかし現実は残酷であり、ウェズリーがアーノルドの死を望んだことは確定となった。
直接手を下した訳でも、誰かに依頼したわけでもないらしいが。
内心、落胆しつつもエヴァンは殺気を交えてウェズリーを牽制する。
せめて、ホリーの幸せだけは守らなければならないと思った。
二人がまともに会話をしたのは、この時が最初で最後だった。
この時の出来事は、思った以上にウェズリーを怯えさせたのか、彼は自らホリーたちから距離を置くため敷地内の別邸に移り住み、殆ど顔を合わせなくなった。
それは、現侯爵夫妻が住んでいるものではなく、前侯爵が愛人を囲う為に使っていたものらしい。
そんないわくのついた建物であるため、長らく使うこともなかったらしいが、本来の夫であり後継でもあるウェズリーがそこに行き着くのは、なんとも皮肉だとエヴァンは思った。
ウェズリーは別邸に引き篭もるようになり、本当に気を病んだらしくベッドからも起き上がれなくなる。
そして、最終的には紫の毒を飲んで自害したが、表向きには病死という事になったという事を、後から現侯爵から聞いた。
ホリーは病であるなら、聖女の資格のある自分が治せたのにと悲しんでいたが、それはウェズリー本人も現侯爵も、そしてエヴァンも望まないので慰め、思い切り愛する事で忘れさせた。
ウェズリーの葬儀は家族だけで静かに行われた。
貴族院に届出を出す際にそれとなく周囲に告知はしたので、友人知人が参列を希望するなら受け入れる予定だったが、結局誰も来なかった。
それが、彼の最後だった。
その日の晩、エヴァンはアーノルドの夢を見た。
内容はあまり覚えてはいなかったが、やたら清々しいアーノルドの笑顔と、どうやらホリーとスノードロップ侯爵領を託されたのは何となく理解していた。
その後、エヴァンはホリーと再婚し、本当の夫になった。
二人の間には最終的に五人の子供ができ、スノードロップ侯爵家の後継も聖女の後継も生まれ、安泰となった。
領地の民も魔の森を中心とした生活に慣れ始め、魔力資源も順調に回収できるようになり、安定。
そうして 皆、幸せになった。




