大人達は仕事の合間にお茶を飲む
***公爵家での茶会の翌日の夜
国王アーノルドが書類にサインをしていると、侍従が待ち人が来たことを告げた。
調査結果の報告であるのはわかっていたので、レスター・キャンベル宰相とランス学園長を呼んで来てもらった。
しばらくして皆が揃ったというので、別室に移動した。
「夜分遅く申し訳ございません。ようやく調査結果が出ましたので。」
「何、判定したならいつでも知らせろと言ったのは儂だ。気にするな。
まあ、あと少しで就寝するつもりだったがな?」
来訪者はオリバー・レイモンド魔法師団長とドナルド・マッカーサー騎士団長であった。
「結果はシロでした。
王子の時同様、昨日エリー・オースティンの作った菓子やお茶からは、薬物・魔法の類は検出されませんでした。」
「ふむ。ウィルフレッドが『あの菓子や料理が食べたい』と仕切りに騒ぐので、薬物投与などを疑ってみたが、ただ美味すぎただけだったか……。」
「あのロバート・オースティン軍部財務官は妹に料理を習ったと言ってましたからね。
恐らく彼女の腕の問題でしょう」
「我が家で支度している時に、草にそれとなく見張らせていましたが、特に異常は報告されておりません。
材料は我が家が用意した物を使ってました。
しかし我が家で娘に請われて料理する事があり、見守っていた料理人が未知の料理法と食材に愕然としたそうです。」
「『未知の料理法と食材』?」
「彼が言うには、それまで彼の知る料理法は『焼く』と『煮る』と『揚げる』だったそうです。
しかし彼女はそれに『蒸す』『炊く』『炒める』といった料理法に加え、これまで薬草とみなされていたハーブや牛の乳や捨てるはずの肉の部位などを使って、素晴らしい夕飯を我々に提供してくれました。」
美味かったなぁと陶酔するキャンベル公爵。国王達は少し羨ましそうに見つめた。
「なんじゃお前さんがた。毒味もなしにあんなに美味そうに食っといて、本当に彼女が殿下に薬物投与して殿下を貶めたと疑っておったのか。」
ジロリと睨む学園長。国王達はきまり悪げに肩を竦めた。
「殿下の悪行は彼女が学園に入る一年前から続いていたと報告しただろう。」
「しかし彼女が作った『映像機』という魔法具は一見動かぬ証拠を見せるには有効な物でしたが、別の視点で考えれば『誘導された行動があたかも真実であると記録されてしまう』という危険性があるものでしたから。
この事件には一般には明かせない真実もありましたし。」
「『魅了』の持ち主は周りの人間の思考を鈍らせ支配下に置く。
ヴィクトリア嬢は意識操作の魔法が効きにくい体質だったからこそ、ウィルフレッド殿下の婚約者に選ばれた。
元教育係のパーキン伯爵も然り。彼は確か『魅了』の魔法のコントロールも殿下に教えたはずなんだがのぉ……」
「彼に聞いたところによれば、殿下の『魅了』の魔法は無意識の内に発せられるもので、『誘導』のごく軽い程度のものだったそうです。
パーキン伯爵のお墨付きをもらった後、念の為装飾品や衣類に『魅了封じ』の魔法陣を内密に仕込んでいた筈なのですが、殿下はソレに気付き魔法陣をコッソリ破壊し、衣装係を『魅了』し代わりに『魔法増幅』の魔法陣を仕込むように『誘導』したようです。」
「自白したのか?」
「いえ、魔法師団の立ち会いの元装飾品などを調査し、衣装係を問い詰めました。
そうしたところ記憶が曖昧な箇所がいくつか見つかり、衣装係が書き残してた記録と照らし合わせたところ、なんらかの意識操作が見られました。
そんな芸当ができるのは、城内では国王陛下とウィルフレッド殿下だけです。」
「殿下は昔から自分の意見が通らぬと癇癪を起こしておりました。
