第7話 不死身男、成り上がりを決意する。
「イベント?」
「はい! こちらをご覧ください!」
営業スマイルに戻った受付嬢は、端末を素早く操作して俺たちに見せてきた。
『Fランク以下限定! コラボ配信! ~アビスプロが教える探索配信術~』
「探索配信?」
また耳馴染みのない言葉に俺が首を傾げる。
「コラボ配信っていうのは、他の冒険者と合同でダンジョンを探索しながらライブ配信をすることよ。」
「レイドパーティーってやつか。」
「昔はそう呼んでたみたいね。今はダンジョン内での生存率を上げるって意味合いよりも、コラボすることで登録者とか視聴者数を増やしやすいメリットのほうが強いけど」
となりにいた剣崎が淡々と説明を始める。なんだかんだちゃんと教えてくれるんだよなこの子。
「なるほど……そんじゃあ、アビスプロって誰だ?有名人か?」
「ッ…それは……」
剣崎は言葉を詰まらせ、隣で画面を見たまま無言になっているエルをちらりと見る。
エルとは出会ってまだそんなに経ってないが、少なくとも今までで一番沈んだ顔つきだった。
暗い空気を察したのか、受付嬢の人は、「で、では…気が向いたらぜひぃ…」とススス……と俺たちから離れていった。
「……あ…えーと…あはは…お父様が社長の、配信者事務所がアビスプロダクションっていうんです…それでアビスプロっていうのは、その事務所所属の冒険者のことですね………私は受かってませんけど」
阿津羅豪真が社長の会社。
こんな天使をみすみす逃すとか無能か???
「別にエルが嫌なら参加するつもりはないぞ。剣崎も多分同じ意見だろうし」
「アンタはアタシの何を知ってるのよ。まぁそうだけど」
「嫌というか……」
泣きそうな顔で下を向くエル。
「二人とも、イベント参加以前に、一つ確認したいことがある」
「な、なんでしょうか?」
「なによ」
「お腹がすかないか?」
「「はい?」はぁ?」
エルと剣崎は二人とも素っ頓狂な声を出す。
「腹が減って頭が回らん。ご飯を食べながら作戦会議にしようぜ」
「……はい! ご飯食べましょう!そういえばダンジョンから戻ってきてまともに食べてませんでした!」
エルは微笑むとお腹をポンポンと触れる。
剣崎は嘆息しながら肩をすくめて笑う。
「全く、このあたりにアタシたちがよく行くパスタのお店があるけど、そこでいい?」
「キリカちゃんが特盛食べるところだー!」
「バッ!? 特盛にしても無料なんだから仕方ないでしょ! もったいないじゃない!」
顔を真っ赤にしながら外へと歩き出す剣崎。大食いキャラはこっちだったか。
エルと顔を見合わせて笑う。やっぱりエルには笑顔が似合う。
「行きましょう。……そこでちゃんと話します。私のこと」
♦ ♦
おしゃれな洋風の店内に入ると、エルと剣崎は迷いなく同じメニューを注文したので、俺もならって同じパスタを注文した。
パスタが三人同時に届いた途端、目の前で剣崎がモリモリに積み上げられたパスタを食べ…いや吸い込んでいる。細い体のどこにそれが入っていくのか謎すぎる。
一方、エルは自分のパスタをフォークでくるくる巻いて、小さく食べた後、ぽつぽつと話し出した。
「私、冒険者になれる年齢になってすぐに、お父様が社長を務める冒険者事務所、アビスプロダクションで事務員として裏方でお手伝いをしていたんです。」
「…その時からの付き合いなのよ、アタシとエルは。アタシはアビスプロの冒険者だったけど…」
すべて食べ終えた剣崎は、紅茶を飲んで小さく息をはく。
「私の能力は治癒で、しかも一瞬で全回復!…ってわけでもないので、ポーションがある現代で全然需要が無いのは分かってるんです。……自分が冒険に出ても役に立てないことくらい」
エルの体は小刻みに震えている。
「……なら、どうして冒険者に」
思わず聞いてしまった。この人当たりの良さと可愛らしさは、職業選択の道に大きく役立つはずだ。何も危険を冒して冒険者になる必要はないからだ。
「……お父様のように、ダンジョンで困っている人を助けたいんです。」
「は?」
「お父様は、ダンジョンに捨てられていた赤子の私を、拾って育ててくれたんです。その話を聞いてから、私も冒険者として多くの人を助けたいと思ったんです。」
