第0話 不死身男、肉壁として捨てられる
2000年。世界各地に謎の大穴――いわゆるダンジョンが出現した。
ダンジョンには、地球には存在しなかった資材や、遺物、そして、ファンタジーなどで語られるようなモンスターたちがいた。
ダンジョンより蔓延した未知なるウイルスは、感染した者の細胞を書き換え、能力者に変えてしまった。
そういった能力者のみが、ダンジョンを攻略することを許され、冒険者という名称が付いた。
冒険者は、貴重な資材や遺物を持ち帰るだけで莫大な報酬を得ることができた。
時は少し流れて2005年。
かくいう俺、不死川輪音も一攫千金を夢見てダンジョンにパーティーを組んで潜っているのだが…。
「いだだだだだだ!?!?!!阿津羅さん早く!早くやってください!ちぎれる!腕食いちぎれちゃうから!」
ゴブリンのようなモンスターに右腕を嚙みつかれ、今にも千切れそうになっていた。
「うるせぇ動くな不死身野郎!!狙いがぶれるだろうが」
豪真の能力は武器の生成。生み出された巨大な剣が力任せにそのまま俺の右腕に振り下ろされ、ゴブリンが両断された。……俺の右腕ごと。
「イッテエエエエエエエエ!?!」
俺は転がりながら噴き出す血を抑える。
大剣を振り下ろした金髪短髪の男――阿津羅豪真は、悪びれることなく、むしろニヤニヤと笑いながら転がる俺を見下ろしている。
「どうせ治んだから騒ぐんじゃねぇよ。これだからガキは。うるさい男はモテないぜ?」
豪真は隣に来た茶髪の女冒険者――姫乃円香を抱き寄せる。
「やぁん豪真ってばぁ…」
いちゃつく二人を他所に、俺は千切れとんだ腕を拾うと、切断面にくっつける。
少しすると、切断面の血が止まり、急速にかさぶたのように固まる。
「ふぅ…」
痛みが徐々に小さくなっていき、やがて痛痒い状態を経て腕は元の状態へと戻った。
「やっぱ自分の能力、ほんまに気持ち悪いなぁ」
眼鏡の男――鳴上豹太郎は、再生する腕を馬鹿にするように見ている。
これが俺に発現した能力。どんな傷でも時間がたてば回復する。部位が残っているほうが再生が早いが、無くても生えてくる。いわゆる不死身というやつだ。
この能力だからこそダンジョンで生き抜くことができている。逆に言えば、この能力のせいで、ダンジョンのトラップ確認をさせられたり、モンスターの囮に使われているのだが……。
とはいえ文句を言える立場ではない。俺は不死身なだけで道を切り開く力もなければ、素早いモンスターから単身で逃げきれることもできない。
冒険者パーティーのなかでも上位に位置するここにいられることが幸運なのだ。と自分に言い聞かせる。
俺は再び先頭に立つよう促され、奥へと進んでいく。
俺は通路が湿り気のあるものに変化していることに気が付いて止まる。
「あ? さっさと進めよ。不死身」
豪真は俺の尻をドガッと蹴りつける。
「うぉっ!?!?」
俺は蹴られた勢いで壁にぶち当たる―――ことなく、壁そのものが霧のように消滅した。
俺は立ち止まれずに地面に顔面から倒れこむ。
「いってぇ。本当に雑すぎる………………は?」
不満の次にこぼれたのは、素っ頓狂な声だった。
巨大なドーム状の空間に、透き通る美しい湖が広がっていた。
天井には鍾乳洞の代わりに青白いクリスタルが生えており、湖の岸辺には、ダイヤモンドのように輝く拳サイズの鉱石がごろごろと転がっていた。
「おぉ!?なんだここは!?」
「すっごぉぉ!宝が転がってるわよぉおぉ!?!?」
「世紀の大発見や……これは持ち帰れる量だけでも相当な値打ちになるで!!」
あとからやってきた3人からもそれぞれから盛大な歓声が響いた。
現在の階層は10層。
人類最高到達層でもあるため、地図もいまだに不完全で未発見エリアも少なくない。
この空間も。事前の10層のマップ情報にないことから、その未発見エリアに分類されるものなのだろう。
「お前ら拾えるだけ拾え!!」
豪真は嬉々として鉱石を拾う。円香と豹太郎も冒険バッグのアイテムを捨てながら、鉱石を詰め込んでいく。
―――ザァン…。
俺は波音がした方向を見る。
静かな湖は、小さな波を立てているのみだった。
なんだ…魚か?…気のせいか?
「おいクソ不死身!テメェもぼさっとしてねぇでさっさと拾えや!」
「……分かりました」
豪真の怒声に、俺も輝く鉱石を拾い出す。
よし、切り替えだ! 確かにこの鉱石を換金できたら、天文学な金額になるに違いない! 億万長者も夢じゃない!!
岸辺を鉱石に沿って歩いていく中で、剣が落ちていることに気が付く。
「!…遺物!?」
俺は飛びつく。ダンジョンで極めて稀に落ちている自然物ではない道具が総じて遺物と呼ばれている。
遺物の種類は瓶に入った傷をたちまち治す薬液、未知なる力を与えてくれる書物など様々なものがあるが、武具の形も極めて貴重だ。鉱石よりもはるかに高い値打ちがつく。
興奮しながら剣を確認するが、すぐさまその熱は冷める。
残念ながらそれは遺物ではなく、政府が冒険者用に支給している証のエンブレムが彫られていたからだ。
政府はダンジョンに冒険者を派遣する中で、能力に見合った武器を選ばせ支給してくれている。
現に俺も、短剣を何本か政府から支給……され…?