暴走した魔法で自分の意のままにしてきた節がありましたし、自分の『力』を解析しコントロールする術を覚えたのはいいものの、『力』を封じられ自分の思い通りにならなくなったのが我慢できなかったのでしょう」
「確信犯であったか……。」
力なく溜息を吐く国王を気遣いつつもレイモンド魔法師団長とマッカーサー騎士団長の報告は続く。
「彼の側近の少年達も『洗脳』された疑いがあります。
取り調べの結果、クレメント・キャンベル、ルーク・マッカーサーは、それぞれ幼い頃からコンプレックスを家族に、とりわけ兄弟に抱えていたことが分かりました。
また、カーティス・レイモンドに至っては母親に貴族主義・魔力主義を植え込まれ、母に父を軽視するよう教育されたものの、父が魔力の低い妹を気にかけるのが気に入らなかったらしいです。
どうやらソレに付け込まれたようです。」
「勝手なものじゃのう。親はどの子も等しく可愛いものなのに。
個人の個性は区別しても、差別はしとらんかったんだろ?」
「「「当たり前だ(です)!!」」」
思わずムキになって反論する父親達。
結構な声量なのだが、学園長は片眉をあげるだけで応えた。
「ルークは兄二人に比べれば、武道は劣る。
しかし『優しさのない武は多くのものを傷つける』と昔から言い聞かせてたせいか、幼い頃は医者になりたいと言っていた。
必ずしも騎士になれなくても構わなかった。自分の得意な物・興味をもつ物を見つけて世界を広げて欲しかった。」
「娘のヴィクトリアは言葉や文字を覚えるのは遅かった。娘に一番根気強く絵本を読んだり話しかけたりして文字と言葉を教えたのは、クレメントだったんだ。
昔は勉強も教えてあげて、とても仲が良かったのに……。」
「妻に妨害されてましたが、なるべく会話を持とうと心を尽くしたつもりです。
昔は妻のいう事に疑問を持ちつつも渋々従うという風だったので、何かキッカケがあれば理解し合えると思っていました。
いつからか娘に妻と一緒に危害を加えるようになった為、娘を守る為別居したのですが、その時によく息子と話し合うべきだったんでしょうね……。」
いくら後悔してもしたりない。仕事と家庭とどちらが大切か?と聞かれても答えが出るものでもないが、僅かづつの変化に長い間気付けなかったのは、言い訳できない。
「多分、殿下の『洗脳』の結果だと思うが、魔法の後遺症はどうなっとる。」
「まず、3人に共通して言える事は判断能力の低下です。
善悪の判断。優先順をつける事、行動を律する事……例えば食事や睡眠の量ですね。これらを自分で律したり判断することができなくなっています。
また痛覚も低下してます。
自分の力の加減がわからず、周りの物を頻繁に壊すようになってます。
そのせいで他者を傷つけるのを躊躇わなかったんだと思います。
恐らくコレは『暗示』でしょう。」
「……魔法は解けるのか?」
「どれくらい長くかけられていたかは不明ですが、時間をかければ可能かと。ですが……」
「真っ当な神経の持ち主なら、解けた時が地獄だろうな……」
重々しい空気が流れた。
洗脳されたと分かっていても、彼らの罪は消えない。被害者には精神を病んだ者や死者までいるのだ。
学園の関係者に至っては己の利益を望み、彼らに加担した者もいた。
権力を有する貴族として看過できる事ではない。
息子達の未来を思うと気が重くなった。
「すまなかった……。」
「陛下……。」
「私が見抜けなかったばかりに、多くの者の人生を狂わせてしまった。本来は一番責任を取るべきは私なのに……。」
「……………。」
何も言えない。言える筈もない。思い沈黙が辺りを漂った。
「………陛下、お茶にしませんか?