エルの言葉に思わず俺は、お前の父親はそんな男じゃない、俺をモンスターのエサとして利用したクズ野郎だ!! と否定したくなる口をつぐんだ。
俺が胃の中にいる間に、アイツはそんなにも変わったのだろうか。にわかには信じがたいが。
「でも、お父様は、私が冒険者になることを許してくれなかったんです。」
「……理由は聞いたのか?」
「お前の力じゃ誰も救えないって…配信映えもしないからサポートする価値もない……そう言っていました。」
「ふぅん…」
「でも、どうしても、私が救われたように、人々を助けたいんです。だから……」
俺は残っていたアイスコーヒーを飲み干すと、おどけるように肩をすくめた。
「なんだ、エルのお父様は、人を見る目がないらしい。」
「…え?」
「まず一つ。エルは死ぬほどかわいい。天使だ。」
「はえぇ!?」
エルは頬を瞬時に真っ赤にしてこちらを見る。剣崎はウンウンと激しくうなずいている。
「エルは優しいし可愛いしいい子だ。だからこそ、ランクが低かろうがリスナーが一定数いる。」
「え。えとえと…キリカちゃんのファンもたくさんいますよ!?」
「エルにもたくさんいるじゃないか」
「それはその……マニアックな方が多いようで、あはは…」
「理由二つ目、エルの治癒能力は、決して配信映え?しない能力じゃないってことだ」
エルは赤面からきょとんとした顔になる。
「それは、どういう…」
「エルの治癒は、俺にちゃんと効果を発揮したらしいじゃないか」
「それは…」
「細かくは俺もよく分からないが、この体は胃の中でモンスター食ったりウイルスに浸って取り込みまくったせいか、ポーションが効かないっぽくてな。」
「で、でもリンネさんは体は再生しますし、やっぱり需要は…」
「確かに勝手に再生はするが、あの化け物みたいな腕をだした後は再生力がめちゃめちゃ落ちる。これは30年間胃の中でいろいろ試して実証済みだ」
胃の中に、生きたモンスターがそのまま落ちてくることもままあったしな。
戦ったり食われたりするなかで能力が進化かなにかしたんだろう。専門家じゃないからただの推測だけど。
「つまり、俺にとって需要しかない。むしろ超最高な大当たりってわけだ。あの腕、使い終わった後が死ぬほど痛いんだよ。助かったよ、本当に。」
「…リンネ、さん…」
エルは涙をパスタにこぼしていく。
「すみません……そんなこと、言われたの、初めてで。」
決めた。俺は、彼女を利用して、阿津羅豪真に復讐をする。
だが、その利用のなかで、彼女は決して傷つけない。
「エル、Sランク冒険者になって親父さんに証明してやろうぜ。エルが配信で輝ける存在だって! 人を助けられる冒険者ってことを! 」
「ッ! はい!」
――その過程で、お前が積み上げてきた実績も、伝説も、全てぶっ壊して超えてやる。
剣崎は、紅茶のカップから手を離すと強気な笑みを浮かべた。
「そんなにハードル上げて大丈夫かしら?」
「大丈夫だ。その証明をする絶好のチャンスが目の前にある。…さっき受付の人に言われたやつに参加するぞ」
「いわれたやつって……コラボ配信のこと?」
剣崎がけげんそうに眉をひそめたが、俺はそのまま話を続ける。
「アビスプロが主催なら、エルの親父さんもみるかもしれないだろ。イベントで大立ち回りして、アビスの連中と、集まる視聴者全員の度肝を抜いてやろうぜ!」
エルは涙をごしごしとふき取ると、残っていたパスタをフォークに大きく巻き付け、思いっきり口へと運んだ。
リスのように両頬いっぱい膨らませて一生懸命にモグモグして、お水でごきゅっと飲み込んで息をはく。
「やりましょう! 私、お二人と一緒にSランク冒険者に絶対になります!」
泣き顔から一転して、花が咲いたような天使の笑顔での宣言。
そんな健気で可愛らしい決意に、俺と剣崎は顔を見合わせ、たまらず噴き出した。
「アハハ!アンタ!顔にソースついてるわよ!」
「うえぇぇ!?ほんと?!」
剣崎の指摘に、顔を真っ赤にしながら慌てて口元をぬぐうエルをみて、俺はもう一度笑う。
「…まったく、可愛すぎるヒーラー様だ」
「もう、からかうのは、やめてください!」
ぷんすこ可愛らしく怒り始めたエルを横目に、俺は椅子から立ち上がる。
「さて、腹も満ちたし行くか。イベントに!」
アビスプロ、お手並み拝見といこう。