待て……何故ここに政府支給の剣が落ちている。
違和感が渦巻いていく。
ここは未発見エリアじゃないのか?
いや、こんな宝がゴロゴロ落ちているエリア、見つかっていれば今頃は宝を取りつくされているに違いない。
周囲を改めて見渡す。
不自然に壊れた岩。防具の残骸……。
ッッ!ここは、ただの未発見エリアじゃない!!
「みんな!逃げ――!?」
ザパァァンッッ!!
「GUOOOOOOOOOOOOO!!!!」
水面が破裂し、低い轟音が響き渡る。
湖を割って現れたのは、クジラのような見た目の超巨大なモンスター。
明らかに、これまで出会ったモンスターとは、格が違う。
このエリアは未発見だったわけじゃない。
ここに来た冒険者は、みんなこいつに殺されている!
湖の主とも思われるソイツに最も近い位置にいた俺は、豪真たちに合流するために走る。
「チッ…オォォォォラァアアアア!!!!」
豪真は、巨大な槍を手元に生み出すと、巨大クジラに力任せに投げつけた。
――キィィンッッ!
だが、鉄同士がぶつかったような甲高い音を立っただけで、分厚い皮膚に槍が全く通らない。
クジラは巨大な口を開くと、その中心部から白いレーザーのようなものを打ち出した。
それは、鉄より硬いといわれるダンジョンの壁を容易く貫通、轟音と共に崩落させる。
10層の地図すら書き換えるほどの威力のレーザー、当たれば肉体など木っ端みじんだ。
「アカン…こいつは、あかんやろ」
豹太郎は恐怖しながら、じりじりと後退する。
円香に関しては尻もちをついて涙ながらに絶句している。
「豹!円香を連れて逃げろ!」
「!せやけど豪真!お前はどうすんねん!」
「いいからいけ!お前の能力なら一人ぐらい担いで逃げられるだろ!」
「……死ぬんやないで!リーダー!」
豹太郎は、円香を抱きかかえると、能力である超スピードを出力し、出口に疾走して消えた。
俺は、豪真の隣に立つと、剣を構える。
巨大クジラは、完全に俺たちを見定めており、簡単には逃がしてくれそうもない。
「不死身、いつもテメェを囮にしちまってること、本当は悪く思ってるんだぜ?」
「……まるで、俺たちがいまから死ぬみたいなセリフですね」
「ふっ……馬鹿言うな。俺は最強の豪真だぜ? こんなとこで死ねるかよ……背中は任せろ。いつもの戦法で行くぞ」
「オーケー、リーダー!」
豪真……お前、こんなところでリーダーとして覚醒するのか。お前を初めてカッコいいと思ったよ。
俺は前に出る。俺が囮になっている間に、豪真が武器を作り、それで仕留める。
いつも通りやればいい。
ズチュッ!!
俺の腹から、剣が生えている…。
激痛と共に、俺は口から血を吐き出す。
息すらまともに出来ぬまま、思わず顔を後ろに向けると―――背中から剣を突き立てた男の下品な嘲笑がそこにあった。
「モンスターは人間の血に強く引き寄せられる。なら、これが俺が生き残る方法だろうが」
「ッ…ごう…ま……ァッッ!?」
剣が引き抜かれ、大量の血しぶきが浜辺を赤く染めていく。
「あばよ不死身野郎!! 生きてたらまた会おうぜ!」
豪真は動けない俺を置いて、崩落しかけた出口に駆け出していく。
そんな後ろ姿をみて、怒りと憎悪が渦巻くが、目の前のクジラ型モンスターは大口をあけて砂浜ごと俺を飲み込んだ。
視点が激しく回転する。同時に肩から腹部、足にかけて激しい痛みが走る。
腹から臓器がこぼれ、闇の中へと転がり落ちていく。
ドボン!!!
そのまま体は腐臭と粘り気のある黄色い体液の湖に叩き落とされた。
これまで食ってきたであろうモンスターの死骸カスや、冒険者たちの装備が転がる底に、背中がついた。
膿のように滞留している黒い粒子は、俺の肉体の再生に伴って、呪いのように染み込んできた。
見覚えがある剣が手元に触れる。
さきほど豪真が俺に突き立ててきた剣だ。
ちくしょう……阿津羅豪真…あいつだけは絶対に、許さない。
絶対に復讐してやる。
………そうだ、俺は死ねない。
俺は剣を拾い上げると、ドロドロに溶けつつある両腕で胃液をかき分けて泳ぐ。
「ぷは……クソ…ふざけ、やがって」
液面から顔を出すと、腐臭で吐きそうになるが、そもそも胴体が両断されていて吐ける内容物などない。
肉体の治癒と溶解が絶え間なく繰り返される中、痛みを怒りで抑え込む。
そして、分厚い胃の壁に剣を突き立てた。
「俺は…絶対に……」
鈍い感触。切っ先が滑る。肉壁は固く、わずかな傷しか残さない。
だが、それでも―――こいつは俺のように再生はしない。
突き立てる、抉る、振りかぶる、突き立てる、抉る、振りかぶる…。
剣が折れる。潜って武器を手に取り、同じ部分に突き立てる、抉る…。
「絶対に…死なない…」
これが効いている保証などない。
だが、俺の生への執念だけは溶かせないことを証明してやる。
俺は、不死身の肉壁だ。
途方もなく長い地獄に浸かりながら、俺は刃を突き立て続けた。
次にて現代&ヒロイン登場!
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