ヴィクトリアが同好会で覚えた菓子を作って持たせてくれたのですよ。
疲れた時は甘い物が良いそうですよ。」
キャンベル公爵自ら茶器を用意してカップに茶を注ぐ。ティーサーバーで毒味した物を国王から渡していく。
そして茶色いそら豆くらいの大きさの物体を、いくつか皿に盛り差し出した。そして全員が一服するのを見届けてから口を開いた。
「さて、ここからは推測になるので表と裏の記録には残らない。だから、私人としてさらりと聞いてくれ。
ドナルド達の調書を読んで気づいたことがある。
まず、うちの息子を含めた貴族の子弟3人が殿下の側近候補として御付きになったのは、彼らが7歳の時だ。
殿下の『魅了』のコントロールができるようになってからの出来事だった。
オリバー、ドナルド。殿下の子供の頃の衣装の魔法陣は改めたんだよね?幾つくらいの時から魔法陣がすり替わっていたんだい?」
「7歳の秋服からだったな…。」
「確か息子達が殿下と引き合わされたのが夏の社交シーズンの初め頃だから、ぼちぼち遠方の貴族は帰り始める頃だ。
その時に殿下が破壊し魔法陣をすり替えるとしても、無理がある。
子供の殿下ではまず魔法陣を壊す事はできない。」
「!そうなのか!?」
「……オリバー……自分に出来た事でも、他の人が簡単に出来るわけではないんだよ……。
それに子供の常識で考えてみてくれ。魔法を使うのと魔法陣を組み立てて使うのとでは難易度が違う。
魔法はいわば魔力を自分のイメージを具象化したものだ。使う人本人の想像力と魔力の量が物を言う。
だが魔法陣は簡単に分けても起動・効果・継続といった魔法の効果を、作った本人の手を離れて永久に発揮するんだ。専門的な知識がいる。無理に壊そうとすれば大きな反動が来る。
7歳の子供には無理だ。
それに衣装を仕立てるにも、魔法陣を隠しながら仕立てるにはかなり時間がかかる。
夏の中頃から用意されていたとみていいだろう。」
「では誰が?」
ここでキャンベル宰相はお茶を飲むと、少しだけ考えるようなそぶりをした。
「報告書にあった彼らの言動を思い出して欲しい。
庶民を侮蔑した徹底的な『貴族主義』、かつて大陸に覇を唱えた頃に戻ろうと主張する『復古主義』そして『魅了』の魔法……私達が知る中で、一人だけこれらに該当する者がいる。」
「!まさかっ!?」
「……3年前のクーデターの首謀者、王弟ジョージ……。」
答えを出すと、学園長は深々と息を吐いた。彼は一気に老け込んだように見えた。
かつてこの国の創始者は優れた『魅了』の使い手であった。
魔法使いを異端と弾圧する宗教から同胞を守る為、その力で一度滅んだ国を再建した。
外交にも戦争にも存分にその力を発揮し大陸に覇を唱えるまでになった。
だが『魅了』の力にも限度があった為、世代交代のたびに内紛が絶えなかった。
建国から4代目の時、時の王が時代を担うはずの息子の所業に失望し、魔法ではなく法による統治を決定。
この時から『魅了』の魔法を持つ者ではなく、第一子が王位を継承することになった。
王家には代々『魅了』の魔法を生まれ持つ者が多く出たが、その者は厳しく管理されることになった。
建国から既に400年近く経つ。国は嘗ての三分の一まで縮小されたが、代々の国王はその方針を代えなかった。
そして『魅了』の魔法の存在は秘匿とされた。
「ジョージには子供はいなかった。
クーデターが成功したとしても次の世代が育たぬ。そうか……だから王妃様達を殺さず人質にしたのか。
彼奴はウィルフレッドを己の後裔にしようとしていたのか……。」
「叔父上……。」
学園長のランスは若くして亡くなった先王の弟である。
当時幼かったアーノルドではなく彼を王にと言う貴族達も少なくなかったが、ランスは拒否。自ら継承権を捨て、主従の誓いを衆目の中で立て臣下に降った。
結婚はせず、その代わりプライベートな領分では我が子のように兄の子達を可愛がった。
「……彼奴なら、7歳の子をおのれ色に染め上げることなど容易いだろう……いや、それもウィルフレッド自身が選んだ結果かもしれぬ。
報告によれば、ウィルフレッドは修行や学問の時間はよく逃げ出したらしいし、ヴィクトリア嬢には最初から辛く当たってたらしいからのぅ……。」
「………全ては調書と記憶を繋げて作り上げた推理です。真実は違うかもしれません。
それよりもこれからを見据えた方が良いでしょう。」
「そうですね……彼らは別々に収監した方がいいでしょう。『魅了』の魔法はかけた本人に会わせない事が一番早い解き方です。
何よりも悪知恵が働く子供達ですから、一緒にいては結託して脱走されたり囚人の暴動を促される可能性があります。
服従の首輪をそれぞれつけさせて鉱山頭と看守の命令を聞くように設定します。
また、殿下とカーティスは魔力を吸い取って魔石に注ぐようにも設定します。
二人の魔力は膨大ですからそうした方が首輪を外してしまう危険性も少なくなりますので。」
「容赦がないのう……それでも離婚後はカーティスも引き取ることにしたらしいのぅ?」
「……父親ですから。
……あの子が妻の思想に染められた上で殿下の『洗脳』により暴走したのか、それとも自分の意思で染まってそうなったのか分かりません。
でも、あの子が罪を償った時帰れる場所を用意しておきたいと思っています。」
オリバーは悲しそうに笑った。
妻はあの事件の顛末を聞いた途端、金切り声を挙げて倒れた。
そして「庶民の血が混ざったせいだ!」と散々がなり散らして息子との縁を切るといった。
ノーラに夫をあてがうから寄越せとも言ったが、「二人とも私の子だ」と断固拒否した。
責任を取って魔法師団長を辞職すると告げた上で離婚届を出したら、嬉々としてペンを滑らせた。
あんな女に大事な子供を一時でも預けてしまったのが悔やまれた。
「お前のその身軽さが羨ましい……。お陰で王城は戦力減だ。」
「しかしエリー嬢は素晴らしい解決方法を考えてくれたなあ。『勲爵士制度』か。」
「身分を問わず、素晴らしい功績を残した個人のみに送られる爵位で、子孫への継承はなし。
しかも国王に拝謁する資格を有するのだから、これまでと変わらず会って助言や協力を得ることもできる」
「その爵位を与えた上で辞職を許可し、人手不足に陥った学園に再就職させる……これで表向きは戦力減でも、有事には対処できそうだ。」
「えぇーーっ!? 嫌ですよ?私は今度こそ研究三昧でも定時に帰れる職場に着いたんですから、王城には戻りませんよ?
娘と一緒にエリー嬢から料理と家事を習うんですからねー。」
「エリー嬢から?同好会の一環でか?」
「同好会は解散したらしいですよ。」
思わぬ言葉に国王達は目を見張った。
「解散!? どういう事だ?」
「何でも、同好会を立ち上げた原因は殿下のアレの対策を練るための一環じゃったじゃろう?
元々同好会は生徒が社会に出た時の社交の演習で人脈を作る為の物じゃったんじゃ。
なら今度こそそういう趣旨の同好会に入って、今後の為に他の生徒との交流を深めようと思い立ったらしい。
会いたい時はみんなで時間を調整して会う事にしたらしいぞ」
「エリー嬢はノーラが貴族籍を抜けて庶民になると聞いて、心配して手紙をくれたんですよ。
そして家事を教えてくれる事を約束してくれました。」
学園長とオリバーの言葉に国王達は頭を抱えた。
「?どうなされたんですか、頭なんか抱えて?」
「……実は王妃があの茶会の菓子を大変気に入ってなぁ〜。今年入学する城の料理人の子供達に、『お茶会同好会』に入って料理を習ってくるように命令していたんだ……。」
「王妃様もですか?ウチは彼女が滞在している間に、家の者が彼女の料理にガッチリ胃袋を掴まれて……」
「ロバートが昔演習で一個部隊の昼食を作った事があってな。
同じ材料を使った同じ食事なのに旨さが段違いであった為、時々材料を揃えて食事を作ってもらうものが騎士団の中で幾人か出てなぁ〜。
本人は会計担当なんだからと大抵断るんで、なら彼に料理を教えた妹に指導して貰えばと、今年兄弟が入るもの達に同好会の存在を教えてしまったんだ……。」
3人の言葉に学園長とオリバーは乾いた笑みを浮かべた。
「今回のような事件はともかく、学園での揉め事は学生同士で治めるのが決まりだ。
生徒同士で何とか解決するじゃろうて。」
「そうですよ。なるようにしかなりませんて。」
「『なるように』って、自分はご相伴に預かれるからお気楽な……」
思わずぼやいた国王に魔法師団長は輝くような笑みを浮かべた。
「まあまあ。娘達は同じ困難を乗り切った熱い絆で結ばれていますし、ヴィクトリア嬢とエリー嬢は情に熱い方ですから悪いようにはしないでしょう。
それよりも眠気覚ましにお茶をもう一服いかがですか?
仕事はまだ山積みなんですから。」
国王達は黙ってカップを差し出した。